114

「鬼一法眼ですか? レン様は天狗に縁がありますね」

「レンっち凄い!」

「いや、別にすごくないんだけどね。どちらかというと目をつけられてる感じだから……」


 今日は美咲が聞きたがったので訓練の休憩中、〈箱庭〉で東北での龍との戦いの様子を映像を交えながら話していた。

 映像記録水晶には鬼一法眼の姿も映っている。

 と、言ってもレンはほとんど活躍らしい活躍はしていない。ほとんど見学しに行っていたようなものだ。

 映像でも巨大な龍と術士たちの戦いが主でレンはカメラマンのような立ち位置だ。

 試しに龍に斬り掛かって見たり、見せても良いレベルの魔法を撃ち込んでみたがあっさりと強力な鱗と纏っている魔力鎧でほとんどダメージらしいダメージは与えられてなかった。


 それは蒼牙たちも同じだ。

 魔力を込めた特製の弾丸も、アーキルの〈赫雷〉も龍には通用しなかった。多少のダメージは与えたが龍の再生能力と防御力の前に単純な力が足らなかったのだ。鱗が剥がれている箇所に撃ち込んでも肉は焼けたが貫くことはなかった。

 ただ他の術士たちの術の効き具合を見るに〈赫雷〉が効かなかったのは雷に対しての耐性が高かったのだろうとレンは思う。

 同等の威力だと思われる他の術式はそれなりに効果が出ていたし雷系の術式はほとんど使われていなかった。

 炎、水、風、雷などの術に対しての耐性が非常に高く、更に物理的にも強く、流石龍と言うべき強さを誇っていた。

 相性で言うとカルラは悪く、クローシュの方がまだ良いだろう。

 どちらにせよレンは今回に関してはあまり手を出す気もなかったので、消極的参戦となった。

 鬼一法眼に見つかってしまい、しかも〈蛇の目〉を襲撃したこともバレていたという予想外のことになったが、その場で戦いにならなかっただけでも十分僥倖だ。

 あの場で戦闘になればカルラやクローシュ、場合によってはハクたちにも出番が出てきてしまっただろう。


「天狗はまだ話せるからいいよね」

「どういう意味?」

「龍は急に襲いかかってきたわけじゃない。天狗は少なくともいきなり襲ってきたりはせずに言葉から始まったしね。奇襲されていたらかなりヤバかったね」

「龍も多分話せるよ? 言葉を話せるかどうかはわからないけれど、意思は通じるはず。それだけレベルの高い神霊が知能がないとかそういうことはほとんどないって聞くしね。日本語が通じるかどうかはわからないけれど、交渉する気がなかったんじゃないかな?」


 美咲はレンの言葉にそう返した。

 クローシュも言葉は話せないが意思疎通はできる。

 カルラとの念話とは違うが、何を伝えたいのかはわかるし、こちらの言葉や思念も通じている。

 藤や役行者、鞍馬山大僧正坊などは日本語が通じるし、話すことができる。


「そういえば龍王は人間の姿を取っているんだっけか。あの龍も人型になってたしな。じゃぁ話せるのかな? 話せなくても意思は通じるのか」


 今回撃退した龍は鬼一法眼に言わせれば龍王そのモノではない。四海龍王の眷属だと言っていた。

 それが正しいかどうかはわからないが、眷属でも話せる可能性が高い。それだけ格の高い神霊だった。ならば、今回襲ってきていた龍との意思が通じないことはない。

 そう美咲は言っているのだ。


(魔物の竜や龍も意思疎通はできる奴はいるもんな、そうだよな)


 神や精霊に近い存在の古竜や古龍も存在する。

 だが魔物の竜や龍は知能と戦闘力は高くとも話せない。

 だが〈契約〉することはできるし、〈契約〉した龍や竜と意思疎通を図ることはできる。下位の龍や竜は厳しいが、竜などに限らずハクたちのように上位の魔物はこちらの意思を受け取ることができる。

