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『それでボス。一体全体今回は何をやらかしてきたんだ?』

『まだちょっと言えない。だが襲撃される可能性がある。ないかもしれないが、念の為だ』

『の割には警戒レベルが高くないか?』

『襲撃された場合の相手のレベルが高いんだよ。藤森家なんて相手にならないくらい、な。藤森家との全面戦争をしたほうがまだマシさ』


 アーキルが急に警戒態勢を命じられたことに疑念を問うてくる。

 レンが答えるとアーキルはヒューと口笛を吹いた。


『ボスは平和なはずの日本に住んでいるってのに荒事には事欠かないな』

『言うな。別に狙ってるわけじゃない。大体が巻き込まれるか向こうが手を出してくるんだ。今回は微妙な所だけどな』


 凛音はレンの覚醒を他の神子たちが予知する遥か前に予知し、レンと〈蛇の目〉がいずれぶつかり合うと視ていた。

 そしてその際に籠の鳥となっている神子である凛音自身を救い出して欲しいと思っていたのだ。

 レンを〈千里眼〉で視ていたのも、〈蛇の目〉にレンの注意を引き付ける為と、自身が視た未来を確かめる為であったらしい。

 凛音の願いは単純だ。外の世界を実際に歩いてみたい。それだけだ。

 生まれた頃からあの大空洞に閉じ込められた神子たち。

 ただし待遇は決して悪くはない。

 外の情報が得られないこと。日の目を見られないこと。その2つ以外は侍女が世話をし、電子機器などは与えられないが希望したものは大概が揃う。

 娯楽は本にカードゲームにボードゲーム。娯楽が少ない分囲碁や将棋に強い者が多いらしい。

 電子機器については神子や神子見習いには存在すら知らない者が多いそうだ。


 本拠と〈蛇の目〉を繋ぐ村、陸奥家が治める村から出入りする者たちは居るが、彼らには強力な呪印が掛けられていて、外の事を中の神子や神子候補に話すこともできないし、逆に本拠のことや〈蛇の目〉のことも外に漏らすことは許されない。

 契約系の強力な術なのだろう。

 更に一部例外を除いてその呪印がない者は外に出ることは許されないで一生を穴蔵の中で送ることになる。

 一部例外とは今代を継いでいる源義経やその側近たち。そして上層部のみだと言う。


 凛音は12の時にレンの覚醒とレンに救い出される自分を予知し、同時に〈千里眼〉の力を得た。

 そしてその予知は他の神子には与えられなかった。

 故に凛音は神が凛音の願いを叶えるためにあの予知と〈千里眼〉を与えてくれたのだと信じている。


(一生を他人に縛られて働かされるなんてごめんだ)


