130.報酬
「ふぅ、暇だったなぁ」
レンはカルラを顕現させた後遺症があるように見せかけるように寝込む振りも終わらせ、体を伸ばした。
なんだかんだで黒縄のメンバーなどが世話に来るので解毒するわけにもいかず、服毒し続けたのだ。
「味方まで騙そうとするからですよ。黒縄のメンバーも〈制約〉が掛かってるんですから教えちゃえばいいじゃないですか」
「情報ってのは知っている人数が少ないほど価値があるんだよ。わざわざ〈制約〉で話せないことを増やすことはないだろう?」
「そう言われてみればそうですけどね」
「カルラの存在は如月家だけでなく他の家にまで知られたからな、もう隠し通せない」
葵が呆れた表情で突っ込んでくる。
川崎でもカルラは顕現させているが、レンがその後カルラを隠し通したことで情報筋でもカルラの存在はレンの異能ではないのではないかと半信半疑になっていたところだったのだ。
だが四ツ腕討伐はカルラを出すだけの価値があった。そうでなければ水琴や葵、エマやエアリスの命に関わったのだ。
もちろん彼女たちだけをカルラやクローシュにこっそり守って貰うという手はあったが、玖条家や獅子神家のメンバーに死人が出ていただろう。
それを避けるためにフルーレやシルヴァ、アル・ルーカなどの魔剣を見せたりクローシュなどを見せたりするよりかは一度観測されているカルラを出すほうが遥かにレンへのダメージは低い。
楊李偉の実力もまだ秘匿しておきたかった。
玖条家にカルラがいるという確定情報は広がるだろうが、その分玖条家にちょっかいをかけようとする退魔士は減るはずだ。
利用しようとする者たちは増えるかもしれないがそれは都度対処するしかない。
「そういえば今日麻耶さんが来るんでしたよね」
「そうだね。賢三さんも一緒に来るって言ってたよ。再度礼が言いたいのと報酬の話みたいだ」
レンは寝巻きから着替え、シャワーを浴び、食事を食べてゆっくりとしていた。
今日は美咲は夕食時に来るはずだし、灯火と楓は来ない予定だ。
「あら、レン。もういいの」
「あぁ、エマ。まぁこのくらい休めばいいんじゃないかな。わかんないけど、とりあえずリスクがあるのでそう簡単に使えないという情報が出回ってくれれば良いんだ」
朝から訓練所に籠もっていたエマがシャワー後の姿で出てくる。と、言ってもきちんと服は着ている。髪が濡れてお団子にされているだけだ。
「訓練に身が入っているようだね」
「自分がまだまだだって実感したもの」
「それは大事なことだよ、気付きは人に言われてもなかなか身にならない。自分で気付いて初めて実感するんだ。ただし命があれば、だけどね」
「そうね、強烈な体験だったわ。日本にはあんな魔物がうじゃうじゃいるの?」
「いや、そうじゃない……はずなんだけどね。僕の引きが悪いのかもしれないね」
「ねぇ、今度本気で模擬戦をしてくれないかしら」
「仕方ないな、2人きりでならいいよ」
「その言い方はなんかイヤね。できればエアリスにもレンの本気を見せて上げてほしいわ」
エマは苦笑しながらリビングから去っていった。
約束の時間になり、麻耶と賢三と数人の如月家の者がやってくる。
レンは応接室にて彼女たちを迎えた。
レンの横には葵がいて、黒縄のメンバーも何人か同じ部屋にいる。
「レンくん、改めてだけど合同討伐に参加してくれて感謝するわ。これは如月家の総意と取って貰って良いわ」
「玖条殿、私からも感謝する。多くの死人が出てしまったが敵の脅威度を測り間違えていた。あの程度の被害で済んだのは玖条家が参加してくれたからだ」
麻耶と賢三が揃って頭を下げる。
「構いませんよ、うちもアレほどの妖魔が現れるとは思っていませんでした。イレギュラーなことまで如月家のせいにすることはありません。玖条家に被害はありませんでしたが、例え被害者が出ていたとしても同じ答えを返したでしょう」
「そう言って貰えると助かるわ。今回の報酬なんだけれど金銭かそれ以外とどちらが良いか聞いてきて欲しいと言われているの。なにか要望はあるかしら?」
「金銭で構いませんよ。僕が欲しい物は多分如月家の宝物庫にしかないでしょう。そして宝物庫の中身は金銭にかえられる物ではないでしょう」
麻耶は一呼吸置いて報酬について話しだした。
「今回金銭の場合、1人当たり1億円の報酬が払われることになっているわ。玖条家の場合は30億円ね。更に四ツ腕の鬼を倒してくれた報酬として追加で10億円まで払う用意があるわ」
