124.花火

「レンっち、来たよ~。どう? どう?」

「可愛いよ、美咲」


 浴衣姿の美咲が褒めろとばかりに浴衣姿で抱きついた後、レンの前で両手を広げ、くるりと回った。

 瑠華と瑠奈は相変わらず申し訳無さそうにしているがレンはもう慣れている。気にしていない。そして2人の浴衣姿も綺麗だったので褒めておいた。


「ふふ~ん、瑠華も瑠奈も綺麗だよね~」


 美咲はあまり嫉妬をしない。レンと番になれればそれで良いと言うスタンスだ。


 今日は隅田川花火大会の日だ。

 今年の夏休みのみんなで遊ぼう計画の第一号である。他にも海に行ったり夏祭りに行ったり清流で釣りをしたりなど様々な計画がなされているが、どこまでやれるかは決まっていない。

 全員の予定が合う日はそうないからだ。


 水琴と葵はすでに到着しており、灯火と楓も遅れてやってきた。彼女たちの浴衣も褒め、ビル内に案内する。


「今日は大きめの船を用意してみたよ」

「船?」

「船型のスカイボードだと思って良いよ。30人くらい乗れるからいいかなって」

「そんなのどこにあるの?」

「ビルの屋上に準備してあるよ」


 美咲の質問に答えながら全員で屋上にあがる。

 そこには木造のマストも何も無い船がふわふわと浮いていて、何人かの呆れたような目線を受けながら乗ってもらう。

 灯火、楓、水琴、美咲、葵、そしてイザベラ、エマ、エアリス。美咲のお供として瑠華と瑠奈、灯火も従者として女性の護衛を2人連れて来ている。

 それらに加えて蒼牙と黒縄から何人かを乗せて飛行船が移動し始める。

 当然飛行船には隠蔽の魔術が掛けてあって通常の人には見えないし、カメラにも映らない。

 隅田川の花火大会は人が多いので今回は上空から観覧することにしたのだ。


 花火大会が良く見れる場所まで移動すると、他の退魔士であろう者たちが何組か上空に居るのを見つけた。

 当然彼らも隠蔽の術式を使っている。術が粗い者もいるが、レンの心配することではないだろう。

 TVや新聞などの大手の会社は基本的に退魔士関連は記事にもしないし放送にも乗せない。そういう圧力が政府からかかっているそうだ。

 しかしながらネットの小さな記事や個人のスマホで取った写真に映り込んでしまって問題になってしまうことも最近はあるらしい。

 レンが今回用意したスカイシップは一応それらのチェックはすべて済ませてある。透過するので写真で取れば船の向こう側の写真が撮れるし影になって船の形に花火が切り取られることもない。


「おまたせしました」

「悪いね」


 スカイボードで何人かの黒縄の隊員が屋台で買ってきた様々な食べ物を渡してくれる。

 玖条ビルから隅田川近辺まで直接来た以上、食事を買いに船ごと降りるという訳にはいかない。

 わたあめやりんごあめ、焼きそばやお好み焼きなど多めに買ってきて貰い、欲しい人にきちんと行き渡り、むしろ余った。


「始まるよ、レンっち」

「そうだね。音は近すぎてうるさいから少し下げるように結界を張るね」

「わぁっ」


 レンが結界を張るとドン、ドンと大きな音をさせながら花火が目の前で花開いて行く。

 レンの両脇は美咲とエアリスだ。このあたりは女性陣で何かしら決め事があるらしく、揉めている様子を見たことがない。


(紅麗たちも楽しんでくれているかな)