 様々なイヤな事を思い出したレンは神子や神子見習いたちの境遇に同情していた。

 だが凛音は「あそこでしか生きられぬ者も居ます。全ての者が外に出たいと思う者ばかりではないと思います」とはっきりと言っていた。

 確かにそんな境遇の大量の女性たちが現代日本に出たら前の生活の方が良かったと思う神子や神子見習いも居るだろう。

 レンはそこには同意せざるを得なかった。自由を得たいという希望は凛音やレンの感情なのであって、押し付けるものではない。


『そんなわけでしばらくは厳戒態勢だ。気を抜くなよ。死ぬぞ』

『おいおい、そんなレベルなのか』

『向こうが本気なら、な』


 流石に市街戦をするとは思えないが、暗殺や誘拐など警戒すべきことはいくらでもある。

 エマやエアリスにも本人たちには告げずに護衛をつけることにしたし、イザベラには2人に告げないように言いながら警告をしておいた。

 事が済むまでこの街を離れるか、チェコや他の伝手がある国に逃げるほうが安全かも知れないと言ったが、イザベラは首を縦に振らなかった。

 欧州や他の当てもあまり良い情勢ではないらしい。


『そういえば中央アジアで強力な旧き神が復活して暴れ回ったらしいぜ』

『なんだそれ、聞いてないぞ』

『俺もさっき得た情報だからな。だから今報告してるんだ。最速だぜ?』

『前言ってた英雄やら預言者云々か、関わりたくないんだがなぁ』

『英雄は自身の意思で英雄になった奴ばかりじゃないぜ?』


 確かにそうだろう。野心を持ち、戦を仕掛け国を統一する。そういう者も英雄と呼ばれるが、否応なく戦乱に巻き込まれ、そこで活躍して英雄と呼ばれる者もいる。

 織田信長や曹操、ナポレオンなどは前者だろう。だが攻めて来る敵を打倒して英雄と呼ばれた者たちも多く居る。

 武名が上がれば否応なく狙われる。領地が富めば困窮した近隣の領主から攻め込まれる。後継者争いに巻き込まれ、望まぬのに必死で玉座を奪った王も居るだろう。

 自身の意思ではなく、傀儡として幼い頃に玉座に付き、その後賢王となった者も愚王となった者も居る。

 李偉が語っていた万暦帝などは愚帝の代名詞のような者だろう。

 だが万暦帝は長生きし、明が崩れたのはその後の代だ。

 三国志で有名な後漢の霊帝も暗愚だと言われている。

 始皇帝は偉大な皇帝だとされているが後期は奸臣が蔓延り、死後には即座に反乱や戦乱が起き、劉邦と項羽が覇権争いをした。

 レンは個人的には劉邦よりも項羽のが好きだがそれは別の話だ。


 様々な英雄や王、もしくはアーキルの語る預言者と呼ばれる者たちは自身が望んでそう呼ばれたとは限らないということだ。

 アーキルは楽しそうにニヤニヤと笑っている。


『僕は最低5年くらい静かに暮らして行きたいんだけどね』


 実際レンは自身の力の足りなさを知っている。

 当初よりはかなり強くなれたが、過去自身が作った魔道具や魔術具、集めた魔剣、弱くなってもまだ従ってくれる従魔たち。

 それらの遺産……とはちょっと違うが、〈収納〉や〈箱庭〉が無ければレンの現在は今とはかなり違って居ただろう。

 どんなに気になっても獅子神家襲撃に首を突っ込むことはなかっただろうし、水琴からはできるだけ正体を隠し、仲良くなることもなかっただろう。と、なれば川崎にも出向かなかった。

 日本の退魔士事情にも通じることなく、如月家の捜索から隠れながら必死に〈箱庭〉で自身の魔力を磨いていたはずだ。

 攫われた少女たちは生贄となり、クローシュは完全体で顕現し、川崎どころか周辺まで更地になっていてもおかしくはない。

 チェコから逃げてきたエマやエアリスたちもどうなっていたかわからない。


(そうか、エイレンに力を貸して貰うことにするか)


 ふとエマやエアリスのことを考えてエイレンの存在を思い出した。

 攻めるにしても黒縄や蒼牙たちを使えば玖条家の関与がバレる。

 カルラは既に知られている。クローシュもレンが使えばピンと来る者がいるかもしれない。

 ハクやライカ、エンたちには申し訳ないが、彼らを表に出すつもりは余程の事態でなければない。


 その点エイレンならば〈暁の枝〉が復活させたキリスト教に言わせれば悪魔である。

 大陸式の術式を使う方士たちと、欧州で悪魔とされるエイレン。

 そんな者たちに襲われれば〈蛇の目〉の者たちもどこから襲撃が来ているのかわからないはずだ。


(予知能力者が相手にまだわんさかいるってのは面倒だけどなぁ)


 実際〈蛇の目〉の本拠襲撃も日時や相手までは特定できていなかったが、予知されていたと言う。

 故にレンたちが結界を破って襲撃した時にきちんと陣形を整え、しっかりと防衛態勢に入っていたのだ。

 レンの狙いが中央寺院でなかったこと、李偉たちの実力が予想以上だったことでレンたちは目的を遂げて脱出できたが、かなり危険な場面もあった。


 レンが彼らを引き連れて東北の寺院などを襲撃するにしても明らかに待ち構えられるのは目に見えている。

 予知だけではなく、卜占や占術などもある。

 神子たちが凄いのは日本という広大な地全てに起きる事象を遠い未来の予知ができるということで、精度だけで言えば専門の者が行う占術の方が高い。その代わりに範囲と期間に大きな差がある。

 実際吾郎は三枝家に起きるレンの襲撃を占術で見抜き、紅麗の復活を早めたという事実がある。

 予言を受けた家が占術の得意な家であれば、もしくはその場に得意な者を派遣すればより精度の高い襲撃予知ができる。


(吾郎に今後のことも占って貰うか)


 レンは占術はあまり得意ではない。以前は使えなくもなかったが玖条漣という少年の身体の特性がより向いていないのだ。


(襲撃に紅麗はまだ使えないな。今回の襲撃でもかなり危うい立ち回りだった)