 鞍馬山大僧正坊や役行者に仕えている小天狗ですらコミュニケーションが取れる。

 ならば四海龍王の眷属である今回襲ってきた蛟龍も意思疎通はできる……可能性が高いとレンは認識を改めた。


「話し合いでなんとかなる可能性もあった?」

「いや、それはないんじゃないかな? すでに試してどうにもならなかったから戦闘になったんだと思うよ?」

「そっか」


 美咲はきっぱりと否定する。

 意思が通じても話が通じるかどうかは別だ。交渉を実際に行ったかどうか、どのように行ったかはわからないが、試しはしたのだろう。だが戦闘になってしまい、被害も大きくでていた。

 レンが戦場に行ったのは初日ではなく、戦いが始まって3日目だ。

 荒ぶる龍を鎮めようとする試みはすでになされ、そして失敗した。おそらくはそういうことだ。


(ちょっと見たかったな)


 日本の術士がどのようにあの龍と意思疎通を図り、争いを避け、元居た場所に帰って貰おうとしたのか。

 レンが着いた時にはすでに戦端は開かれていたので知ることすらできない。

 それと比べると大水鬼はコミュニケーションを取れそうな感じはなかった。

 強烈な破壊衝動と食欲のような、本能の塊に近い存在だった。


「大水鬼とも話せたのかな」

「神霊レベルの妖魔でも意思の通じない相手はいるよ?」

「そう言われちゃうと、大水鬼は話ができるような感じはしなかったかなぁ」


 強さとしては一段劣るのだろうが、その辺りの違いはレンにはわからない。


(意思が通じる相手と通じない相手の差異はなんだろう)


 考えても無駄なことに意識を引っ張られそうになったところで、葵が訓練を再開しようと言ってきた。



 ◇ ◇



『おかえり、李偉、どうだった』

『情報はある程度仕入れて来たぜ。しかし映像では知っていたがアレだけ変わると違う世界に迷いこんだ気分になるな』


 楊李偉は大陸に渡り、情報収集を頼まれていた。

 しかしほんの100年で中国は大きく進歩していた。日本の東京などよりも規模の大きい都市がいくつもあり、時代の流れを感じさせられたものだ。


「結論を言うとあの龍はなんというか事故だな」

「事故」


 そう、事故なのだ。

 調べた限り、中国で強力な神霊が暴れたのは事実らしい。しかしそれは龍ではなく、全く別の旧き神霊の1柱であった。

 中国の方士や道士たちはその神霊と戦い、その余波で眠っていた龍が起きてしまったらしい。

 寝起きの龍は急に自身の縄張りで叩き起こされたことに怒り、どうしようもなくなった仙人たちが無理やり日本に押し付けたというのが真相なようだ。


「なんだかなぁ。裏でどんな組織が動いているのかと邪推した僕が馬鹿みたいだよ」

「そりゃぁそうだな。俺だってどこのバカがやらかしやがったと色々と調べたが真相を聞いて頭が痛くなったもんだ。封印や討伐しちまえば他の龍の怒りを買うかもしれないからいつも通りに日本に押し付けたってとこだな。帰ってきた龍はそこそこ傷ついてたからまた黄河の中に戻っていったみたいだぜ」


 李偉の話を聞いてレンも呆れた表情を隠さない。

 最初に暴れた神霊も事件性はなく、単純に急に縄張りから出てきて暴れたという天災のようなものだったようだ。


「まぁあの国は昔からそうだからな。日本ほど管理がしっかりしていないしこういうことは数十年に1度はどっかで起こる。異民族なんかが支配者になったりすることもある国だから封印なんかも失伝することも多いしな。ただまぁ玖条家にとってはタイミングが良かったんじゃないか」

