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如月麻耶は如月家本家の広間に居た。
奥に当主であり、麻耶の祖父でもある如月
そして賢広の正面には賢三がおり、今回の合同討伐の報告をしていた。
すでに報告書は出されているが現場に居た者の生の声を聞くことは大切なことだ。
「──と、玖条家の秘伝であろう水でできたような蛇の姿をした水神が最後に片を付けて戦闘は終わりました。神霊と身の丈が合って居ないのか玖条漣本人は苦しげに膝をついておりました。何らかのリスクがあるものと思います。受肉した四ツ腕四ツ目の鬼の下半身は持ち帰っております。如月家死者27名。重傷者15名。他家からの増援にも死者が7名出ております。しかし玖条家が持ち込んでいた浄化水により、重傷者の大半はしばらくの休養の後戦闘に復帰できる予定です」
賢三から見た今回の妖魔討伐の語りが終わる。
賢広は「ふむ」とだけ言って周囲を見た。
「玖条家や獅子神家に死人や重傷者は出ていないのか」
重鎮の1人が問う。
「怪我人は出ていましたが四肢欠損などの重傷者はいませんでした。死人も出ていません。あの一撃をあの人数でよく止めたものだと感嘆しております」
「ふんっ、異国の傭兵など使う家を信用できるものか。他国から戦力を補充できるのならば如月家の規模も簡単に倍にできるわ」
「それでも今回の戦いにおいて玖条家の貢献は計り知れないものです。玖条家が居なければより大きな被害が出ていたでしょう。敗走していた可能性すら高い。なにせ青炎虎が敗れてしまったのです。せめてもう1体、上位の式神を持ち込むべきでした。戦力を多めに準備し、更に玖条家に応援を要請しようと主張した麻耶お嬢様の提言は間違っていませんでした」
賢三は玖条家の貢献を包み隠さず話し、称賛した。それによって幾人かが苦い表情を浮かべている。
しかし実際に玖条家が参加していなければかなりまずいことになっていたのは間違いがない。麻耶も自身の命があったかどうか、自信は持てない。
青炎虎は如月家が保有する式神でも上位の力を持つ式神だ。同等の力を持った式神は3体如月家は持っている。そして当主である賢広は代々如月家当主が引き継いでいる式神を宿している。
目下その5体が如月家の最高戦力と言って良いだろう。
しかし通常の妖魔討伐で青炎虎のような強力な式神を使うことはない。今回も念の為に準備していただけで、玖条家や他家に見せるつもりも使う予定もなかったのだ。
しかし四ツ腕の脅威は予想以上だった。たった一振りの斬撃で30名を超える術士が死んだ。
もし四ツ腕が牛頭馬頭などと同時に襲撃してきていたら、もしくは先に黒い斬撃を放ってから牛頭馬頭、土蜘蛛たちを放っていたら死者は倍ではきかなかっただろう。
「そうか、ご苦労であった。多くの死者を出してしまったのも問題だ。遺族たちには十分に報いなければならぬ。だが妖魔の動きが妙だな。受肉する黒珠というのも気になるが、同時に掛かって来なかったと言う点が最も気になる。占術士たちも今回の戦いの未来は予想できていなかった。おかしな点が多すぎる。情報部は同様の事件が起きていないか調査せよ。小さな家が崩壊したなどの話は最近多いからな、その中に似たような状況があるかも知れぬ」
「はっ、かしこまりました」
賢広の言葉に情報部の長は頭を下げた。即座に長の後ろに居た者が動き出し、襖を開けて出ていく。
「玖条家に関しては礼を言わねばならぬな」
「まさかっ、ご当主様が行かれるとは言いませんでしょうな」
「ならぬか」
「なりませぬ」
賢広がそう呟くと即座に重鎮が反対する。
「それだけの功績を上げたのだ。儂も件の少年と顔を合わせて話をしてみたいと思ったのだ。鷺ノ宮様すら歓談したという少年だぞ、興味がわかぬはずがなかろう」
