131.怨霊
8月の中旬は怨霊の時期と呼ばれる。
お盆と被っているが旧暦の時代でも同じ時期だったので関連性は薄いと見られている。
怨霊も人に憑くものから場所に憑くもの、自由に移動するものまで様々だ。
レンは幾度か不意に遭遇した怨霊を倒したことはあったが、玖条家の仕事としてこの時期に怨霊退治を行ったことはない。
玖条家のある場所は獅子神神社の近くであり、周辺も獅子神神社の担当区域なのだ。縄張りとも呼ばれる。
ただ今年は獅子神家に付き合って玖条家として怨霊退治に乗り出すことにした。
理由は退魔の家としての義務の1つに怨霊退治があるからだ。しなくても文句を言う者がいるわけではないが、黒鷺からできるならしておいた方が玖条家の為になると言われ、獅子神家に相談し、獅子神家と合同で怨霊退治を行うことにしたのだ。
退魔の家は法制や税金など様々な面で優遇されている。刀や剣、銃器の所持は見逃され、所得税、法人税、相続税などがほとんど掛からない。
所得税や法人税はともかく、相続税は大切だ。
なにせ所持している術具の価値を金額に置き換え、それに税金を掛けられたらどこの退魔の家も1回で何十億、何百億税金が取られるかわからない。代を重ねれば重ねるだけどんどんとその家の力は削がれてしまう。
それは結果として妖魔を倒す力が削がれてしまうということだ。政府としても日本を妖魔や怨霊が溢れる国にしたいとも思えないのでそういう特別な措置が取られている。
「アレが人に憑いている怨霊か」
「そうよ、自分で気付いて神社に来てくれればお祓いができるんだけどね、大概の人は気付かずに病気だと思ってしまってお医者さんに行ってしまうの。でも怨霊に憑かれた人は病院では治せないし、怨霊のせいで攻撃的になったり、憑いている怨霊が悪さをして被害が出たりと大変なのよ」
怨霊は妖魔と違ってどこにでも出る。街中でも普通に見かけることがあるのだ。
水琴はまだあまり育っていない怨霊を一般人には見えない霊力剣で斬り裂き、怨霊は苦しそうにモヤへと変わっていった。
そして具合の悪そうだった人は顔色が戻り、不思議そうにしながら喜んでいる。
街中で大蛇丸など刀を持ち出すわけにも行かない。水琴は去年までは土地に憑く怨霊や、悪霊が怨念を集めて凶悪になった怨霊を祓う部隊に配属されていた。
しかし今回はレンたちへの説明と、霊力剣が使えるようになったことで街中での怨霊退治を受け持っている。
今日は初日とあって水琴とレンと葵、エマとエアリスという5人で近所を歩いているだけだ。
それでも小さな怨霊は各所に見られ、レンや葵、エマとエアリスも怨霊を退治している。
「レンくんは人に憑いた怨霊も怨霊だけ退治できるのね」
「瘴気を祓うのと同じ要領で聖気を放てばいいだけだからね。そう難しいものじゃないよ。水琴も練習すればできるようになると思う」
「それがどれだけ難しいことかわかっていないようね、神気を自由に操るのはできる人は少ないのよ」
「葵もできてるじゃないか」
「葵ちゃんは特別よ、レンくんの薫陶もあるんでしょうけれど。どちらにせよ私は練習中だけれどレンくんのようにはできないわ」
水琴は少し疲れたように言った。
エマとエアリスの魔法は人に憑いている怨霊だけを退治することはできない。憑いている人の肉体にも影響を与えてしまう。
故に彼女たちには浮遊している怨霊や土地に憑いている怨霊を退治させている。
彼女たちの同行はイザベラに頼まれたものだが、チェコでも怨霊退治は普通にあったらしいのでエマもエアリスも慣れたものだ。
「さて、じゃぁ今日の目的地の心霊スポットに行きましょうか」
心霊スポットと聞くと軽く感じてしまうが、悪霊が多く溜まりやすく、この時期には合体して凶悪な怨霊になってしまうことが多いと言う。
憑きやすい土地というのはどこにでもあるものだ。
黒縄に車を用意させ、2台の車で移動する。
そこは少し寂れたトンネルだった。
近辺では有名な心霊スポットで魔力を持たない一般人が度胸試しに入り、悪霊を憑けて帰ってきてしまうという獅子神神社としては頭の痛い場所だ。
故に定期的に悪霊を祓っているらしいのだがこの時期には多くの悪霊が集まり、合体し、怨念も吸収し強い怨霊が現れる年もあるらしい。
黒縄のメンバーは怨霊退治を斑目家時代から普通にやっているし、葵も白宮家時代に駆り出されていた。