「そう思ってたんだけどね」


 レンは結局〈蛇の目〉に縁のある大天狗に見つかって向こうと会見を行うことになってしまったと言っていた。

 ただ〈蛇の目〉そのものと争う訳では無いらしいのでまだマシだという。


「そんなわけで李偉、紅麗たちにも来てもらうよ。何があるかわかんないしね。向こうには大天狗に鬼神までついているらしいから君たちの力をまた借りたい」

「そいつはまぁ豪勢なことだな。紅麗あたりは喜ぶだろうが吾郎は嫌な顔をしそうだ。だが断ることはないだろ、あいつらも共犯だしな」

「話し合いで済めばいいんだけどね、戦いになると僕が一番弱いのが問題だね。全面対決になっちゃうといくつか札を見せないと生き残るのも難しそうだ」


 札を常に隠したがるレンがそういうなら本当に相手の戦力は脅威なのだろう。

 仲間であるレンの切り札などは李偉たちも知らない。だが一時的にでも大天狗を殴り倒し、高位の神霊を従えているのだ。

 レンが本気になればなんとかなる、そう李偉は確信していた。


「李偉たちも必要ならリミッターを切って構わないよ。それだけ余裕がないんだ。戦いじゃなく話し合いで終わればいいんだけどね」

「そりゃ無理だろう」


 アレだけ暴れて相手の急所の1つを奪ったのだ。更に大量の死人も出した。敵対しない未来などどこにもない。

 だからこそレンは見せたくない力を見せつけてでも和睦に持ち込むつもりなのだろう。

 紅麗を連れ出すというだけでも本気具合が見える。


「まぁ龍に関してはそんな感じで裏はない。他にも色々情報を仕入れてきたから後で報告書に纏めておくぜ。あっちはあっちで他にも色々とあるらしいから日本にちょっかい掛ける余裕はなさそうだったぜ」

「そりゃ僥倖だね。先日の龍を10体でも放たれたら術士だけじゃどうしようもない」

「向こうも神霊を操るほどの術士は少ないし、仙人は基本自分たちの修行にしか興味がないからな、まぁ大丈夫じゃねぇか?」


 過去親交があった者たちと話してきたが、仙人に至った者たちは基本的に引きこもりが多い。また、中国は国土が大きいのもあって怨霊や妖怪などの事件も桁違いに多い。今の政府はそこらへんの管理がずさんで、向こうは向こうで大変だそうだ。