「……しかし」
「ふむ、まぁ玖条家は特殊だからな。未だ玖条を名乗れる者はかの少年1人しかおらぬ。優秀な部下はいるようだが家としてお主らは認められぬか。だが玖条家に過剰に干渉すること、敵対することは許さぬぞ。水神に襲撃されては敵わぬからな、ハッハッハ」
最後は笑いながら賢広は言った。
レンは如月家の縄張りで生まれた覚醒者であるので、本来ならば如月家の戦力であったべきだという意見は強い。
実際レンが如月家の捜索に引っかかっていれば、如月家はレンの能力がどのような能力であれ一旦如月家で引き取ったことだろう。
そして水神を操れる能力者だと知れれば戦闘部隊が引き取り、鬼のような訓練を課したことだろう。
だが麻耶はレンの性格を知っている。強制されることも干渉されることも非常に敏感に反応する。如月家の戦闘部隊がレンの水神を使えるようにさせようとレンに訓練を強制したらレンは水神を如月家に向かって使ったかもしれない。
どちらにせよもうそれは泡沫の夢だ。レンは大水鬼討伐で功をあげ、鷺ノ宮家に認められて玖条家を興した。
如月家が鷺ノ宮家に逆らうなんてことはありえない。
だから玖条家に反抗的な意識を持っている者たちも実際に玖条家になにかをすることはない。
諜報部の者たちは玖条家を調べる為に張り付いていて、何人か行方不明者が出た。
故に諜報部は玖条家に直接的な恨みを持っている分反感が強い。
「さて、玖条家含め与力をしてくれた者たちには報いねばならぬ。金銭で良いと言っている家は良いがそうではない者たちもいる。玖条家については聞いていなかったな、麻耶、どうだ」
賢広が麻耶に直接問いかけてきた。
「いえ、報酬について詳しく話したことはありませんし、玖条家当主の体調が悪かった為に戦いが終わった後玖条家は早めに撤退してしまいました。故にまだ具体的な話にはなっておりません」
「そうか。今回は事が事だ。如月家が吝嗇と思われても困る。金銭で済むならば1人頭1億円。死者を出したところには見舞金で更に1億円だそう。ソレ以外の報酬を望むのであれば交渉次第だな。儂が直接玖条殿に聞ければ良いのだが良い顔をしない者が多いのでな、麻耶、そなたが聞いて来てくれるか」
「はい、見舞いついでに聞いてきましょう。話もできないほど衰弱しているようではないようですので」
「宜しく頼む」
賢広はその他戦後処理についてそれぞれ指示を出した後、解散させた。
麻耶は賢広に呼び出されるかと思っていたが特に呼び出しを受けることはなかった。
代わりではないが賢三から話しかけられた。
「麻耶お嬢様、ちょっと良いですか?」
「えぇ、いいわよ」
「今回の戦いに参加した者たちは玖条家に良い印象を持った者が多いです。水神もそうですが、無償で瘴気を浄化する霊水を使ってくれましたからね。アレのおかげで重傷者がかなり助かりました。また、あの少女の治癒術のレベルも高かった。私も玖条殿に礼を言いに行きたいのですが、麻耶お嬢様についていっても良いでしょうか?」
「問題はないと思います。お祖父様が玖条家に礼を言いに行くのは難しいでしょうが賢三さんならそううるさく言う人達も居ないでしょう」
賢三はあの戦いで玖条家に、レンに助けられたと思っている。元々玖条家に隔意はない人物だ。
レンの状態がどうかわからないので、一応連絡してみると3日後ならば問題ないとの返答があった。
それを賢三に伝え、麻耶と一緒に玖条家を訪ねることが決まった。
◇ ◇
『お姉ちゃんどうしたの?』
『え、何が?』
『明らかに悩んでるじゃない、何がじゃないわよ』
エアリスは暗い表情のエマの部屋に入り、ベッドでうつ伏せに寝ているエマに話しかけた。