実は怨霊退治の素人はレンだけなのだ。
「あら、かなり集まっているわね。先週祓ったはずなのに」
水琴はイヤそうな表情をしてトンネルの中を視た。
確かに怨念が渦巻いているし、その中心にはそれなりの怨霊が佇んでいる。ただしどういうことかその怨霊は特に移動もしていないし、動く気配もない。
怨霊は攻撃的な物も多いが不可思議な行動を取る物が多いので見つけたら危険なので祓うが、そのままでも人に憑いたりしない限りは害がないものもいるらしい。
「霊水を撒けばトンネルごと浄化できるんじゃないかな」
「できると思うけれど、レンくんの霊水は普通じゃないのよ。そこは知っておいたほうがいいわ。同レベルの霊水を採取できる場所が日本全体で見ても数十か所しかないはずだわ、しかも量は少量よ。まぁレンくんの霊水ほどじゃなくても浄化の力を持った霊水で怨霊を祓うというのは間違った手法ではないんだけれど」
水琴はレンの足らないところ、主に常識を教えてくれる大事な友人だ。
今もレンの非常識さを知りながら常識を交えて教えてくれている。
ただ霊水に関しては斑目家の時も使ってしまったし、先日の如月家との合同討伐でも見せている。
採取ではなくカルラが生み出せる、とでもしておくしかないだろう。
そこら辺は突っ込まれてもわざわざ答える必要もない。
「とりあえず普通に倒そうか、実験的に
レンが黒い
ぼうっとしているように見えた怨霊がそれに気付き、凶悪な面相になってレンたちに襲いかかってきた。
レンは聖気の障壁で怨霊の足を止め、黒瓢で怨念を吸い取っていくと怨霊はどんどんとその力を落としていく。
十分に弱くなった怨霊をレンは水琴の使う霊力剣に似た魔法を使い、斬り裂いた。
「それ、本当に便利ね。獅子神家に貸してくれるって言っていたけれど本当にいいの?」
黒瓢は元々三枝家が高杉弘大に与えていた術具だ。怨念を吸い取り、溜め込む性質がある。元々は陰陽師の三枝家と方術を学んだ吾郎の合作でもある。
レンは同じ物ではないが同様の性質を持たせた術具を作り、懇意にしている術具士に量産を依頼してそれなりの数を揃えた。溜め込んだ怨念を移して一旦保管するための怨念壺と呼ばれる壺も量産してある。
三枝家はその溜め込んだ怨念を浄化せずに吾郎たちに与えていたのだが、怨念を悪用するつもりのない玖条家や獅子神家は普通に浄化すれば良いだけだ。
「一応試作品だからね。使ってみて耐久度や使い心地をレポートしてくれれば良いよ。人に憑いた怨霊も怨念を吸い出されれば怒って出てくるだろうしね」
「助かるわ。この時期獅子神家は大忙しなのよ。神職なのに恥ずかしいことだけれど怨霊と獅子神家はあまり相性が良くないの。なんとかしようとしてはいるんだけれどね。この黒瓢が有用なら今後の獅子神家にとって福音となるわ」
「そうだね。でも今回は無料レンタルだけど実際使えるとなれば有料での販売だよ。あと黒瓢に頼りすぎて怨霊を普通に術で倒せない人員が増えてしまうのも問題だから、死者がでそうなほどの大怨霊が出た時なんかの切り札的に持つのが良いんじゃないかな」
便利な道具というのは慣れてしまえば失われた時に相応の被害がでるものだ。
そして黒瓢は強力な怨霊を弱めることができるが、それに慣れてしまい、もし黒瓢が失われたり壊れてしまった時に自力で怨霊を退治できなければ命に関わる。獅子神家で作れるわけではないのだ。せめて自作できるようになってから、もしくは十分な量を保有してから使うようにして欲しい。
作成を頼んだ職人には1つ作るのにも1月掛かるので量産は難しいと返答が来ている。その分当然ながら値も張る。獅子神家が大量に保有するのは現状では厳しいのだ。
「そうね、そうよね。つい飛びつこうとしちゃったけれど、自力でなんとかできる部分はして、できない時に頼るのが正しい使い方よね」
「水琴だって大蛇丸が魔物との戦いで折れたら別の剣を使うだろう? でも黒瓢は代わりがない。その時になって自力で倒せないってなったら大変なことになっちゃうよ」
水琴はレンに言われた状況を想像したらしく、顔色が悪くなっていた。
「わかったわ。多分多くの獅子神家の人員が黒瓢の能力に喜んでいると思うけれど祖父や父にそう進言しておくわ」
「せめて獅子神家で作れるようにならないと常用するのはよくないね。どちらにせよ黒瓢なしで怨霊を退治する術の研鑽に努めるのが肝要だよ。じゃないとどんどん獅子神家の術士の質が落ちちゃう」
