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「やぁ、綱吉。注文の品はできてるかな?」
「おう、坊主。刀の方は年単位で時間が必要だろうが盾の方はできてるぜ」
「盾ができているなら十分だよ。それを取りにきたのだからね」
レンたちは鍛冶師の綱吉の工房を訪れていた。
目的は盾だ。
大陸から訪れた龍は様々な素材を落とした。鱗に棘、角に髭に爪や牙など。
大半は荒れた海の底だが回収していた者たちもいる。
当然レンもカルラに頼んで様々な部位を回収していた。ただほとんどは〈収納〉の中だ。
レンが綱吉に預けたのは棘と鱗だ。
本物の受肉した龍の素材を見て綱吉は嬉しい悲鳴を上げて喜んだ。
しかし残念ながら大陸の龍の素材を武具にするノウハウは、失伝してしまいないらしい。
ただ龍鱗粉を魔鉄に混ぜ、刀を打つことでかなり良い霊刀が作れるという文献は残っている。当時は秘伝や口伝だったので細かいレシピなどは残っていないのだろう。
それ故綱吉はどの程度の龍鱗粉を混ぜ合わせれば良いのか、炉の温度は、打ち加減はなど試行錯誤しながらやらなければならず、すぐには刀や槍にすることはできないと残念そうに言っていた。
棘は特殊な砥石で研げばそのまま槍の穂先にできるかもと言っていたが。
ただ盾は別だ。レンが鱗を盾にして欲しい形に斬り、魔鋼で周囲を覆い、持ち手部分を作る。それだけだからだ。
正直な話を言えばレンは自作することができる。しかしこういうのはきちんと注文して作って貰ったという実績を残すのが大事なのだ。
龍退治に赴き、そこで得た鱗を綱吉に渡し、盾に加工して貰う。
この情報は全く隠していないので今後玖条家には龍の鱗の盾を持っていることを誰も疑わないだろう。
実際あの戦いに出た者たちも同様に龍素材を様々な鍛冶師に持ち寄っているらしい。綱吉にも他家から同様に素材が持ち寄られ、相談されたと教えられている。
「とりあえず12個作った。残りの納品はもう少し時間が欲しい。流石に他の客の注文を遅らせるわけにはいかねぇからな」
「そこまでしなくて良いですよ。ありがとうございます」
(これで本当に危険な時は自作の物も使えるようになるな)
見た目は似せなければならないが、水晶竜の鱗を使った盾ならば今回納品された盾などよりもはるかに性能が良い。
レンは隠せる部分はできるだけ隠そうとは思うが、自身や身内の命に替えようとしてまで隠そうと思っているわけではない。
竜や龍の鱗は厚さ2cmから50cm以上あるものもあるが、薄い物は戦闘服の中に仕込んでも良い。
魔力を込めれば物理、魔法共に強力な防御力を誇る。
実際今回作って貰った龍鱗盾も物としては悪くはない。むしろ現在の日本の状況ではかなり上位の盾にあたるのではないか。
「うん、思ったよりも軽い。使いやすそうですね」
「実際使ってみて不具合があったらいってくれ。命があったらな」
「あははっ、そうならないように努力します」
「この稼業もな、ふと客からの連絡が来なくなって調べて見たら死んでいたなんてざらなんだ。坊主みたいなわけぇのが居なくなっちまうのはな、何度あっても慣れねぇもんだ」
綱吉は鷺ノ宮信光から紹介された鍛冶師だ。日本でも5本の指に入るだろう。そんな綱吉の客に成れる者たちも当然退魔士の上澄みだけだ。
それでもやはり死人は出る。
伊達に様々な優遇がされているわけではない。退魔士稼業というのはそれだけ死亡率の高い職種だ。
獅子神家も2年と少し前の襲撃で幾人も死亡者が出た。そして同様の襲撃事件は全国で起きていたのだ。一体何人の死者が出たのかなどレンも知らない。
片平家はレンが手を下した。
大水鬼との戦いでも斑目家の多くの人員が命を落とした。
龍との戦いでは100に近い退魔士が命を落としたり引退に追い込まれたりしたらしい。
他にも単純に妖魔や怨霊との戦いで命を落とす退魔士たちが年間どの程度いるかはわからないが、普通に妖魔や怨霊と縁のない生活をしている人々と比べれば圧倒的な死亡率になるだろう。
「この盾でうちの者たちの命が多く守られるんです。自分の仕事を誇ってください」
「そうだな、つい悪い方向に考えちまったな。龍との戦いで知り合いが死んじまってな」
綱吉が少し暗い雰囲気だったのはそのせいだったらしい。
「いい奴ほど先に死んでいく、なんて言うが本当かもしれんと思っちまうよ」
「なら僕は長生きしますよ」
「はははっ、まぁ坊主はあの鷺ノ宮様からの紹介状を持ってきたヤツだからな。普通じゃないか」
「なんですかそれ」
「信光様が当主になってからうちへ紹介状なんて書いたのは初めてだぞ。見た時は目の玉が飛び出るかと思ったぜ」
笑ったことで少し場が明るくなった。
そういえば信光の紹介状を見せた者たちは全員ぎょっとしていたなと思い出した。そして慌てて本物かどうか問い合わせるのだ。
レンは3タイプの大きさの違う盾を綱吉から受取り、それぞれ同じ型の物を作ろうと思いながら綱吉たちの鍛冶場を去った。
◇ ◇
『やぁ、ボス、今暇か』
「アーキル、日本語を覚えたんだから日本語を使えと言っているだろう」
「あぁ、ついな。すまん。英語のが楽なんだ。日本語と中国語は少し難しい」
「僕らに言わせればアラビア語よりよほど簡単だけどね。そこらへんの差異は仕方がないさ。それで、用事は?」
「あぁ、新人たちに勧誘が来た」
「またか。しばらくぶりだね」
「全くだ」
勧誘と言ったが要は引き抜きの誘いだ。玖条家から抜けて別の家の傘下に入らないかと言うのが表向きの理由で、玖条家内部を調べたいというのが裏向きの理由だろう。
そうでなければアラブ系の術士を日本の退魔士の家が雇う理由はほとんどないと言って良い。
アーキルたちは傭兵だ。つまり金で雇われれば何でもする戦闘集団だ。それを知る者たちは新参の玖条家が出せる額よりもはるかに高い額を提示して蒼牙の人員を引き抜こうとしてきていた。
しかし蒼牙の初期メンバーたちは自身の首か忠誠かを天秤に掛けてレンに仕えることを決めた者たちだ。
戦場で散るならともかく、そうでないのに失われるのが決まっている自分の命に値段をつけるバカはいない。
故に幾度引き抜きの誘いが来ても、それがどんな好条件だったとしても蒼牙から抜ける者はいなかった。
黒縄も同様だ。忠誠を誓っていた斑目家から派遣され、今は玖条家に忠誠を誓っている。
しかし新人たちは違う。蒼牙には新しい人員が増員され、彼らはまだ傭兵気分が抜けていない。
レンとアーキル、カースィムなどがその力でわからせ、〈制約〉だけでなく別の〈契約〉まで掛けた新人たちは玖条家を探る者たちにとっては格好の標的なのだろう。
「それで?」
「あぁ、当然断らせたさ。むしろちゃんと本人たちがこういう勧誘を受けたと報告してきたぜ。来ると予想してたからな、こういう誘いがあっても絶対乗るなと先に忠告しておいたしな」
「忠告? 脅しだろう」
「似たようなものさ。どちらも破れば首が飛ぶのに違いはない」
レンは面白かったのかあははと笑った。
「ならいいさ。条件はそんなに良かったのかい?」
「玖条家の10倍出すと吹いたらしいぜ」
「そう難しい額じゃないな。うちはそんなに出していないからな」
「その分仕事の頻度が少ないさ。命の危険もな」
「今度命の危険がある仕事が舞い込んでる。伝えただろう?」
如月家から強力な妖魔と戦うのに玖条家が参加するとは聞いている。当然アーキルたちも動員されるだろう。蒼牙の中で何人連れて行くかはまだ聞いていない。
「強力な妖魔と言っても黒蛇の神霊や龍ほどじゃないだろう」
「そう願いたいね。実際何が出てくるかはわからないみたいだし」
「あいつらも日本の平和さにダレて来ていたところだ。龍との戦いに連れて行かなかった人員を全員連れていこう」
「蒼牙からは10人と少しくらいの人数の予定だよ」
「わかった」
アーキルはレンと別れ、蒼牙のメンバーが訓練をしている訓練場に向かう前に振り返り、レンの後ろ姿を見つめた。
2年近く前でも当時のアーキルと同等の力を示したレンはこの2年間で異常な速さで強くなっている。
本人が前に出たがるのが将としては玉に瑕だが、レンの本質は戦士だ。しかもとびっきりに危険な。
〈制約〉には相手の方角と距離がわかる力があると聞いている。つまり逃げることもできない。だがあの時断れば全員の命はなかった。レンの提案に乗る、その判断に誤りも後悔もない。
実際レンは良い上司だ。くそったれた紛争地帯の組織や狂信的に教義にかぶれた上司よりは余程良い。
『良いボスなのが本当に良かったぜ』
アーキルは今一度部下たちに自分の命の値段を履き違えるなとしっかりと釘を刺すことに決めた。
◇ ◇
「ただいま」
レンが自宅に帰ると小さなぬいぐるみたちがレンの足元にじゃれてくる。
レンたちが作ったハクたち用の依代だ。
声を出す機能はつけられなかった為、無言で構って構ってとねだってくる。
ついでにシロがキャンキャンと寄ってきた。ハクたちとも仲良くしているようだ。
「わかったわかった。夕食と風呂が終わったらそっちに行くから」
リビングに入ると先に帰って夕食を作ってくれている葵がいる。
「おかえりなさい、レン様」
「ただいま、葵。いつもありがとう」
「もう準備終わりますから座って待っていてください」
玖条ビルで夕食を済ませない時は葵が先に帰ってレンの夕食の準備をしてくれる。
葵の食事の腕もかなり上がり、今でも水琴や料理の得意な者たちに教えて貰っていたり、動画や本などで勉強してレパートリーも増やしている。
レンも食事は作れないこともないが大雑把な料理しかできない。
繊細な料理が作れるようになった葵や元々得意な水琴には当然かなわない。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です」
2人で食事を取り、今日も美味しかったと葵に伝え、準備されていた風呂に入り汗を流す。
葵は一緒に〈箱庭〉にそのまま来ることもあるが今日は帰る日のようで食事の後で家に帰っていった。
着替えて〈箱庭〉に入るとハクたちがすでに待っていた。
ハクはお座りで、自由気ままなライカはぐでんと地面に体をつけて、エンは目を閉じて眠っているように思えるが赤い尻尾が揺れている。
「今日はちょっと作業をするから邪魔しないでね」
彼らは聞き分けがいい。言えばちゃんと守ってくれる。
レンに直接会えるだけで嬉しいという思念が伝わってくる。
彼らの顔を両手で順番にくしゃくしゃにしてレンは別の〈箱庭〉に入る。
「〈精霊眼〉はやっぱりまだダメか。知ってたけど」
〈龍眼〉ですらまだ使いこなせていないのだ。しかしこの身体は〈龍眼〉と相性が良かっただけあって馴染みが良い。レンの思っていた以上にその性能を引き出せている。それでもまだ2、3割程度だが。
うっとりと〈精霊眼〉のガラス瓶を見つめる。いずれこの瞳の片方が自身の物になるのだ。
「そういえばあの高位森妖精族、良い男だったな」
レンがこの〈精霊眼〉を手に入れたのは森妖精族の里でのことだった。
きちんと森妖精族の里への通行証を取り、訪れたのだがなぜか森妖精族たちは殺気立っており、話が通じなかった。
仕方がないので攻撃を仕掛けてきた森妖精族たちを死なない程度に痛めつけた。
森妖精族の里と敵対するつもりはなかったのだ。
聞いてみると4日前に森妖精族の子供が数人攫われたらしい。
森妖精族の里から森妖精族の子供を攫うのだからよほどの手練れだろう。
レンは攫われた子供の親の魔力を覚え、探索魔法を唱え、里から離れていく森妖精族の魔力を捕まえた。
そして森妖精族の子供を取り返したのだ。
相手は傭兵という名の盗賊だった。名の知れた傭兵団の小遣い稼ぎだったようだ。裏には当然貴族が居た。
しかしレンに知られたのが運の尽きだ。彼らの処遇は土の下で永遠に眠らされることになった。貴族に対しては敵対している貴族に情報を流しておいた。森妖精族の人身売買はその里がある国の王国法では重罰だったからだ。
そこで里長の息子だというのが出てきた。彼はレンのことを知っていたらしい。正式な通行証を持っていたローダス帝国の大魔導士を確認もせずにヒト族だからと襲った若い者たちを叱り飛ばし、そして1人も殺さず、攫われた子供を取り返してくれたことに関して森妖精族式の最上級の礼をした。
そして叶えられることならば何でも叶えると言った。
その男は珍しく高位森妖精族だった。〈精霊眼〉の質も非常に高い。
レンは億面もなく、その瞳を寄越せと要求した。自身に適正がないと知りながら。
そしてその高位森妖精族は即答で頷いたのだった。
レンも鬼ではない。彼の物ほどではないがすでに持っていた中級の〈精霊眼〉を彼の〈精霊眼〉を抜き取ったあと移植し直した。
精霊との関わりや契約に多少の不便を感じるであろうし、今後彼がどのような人生を送るかはわからないが、高位の〈精霊眼〉を手に入れたことを単純に喜んでいた。
レンが傷つけた森妖精族たちを回復させ、荒れた森も直した。結界も綻びているところがあったので強化した。
そして10年に渡り、レンはその森妖精族の里の守護を約束した。
高位森妖精族や他の森妖精族たちは貰いすぎだと霊樹の枝や実など希少なアイテムをレンに譲り渡してくれた。当然レンが元々目的にしていた薬草も案内付きで採取を手伝ってくれた。
「ふふふっ、楽しみだなぁ。おっといけない。こんなことをしている場合じゃなかった」
魔剣、魔槍などが並ぶ武器庫に赴く。
相変わらず弱いレンは彼らの一部を除くほとんどに嫌われている。
残念ながら今のレンに使われても良いと言う魔剣はなさそうだ。
素直に手持ちの武器防具でなんとかすることにしよう。
4つ目の魔力炉の励起もまだ早い。
だが無理やり励起した3つ目の魔力炉は意外なほどレンの身体に馴染み、予想していたロスはほとんどなく稼働している。
玖条漣という新しい身体は本当に素晴らしい。
レンの500年を超える経験や予測を遥かに超えている。
急ぐ必要はない。この新しい身体の素晴らしい適正について過剰に期待し、無理が祟ってはいけない。調子に乗って良いことなど大概はないのだ。それをレンはよく知っている。
しかし今回の如月家の件はおかしいと感じていた。
吾郎の占いでも油断は禁物だと言われている。
凛音の予知では今回の妖魔退治はそもそも予知として現れなかったらしい。凛音は〈箱庭〉内では予知ができない。それも仕方ないだろう。
ナニカある。危機感知がピリピリと首筋を泡立たせている。
そして今回は獅子神家も参加するのだ。
如月家はどうでも良い。精々麻耶に縁があるくらいだ。潰れてしまえば麻耶を引き取っても良いだろう。
だが如月家が本当に潰れれば近隣は大騒ぎになるし、玖条家にも面倒なことが舞い込んでくるだろう。鷺ノ宮家も口を出してくるかもしれない。
「優先順位は自分、水琴、玖条家、獅子神家、その他だな」
そこを間違えなければそれで良い。
如月家は玖条家の戦力を見極めたいのだろう。ならば多少は見せてやっても良いのではないかと考えた。
警戒はされるであろうが、手を出しては行けない。そう思わせれば上々だ。
なにせ玖条家を探る頻度が最も高いのが如月家だからだ。
レンにとっては如月家が今回のことで戦力を落とし、玖条家とは仲良くとは言わないが今後手を出さず、隣人として中立の立場に立ってくれることを願っていた。
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