エマは日本語も堪能になってきたがやはり母国語の方が伝わりやすい。故にエアリスはエマにチェコ語で話しかけた。
あの戦闘後からエマはなにか思い悩んでいる。
妹として心配していたが2日経っても解決した様子がないので直接聞いてみることにしたのだ。
『そうね、エアリスになら話してもいいわ。でもレンには言わないで欲しい』
『わかった』
『……私気付いたの。魔法の腕は上がったけれど戦う心構えがまだまだ甘かったって。あの戦いで思い知ったわ。強くなったつもりだっただけで、全然動けてなかった』
『そんなことないよ? ちゃんと土蜘蛛にダメージを与えてたじゃない。餓鬼も私より多く倒してたよ』
『そういうことじゃないの。土蜘蛛に対してはお母さんに指示されてから魔法を練って放っただけだし、餓鬼退治はエアリスよりも相性が良かっただけよ。エアリスは味方を巻き込まないように加減していただけでしょう。それに重要なことはそういうことじゃないわ』
エマの悩みは思っていた以上に深刻そうだとエアリスは気付いた。とりあえず先を促す。
『四ツ腕の鬼が黒い斬撃を放ったでしょう。あの鬼が大太刀に手を掛けた時、死を意識したわ。でも何もできなかった。お母さんは結界を張った。エアリスもお母さんと私を守るために樹皮の障壁を張ってくれたでしょう。でも私は何もしなかった。できなかった。本来私の魔法ならエアリスよりも硬い障壁を張れたはずなのよ。むしろ私がお母さんやエアリスを守るために障壁を張るべきだった。全員を守るための結界を張っても良かった』
エマの主張は正しかった。エマがあの時きちんと魔法を発動して障壁を張っていたら、3人の安全度は上がっていただろう。
実際にあの斬撃をエマの障壁で防げたかどうかが問題なのではない。防ごうとする行動に移れなかったことをエマは後悔しているのだ。
『そしてレンよ。レンは即座に結界を張って周りに指示も出して、更に障壁と斬撃であの斬撃を相殺したわ。あんなこと私にはできない。レンと私に能力的な差が大きいわけじゃないわ。カルラの存在はびっくりしたけれど、それを抜いたらレンと私は同程度か、むしろレンの方が弱いはずよ。本気で戦ったことはないからわからないけれどね。あいつは私たちにすら自分の能力を隠しているから』
『レンは秘密主義だものね。私はお姉ちゃんよりもレンの能力を知っているわ。言えないけどね』
エアリスはアル・ルーカの存在も〈箱庭〉の存在も知っている。レンが修験者と戦った時も見ていた。
近接戦闘ではエマはレンには敵わないだろうが、魔法士として比べればそう劣るものではない。
エマの分析は正しいとも言えるし間違っているとも言える。
レンが切り札を切ればエマは確実に負けるが、レンが表層的に見せている実力だけで言えば拮抗しているか、エマの方が上だろう。
しかしエアリスはレンの切り札はカルラだけではないのだと知っている。そしてエアリスの知らない切り札も多く持っているのだろうなとレンの性格を分析して確信していた。
『私は自分や家族の命の掛かった戦闘で、レンだけでなくエアリスにも判断能力や決断力に負けていたことが悔しいのよ。でもだからと言ってじゃぁどうやればその差を埋められるのかわからないのよ』
『う~ん、それは難しいよね。命の掛かった戦いを切り抜けないと得られない部分はあると思う。でもそんな経験は本当はしないほうがいいんだよね。知らないで一生を遂げられたら幸せだけど、そうもいかないのが現実ってのが辛いと私は思う』
エアリスはレンとゲイルの戦いを見ていた。〈暁の枝〉の別働隊の襲撃にもあった。レンと葵と共に修験者と戦ったこともある。
エマよりもそういう経験値が高い分、普段の訓練から様々な状況を意識して訓練している。
