106.女子会

「むぅ」

「困ったものだ。被害は甚大、だが相手が特定できておらぬ」

「申し訳ありませぬ。警備は万全を期していたのですが……。追手も撒かれました」

「明らかに大陸の術式を使っていた。だがなぜ大陸の組織がピンポイントで本拠を襲撃し、神子を奪うのだ。あちらにも予知の巫女など幾らでもいるだろう」

「大陸の組織など多すぎて特定もできん。政府の紐付きなのか、独立勢力なのかもわからぬ。だがあの少人数でどうやって神子たちを連れ去ったのか。大結界が破られたのも驚きだが玄室の結界は特別だ。そう簡単に破れるわけがない。何より破られた形跡すらないぞ」


 岩手県で大きな力を持つ寺院、善麟寺住職を勤めている円海が唸ると〈蛇の目〉を管理している上層部たちが様々に意見を飛ばす。

 本拠の守りを任されている陸奥家当主、陸奥守雅。奥州伊達家当主、伊達康次郎。源家からは義経ではなく源次郎が顔を出している。他にも名のある住職や神主が議論を交わしているが結論は出ない。


 つい先日〈蛇の目〉の本拠に襲撃があった。襲撃があること自体はわかっていた。

 神子たちの予知にも現れていたし、占術を使って対策も練っていた。

 だが襲撃の時期はもっと後になるはずであった。

 ナニカが予知へ干渉したのだ。それが何かはわからない。

 更に謎なのは東の宮の神子たちの行方だ。

 襲撃があった場合は最も警備の厚い中央寺院か、神子たちが使っている四方の屋敷で最も強力な結界が張られた玄室に籠もるように申し付けてあった。

 だが玄室の結界は破られた形跡がないのに中に居たはずの神子や神子見習い、侍女たちの姿がない。

 なによりなぜ東の宮を狙ったのかも定かではない。西と北の宮の神子たちは中央寺院に避難していた。そして襲撃者たちから最も近い神子の宮は南の宮なのだ。神子が残っていた南の宮もスルーして東の宮を狙っている。

 これもわからない。


 その中で最も責められているのは陸奥守雅だ。

 大空洞のある山の麓に村を作り、多くの修験者たちが山の警備を行っている。唯一ある洞窟の入り口も警備していた。

 当日外の警備を担当していたのは陸奥家の者たちであり、そのうち15人の行方が知れなくなっている。更に入口を守っていた者たちも負傷している。


 だが陸奥家だけを責めても仕方がない。

 〈蛇の目〉の本拠と言える隠れ里の防備には多くの精鋭を集めていた。

 神子たちの予知では早くて夏頃だろうと言われていたが、占術では近いうちにも起こる可能性があるとして、警備の質は十分に高かった。

 源家は中央寺院と寺院に逃げ込んできた神子や神子見習いを守り、襲撃者に対しても対応をしていた。


 だが実際に鬼一法眼が張った大結界は破られ、なぜか東の宮の神子たちが攫われた。

 彼女たちの行方はようとして知れないし、襲撃者たちの正体も目論見もわからない。

 本当に大陸の術者たちが神子を攫っていったのであれば、とっくに日本には居ないだろう。取り返す算段も付いていないが、かといって即座に諦められるほど神子の名は軽くない。〈蛇の目〉の本拠を破られたのも大問題だ。


「えぇぃ、ここで議論していてもしょうがなかろう。調べはどうなっている」

「それが……全くと言って引っかかりません」


 守雅は今回の件で非常に責められていたので腰が低い。

 ただ問題はそこではない。

 襲撃を予知し、占術で防備も固めていたというのにそれが破られ、神子たちが連れ去られたという事実だけだ。

 更に玄室の結界は外からの侵入はできない。結界も破らず、どうやって神子を連れ出したのか。それすらわかっていない。

 少なくともこの場に居る者たちでそれができる者はいないだろう。

 敵の正体はわからず、更に神子の行方もわからない。わからないことだらけだ。逃げる姿に神子たちが見当たらなかったという謎まである。

 〈蛇の目〉の事業としては残った神子や神子見習いたちの育成が進めば良いのでそれほど大きな打撃を受けた訳では無いが、大結界と〈蛇の目〉の戦力を超える敵が存在し、再度襲撃されても有効な手がない。

