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「アレが龍か。招集じゃなくて単に見物に来たかったなぁ」
龍は翼はなく、角が4本あり、腕なのか足なのかはわからないが6本の腕がついている。眼は2つしかないようだ。口は大きく割れていて牙1本だけで大太刀が何本も作れそうだ。髭の長さだけで20mはある。
当然ではあるがレンの知る異世界の龍とはかなり造形が違う。だが龍の強さだけは本物だと思った。
攻撃には主に前2本を使っているのでそれが腕なのかも知れない。
腕は黒に近い緑で全長は100mないくらいだろう。かなりの巨体だ。
首筋から尾に掛けて青紫の棘が無数に生えており、雷を発している。
雷雲を操り、周囲は暴風と豪雨でまるで強力な台風の中にいるようだ。
実際多くの港が被害を受けていて、停泊していた船などが100隻以上すでに被害にあっているようだ。
当然ながら日本海を渡る船はこの異常事態に足止めを喰らっていて、富山や北海道など影響のない港は混雑しているらしい。
「あら、貴方に付き合わされて私まで巻き込まれたのよ」
「それはすみません、麻耶さん」
レンは龍退治に山形県沖で行われている戦闘に投入されることになった。
近隣の家で招集されたのは玖条家だけだったが、龍の情報を求めた如月家が麻耶と他数人を派遣した。
そしてその言い訳が新参の玖条家当主へのサポート、だったらしい。
如月家上層部が求めているのはレンの情報だろう。当然数百年現れることもなかった龍との戦闘を記録したいというのも本音だろうし新参の玖条家のサポートをするというのも嘘ではないだろうが、自分を利用するなとレンは少しだけ怒っていた。
ただその怒りは麻耶には向かっていない。麻耶は如月家に命令されてこの場に居るだけで、彼女に怒っても仕方がない。
「まったく気持ちが込もってないわね」
「体のいいお目付け役でしょう。僕のせいにされても」
「龍はこの目で見たかったから、今回の任務に不満はないわ」
麻耶は龍と術士との戦いから目が離せないようだ。
実際レンも麻耶もお互いなど見てはいない。
「それにしても龍とはああいうもんなのですね。大きいし、圧倒的に強い。正直僕では手がないとしか言いようがない」
「私だって初めて見るわよ。文献や絵で見たことがあるくらいで、しかも大陸の龍だなんて生きているうちに見る人の方が少ないでしょうね。好奇心でわざわざ見に来ている術士も多いみたいよ。あの戦いを見ていると私も手を出す気も起きないわね。足手まといどころじゃないもの。近づくのすら厳しいわ」
レンと麻耶はまだ龍との交戦に入っていない。
麻耶などは戦闘要員ではないので目に魔力を集中させ、〈遠見〉の術で術士と龍の戦いを見ながら器用に手元も見ないでメモを取っている。
龍の特徴や戦い方、術士への対応やどんな術の効果が高そうか、など多岐に渡って情報を書き綴っていく。
レンは玖条家として戦闘に参加するようにと言われているが、アーキルたち蒼牙に任せて自分は見学に徹するつもりでいた。
実際本気で無理をしないと有効打など与えられないし、そんなところを他の術士に見せつける気などなかった。
(仕事してるの見ているとすげぇ有能な人なんだよなぁ。もっと権限あげた方が役に立ちそうだけど)
麻耶自身も有能だが、レンは彼女をどちらかというと後方司令官タイプだと思っている。多くの部下を付けて自由にさせたほうが結果的に如月家の価値が高まると思うのだ。
だが如月家の上層部は便利に使える駒程度にしか麻耶を扱っていない。
小隊を任せたり、この現場に派遣したりなど他でも同等の仕事ができるような者が居そうな仕事に麻耶を回すのだ。