「思ったより多いですね」
「他家に死者も出してしまったからね、下手な金額でこき使ったなんて評判が立てば最悪よ。もっと出しても良いくらいだわ。不満なら上層部に交渉するわよ」
「いいですよ、どちらにせよ40億円でも50億円でも僕が欲しがるようなものは手に入らないでしょう。金銭で良いですよ」
レンがそう返すと賢三は少し驚いたような表情をした。
「40億あればそれなりの術具がそこそこ手に入るぞ?」
賢三が本当に良いのかという表情で声を上げた。
「それなりなら入手する伝手があります。小茜丸クラスの刀が手に入るなら欲しいですが」
「小茜丸って鷺ノ宮様から譲られた小太刀よね。40億じゃ売る術士はいないでしょう、と言うか普通宝物庫にしまって置くレベルの物よ。うちからは出ないわ」
麻耶はとてもそんな価値の物は出せないと言葉を紡いだ。
「ですから金銭で良いと言ってるんですよ。秘伝の式神を譲ってくれと言うわけにもいきません。そちらの方が如月家も楽でしょう」
「まぁそうね。楽なのは間違いがないわ。術具に値段なんてあってないようなものだものね」
交渉は簡潔に終わった。レンは元々幾らを提示されたとしてもゴネる気などなかったのだ。
半額の20億でも了解しただろう。流石に10億と言われると安売りしすぎなので文句の1つも言っただろうが。
玖条家は蒼牙や黒縄に死人も出なかった。使った魔道具も自家製かイザベラやヘレナから買い求めた物だ。それなりの値段はするが数億円分も使っていない。
カルラを見せたことについて料金など設定できるはずもない。
「交渉が簡潔に終わって良かったわ。死者を出した寺院にはかなり文句を言われたの。仕方のないことだけれどね」
「アレはイレギュラーでしょう。挙動がおかしすぎました。あんなのが跋扈していたら日本の退魔士業界は大変でしょうね」
「そうね、単体のイレギュラーであれば良いと私も思っているわ」
麻耶も賢三も四ツ腕の挙動に不審を感じているようだ。しかし確証に至るような何かはない。
今後似たような事例が増えれば対処しなければならないだろうが、少なくとも現状ではどうしようもないことだ。
「麻耶さんはうちだけでなく他家の交渉も担当してるんですか? お疲れ様です」
「えぇ、玖条家が最後よ。レンくんの体調が良くなってからと思って予定を組んだからね。調子が良くなったようでよかったわ」
「ありがとうございます。今日妖魔が現れても戦えますよ。ただ龍やあんな相手とは出会いたくありませんけどね」
「私もイヤよ。冗談じゃないわ。ここ10年ちょいくらいかしら。だんだんと妖魔の質や頻度が上がっているの。気をつけてね」
麻耶は最後に忠告めいたことを言って玖条家を出ていった。賢三もレンに礼をした。律儀な人物だと良い印象を抱いた。
「40億か、正直高いのか安いのかわかんないな」
「私もわかりませんよ、ただ如月家が家の名に掛けてつけた値なら相場よりは少し高いんじゃないですか。実際危険度は高かったですし」
「葵も参加したんだから1億円受け取る権利があるんだよ?」
「レン様と一緒に居られればお金なんていりませんよ。実際お母さんは高給で雇って貰ってますしうちは困ってません。武器や防具、術具も支給されてますしね。あんなの白宮家が買えるわけないじゃないですか」
葵に与えている武具や防具は確かに買おうと思えば10億円払っても足らないだろう。
なにせ新しく新調した龍鱗盾だけでいくらになるかわからない。短槍も魔法を放つ杖としての役割を持ち、武器としての質も高い。
意識していなかったが葵には相当の金額の武具を無償で与えていたことにレンは今更ながらに気付いた。
◇ ◇
「レンくんが素直に金銭で頷いてくれて良かったわ。もっとゴネられても文句言えないところだったもの」
「そうだな、40億円は民間ではそれなりに高額だが退魔の家の報酬としては妥当なところだろう。玖条家はかなりの戦力を提供してくれていたからな。もっと出せと言われてもおかしくなかった」
麻耶がホッとしたように言うと賢三も同意した。
「むしろレンくんはリスクを負ってまで神霊を召喚してくれたのよ。そしてレンくんがあの水神を召喚できることが広まってしまったわ。レンくんは川崎事変以来、
「しかしそれはもう証明されてしまった」
賢三は神妙な声色で麻耶に返答した。