 そこが最も重要で危険だ。次がない保障などないし、対策もない。今の所再襲撃の予知はないのが幸いだ。

 相手の手口がわかれば対策も立てられるというものだが……。


「落ち着け、皆のもの。康次郎殿」

「はい、なんでしょう。円海僧正」

「伊達家は隠密の類も優秀であったはず。今回の件、調査に協力して頂けないだろうか」

「それは、もちろんです。父からも出来うる限りの人員を動員して良いと言われています」

「それは助かる。陸奥家は警戒を厳重にし、再襲撃に備えるようお願いします」


 円海は特にこの場の首座というわけではないのだが、年齢が最も上なので周囲を落ち着かせることにした。

 この場で議論しても幾らも益がない。まずは情報だ。

 それをまず伊達家に任せることにした。彼らなら中央にも縁のある家があるし、諜報部隊も持っている。

 彼らに調べられなければ他に任せても無駄であろう、そう円海は判断し、その場の議論を打ち切り、いくつもの家に調べて欲しいことなどを頼んだ。



 ◇ ◇



「むぅ、なんかレンっち隠してるよね」

「そうなの?」

「なんか慌ただしい感じはするよね」


 美咲が問うと灯火と楓が答える。


「うちのお母さんもなんだかピリピリしているし、また何かあったんじゃないかしら?」

「レンは秘密主義だからね、絶対教えてくれないよ」


 エマとエアリスも情報を提供してくれるが、エアリスの言った言葉が全てだ。

 レンは彼女たちを庇護の対象と見ている節が強い。

 共に戦いを行う戦力ではないのだ。


「でも、なんというか、女の影がある気がするんだよね」

「またっ!?」


 美咲が女の、いや、妖狐の勘でそう言うと楓がエマとエアリスを見る。


「またって別に私たちはレンの女じゃないわよ」

「私は別に構わないけど乗ってこないんだよね。レンはガードが堅い」


 エマは否定し、エアリスはレンへの思いを隠さないでそう言った。


「ぐぬぬっ」


 美咲としてはレンがモテるのは仕方がないことだと思っている。

 美咲を含む5人の少女、それにエマもエアリスもレンに助けられている。

 特にエアリスはレンに直接助けられているので余計その気が強い。

 先日は葵とエアリスを連れて簡易旅行に行ったそうだ。

 夜中にちょっと出掛けようとしたところたまたま会い、葵も誘ってそうなったのだと言う。


 灯火と楓、水琴もかなり怪しい。少なくとも好意的には見ているだろう。

 特に水琴は恥ずかしがり屋なので言わないが態度を見ればバレバレだし、藤森家との諍いの後で楓のレンへのスキンシップも増え、明らかに意識しているのが見えている。


(むぅ、わかっちゃいるんだけどさ~)