麻耶がまだまだ若いというのもあるのだろう。
以前麻耶が「上層部の頭の固さにはうんざりする」とこぼしていたので、現如月家上層部はどうも麻耶をうまく使えていないようにレンなどには思える。
しかし他家のことである。レンが口出しする筋合いはないし、何もいうつもりはなかった。
「彼ら凄いな」
龍と術士たちの戦いは激しいものだ。犠牲も多く出ているが大時化豪雨の中で船を出して海に落ちた術士たちを回収し、回復させる部隊も編成されている。
レンたちはまだ陸上にいるが、沿岸部から30km地点を防衛ラインとしているようでそこから先には行かせないという意地が垣間見える。
術士の構成としては僧侶が多いように見えるが、その中でも明らかに突出している集団が3つある。
むしろその3つの集団のおかげで、龍が日本に上陸することをなんとか阻んでいると言っても良い。
「少し近くで見て来ます。隙を見て攻撃をしてみますが、多分あまり効きそうにないですね」
「お願い、私も連れて行って」
「え、麻耶さん飛べないんですか?」
空中、海上での争いなので当然何かしらの飛行術具を使って戦闘を行っている。
空中に大きな足場を作っている者や、自力で飛んでいる者。レンのように板状や箒ではないが跨るタイプの術具を使う者も居る。
レンは〈飛行〉魔法は使えるが、スカイボードに乗って居る方が他の魔法を使う時にリソースが割かれないのでスカイボード派だ。
今回は葵も連れてきていない。レンとアーキル、そしてアーキルの友人であるという者が連れてきた新参たちを混ぜて10人ほど蒼牙を連れてきている。
新参は15人ほど希望者が来たが4人ほど弾いたので11人になった。
ちなみにレンを侮って襲おうとしたのでその4人はレンの実験体になった。
蒼牙は現在総勢24名だが新参から6名、アーキルと古参3名という構成でこの場に居る。
『おい、ボス。マジでアレとヤレってのか?』
『呼ばれた以上やらない訳には行かないだろう。別に倒して来いとは言わない。あの主力になっている集団の邪魔にならないように援護するなり隙を見つけて攻撃するなりしてこい。気を引くだけでいいぞ』
『やれやれ、部下使いの荒いボスだ』
『返事は? とにかく死人は出すなよ』
『アイサー』
アーキルが部隊を率いてスカイボードに乗って飛んでいく。
「あれ良いわね。うちにも売ってよ」
「うちは術具販売屋ではないんですよ。転売、解体、解析しないと如月家として〈契約〉するなら1枚10億円で売ってあげますよ」
「高すぎない!?」
「術具の値付けなんて言い値でしょう。これでも麻耶さんだから譲歩してるんですよ。お友達価格です」
ちなみにスカイボードの術式は日本の術式風に書き換えてあるし、解析しようとすると術式が壊れて動かなくなるトラップ付きだ。
同様に解体しようとしてもNGである。
それらのトラップを潜り抜けてコピーしようにも原料費が実はかなり掛かる。
10億円は別にぼったくり価格ではなく、本当にお友達価格だ。
どちらにせよ飛行系魔道具はどの流派にもそれなりにあるらしく、実際海の上で戦って居る物たちの6割は何かしらの魔道具に乗っている。
「とりあえず試しに1枚貸してあげますよ。今回だけですからね」
「ありがとう、助かるわ」
如月家が飛行術具を持っていない、もしくは伝手がないなんてことはないだろう。おそらく持ってきてはいるはずだし、手に入れようと思えばできないことはないはずだ。
つまりコレも麻耶流の情報収集であり、当然レンは気付いているし、麻耶も気付かれていることをわかって言っているのだろう。
麻耶もレンが許可したことに、ほんの少しだけ驚きの表情が表れ、即座に隠した。