 それを伝えるとレンは「どこも大変だな」とため息をつきながらも李偉の働きを労い、金銭や報酬を約束してくれた。



 ◇ ◇



「凛音、君には同行してもらうよ」

「かしこまりました、旦那様」


 凛音はレンに源家との会合についてくるようにと言われ、即座に返答をした。

 元々今回の一連の事件は龍のことを除けば凛音が発端だ。

 同行せよと言われれば否はない。

 連れてきた神子見習いや侍女たちの生活を保証してくれ、この件が終われば外の世界に出してくれる約束もしてくれている。


「大丈夫、凛音の身はちゃんと守るから」

「ありがとうございます」


 年少の可愛らしい少年だがきっぱりと守ってくれると約束してくれる。未だ源家の者たちには敵わないだろうが、その表情に不安はない。

 その自信のある表情を見て、また、守ってくれるときっぱりと言ってくれた姿にトクンと心臓が跳ねる。

 実際凛音が見た予知でレンの命が危なくなることはないはずだ。源家との争いについては予知はなかったが、今後起きる大きな事件にレンが絡む予知を凛音は見ている。

 源家との話し合いがどうなるかはわからないが、レンの命が掛かるということはそうないはずだ。


 レンの未来はこれからも安穏とは行かないが、それらを跳ね除けるだけの力を有していることを凛音は知っている。

 今のレンはまだ卵の殻を破った雛鳥のようなもので、いずれ天空を統べる龍になるだろうことを凛音は疑っても居なかった。


「生活に支障はない?」

「多香子さんが色々教えてくれていますし、侍女たちもおります。この前は料理も習ったのですよ。まだまだですがそのうち旦那様にも食べて頂きたいと思います」

「それは楽しみだ」

「〈蛇の目〉ではそのようなことすらできませんでした。連れてきた子たちも新しい生活に馴染んで来ていますし、不便はありません」


 実際箱入りだった凛音は包丁1本握ったことがなかった。自分で作った料理はまだまだ侍女や多香子には敵わないが、自分で作ったというだけで達成感がある。

 いずれ納得行くものができたらレンにも食べてもらいたいと思っている。

 〈蛇の目〉ではできなかったことが許される。それだけで凛音はレンに連れ出してくれてよかったと思っている。


「それにしても旦那様ってのは確定なのかい?」

「籠から連れ出してくれた恩人ですもの。それに源家と神子の血を引いた子は玖条家にも十分利益になると思いますわ」

「そういう風に女性を見るのはあまり好きじゃないんだけどな」

「それでも、わたくしは旦那様をお慕い申し上げております。受け入れられなくともこの心は変わりません」

「そう言われると弱いな。それに助けを求める凛音の手を取ったのは僕だ。その責任を放棄する気はないよ」


 レンは源家との会合で凛音たちを引き渡す気はないとはっきりと宣言した。

 連れてきた者たちも今の生活に馴染んでいるし多少の不安はあっても不満をこぼすものはいない。

 そういう者たちを選んで連れてきたからだという理由もある。

 凛音が言えば幼い子たちはともかく全員がレンの子を生むことすら断らないだろう。

 玖条家はまだ新興の家だ。世継ぎに加えて次代を見据えて分家は多いほど良い。

 すでに幾人かレンと結ばれるだろう娘たちがいるが、源家と神子の血を引いた子らがいることは玖条家に益にはなってもデメリットにはなりえない。


「まぁまずは会合だ。数日後には連絡が来るはずだから準備をしておいてほしい」

「了解いたしました。旦那様」


 凛音は静かにレンに頭を下げた。



 ◇ ◇



「さて、ああ言ったからには僕も準備をしないとな」


 カルラやクローシュに護られるのも悪くはないが、自身の力を増して置くことは重要だ。

 龍と戦っていた四郎とレンでは未だ隔絶した力の差がある。他の術士のレベルも非常に高かった。

 更に源義経や武蔵坊弁慶など戦力として警戒レベルは最高だと見るべきだろう。

 しかもすでに状況は険悪だ。話し合いだけで終わると楽観するのも難しい。


「仕方ないか」


 魔力炉は十全に準備して励起していきたかったが、無理やりに励起することは不可能ではない。ただそうすれば魔力炉の出力が完全ではなくなってしまう可能性があり、調整も難しくなる。

 しかし前世ですらすべての魔力炉を完全な状態で運用できていたわけではない。むしろ必要に駆られて無理に励起した回数の方が多いくらいだ。

 もう1つ魔力炉を励起すれば、フルーレやシルヴァなどの能力をより引き出せるし、〈龍眼〉の力ももっと使いこなすことができる。

 それに長く時間を掛けて調整すれば安定させることも可能だ。

 特にこの身体は魔力への馴染みが良い。レンの予想は以前の経験と身体を元にしたものだ。

 そしてそれらをこの新しい少年の身体は常に覆している。


 レンはゆっくりと数十年掛けて力を蓄えて行くつもりであったが、暗黒期の話や日本が思っていたよりも不安定な状況であるために、予定通りには行かないことは予想していた。

 いずれハクやライカやエンたちにも力を借りる必要が出てくるだろう。

 〈箱庭〉にいる未だレンを認めていない強力な魔物たちを屈服させ、戦力を増強する必要もあるかもしれない。

 今回は鬼一法眼が場を整え、源家だけが相手だ。更にその場に見た物を漏出しないという契約を結ぶことになっている。

 今までは既に表に出ているカルラやクローシュの力を軽く借りる程度で済んだが、龍や源家の守護鬼神、大天狗などどんどんと深みに嵌っている感は否めない。


 幸いにして鷺ノ宮家や豊川家など有力な家と縁を結ぶことができたし、役行者のおかげで天狗を敵に回すことはそうないだろう。

 藤とも縁ができたので仙狐や気狐たちも友好的だ。

 今回の龍や大水鬼のようにどうしようもない相手はいるが、状況はそう悪くはない。


「さて。やるかぁ。無理やり励起するのは痛いから嫌なんだけどなぁ」


 準備が整っていない状況で魔力炉の励起は心身に非常に負担が掛かる。だがまだ3つ目だ。5つ目を超えたあたりからは無理に励起しようとすると数週間は動けなくなるほどのダメージを受ける。

 それに比べれば今回はまだなんとかなるはずだ。

 予想外ではあるが地力を上げて損はないし、より強くなれるというのは気分も高揚するものだ。

 レンは用意していた儀式のための術具や霊薬に加え、精霊樹の樹液や聖水を準備し、儀式を発動した。



◇  ◇


ここまでご一読頂き誠にありがとうございます。気に入ってくださいましたら☆でのレビューをお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ執筆するためのエネルギーになります(ゴクゴク

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る