 美咲も含め〈制約〉を掛けられた少女たちは嫁の行き場がない。

 そんな怪しげな術が掛かっている女子を迎える家などそうそうないのだ。

 灯火なら水無月家の分家などに降嫁するなどの手はあるだろうが、楓は絶望的だろう。

 水琴の家はなんというか、おそらく娘が〈制約〉を掛けられていることも知らない。

 ただレンに水琴が救われ、近所でもあるので同盟に近い関係にある。

 1人娘ではあるが獅子神家は比較的自由に相手を選ぶことが許されるらしいので、水琴が選ぶならレンだろう。

 〈制約〉がなくとも水琴はレンを選ぶ気がする。


 そこに女子会部屋に葵が入ってきた。水琴も連れてである。

 レンが忙しいので〈箱庭〉訓練は行われていない。各々で訓練場で黒縄や蒼牙たちの訓練場に居た者たちに稽古を付けて貰った。


「ねぇ、葵。レンっち何かうちたちに隠し事してるよね?」

「そんなのいつものことなんじゃないですか? レン様は誰にも必要以上のことは教えてくれませんよ」


 葵はしれっと答えた。実際は葵は彼女たちの世話を一部任されているので凛音たちのことを知っている。だが葵の能面のように隠された表情からそれを読み取れるものは居ない。


「でも女の匂いがするんだよ~。気になるじゃ~ん」

「直接聞いてみたらどうですか」

「教えてくれるわけないじゃん!」


 美咲はぷくっと膨れる。そのくらい美咲にもわかっている。

 時期的に葵とエアリスと出掛けた後くらいだ。つまりそこで何かあったのだ。

 だが彼女たちは詳しく知らないか、話せないか、話さないか。そのどれとも知れない。


「レンっちももっとうちらに頼ってくれていいと思うんだよね~」

「でも私たちは玖条家とは違うのだから、仕方ないのじゃない?」

「むぅ、未来の番だよ。もう玖条家の嫁と言っても過言じゃないし!」

「過言です」


 美咲の言葉に灯火が一般論を説き、葵が突っ込む。


「ところでさ、もしここの全員をレンくんが娶ると仮定して、正妻は誰になるの? 家柄から言って灯火さんか美咲ちゃんでしょ?」

「え、うちは正妻って柄じゃないなぁ。それになんか鷺ノ宮家のお嬢様にも気に入られてるんじゃなかった? 前なんかお茶会行ってたよね。楓もついていったんでしょ」

「あ~、アレはなんかもう、凄かった。藤森家なんて目じゃない豪邸が、別邸だって言うんだよ……。そしてお嬢様の本気っぷりもヤバかった。鷺ノ宮信光様が引き攣っていたもの。それより美咲ちゃんは正妻を目指さないの?」


 楓が仮定として誰が正妻になるのか。そう言葉が発さられた瞬間に部屋にピリリと緊張が走った。

 美咲としては家柄はともかく性格が正妻に向いてないと思うのだ。

 もちろん豊川家の名は使えるので対外的には悪くないのだろうが、今ここにいる全員と言うと美咲の考えは少し違う。

 レンに一目惚れしたという鷺ノ宮家の令嬢の話も気になるが、楓の目が一瞬死んで話したくなさそうに話題を戻されたので乗ることにした。


「こんなかだったら灯火っちでしょ。正妻。年齢も上だし家柄もいい。さらに性格的にも奥を纏めるのも他家との奥様方との交渉もきちんとできそうじゃん? うちはそういうのやだなぁ~って。豊川家の当主の話もあったけど、そっちも柄じゃないって思うんだよね~」

「あら、意外。あたしは美咲ちゃんが正妻だ~って言うんだと思ってたのに」


 美咲は楓に煽られるが、顎に指を当てて少し考えて続ける。


「灯火っちは真面目だしまとめ役気質。関東で拠点を構えるんだったら灯火っちじゃないかな。中部地方とか関西圏に移動するならうちのが対外的には良いかもだけどね。楓っちは正妻なんて目指さずに側室で良い人でしょ? 水琴っちもこだわらないと思うしレンっちの横で剣を振ってる方が好きそう。葵っちはどっちかというとレンっちの傍を離れずにお世話したいタイプで正妻かどうかなんてこだわらないっしょ? エマっちとエアリスっちはちょっとわかんないかな。でも2人のことを頑張る子だってレンっちが言ってたし、うちらとも仲良くなれると思うからそうなるならなるでいいんじゃない? 鷺ノ宮家のお嬢様は会ったことないしまだ小学生なんでしょ。なんとも言えないなぁ」

「ほぇ~」

「あははっ、楓っち何その声」


 楓がおかしな声で美咲の考えに返したのでつい笑ってしまう。

 しかし灯火や水琴、葵などの視線が美咲に集まっている。

 エマとエアリスもちらりと見ている。


「なんというか、こう、客観的に考えたらその分析は正しいとは思うわ。少なくとも日本の退魔士社会ではきっとそれが1番落ち着くでしょうね。あ、鷺ノ宮家のお嬢様は除いてね。私もあったことないしちょっと家格も違いすぎるから現実的でもないし」