実際に予備に持ってきたスカイボードを渡すと、まるで少女のように嬉しそうにスカイボードに乗り、ゆっくりと浮かし、バランスを取りながら飛ぶ練習をしている。
案外筋が良いなとレンは思った。
ただ戦場は豪雨と大嵐の中であるために飛行難易度は非常に高い。
慣れない術具を使ってあの中に飛び込もうなど大丈夫かと心配になるが、麻耶は大人であるし、攻撃が当たれば別だが荒れた海に落ちたくらいでは大丈夫であろう。
麻耶に合わせてゆっくりとスカイボードで戦いの場に近づいていく。
戦場から10kmほどの距離で止まり、レンたちは海上500mほどでより高い高度で戦っている者たちの戦いを見ている。
結界を張って周囲の音を遮断し摩耶に話しかける。豪雨の中なので近距離でも話ができないのだ。
「あの3つの集団、どこの手の者か知っていますか?」
「2つは知っているわ。もう1つはどこかしら。東北衆だとは思うけれど、どこの誰かだとかはわからないわね」
「その2つは?」
「情報量は高いわよ?」
「スカイボード、貸して上げてるでしょう。賃料取りましょうか? 情報量の5割増しでいいですよ」
「……鷺ノ宮家と出羽三山の修験者よ。修験者はともかく鷺ノ宮家はなんで出てきているのかしら。レンくんの知っている人は来ていないと思うけれど、何人か知っている顔が居るわ。それにしてもレンくんの冗談は面白くないわね」
「なるほど。意外なとこですね。少し近寄って僕も攻撃してみますね」
「死なないようにね、私はココで見物させて貰うわ」
麻耶を置いてレンはもっと戦いの見やすい場所に移動する。
(いやほんとなんでこんなところに部隊出してるんだ?)
龍に対して効果的な攻撃ができている3つの集団のうち1つは鷺ノ宮家らしい。
なんとなく鷺ノ宮家は後方で指示をする家柄で、前線でその戦いぶりを見せるような家ではないと思っていた。
彼らの戦い方を見れば鷺ノ宮家がどのような戦い方をするのか衆目に晒されてしまう。
レンの印象では当主である信光はそういう判断をしない男だと思っていた。
だが確かに良く見れば鷺ノ宮家の特徴のある顔立ちの者が居る。
(聖気を使った術がメインなのか。圧巻だな。それにあの若者が強い)
レンは名を知らないが信興は龍に向かって特攻するように接近し、武器でその鱗を幾度も叩き、攻撃を避けつつも後退する時には白い光線を放つなど高等な戦術を実行している。
動き、術の使い方、龍の隙の見極め方など戦闘に相当の才がなければあの見た目の若さでそこまでは至れない。
更に魔力量も聖気の量も質も鷺ノ宮家の一員として申し分ない。武器防具術具、全てにおいてハイレベルに統一され、さすが鷺ノ宮家とレンは感心した。
数人の共を連れているが指示も的確で、力を誇示しようとか隠そうとかするでもなく、戦いそのものを楽しんでいるように見えた。
後方にはお目付け役であろう部隊が控えていて、信孝に似た男が指示をしている。彼らも隙を見て遠距離から攻撃を加えているがこちらは冷静に部隊を動かしている。
他の2つは東北の有力な寺院の連合軍なのだろう。
1つは仏教徒らしい術式を使い、もう1つは修験道の術を使っている。こちらが出羽三山の修験者集団だろう。
どちらも仏を奉じると言う意味では似ているが、術式にかなり違いがある。
目測80mを超える巨大な龍に対し、法具を召喚して遠距離をメインに戦うのがレンの知る寺院の戦い方であり、修験者は武術などに重きを置いている。
見たことのない術などがいくつも見られてレンはそれらの威力や射程距離、発動速度などじっくりと解析していた。
ただ僧侶の中に特異な術を使う者たちが居て、彼らはどちらかというと修験道系だ。
(あれ〈蛇の目〉の部隊じゃないか?)