即座に動けなければ死ぬ場面がある。それをレンやエアリスは知っていて、エマは知っていた気分になっていただけなのだ。
その差が、今回の戦いで見えてしまったのだろう。
だからと言って危険な地に踏み込んで戦いに明け暮れるというのも違う。
うまく行けば強くなれるのだろうが、ほぼ確実にどこかで致命的な失敗をするだろう。
『悩んでいるのはそんなところよ。お母さんは今回のことを教訓に今後の訓練に励めばいいって言ってくれているけれどね。レンにも嫉妬はあるけれど感謝しているわ。あの一撃はチェコで襲撃された時よりも、日本で〈暁の枝〉や教会勢力が襲って来た時よりも死の気配が濃かったわ。私が本気で障壁を張っても止められなかったと思う』
『私の樹皮の盾だって張ったは良いけれど斬り裂かれてたと思うよ。それほどの斬撃だった。ゲイルも強かったけれど、アレほどじゃなかったと思う』
エアリスは四ツ腕の一撃を思い出した。
エマは死の気配を感じたと言うがエアリスも同様に咄嗟に樹皮の盾を張りながらも死を覚悟した。
アーキルやイザベラ、重蔵、そしてレン。彼らが即座に動いて、更にレンが相殺しなければ如月家のようになっていただろう。
玖条家も獅子神家もエアリスたちも何人死んだか予想もつかない。
『とりあえずお姉ちゃんはレンをライバル視することはやめたほうが良いと思うよ。お姉ちゃん忘れてるかもしれないけど、レンは覚醒者でまだ覚醒してから3年も経ってないんだよ。それなのにアーキルや重蔵たちみたいな強い部下を持って、玖条家の当主をしているんだよ。私は知らないけれどそれだけの戦いをくぐり抜けてるんだと思う』
『そうね、でもカルラがいるならそう難しいことでもないんじゃない?』
『ううん、アーキルは知ってたみたいだけれど、重蔵はカルラの存在を知らなかったみたいだよ。リスクはないって言ってたけれど、ほとんど頼ってないと思う。実際〈暁の枝〉の時にも出してなかったし、カルラに頼った戦闘をしていたら今の戦闘力になんてなっているはずないよ』
エアリスが言うとエマも気付いたようだ。
ゲイルとの戦いでもカルラを召喚したりはしなかった。剣と魔法でゲイルを打ち倒したのだ。
カルラの力を使えばゲイルなど一瞬で倒せただろうことは間違いない。それほど格の高い神霊なのは一瞬見ただけでエアリスもわかっている。
『そうね、目標にするならともかくライバル視するのは違うわね。同じ年だからつい気にしてしまっているのはわかっているのよ。レンは今回みたいな戦いを幾度もくぐり抜けて今のレンになったのよね』
『断言はできないけれど、そうだと思うよ。私たちにはそういう経験が足らないのは事実だけど、だからと言って今回みたいな相手と戦いに行くのも違うと思うし。命がいくつあっても足らないよ』
エアリスは言葉だけでエマの悩みを解決できると思っているわけではない。だがエマが悩んで、悩んで、答えを出してくれれば良いと思っている。
なにせ今回は命があったのだから。
『ありがとう、エアリス。こんな弱音を吐いてお姉ちゃん失格ね』
『そんなことないよ、お姉ちゃんは大事なお姉ちゃんだし尊敬してる部分もいっぱいあるよ。私でよければ幾らでも聞くよ』
『言葉にしてみて、エアリスの意見も聞いて少し自分が何に思い悩んでいるのかとか気付けたこともあったわ。そして思い悩んでいるだけじゃダメだってこともわかったわ。結局訓練と経験を積んで、どんな相手が来ても勝てるくらい強くなるしかないんだって気付いたわ』
エマは少し気分が戻ったのかクッションから顔を上げてエアリスに礼を言った。
エマは大事なことに気付いてくれたようだ。エアリスはエマに声を掛けて良かったと安心した。
◇ ◇
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