 レンは吾郎、李偉、紅麗、由美、多香子の5人の為に別の飛行箱を準備し、花火大会を楽しめるようにした。

 紅麗以外の4人は京都近辺の花火大会を楽しんだことはあるが、紅麗は日本の花火大会は初めてのはずだ。

 たまには外に出してあげたいし、せっかくだから楽しんでほしい。そう吾郎に提案したらとても喜んでくれた。


 凛音たちはまだ外に出せていない。花火大会も見せてあげたいとは思うが、規模は縮小されたとは聞くが伊達家の諜報員は未だ彼女たちを探しているらしい。

 更に凛音たちは外の世界のことをほとんど知らない。そこら辺は多香子たちに任せて紅麗と共にゆっくり理解して貰えば良いと思っている。

 当の凛音は自身で料理ができるということに感動して、レンのために料理の腕を磨きたいと言って侍女たちを困らせているようだ。

 もう彼女たちは自由なのだ。〈箱庭〉の中であれば安全であるし、やりたいようにやれば良い。レンはそう思っている。


「綺麗ね、レンくん」

「うん、花火は何度見ても良いね。次の花火大会は埼玉のだっけ。地上からみんなで見るんだよね」

「えぇ、そちらも楽しみだわ」


 いつの間にか隣が変わっていた水琴が話しかけて来て、レンは答える。

 地方の花火大会であれば規模は少し小さくとも人混みの規模も断然に違う。

 ならば屋台などで自分たちで買い物し、地上から花火を見上げようという話になっているのだ。

 東京湾の花火大会は葵とスカイボードで見に行ったことがあるが、怨霊が活性化する時期に被るので一緒に行ける人数が少ない。

 レンも今年は獅子神家の怨霊退治を手伝う予定になっていた。


 最後の花火が打ち上がり、地上では大量の人々が帰り始めている。

 あの人混みの中を歩けと言われるとレンはかなりイヤだ。


「さて、帰ろうか」


 余韻も楽しみ、少し落ち着いてからレンはそう声を掛け、スカイシップを玖条ビルに向けた。

 みんな楽しんでくれたようで良かったとレンは思った。



 ◇ ◇



「わぁ、すごいですね」

「喜んで貰えて嬉しいよ」


 レンは凛音たちに先日見た花火の映像を見せてあげた。

 50インチのTVを持ち込み、楓が持ち込んだビデオカメラで撮った物とTVで放送されたのを録画した映像を見せたのだ。

 TVには巨大なバッテリーが繋がっている。巨大と言っても手で持ち運べるサイズだ。


「これが花火と呼ばれる物なのですね」


 別の神子が感動したように言う。

 凛音は〈千里眼〉で見たことがあるようだが他の神子や侍女たちは違う。

 空さえも見たことがなかった娘たちなのだ。

 〈箱庭〉の環境は外の環境と同期させているので太陽も雲も見えるし夜になれば月や星空も見える。

 当然雨も降る。そして太陽も雲も雨も月すらも彼女たちは〈箱庭〉に来るまで体験することはなかった。

 皇室直属の予知集団、〈月読〉がどのような環境にいるかはわからないが、〈蛇の目〉ほど酷くはないだろう。

 どちらにせよ国家や組織に囲われた予知能力者というのは監禁かそれに近い軟禁状態にあるのはそう変わらない。

 少なくともレンの知る予知能力者の扱いはそうだった。


「どう、生活に不備はない?」

「えぇ、みんな最初は戸惑っていましたが少しずつ慣れていってくれてます。わたくしのわがままで連れ出してしまった子も居るので少し申し訳ないとは思うのですが多香子さんたちもよくしてくれています」


 凛音は本来はこんなに大人数になるはずではなかったと言う。

 数人の神子だけを連れ出してレンの世話になる予定であったが、レンの〈蛇の目〉襲撃が早まったことと、凛音が玄室に避難していたものたちに「ここから出たいと望む者はついてきなさい」と言った時にほとんどの者たちがついて来たのだ。

 本当に出たいと彼女たちが思っていたかどうかはわからない。

 神子長である凛音がついて来いと言えばそれを命令と捉えて盲目的について来た者もいるだろう。

 だが一度出てしまったらもう戻ることはできない。

 そのあたりは後日凛音が皆に説明し、多少の混乱はあったものの今は落ち着いていると言う。


(僕も彼女たちを監禁しているという意味ではあまり変わらないんだけどな)


 凛音たちが自由に外を歩ける時が来れば良いとは思う。だがそれは今ではない。

 幻影の腕輪などで見た目を変えて外に連れ出す案もあるが、魔眼持ちに見破られる可能性がある。

 そして今の玖条家に〈蛇の目〉全体と敵対する戦力はない。

 正確にはハクやライカやエン、クローシュにカルラなど全てを見せることになれば敵対しても勝てるだろう。

 だがそれは鷺ノ宮信光の怒りを買うことは間違いない。

 東北の主要な退魔士たちの多くを殺すことになるし、それほどの戦いになれば一般人にも被害が相応に出る。

 そしてそれだけでは済まないだろう。どんな困難がその後待ち受けるのかはレンにも想像すらつかない。


「旦那様、それほど考え込まないでください。わたくしは今の生活でも十分幸せです。そしてわたくしたちが外に出られる日は遠くない日に来ます。と、言っても数年はかかるかもしれませんがそれは仕方がないことなのです」

「凛音、君は心まで読めるのか?」

「いいえ、まさか。表情からわたくしたちの事を思い悩んでいらっしゃると推察しただけでございます」


 凛音は静かにレンの手の上に自身の手を重ねた。


「わたくしたちも外の世界への恐れというものは当然あります。まずはここの生活に慣れ、外の生活を教えて貰い、そして外の状況が変わってからで良いのです。それほど悩まないでくださいませ。わたくしはわたくしたちを連れ出してくれるというだけでも旦那様に多くの迷惑を掛けているのです」

「凛音の手を取ると決めたのは僕だ。そしてその責任は自身で負う。確かに悩ましい困難はあるけれど、後悔はしていないし凛音たちの今後を考えることを悪いことだとは思っていないよ。凛音こそ気にしすぎだ」