襲撃時に戦った見覚えのある術式が数多ある。
凛音から源家は表舞台には出ないと聞いていたのでレンは少し驚いた。
赤い雷がピカリと光り、龍の背を撃つ。他にも見知った術がいくつも龍に当たる。アーキルたちだろう。だが多少の傷は与えられているが効果は高くはない。
龍の鱗は魔法抵抗が非常に高いようだ。
クローシュや大水鬼よりも防御力が高いなとレンは見た。
当然陰陽師たちも居る。大きな鷲の式神や鳶や鷹など飛行タイプの式神が多い。
だが空を飛べる鬼も居るようで、レンは翼の生えた鬼を初めて見ることができた。
(それにしてもウハウハだな)
レンはこっそりと海中にカルラの分体を放っていた。そして龍の剥がれた鱗や肉の一部、棘や牙、爪などを回収させている。
所有権などがどうなるのかはわからないが、3割くらいはパクろうと思っている。
鍛冶師の綱吉などに見せたらかぶりついてくるであろう素材がいくつも回収できている。
(それにしてもこれ何日掛かるんだ。このままだと倒すどころか追い返すだけでギリギリだな。決定打がないように見える。やはり秘術なんかは秘匿しているからかな? 強い勢力もいくつもあるけれど連携訓練をしていないからか多少チグハグ感もあるな。それに意識の差もあるか)
龍はブレスを吐こうとするがその溜めのタイミングで必ず横槍を入れる若者が居る。
陸地に向かってブレスを吐かせないように総鋼製の槍に魔力を込め、20mほどの巨大な槍にして龍の頭をぶん殴るのだ。
レンは知らないがその若者は源四郎であった。
そしてそのチグハグ感は四郎たちと信興の意識の違いにある。
信興は龍を討伐しようとしている。龍と言うそうそう出会えない強敵との戦いも楽しんでいる。
しかし他の術士たちは大陸から来たのだから追い返せれば良いという意識がある。もしくは封印術で封印したいと思っている。
今のペースで見れば一週間近くは戦い続けなければならないだろう。2、3日やそこらでどうなるものではない。それほど龍の体力と再生能力は高く見える。
もしくは全ての勢力が秘術だろうが何だろうが全て曝け出して集中攻撃し、龍の頭を落とすなどしなければ決着はつかない。
どの勢力がどういう方針なのかまではレンは読めていないが、鷺ノ宮家の一部が討伐に積極的で、他の家はそこまで望んでいないことくらいは見ていればわかる。
龍と術士たちとの戦いにレンは集中していたが、クローシュが急に後方に警戒を知らせてきた。
◇ ◇
「汝か、我の結界を破ったのは」
「誰だっ!?」
レンはその存在が近づいていることに気付いた時にはすでに間合いは10mを切っていた。
クローシュはカルラほどではないが感知能力が高い。しかしクローシュの感知能力もレンの感知能力も潜り抜けてソレは既に間近に居た。
そしてその存在の声は頭の中に響くように明瞭に聞こえてくる。
(……天狗か!?)
「我は鬼一法眼と呼ばれておる。まさかあの大結界を破る者が
「鬼一法眼……あの源義経に兵法を教えたという天狗か。どうやって僕が犯人だと特定した」
「そうじゃの。もう1000年近くは経とうか、あまり俗世には出ずに修行にかまけていたので今の世がどのようになっているのか知らぬが、かなり変わったようじゃの。結界を破られれば流石に我も気付く。それにお主には攫われたという神子たちの気配が染み付いておるわ。」
(……こいつはどうにもならないな)
レンにはクローシュの分体が護りに付いていたが、龍との戦いにクローシュも気を取られていたのか、それとも鬼一法眼の隠形のレベルが高すぎるのか、鬼一法眼が本気であれば既に死んでいてもおかしくないと判断した。
レンが今生きているのは鬼一法眼が戯れに声を掛けてきてくれたおかげであり、確かにその声や態度に敵意は感じない。槍を装備しているが背に負って手に取ってすらいないのだ。腰には太刀を差している。
しかしその存在感の高さは近距離で対峙したことでレンは測ることができた。
もし戦いになればレンはクローシュとカルラ、それにハクたちを出して争わなければならない。
龍と戦っている、もしくは見物している1000に近い術者の前で自身の危険性を日本中に喧伝することになるだろう。
レンは久々に背筋にヒヤリとした感触がした。
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