「そうよね、今でも苦労しているんだもの。楽な道具に慣れてしまえば怨霊を自力で倒すノウハウすら失われてしまうわ。むしろより良いノウハウを作らなければいけないのにね」
水琴はレンの言いたいことがわかってくれたようだ。
そして黒瓢を貸し出したのは早計だったかなと少し反省した。
獅子神家がそれほど怨霊退治に苦戦しているとは知らなかったのだ。
ならば黒瓢を与えるよりも怨霊を術式で退治できるように獅子神家を鍛える方が良い。
ただ残念なことにレンは神社とそれほど縁がない。神職としての本来の術式を獅子神家に教えてくれる伝手がないのだ。
(如月家や豊川家に頼めばどうとでもなるんだろうけど、獅子神家の為に僕がそうするのも違うよな)
事は獅子神家の問題であり、力になりたいとレンも思うが玖条家が嘴を突っ込むことではない。
陰陽術や修験道の術式であれば藤森家から拝借した秘伝書や役行者から頂いた秘術書がある。
しかし獅子神家は神社なのだ。
歴史的な経緯から今はどちらかというと武家のように主に刀や槍などを使っているが、神職なのである。
水琴の祖父や父、叔父たちは専門の大学に通い資格を取っている。
兄たち、従兄弟たちなども神職になるために大学に通い、専門の教育も受けていると言う。
しかしそれは表向きの話で怨霊退治に使える術式を教えてくれるわけではない。
神社庁などに頼めば基礎的な術式は公開されるので、それらは修めているらしいが強力な怨霊を祓う術式などは修めている人員が足らないのだという。
また、それらには当然適正が存在し、獅子神家で適正の高い者は少ないのだと水琴は語った。
実際水琴も適正が低いらしい。神官の術式を使うよりも剣で祓った方が早いというのが実情だ。ただそれでは人に憑いた怨霊は祓えない。人ごと斬ってしまうことになってしまうからだ。
「難しい問題だね。適正の問題じゃちょっと神社に忍び込んで秘術書なんかを写させて貰っても意味がないね」
「ちょっと、物騒なことはやめてちょうだい。他家の秘術を盗んだなんてバレたら大変な騒ぎになるわ」
「例えだよ、例え。そんなことをするつもりなんてないよ」
「本当かしら」
水琴は藤森家の秘術書などを盗んだことは知らないはずだが、疑念の目でレンを見た。
レンの倫理観を信用していないのだろう。
実際レンの倫理観は現代日本において相当低いことは自覚している。
なにせ元となったのは倫理観なんて物は概念すらあまりないような異世界の価値観である。
盗賊を見つければ首を落とすのが当たり前だし盗賊の物は自身の物として当然取り上げる。
爵位や身分の差を使って平民の魔法士が編み出した魔法を奪う貴族も居た。
レンはそのようなことは
そしてそのようなエピソードは〈箱庭〉の中で水琴にも多く話している。
実際手を出してきた片平家に対しては、一応先に片平家が盗賊とそう変わらない家だと言うのを確認した後だが、凄惨な報復を与え、術具や財産などを奪っている。
それだけでなく、近隣で悪事を働いていた組織などはあらかた潰したし、その中には小さいながらに退魔の家もあった。
その事も水琴は知っている。故に水琴はレンの価値観が非常に倫理観に乏しいことを疑っていない。
玖条家を興して蒼牙や黒縄が配下になってからは、魔力持ちの家に生まれたが身を持ち崩し、犯罪に走った者たちなどの処分は彼らに任せているが、それまではレンがこっそりと手を下して彼らの財産などを奪っていたのだ。
結果的にだが玖条家や獅子神家の近隣は非常に治安の良い地域になった。
相手が悪人に限っていたので水琴も呆れたような目でレンを見るだけだったが、レンに対する信用は低い。
「さぁ次の場所に行きましょう。今日行く予定の場所はまだまだありますからね」
「わかった。手に負えないような怨霊がでないと良いね」
「そればかりは行ってみないとわからないわ。レンくんと葵ちゃんたちもいるから心配はしていないけれど他の部隊に死者がでないことを祈るわ。怪我人は毎年のようにでるから仕方のないことだけれどね」
水琴に促され、レンたちは次の心霊スポットへと移動することになった。
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