 連れて行くのは李偉と由美くらいだろう。

 吾郎は紅麗との静かな生活を望んでいる。

 必要な際は手助けしてくれる約束があるので〈蛇の目〉襲撃の際は手伝って貰ったが、彼らは厳密に言えばレンの部下でも何でもないのだ。

 李偉は外に出たい、戦いたいという欲が力を借りたいレンの希望と合致しているし、由美は李偉が作った僵尸鬼らしいし本人も戦うこと自体は構わないらしい。


『アーキルも英雄になろうと思えばなれるだろう?』

『俺はそんなのはごめんだね。良い上司と戦場に恵まれれば良い』

『僕は良い上司かな?』

『くくくっ、俺の部隊が蒼牙と名乗ってからどれだけ強くなったと思っている。ボスのその戦術眼、戦略眼、そして知識。どこから湧いたのか天から得たのか知らないが、俺が知る中でもとびっきりだ。さらに気前も良い』


 アーキルたち蒼牙にはかなりの給金を払っているし、武器弾薬などの補給も十分に行っている。

 奥多摩の訓練場では黒縄たちと実弾で演習を行っている。

 自然を大きく破壊しないようにとは言っているが、訓練場には市街地を模した訓練施設や泊まり込みもできる施設も作っている。

 アーキルに言わせればなかなか良い上司らしい。


『そういえば別件なんだがな、祖国の友人が所属していた組織が潰れそうなんだと。それでうちに来たいって言うんだがどうだ。腕はなかなか良いぞ』

『うちは特殊だからな、それでも良いのなら増員してもいいぞ。何人くらいだ?』

『10人行かないくらいじゃないか。小隊を任されている奴だからな』

『ちゃんと管理できるならいいさ。しっかりと教育してやれ』

『まずボスが格付けをしてくれないとな。俺の時みたいに、な』


 アーキルは用事は済んだとばかりに去っていこうとする。


『あぁ、待て待て。こっちからも用事がある、というか今思いついた。奥多摩に組み立てキットで作った宿泊施設があるだろう。アレを幾つか買い増すから組み立ててくれ』

『そういうのは黒縄の領分じゃないのか?』


 レンは何も答えなかった。それが答えだ。

 黒縄は〈箱庭〉のことは知らない。だがアーキルや蒼牙の隊員たちは一部だが〈箱庭〉のことを知っている。

 レンは蒼牙たちに凛音たちの住居を作らせようと思いついたのだ。


『まぁ命令だってんならやるがな。地下駐車場に運び込んで組み立ててボスに引き渡す。それでいいか?』

『いや、前お前と戦った場所でやってくれ』

『アイサー、ボス。部下たちにも通達しておくよ』


 アーキルは敬礼をした後さっさと去って行った。


(前はそんな面倒なことしなくて良かったんだけどなぁ)


 前世ではレンが巨大な〈収納〉を持っていることは周知の事実だった。

 実際行軍などで他の空間魔法使いたちと同様に便利に使われていた。

 爵位や地位の高い者には帝都で作った防御性能の高い簡易住居をいくつも収納し、それらを行軍の野営などで使っていたのだ。


 だがレンは凛音たちにそれを見せる気はない。アーキルたちにもだ。

 素材も術式も明らかに日本や欧州、中東で使われている術式とはかなり違うのは見る者が見ればわかる。

 流石に植生ばかりはごまかせないが、エアリスが教えてくれたが植物学者などが知らない魔法植物がこの世界にも多くある。

 李偉やアーキルなどは疑念に思っているだろうが、レンは詳しくは語らないし彼らもそこは突っ込んでこない。


 何にせよレンの〈箱庭〉の中にただ住む為の場所を提供するだけだ。

 普通の建築物で良い。

 アーキルたちに組み立てさせ、〈収納〉で運び、凛音たちに住まわせる。

 値段など大した金額ではないが、建築会社に作らせた家を収納で消すわけにも行かないし、水道や電気などの設備も自動で作られてしまう。

 それでは都合が悪いのだ。その点ログハウスなどの組み立てキットは良くできているし、〈収納〉で移設も可能だ。

 販売会社がどのようにレンが使うかなど追跡は流石にしないだろう。


(便利な物だ。建築魔術でなく人力と機械の力というのも凄いな)


 レンはこの世界に来て幾度も思ったことを、再度心の中で呟いた。



◇  ◇


現在週間24位になっています。1P目、10位に入って見たいので☆での評価を是非お願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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