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「レン様また無理しましたね?」
「まぁちょっとだけね。荒事の可能性が高いんだ。準備はしっかりしとかないとね」
葵はレンがソファでぐったりしていたので膝枕をしながら苦言を弄していた。
龍との戦いでも行わなかったことを今やるということはどれだけの危険度があるのだろう。
しかしいうだけのことはあるようでレンから感じられる霊力は格段に上がっている。霊力量だけで見れば以前の葵や美咲にも匹敵する。
会ったばかりの時は年若い葵たちにも遥かに届かないほどだったのだがほんの数年でコレだ。
それにレンの真価は霊力量などではない。その霊力の制御能力や500年を超えて生きたという知識と戦闘経験。神剣と呼べるほどの武具や従えている神霊たち。〈箱庭〉や〈制約〉と言った独自の術式。〈収納〉の中にはどれだけの劇物が入っているか葵も知らない。
そして玖条家が抱える精鋭たち。黒縄に蒼牙、そして仙人と僵尸鬼と呼ばれる者たち。
総合力で言えばレン個人だけでも藤森家など即座に潰せるのだ。
「龍見物に行く時にもしなかったのに今回はそんなに危ないんですか?」
「どうかな。ただ源家の戦いを垣間見たからね、争いになるなら底上げしておいた方が良いかなって」
今はまだレンの言うところの「調整」が終わっていないらしいのでいつもよりレンの体内霊力が荒れているのがわかる。
普段は凪いだ湖のように静かな霊力が葵でなくとも気付くだろう程度に漏れている。
葵たちもレンに鍛えられて個人としては強くなった。同年代どころか実戦を幾度も経た術士並の戦いはできるし、レンに与えられた緊急用のアイテムや高位の武器などでそこらの術士は蹴散らすことができるだろう。
実際〈蛇の目〉の山の外での戦いではエアリスも居たとは言え数に勝る術士たちを制圧することができたし、プロとして働いている黒縄や蒼牙などの訓練にもついていけている。
そうそう実戦には出されないが、稀に近くに湧いた妖魔などの退治などには赴いている。
「霊力が荒れていますよ? そんなので大丈夫なんですか?」
「すぐ慣れるさ。戦闘する分には問題がないよ」
葵はレンのサラサラの髪の毛を手で梳いてレンを見ていた。
レンは逆らわずに静かに丹田に手を当てて集中していた。
「調整」がほんの数日で終わるわけがない。つまりレンは「調整」よりも出力を取ったのだ。
「今回も連れて行ってくれないんですね」
「そうだね。もう行くメンバーは決まってるし、危険度も高いからね」
「早く信頼されるくらい強くなりたいです」
「葵は十分その年齢では強いと思うよ?」
「そうじゃないんですよ、もうっ」
確かに葵は女子陣の中でも強い方だろう。実際に戦闘や諜報を生業としている黒縄や蒼牙とも引けを取らない。
レンと共に居るようになり、レン式の修行をするようになってから全員の実力は遥かに伸びた。
だがまだまだ葵たちはレンの意識内では「庇護者」なのだ。
本気の戦闘の時に横に並び立ち、一緒に戦うメンバーとして数えられていない。
あの山での突発戦闘などは別だが、藤森家との決闘メンバーに数えられていなかったし龍見学にも連れて行って貰えなかった。
葵は別に戦闘が好きな訳では無いが、どんな時でもレンの隣に常に居たいと思う。
そしてレンは退魔の家の当主として荒事とは無縁では居られない立場に立っている。ならばそれに並び立つ力を得て、実際に並びたい。
だがレンはまだソレを許してくれない。それが歯がゆいと思った。
(過保護なんですよね。怒っていいのか喜んで良いのか迷います)
「レン様が戦う時は一緒に横に居たいです」
「気持ちはわからんでもないけど今回はダーメ。戦うかどうかはわからないけれど、源家は侮れないからね。守れないかもしれない戦いの場には連れて行きたくないな」
(むぅ。可愛く拒否されてしまいました)
こうなってはレンは頑として譲らないのを知っているので葵は諦めた。
日々修行してレンに実力を認めさせなければならないのだ。先日の山の戦闘は突発戦闘だったので一緒できたが、危険だからと〈箱庭〉に突っ込まれてもおかしくなかったし、実際その後は〈箱庭〉に突っ込まれた。
レンは自分のことは置いておいて学生の間は危険な実戦よりも修行でしっかりと地力をつけるほうが優先だという意識が強い。
間違っては居ないのだろうが、今すぐに横に並び立ちたいと願う葵の想いは叶わない。
「あれっ、寝ちゃったんですか」
気がつくとくぅくぅと寝息が聞こえてきた。
警戒心の強いレンが自身の膝で寝てくれるというのは嬉しいことだと思う。
とりあえず葵はタオルケットを持ってきて貰えるように小さく声を掛けた。
◇ ◇
「よし、準備完了かな」
鬼一法眼の元で源家との会合の日取りが決まり、連れて行く人選も決まっている。
レンは今回は例外だと竜鱗盾や普段つけない高位の魔獣の革防具、腰にはフルーレと小茜丸、修験道の奥義書を見て作った札などを準備し、確認した。〈収納〉の中にも即座に使えるように様々な魔道具を仕込んである。
〈箱庭〉から5人を出すわけにも行かないので黒縄に車を出させ、襲撃に加わった李偉たち4人、それと凛音を伴って移動する。
場所は東北にある山中らしいが〈蛇の目〉の本拠とは違う山だ。
車で行けるところまでは車で進み、そこからは小天狗の案内で山中を歩く。
『ココか』
『結界が張ってあるな』
中に入ると先程まで見えていた山林は変わらないが、空間の感触が変わったことに気付く。
ただ感触が普通の結界ではない。単なる結界ではないのだろう。
『外域か。また随分大物だな』
『そう言うのかい?』
『あぁ、神域の外に別の結界が張ってある。神域が家なら外域は外壁さ。要は神霊の縄張りだな。質を見ればそこの管理者のレベルも推し量れるぜ。仙人なんかも似たような場所を作るしな』
『これが神域の感覚。普通の結界とは違いますね』
『一応作り方なんかは知ってはいるけど僕はまだ張れないなぁ』
『紅麗も修行を続ければ作れるようになるよ』
レンと李偉が話していると神域が初めてな紅麗がキョロキョロと周りを見回し、吾郎が説明をしている。
凛音たちの居た玄室と呼ばれる場所も神域に近い特殊な結界だった。
今のレンではこのレベルの結界は簡単には破れない。
(この前の龍もそうだけど、こっちの世界も化け物ばかりだな)
案内の小天狗は寡黙で何も喋らずに山中を進むばかりだ。
原生林で道などないのだが木や草が小天狗が進むと同時に避け、道が作られていく。
「ココだ」
渋い声で小天狗が声を発すると霧に包まれた場所が現れる。
レンが凛音の手を引きながら中に入るとそこは不思議な空間になっていた。
地面は土ではあるが草1本生えていない広い空間。山中だというのに傾斜もない。時間も日が暮れたはずなのに淡い光が満ちている。
感覚もさっきの外域と呼ばれる結界内とは違う。聖気が溢れ、空間中に満ちている。
ただココは鬼一法眼の本拠ではないのだろう。一時的に、この会合のために作られた場所だとレンは思った。
『アレがミナモトか。なるほど、強そうね』
『確かに強いね。でも紅麗、勝手に暴れちゃだめだよ』
『わかってるわよ』
紅麗がニヤリと20mほど先に居る6人組を見て獰猛な笑みを見せた。
吾郎がやる気満々な紅麗を宥めている。
(先日見た術士も居るな。それに向こうも女性が居るけれど神子の1人かな)
源家は中央に義経と思われる男、そしてその脇に同年代の男が2人、後ろに龍撃退の戦いで見た青年と少し年上らしい男と1人だけ20代後半に見える女性も居る。
全員武装していて魔力も高く、制御力も高いのが見ただけでわかる。立ち姿からしっかりと鍛えているのも見て取れる。
レンたちは5mほど彼らに近づき、そこで止まると1人の男が前に出て声を掛けてきた。
「源家頭領、源三郎義経だ」
「玖条家当主、玖条漣」
「驚いたな。少年で、しかも退魔の家の当主か。後ろに居るのは中国の道士、いや、仙道か。道理で大陸の術士を当たった伊達家が掴めぬ訳だ」
「僕は見た通りの年齢ですよ。後ろの彼らは違いますけどね」
義経は3~40代に見え、和装に胸当て、籠手、脚絆などをつけ、2本の刀を佩いている。
義経は見ただけで吾郎や李偉の正体を見破ったらしい。
「凛音っ!」
「四郎、控えろ」
「義経伯父様、久しぶりでございます」
「うむ、久方ぶりよな。未だに我らはどうやって凛音たちが抜け出したのかわかってもおらぬ」
「お互い少し緊張を解いて話せば良い、ピリピリとして敵わぬ」
凛音に青年が声を上げ、それを無視して凛音は義経に挨拶をした。そしてレンたちを見ていた少し離れた場所に居た鬼一法眼が声を出した瞬間、ぐっと圧が掛かる。
ソレはレンたちにだけでなく、源家の者たちにも同じようで、一瞬苦しげな声を上げた者も居た。
(やっぱりかなり敵対視されちゃってるなぁ、仕方ないけど)
即座に戦闘が行われて居ないのはココが鬼一法眼の神域だからだ。
鬼一法眼がどのような考えでこの場を用意したのかはレンは聞いていない。ただ単純に源家側という訳ではないように見える。
(武蔵坊弁慶、見たいな)
レンは鬼一法眼の圧力が消えた瞬間、そう思った。
◇ ◇
(玖条家か、今回のことに関わって居たとは全く思わなかった。しかし若いのに老練な神霊のような雰囲気を持っている)
義経はレンを見て、そしてレンの引き連れている者たちを見て気を引き締めた。
玖条家の名はちらりと聞いたことがあるくらいで、義経自身はそれほどの情報は得てなかった。
今回の件で伊達家が調べた情報では容疑すら掛かってなかったはずだ。
ただ関東に生まれた新たな異能者が、恐るべきスピードで新しく退魔の家を興したことは東北にも話だけは届いているし、その異能者の覚醒の予言が有ったことは報告書で見た覚えがある。
レン自身はそれほどには見えない。だが術士というのは単に霊力や呪力などでは測れない。
強力な式神や義経のように守護鬼神を使う術士も居るし、呪術士や結界士、治癒術士など異能とは幅広いものだ。
(あの後ろの女、何者だ)
特に義経が気に掛かるのは紅麗の存在だ。明らかに存在感が違う。襲撃時に2人の女が居り、そのうちの1人は明らかに桁が違ったと報告があったが、後ろのメンバーが襲撃時のメンバーならば確実にソレだろう。
2人の女は明らかに人ではない気配があるし、残り2人の男たちも気配を隠しているが相対しているだけで首筋がチリチリとしてくる。
影の中にいる弁慶からも警戒の警告が飛んできている。
「我々はあの襲撃を大陸の術士からだと思っていたのだがね、なぜ日本の退魔の家が〈蛇の目〉を襲撃し、神子たちを奪ったのかね」
世間話という場でもないだろう。義経はズバリと最も聞きたいことを問いかけた。
「理由は2つ。1つは呼ばれたんですよ。もう1つは偶然ですね。僕はアソコに入って逃げ出した後までアソコが〈蛇の目〉だったとは知りませんでしたし」
「呼ばれた、とは?」
「それはわたくしです。伯父様。わたくしはあの小さな世界から出たくて、レン様を招き入れました」
驚くべきことにレンは〈蛇の目〉を襲撃するつもりではなかったのだと語る。と、いうよりも襲撃した相手が〈蛇の目〉であったことを知らなかったと言い切った。
「それだけではわからん。もう少し詳しく教えて欲しいものだな」
「良いでしょう。別に隠すことではありませんから」
レンと凛音はお互いに補足しながら〈蛇の目〉襲撃の件を語った。
凛音は〈千里眼〉に目覚め、隠していたこと。レンの覚醒と、レンに〈蛇の目〉から救い出される未来の可能性を垣間見たこと。そしてその未来に向かうように祈りを捧げていたことを義経に語る。
レンは覚醒当初から凛音の〈千里眼〉を感知していたが、どこから視られて居たのかは全く不明なままだったこと、ふらりと〈蛇の目〉の近場を飛んで居た時に強力な視線を感じ、〈蛇の目〉本拠に近づいたところで巡回していた陸奥家から攻撃されたので反撃を行い、そのまま〈蛇の目〉を襲撃して視線の主である凛音を連れ去ったことを話した。
「全員が〈蛇の目〉を出たいと思っている訳ではないでしょう。ですがわたくしは外の世界に出たかったのです。戦闘時に死んだ方などには申し訳ないとは思いますが」
凛音は最後にそう締めくくった。どうやって17人もの人間を見られることすらなく連れ出したかなどは不明だが、凛音は数年掛けて〈蛇の目〉から外の世界に出ることを望み、動いていたらしい。
と、言っても結界内に居る凛音はレンの覚醒や戦いを〈千里眼〉で視て居たくらいで、襲撃時までずっと密かにその日が来るのを待っていたくらいだ。
実際凛音ができたことなどほとんどない。神子長の1人ではあるが予知や予言は他の神子長や神子たちなどからも出され、その中で確度や重要度の高い物などを選んで日本中の〈蛇の目〉と契約している組織に連絡が飛ばされる。
凛音だけが敢えて違う予知を行ったとしても、それで〈蛇の目〉の活動が変わることはないし、実際凛音の予知の精度は長の1人を任されているだけあって非常に高かった。
実際に義経は凛音もレンも、嘘を言っていないと思った。
ただ当然ながら言ってないこともあるだろう。例えば彼女たちをどうやって連れ出したのか、そしてどこで匿っているのか。
伊達家は神子たちの行方も当然追っている。17名もの集団が、しかも全員が多寡はともかく霊力や神気を備えている集団が居れば隠し通すなど生半可なことではない。
ただそれを暴くことは不可能だ。どこの誰が自身の術式を敵方に詳らかに語るというのか。そんなことはどこの家でもありえない。
「ふむ、どうしたものか」
「親父っ、こいつらを蹴散らして凛音を取りもどす。そしてその後残党を処理して残った神子たちも取り戻す。それで良いじゃないか」
「四郎、今回は争いに来た訳ではない。会合、顔合わせだ。それに勝てぬとは言わぬが戦えば儂を含む幾人かが死ぬぞ」
四郎の言葉は単純明快だがそう簡単に行く話でもない。
相手も当然フル装備で警戒も高い。
何よりココは源家が返しきれない恩がある鬼一法眼の神域だ。
(……戦うなとは言われてはいないが、無傷では勝てまいな)
鬼一法眼とはあの時少し話しただけで、特に何も命じられていない。ただ単に、結界を割り、神子たちを連れ出した相手を見つけたから会わせてやると言われただけだ。
「そういえば」
「ん?」
レンがさらりと言葉を紡いだ。
「源家には守護鬼神として武蔵坊弁慶殿が居るとか。ぜひ見せて頂きたい」
「ほぅ、それも凛音から聞いたか」
「いや、鬼一法眼殿から」
「カカカッ、この雰囲気でそのような申し出を受けるとは思わなかったな」
義経が話している間、連れて来た者たちは口を開かなかった。
向こうの者たちも同じだ。
基本レンと凛音、義経だけが話していたのだ。
ただその間にお互いがお互いの力量を測り、視線だけで火花が出そうなほど緊張感は高い。
そんな中でレンは世間話のように源家の秘事を見せろというのだ。
次朗や四郎も一体何を言い出すのかとレンを見つめている。
「カルラ、クローシュ」
レンが2つの名を呼んだ瞬間、どこからか10mはある大蛇が2体現れた。
どう見ても神霊の類だ。どちらがどちらかはわからないが、水で肉体が構成された水蛇と、妖気を振りまく黒蛇が現れ、レンの体を守るように絡まり、2体が
ゾクリと背筋が凍り、冷や汗がでる。
義経は、おそらく他の者たちも2体の神霊がどこから現れたのか、どこに隠れていたのか全く感じられてすら居なかった。
そして奇襲を受けていれば少なくとも2人は死んだだろう。
「そちらだけに見せろというのはアレなのでこちらが先に見せましょう」
義経は自身の右手が柄に掛かっていたことにレンの言葉を聞いてその時に気付いた。
現れただけ、2体の神霊は義経たちに気を払ってもいない。敵意がないのだ。だがそれでも、その存在感だけで体が硬まった。
周囲を見渡すと他の者たちも武器や符を手にしている。
「会いたいというのならば拙僧は幾らでも出ようぞ。わっぱ」
そしてその緊張感の中、義経の影から勝手に武蔵坊弁慶が大薙刀を構えながら出てきた。
源家の守護鬼神。初代源義経と共に戦い、そして死してなお大怨霊となり、頼朝を含む源家やその裏に居た北条家に祟った。
鬼一法眼により2代目義経が救い出され、仏の道を悟されたことで鬼神となり、1000年近くの長い間代々義経を守ってくれている。
「弁慶殿、勝手に出られては」
「そこなおなごの気配だけで拙僧が出るには十分よ。更に大蛇の神霊まで現れたとなれば義経様の身になにがあるかわからぬ。わっぱ、拙僧こそ武蔵坊弁慶。見たいと言うたその姿、存分に見るが良い」
弁慶は大薙刀をブンと袈裟に振り下ろし、レンをギラリと睨んだ。
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