「確かに私はレンくんの横で戦いたいタイプね。それに獅子神家は弱小だから同規模の家や分家筋に嫁ぐのならともかくそうじゃないと正妻とかそんな話にはならないわね」


 灯火と水琴が賛同し、楓と葵も特に否定はしない。


「私はそんなんじゃないし」


 エマはそう言ってそっぽを向いた。確かにエマはレンに少し苦手意識を持っているので巻き込まれるのが迷惑なのだろう。

 ただ美咲はレンは妖の類を惹き付ける力があると思っている。

 魔女という特殊な血を引くエマもいつかレンに絆されるのではないかと疑っているのだ。


「さぁさぁおやつを持ってきましたよ」


 そこへ瑠華と瑠奈が飲み物とお菓子を持って入ってきた。今日はチーズスフレやチーズケーキ、フィナンシェやクッキーなどの洋菓子メインのようで、ここのメンバーの好みなども熟知しているので「いつものでいいですか」と聞いてから紅茶やコーヒーを淹れ始める。


 レンは相変わらず忙しそうに何かしているので今日この場には来ない。

 女子会室はこの後のんびりと女子同士の話しで盛り上がった。



 ◇ ◇



「凄腕大陸系の術者? そんなんはほとんど横浜には居ないよ。そういう奴らは大陸で十分食っていけるからな。横浜に来る奴らは大概中途半端なやつらか、何かやらかして逃げてきたやつらだ。少なくともおたくらが気に掛けるほどの術者に心当たりはないなぁ。それに川崎事変以降入国がかなり厳しくなってるんだ。今日本に来る奇特なヤツはそうそういないとおもうぜ?」


 横浜中華街の奥で情報屋をやっているリーは久方ぶりに見る客と話していた。

 探しているのは凄腕の大陸系の術者らしい。しかしそんな術者は基本的に日本には来ない。

 大陸は広く、景気も良い。名のある術者は存分にその力を大陸で振るえば良い。

 逃げるにしても日本は大陸系の術者には厳しい上に逃げ場がないのでアメリカにでも行った方が余程仕事がある。

 そういう訳で中華街に居る大陸系の術者は中途半端な者が多く、且つ最近の締め付けの厳しさで他国へ渡る者も多い。


「それにしてもどうしたんだ。東北で争乱があったなんて聞いてないぜ」

「争乱ってほどじゃないさ。ただ悪さをしたやつが居てな。そいつらを探してる。だが当てもなくてな」


 目の前の男はたしか伊達家に仕える諜報部隊を任されている男の1人だ。

 稀に関東での情報を求めてリーの所へやってくる。

 お得意様という訳では無いが、大身なのでリーが直接相手をしている。


「こっちもそれだけの情報じゃなんともだな。どちらにせよ伊達家や大きな退魔士たちを相手取るほどの術者は思い当たる節すらないな。神戸には行ってみたのか?」

「そちらにも人をやっているが芳しくない」

「悪いな、ないものは幾ら金を積まれてもない。何かあれば知らせるよ」

「あぁ、わかった。待っている。ついでに最近関東で大きな動きはなかったか?」


 リーは玖条家の台頭が頭を過ぎったが、大きな目で見れば玖条家は未だ弱小勢力の1つであり、強さの底は知れないが規模も大きくない。

 藤森家との諍いは手打ちになったようだが、大事件というほどでもない。

 川崎事変や大水鬼などの話は既に知られているだろう。

 ただそれらも本当に玖条漣個人の力かという疑問符がついている。

 大水鬼に関しては鷺ノ宮家が後援についたことで疑う者は居ないが。


「いや、川崎事変以来はいつも通りじゃないか」

「そうか、悪いな」


 諜報員はそう言うとリーの元を去った。

 リーはもう一度考えて見るが、組織の中で玖条家はタブーになっている。やはりここで口にすべきではないなと頭を振った。

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