「そうですか。そう言って頂けると嬉しいです」


 凛音はふわりと笑顔を浮かべた。

 映像が終わり、凛音たちは就寝の用意に入ると言う。

 レンもそれに合わせて彼女たちに貸し与えている〈箱庭〉を辞した。




(まだまだ死ねないな)


 レンが死ねば凛音たちの今後は暗いものになる。

 〈箱庭〉から出ることができても生活はできないだろう。彼女たちの存在はレンを除けば葵と吾郎たち6人しか知らない。

 彼らは力もあり、外の世界も知っているのでどうにでも生きて行けるだろう。心配なのは紅麗くらいで、それも力さえ抑えていれば良いだけの話だ。

 だからと言って吾郎や李偉に凛音たちのことを任せられるかと言えばそれは違う。


(十分生きたと思ったんだけどな)


 レンは前世では肉体の限界まで力を極め、研究し足りない分野はまだあったが十全に人生を謳歌したと思っている。

 新しい肉体は前世の肉体よりも少なくとも現状は非常にポテンシャルが高い。

 ただどこで頭打ちになるかはレン自身にもわからない。

 8つの魔力炉を全て稼働させ、更に魔力回路の調整も済ませ、〈精霊眼〉を移植できたとしてももしかしたら前世の自分より弱いまま限界が来る可能性は存在する。

 だからと言って強さを求める気持ちは変わらない。

 レンの知る天才たち、敵わぬと思った英傑たち。彼らの見た景色を見たいと思っているのも本心だ。


 だが凛音たちのように保護する存在を抱え込むとは思っても見なかった。

 玖条家はまだまだ小さく弱い。

 名も広がっていない。

 玖条家であれば手は出せない。周囲にそう思わせなければ見せられない手札は多くある。

 カルラやクローシュは強いが、レン自身はまだまだ弱い。

 更に川崎で救った5人の少女たち。エマにエアリス。彼女たちも守れるものであれば守りたいと思っている。


(守りたい物の大きさと僕の強さがまだまだ釣り合っていないんだよな)


 だからと言って無理やり魔力炉を励起させるような無謀なことはできないし破裂するとわかっている〈精霊眼〉を移植したりもできない。

 レンの感覚と実際にやってみた感覚では良い意味でズレがあり、レンの肉体は思っていた以上に早く強くなっている。魔力炉の励起も〈龍眼〉の移植も馴染むのが思っていた数倍は早い。

 それでもレンよりも強い者たちは多くいる。そんな相手と敵対してはいけないし意識されても本来はいけないのだ。

 しかしレンの性格上、売られた喧嘩は買うし、助けたいと思った者は損得抜きで助けてしまう傾向にある。

 その結果が今だ。玖条家を巡る状況はあまりよろしいとは言えない。細い糸の上をふらふらと綱渡りしているようなものだ。

 以前なら日本から逃げ出してしまえば良いと思えたが今はそう簡単に日本から逃げ出してしまうという選択肢は取り得ない。

 縁を深めすぎてしまった娘たちがいる。


「ダメだ、少しネガティブになってるな。思いっきり魔法を放って発散させよう」


 凛音たちに会い、少し考え込みすぎた。

 レンは過去愛用していた杖を持ち、魔法練習場に移動してぶっ倒れるまで魔法を放った。



 ◇ ◇



「レンくん、予兆が確信に変わったわ」

「つまり妖魔が出る日がわかったということですね、麻耶さん」


 花火大会の翌々日、レンは麻耶からの電話を受けていた。

 蒼牙や黒縄で連れて行くメンバーも既に選定は済ませてあるし、魔道具などの準備も終わっている。

 玖条家としてはいつでも出られる状態にしてある。


「えぇ、明後日の夜中になりそうよ。場所は変わらないわ。24時に集まって貰っても構わないかしら」

「大丈夫です。少し前に着くようにしますね」

「そうしてくれるとありがたいわ。何人くらい来てくれるのかしら」

「30人いるかいないかと言うところですね」

「えっ」


 電話口から麻耶の驚きの声が上がる。


「どうしました」

「いえ、思ったよりも多かったから驚いただけよ」

「万全を期しておこうと思いまして」

「ありがとう。助かるわ」

「それでは、明後日の夜に」

「えぇ、よろしくね」


 そこで電話は切れた。

 本来は15人程度の予定だった。だが葵とエマ、エアリスが参加するということで参戦人数を大幅に増やしたのだ。

 だがそんな裏事情を麻耶に話す必要性はない。

 玖条家は如月家の要請に予想以上の援軍を出した。その結果さえ残れば良いのだ。

 後は死人を出さないことだ。

 吾郎に占って貰ったところ、占いの結果は混沌としていたらしい。かなり読みづらく、どうなるかわからないと言われてしまった。

 ただし危険度が高いのは間違いない。

 神霊級の敵が出るのかと問うたがそんな気配はないと吾郎は断言した。

 神霊級の妖魔ではないのに危険度が高く、吾郎でも結果は占えない。

 そこにレンは危機感を覚えていた。

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