「そう、如月家は玖条家と同盟を結んでいるわけでも何でもないし、レンくんを認めていない者もいる。この情報は簡単に広がるでしょうね。如月家からじゃなくても他家の術者も見ていたわ。これからどうなるのか、私も予想できないわ」
「如月家が玖条殿の水神を利用しようとすることはないだろう。少なくとも私は許さないし、賢広様も同様の考えのようだ。実際玖条殿を怒らせて水神が襲って来たら止められる気はしないな」
「レンくんはそんなことはしないわ。そのくらい私個人は信頼しているわよ。でもレンくんを信頼できない術士たちも多いでしょうね。だからと言って玖条家を傘下に置くことも様々な意味で不可能よ。適切な距離を取って緩やかな同盟状態に置くのが最善ね」
「それを上層部が理解してくれれば良いのだがな」
玖条家は鷺ノ宮家が後ろ盾なのだ。如月家は鷺ノ宮家の傘下という訳ではないが、鷺ノ宮家の機嫌を損ねることなどできるわけがない。
実際レンとの会合の時に如月家の人員、麻耶を呼びつけたのは如月家への警告の1つだったと麻耶は捉えている。
そしてその事は当主でもある祖父に間違いのないように伝えているのだ。
一部頭の固い重鎮はいるが、如月家の方針としては玖条家が暴走でもしない限り静観の構えだ。
今回も合同討伐に呼ぶか呼ばないかで意見が別れた。
麻耶の呼ぶべきだと言う意見に賢三や祖父が賛成してくれなかったら玖条家は呼ばれなかっただろう。
しかし結果はどうだ。
玖条家は4体のうちの1体の土蜘蛛を撃破し、如月家の切り札の1枚である青炎虎をも撃退した四ツ腕を簡単に倒してしまった。
如月家や他家が大きな被害を受けた黒い斬撃も被害なしで乗り切っている。
「正直玖条家がアレほどの戦闘力を持っているとは思っていなかった。どこかで下に見ていたことは否めない。先入観とは厄介なものだな。生まれたばかりの覚醒者がそれほどの力を持っているはずがない。配下たちが優秀なのだと思いこんでいた。だが川崎事変で黒蛇の神霊を調伏したのが玖条殿であることが割れた。大水鬼でも功績を上げ、玖条家を興すことを認められたのだ。尋常な覚醒者でないことなど明白だったのだ。そして今回の戦いを直接見られ、その実力の一端がわかった。水神を抜きにしても如月家の戦闘部隊でも十分にやっていける。それだけの力がある」
「賢三さんが言うなら冗談でも何でもないんでしょうね。私はその辺りは確証を持つほどの目を持っていないわ」
麻耶はレンが尋常でないことはわかっていても、麻耶の認識と実際のレンの実力にどれほどの乖離があるのかは測りきれていなかった。
「英雄の資質がある。そう見た」
「それほど?」
「あぁ、それほどだ。水神がいなくても、な」
賢三の見る目は信用できる。実際賢三は実力者であるし、後進の育成にも携わっている。そして賢三が目を掛けた者たちは如月家の戦闘部隊でも中核を担っているのだ。
「なにより鷺ノ宮様が認めているのだ。そこですでに気付いていなければいけなかった。私の目などより鷺ノ宮様の目の方が余程広い視点から玖条殿を評価したことだろう。だがそれは部下たちには言っても伝わらんだろうな」
「そうね、私はレンくんと付き合いが長いし、それなりに信用もしているわ。でも一部の声の大きな反玖条家の連中は耳を塞ぐでしょうね」
「今はそれで良い。こじれなければ良いだけだ。あの戦いぶりと水神を見て個人で勝手に喧嘩を売るバカはうちにはいないだろう。抗争に発展すれば今回どころの被害じゃ済まないぞ」
「そうであって欲しいわ。大叔父が暗部を握っているというのが心配だけれどね」
「あの老人か、暗部は行方不明者が出ているからな。プライドも高い。玖条家の情報封鎖のレベルは非常に高いな。忍者たちが優秀なのだろうか。傭兵たちに大金をちらつかせて引抜こうとした家があったらしいがけんもほろろに断られたらしい。異国の傭兵たちの忠誠もしっかり握っているということが信じられんが事実だ」
麻耶はレンの秘密をほとんど知らない。むしろ今回蒼牙や黒縄たちの本来の実力を見せつけられた格好だ。
そしてレン本人も的確な指揮と効果の高い術式を使っていた。
正直レン自身が水神を抜いてもあれほど戦えるとは思っていなかったのだ。
「玖条家との関係性は穏やかに進めていきましょう。賢三さん、協力してくれるかしら」
「もちろんさ、水蛇に囓られたくはないからね」
賢三は当然だとばかりに自身の胸を叩き、最後に茶目っ気を出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます