107.暗躍
(案外バレていないもんだな)
レンは蒼牙や黒縄の報告を聞いてそう判断した。
〈蛇の目〉の一角を担う伊達家。仙台に大きな屋敷を築き、諜報部隊も優秀らしい。
その伊達家の諜報部隊が情報を集めている。
主に横浜や神戸などで大陸の術士が日本に入り込んでいないか聞き込みを行っているそうだ。
つまり彼らは玖条家にはまだ辿り着いてはいないのだ。
もちろんそう画策したのは事実だが、レンはこの世界の電子技術や魔法に対する造詣が浅いことを自覚していて、疑念が高かった為、ちょっと自信がなかった。
(ならば攻め時だな)
守りは蒼牙と黒縄に任せ、レンは攻め込むことにした。
李偉と由美に頼み、レンも李偉に借りた柳刃刀を持ち、大陸風の装備を付け、〈蛇の目〉に縁のある寺や神社に嫌がらせをする。
攻め込むと行っても直接襲撃する訳ではない。
まずレンはどうしようかと考えた時に大水鬼やクローシュのことを思い出した。また、三枝家が封印された怨霊から怨念を集めていたこともだ。
流石に大水鬼やクローシュレベルの封印を解くと、大変な事態になってしまうのでそんなことは行わないが、寺院や神社などが封印を管理している封印を勝手に解いてしまうことにした。
特に〈蛇の目〉の重鎮でもあるという善麟寺には多くの怨霊や妖魔が封印されていた。
ある程度強くなってしまった怨霊や妖魔の討滅は被害が大きくなる。ならばまずは力を削ぐことに注力し、1度封印して力を削ぎ、十分な戦力を整えてから封印を解いて祓う。
どこでも行われている手法らしいのだが東北地方はその方法を取ることが多いらしく、封印を抱えている神社、寺院、陰陽師の割合が他の地方に比べて多い。
かと言って一般市民にまで被害規模が拡大するのは良くない。
更に〈蛇の目〉を本気にさせるのも、レンたちの工作だとバレるのもまずい。
幸いなことに〈隠者のローブ〉に似た装備を吾郎たちも持っていた。レンも方術も真似事くらいならできる。
レンと李偉と由美。この3人で東北一帯を回り、いくつかの封印に穴を開けていく。
稀に見つかり戦いになるが、多少の損害を与えると即座に逃げ出した。
いくつかの封印が1月以内にいくつも解け、〈蛇の目〉に関連している退魔士たちは大慌てになった。
解けるはずのない管理された封印が解け、まだ力を削ぎきれていない怨霊や妖魔が封印を解いて暴れ出したのだ。
さらに暗躍しているらしい大陸系の術士の姿が見え隠れしている。
最終的に妖魔や怨霊は討滅されたが、相応に被害が出て、混乱を呼ぶという目的を達することができた。
修験道系の寺には手出しをしなかった。裏にどんな天狗が潜んでいるかわからない。
今のレンでは小天狗なら2、3体相手できるが中天狗以上だと厳しい。
藪をつついて蛇を出すことはない。
噂の鬼一法眼でも出てきたら目も当てられない。義経没後1000年近く経っている。修行を怠っていた鞍馬山大僧正坊よりも強い大天狗になっていても全くおかしくはないのだ。
「レンは随分と嫌がらせがうまいな。ひでぇ作戦だが確かに効果はある」
「李偉こそ楽しそうに封印を解いてたじゃないか」
「お2人とも同じですよ。悪い顔なさってます」
由美に突っ込まれてやれやれと李偉が両手の平を上に向けた。
「自分より強い相手に突っかかるなら計略を使わないとね。正面から争ったら絶対に勝てないよ」
「紅麗を呼べば勝てるだろ?」
「吾郎がいい顔しないだろう」
レンが言うと李偉はニヤリと笑った。
「吾郎は紅麗に危険なことはしてほしくないと思っているが、紅麗は結構好戦的なんだ。この前も楽しんでいたぞ」
「まぁそんな気はしてたよ」
「吾郎はな、ちょっと過保護すぎるんだ。まぁ一度失っているからな、気持ちはわかるがな」
紅麗は吾郎がその仙術の粋を結集して僵尸鬼として復活させた。
最初はその力の制御に困っていたが、自分の身に強大な力が宿っていることを知ると喜び、毎日のように鍛錬を熟している。
そして前回の〈蛇の目〉襲撃では多数の〈蛇の目〉の精鋭相手にその拳と剣を振るっていた。
未だ全開ではその力は使いこなせないが、戦いそのものに喜びを見出すタイプだ。
紅麗は十三妹と呼ばれるほどの女侠だ。
元より武術や剣術に興味があり、武門の家の出でもあったので学ぶ機会も師にも困らなかった。
本人に仙術の才はなかったが、武術や剣術は天才的だ。その上で神霊と殴り合えるほどの妖魔として復活したのだからその実力やかくやである。
何よりも本人の意識では彼女はまだ20歳に行くか行かないかというところという若さがある。
戦乱に巻き込まれて若くして亡くなってしまったが、吾郎の様にそこから100年以上生きていたわけではない。
武術家が強力な力を得た。そうなればその力を試したい、使いたいと思うのは当然の話だ。
吾郎は2度と紅麗を失わないようにと紅麗に強大過ぎる力を注ぎ込んだが、そのせいで紅麗自身はもっと戦いたいと思っているのだと李偉は説明した。
「それ吾郎も知ってるの?」
「そりゃ知ってるさ。吾郎は苦悩しつつも紅麗の意思を尊重したい。しかし紅麗は失いたくない。だから自分が守るんだと更に術に磨きを掛けているよ」
吾郎は中衛から後衛に向いた術士だ。だが接近されて何もできないのでは宜しくない。
故に吾郎は暗器を多く隠しているのだと言う。
吾郎ほどの仙人が作った術具の暗器だ。
レンでは仙術の弾幕を抜けて近づけたとしても禄な目に合わずに肉片1つ残らないだろう。
ちなみにその暗器術の師は李偉である。
「そう言われても紅麗に頼むほどの強敵はそうそう居ないよ?」
李偉だって過剰戦力気味だ。力を抑えて戦っても藤森家の武人を一蹴してしまった。
圧倒したように見えたが、敵方が弱かったわけではない。相手が悪かったというだけだ。
清代前期から生きる仙人は藤や役行者ほどとは言わないが、神霊と言って遜色ない力を持っている。
仙術はあまり得意ではないそうだが、それは彼の気性と基準であって、術士としてのレベルも非常に高い。
そしてその李偉が「吾郎は術の天才だ。俺なんて術勝負では勝負にならない」と言わしめるほど仙人としてはまだ若いはずの吾郎の術のレベルも高い。
彼らはレンに取って頼もしい戦力ではあるが、強すぎて頼もしすぎる。
李偉たちを本気で投入しなければ行けないような戦場は少なくとも今の日本にはそうそうないし、あったとしても巻き込まれたくもない。それにできるだけ秘匿しておきたい戦力だ。
李偉は存分に戦乱も武術も堪能したと言っているが、紅麗などはこれからこの力を使って堪能したいという意思がある。
だが強すぎてその力を発揮する場があるということは、よほどの大事が起きた時だ。
レンはそんな状況に自身や仲間たちを放り込むつもりはなかった。
〈蛇の目〉本拠については事故のようなものだ。凛音の戦略勝ちというところだろう。
「あの真ん中の寺院には強い気配を感じたぜ。紅麗はずっと気にしていたな。天狗たちとの戦いも楽しんでいたし、たまには息抜きさせてやったほうが良いぜ」
「難しいことをいうなぁ。〈蛇の目〉と本気でぶつかり合う気はないんだよ。もうアソコに攻め込むつもりもないしね」
「結界も警備も尋常じゃなかったな。本院に攻め込むって言われたら俺たちはリミッターなんて掛けてる余裕はなかったかもな」
李偉も吾郎も紅麗も、そして由美もレンが与えたリミッターを使っている。
元々は紅麗の魔力制御能力を鍛えるために与えた品物だが、彼らの本来の実力を隠すのにも使えるからだ。
そして〈蛇の目〉の中央寺院には彼らがリミッターを解除しなければならないほどのプレッシャーがあった。
その正体が何かはわからない。凛音も知らないそうだ。
ただ源家には守護鬼神が居り、源宗家の上位者にしかその正体は知らされていないらしく、凛音も存在は知っているが正体はわからないと言う。
それに源家男子は実力主義であり、今代義経も次代を争っている者たちも、後継者争いに負けて源の名を名乗れ無くなった者たちもすべからく戦闘力が高いという。
実際にレンが戦った者たちも凄腕だった。更に彼らが使っている武具も一級品だった。
それら戦利品はレンの〈収納〉の中に納まっている。
「しばらくはこのまま嫌がらせを続けよう。伊達家は封印をあまり使わないのが面倒だな。東京に本家もあるし、僕の噂でも耳に入ったら特定されるかもしれない」
「噂って?」
「僕の部下にはアラブ人が居るからね、中国人を部下にしていてもおかしくないだろう、とか考えられるとイヤだなぁって話しさ。だから先制で攻撃して相手の戦力を減らし、混乱させているのさ」
退魔の家は基本外国人の血を入れることを良しとしないらしい。
魔力持ち同士では子に魔力も遺伝するが、特殊な術式を持つ家もある。
獅子神家の〈水晶眼〉などが良い例だ。
もちろん全くそうではないとは言わないが、歴史の長い家ほど日本の退魔の家同士での縁談を重視する。
玖条家は未だレンしか玖条を名乗る者が居ない。
部下は蒼牙と黒縄だけ。かなり異常なのだ。
まだ退魔の家として認められて数年も経っていない。こればかりは仕方のないことだ。
早く嫁を取って跡取りを、一門を広げるべしという重蔵の強い意見もあるが、レンはそう急ぐことはないと割り切っていた。
退魔の家などというのはレンに取っては方便であり、利用できるから利用しているだけで、一代で途絶えてしまっても特に困らない。
元々レンも爵位など便利な道具だと思っている節があった。日本という国に忠誠心の薄いレンは、爵位と同じように退魔の家に認められたことは自身に取っては良いことではあるが、それは「都合が」良いことであって必須であるとは考えていない。
例えレンが死んでしまい、玖条家が途絶えたとしても良いと思っている。
死ななくても危なくなったら日本から逃げるという手札も常に頭の片隅に置いている。
蒼牙も黒縄もレンの世話になっているイザベラたちもいざとなればいくらでも生きる道がある。
(あぁでも今僕が死んだら凛音たちが困るな)
柵というのはどうしても付きまとう。
葵や美咲を筆頭に仲良くしている少女たちは悲しむだろうし、生きる道があると言っても蒼牙も黒縄も混乱は必須だろう。
更にカルラやハク、ライカ、エンなどの従魔たちも居る。
そして今は匿っている凛音たちがいる。彼女たちはレンの援助がなければ生きては行けない。
なにせ戸籍もないのだ。現代日本の説明、〈蛇の目〉での常識と外の世界の常識、そして退魔士の常識の違いなどを世話ついでに多香子に頼んでいるが、まだまだ実感は沸いていないだろう。
当然レンも簡単に死ぬつもりはない。ないが、死などというのは突然訪れるものだ。
毒や暗殺者や刺客、魔物や盗賊などに加え、ヒト種や妖精族に崇められている神や精霊なども無慈悲にヒトを死地に追いやったり試練と言って無理難題を押し付けてくることもあれば、単に関係ない彼らの思惑に巻き込まれて死にかけたこともある。
実際レンの前回の死因は数千年眠っていた伝承にしか残ってなかった邪竜が暴れ回ったことによる。
邪竜そのものの戦闘力も凄まじかったが、余波も酷い物であった。
まず邪竜が餌を求めて魔境の奥で多くの餌を求めて暴れる。それから逃げようと魔境全体に激震が走り、大混乱が起きる。
魔境の奥から中層、浅層までそれは波及し、魔物の大暴走という形で多くの村や街、そして国家の滅亡にまで発展していた。
それは大陸東西に関わらず起き、妖精族や巨人族、竜人族、鬼人族などの集落もいくつも焼け落ち、更に邪竜は狂ったように暴れ回っていた。
古竜は本来理知的な生物……なはずだ。
レンも念話の使える古竜と話したことがある。
だがその眠りから覚めた邪竜は言葉も念話も憤怒に塗りつぶされていてどんな呼びかけにも暴れることも止めず、ヒト種の領域に入って街や村を襲った。
邪竜の1息で村が滅び、しっかりと警備隊も騎士団も備えている街も滅びた。
あんなことが起きるなど誰が想像しただろう。魔物の大暴走は大陸全体で見れば規模の大小はともかくよくある話だ。
開拓村が魔物に潰されるのも、街が滅びるのも稀にはある。
だが街どころか国家を蹂躙する1体の邪竜。その邪竜1体で放っておけばレンの住んでいたローダス帝国のみならず大陸全体に崩壊に繋がる可能性が高かった。
故に対立している国の騎士団や魔法士、魔導士団、ハンターの上位の者たちが一斉に集まり、決戦を行ったのだ。
そこにはレンと並ぶ術者や超えるかもしれない術者たちも多く居たし剣聖や槍聖と呼ばれるような武術家たちも存在した。
そしてその戦いでレンは自身の子孫たちを守るために、且つ致命的な一撃を与える為に邪竜のブレスに身を晒しながら最高の一撃を邪竜に与えて息絶えたのだ。
(あんなのが現れたら日本は確実に潰れるな)
藤や天狗の集団など強力な神霊の存在は知っている。李偉や吾郎、紅麗のような強力な方士や僵尸鬼も居る。
だがそれでもその全ての叡智と戦力を結集させてもあの狂える邪竜には敵わないだろう。
豊川家や鷺ノ宮家並の戦力を1000程度用意できるならまた別かも知れない。
もしくは会ったことがないこの世界の神の支援があれば良いのかも知れない。
(くだらない仮定をしても仕方がないな。今は目の前のことをやろう)
〈蛇の目〉との抗争は始まったばかりである。下っ端の戦力を減らしても本命の戦力が残っていては意味がない。
だが〈蛇の目〉を潰す気まではレンはない。
戦力が落ち、前回のレンの襲撃への反抗よりも現在起こっている状況に混乱し、玖条家に神子たちが居ることを悟られないようになれば良い。
本来こういう行動は黒縄が得意なのだが、黒縄が動いていることが玖条家の露見に繋がってしまう。
レンは顔を隠しているし、それだけでなく見た目も変えている。
そして方士風の術を使ってある程度打撃を与えてから逃げ出すという消極的な消耗策を取っていた。
李偉などには「もっと派手にやろうぜ」と言われているが、ごめんである。
また役行者のような者が出てきたらどうすると聞いたら李偉はそっぽを向いた。
彼も役行者相手では分が悪いと思っているのだろう。更に鞍馬山の天狗たちもまだ十分に戦力があった。
役行者が調停ではなく援軍として鞍馬山の天狗たちに力を貸せば、李偉たちはかなり不利な状況になったのは確実だ。
更にあの時は連れていなかったが、役行者に門弟や従者がいないはずがない。
役行者が一声かければ48天狗と呼ばれるような大天狗や、名も知られていないような大天狗並の力を持つ天狗があの場に現れた可能性だってあったのだ。
李偉もあの時和解に向かい、玖条家預かりになったことは良かったことだと思っていると言っていた。
李偉は戦闘は好きだが負け戦は好きではないし、理由のない戦闘を吹っ掛けるほど戦闘狂ではなかったからだ。
レンの作戦に文句はあるようだが、有効性は認めている。
しかしレンのそんな思惑は思ってもみないところから破れることになる。
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