102.突入
羽黒山はそれほど標高が高くない山だが、雪がまだまだ残っている。
レンたちは魔力持ちなので苦にもしないが、一般人が参拝するならきちんとした装備をしないと危ないだろう。
月山の本宮は7月にならないと開山しないという情報を聞いてちょっと残念な気持ちになったが、こればかりは仕方がない。
3人でスタスタと羽黒山を登り、山頂まで行ってから出羽三山神社に参る。
国宝の五重の塔もまだうっすら雪が残っている。
なかなかきれいな物だとパシャリとスマホで写真を撮る。
葵やエアリスも嬉しそうだ。
しかしここまで来てこれだけで帰ってしまうのは勿体ない。
せっかくだからぐるりと東北を空の旅をしながら今日の夜に帰るので良いのではないかという話になり、いくつか寄れそうなところをピックアップして寄って行くことになった。
月山などでは魔力波動が感知されたから修験者たちは山に籠もって修行をしているのだろう。
レンは東北の日本海側は雪が凄いと聞いていたが思っていた以上だった。
本宮へ参れなかったのは残念だが、事前に通達もしていないのに空から飛んで入ったら不法侵入だ。撃墜される未来しか見えない。
スカイボードはきちんと様々な術式を刻み、結界も搭載されているがスカイスクーターは元が一般に売られているビッグスクーターを改造したものだ。
多少強度なども上げているが遊び用に作ったので戦闘するような用途は想定していない。
今後ちょっとずつパーツに使われている鋼材などを交換していって強度をあげ、術式も組み込み、何かあった時にも大丈夫なようにしていきたいとは思っているが、まだ組み上げたばかりでそこまで手はまわっていなかった。
秋田から青森を回り、岩手に出る。そこまでにいくつか気になる神社や寺を参拝し、昼には十割蕎麦と天ぷらを美味しく食べ、岩手では早めの夕食として海鮮に舌鼓を打った。
葵はともかくエアリスは他所のお嬢さんを連れ回している形なので宮城県や福島は素通りしようと空を飛んでいる時だった。
視線が急に強くなった。しばらく感じていなかった例の視線だ。
(アレ、もしかして)
「葵、エアリス。ちょっと気になるところがあるんだ。良いかい?」
「いいですよ」
「いいよ~」
元気な返事が返ってきた事で、レンは山岳方面へ舵を切る。
目的地に近づいたところで高速で矢が飛んで来て、ギリギリで障壁で逸らす。
(マジか、他の退魔の家でも上空を飛んだだけで攻撃はしてこなかったぞ)
一応備えはしてあったので良かったが、魔力の籠もった矢だ。対物ライフルなどよりも威力は高い。
更に上空300mを飛んでいるのに弾丸よりも速く精度の高い矢が幾度も撃ち込まれてくる。
乗員は守ることができるが、せっかく作ったばかりのスカイスクーターにいくつも穴が空いていく。
重要な部分や葵やエアリスに向かう矢は障壁や結界で弾いているが、小回りの聞かないビッグスクーターでは避けきれない。
「うん。いきなり攻撃してきたのは向こうだしヤれそうならヤっちゃおうか」
「レン様にしては珍しく好戦的ですね」
「目的地はあの辺りだからね。だからと言ってとりあえず確認するだけでいきなり攻撃されるとは思ってもいなかったけど」
「私はレンがやるならそれで構わないよ」
「いや、2人には〈箱庭〉に入っていて欲しいんだけど」
「イヤよ、せっかくのデートを邪魔されたのよ。私だって苛ついているんだから」
「レン様。私も戦えます」
レンは急な攻撃とせっかく作ったばかりのスカイスクーターを穴だらけにされたことに苛ついていた。
ついでに気になることもこの先にある。むしろそれを目的としてこんな真っ暗な山中に足を向けたのだ。
そこで問答無用とばかりに攻撃をされたのだ。
玖条家は奥州に特に縁はない。向こうもレンのことなど知らないだろう。
日も暮れ、空は真っ暗な山岳地帯に弓を持ち、更にスカイスクーターに掛けられた隠蔽を見破り、300m上空にいるレンたちに精度の高い攻撃を加えられる術士が警戒網を敷いているのだ。
何もないわけがない。
更に吾郎に言われた「待ち人」はおそらくこの先にいる。
葵とエアリスは〈箱庭〉の中に入っていて貰おうと思ったが思っていた以上に2人は好戦的だった。
レンが一緒に居ない時に襲われることもあるのだ。
危険もあるだろうが実戦はやはり訓練とは違う。経験できるならしておいた方が良い。レンが一緒の時ならば1人の時よりも安全であるし、カルラとクローシュの分体をつけていれば死ぬことはないだろう。
向こうは5人、こちらは3人。頭を剃っているであろう禿頭の男が更に弓に矢をつがえている。
ガキンガキンと矢が障壁に当たるが、この距離で障壁を破るほどの威力はない。
その間にレンは仕方がないかと思いながら〈収納〉からスカイボードを取り出し、2人に渡す。
こちらの方が防御能力に優れているし詰め込んである術式も多い。
彼女たちにも危機の時に乗りこなせるように訓練は施してある。
他にもエアリスは目立つので姿を変える幻影の腕輪を、2人にはフード付きローブと仮面、武器も渡した。
「これから名前はお互い呼ばないように。アルファ、イプと呼ぶ。僕はローと呼んでくれ」
「「了解」」
戦闘モードに入った葵とエアリスが即座に答えた。こういうのは日頃の訓練の積み重ねだ。普段から未明の相手と遭遇戦をする時には簡単に身バレしないようにコードネームで呼ぶパターンをいくつか打ち合わせしてある。
レンは盾で矢を弾き、スカイスクーターは一旦〈収納〉し、襲撃者たちに突進していく。
ブオーッ
(ちっ、味方への合図か)
ホラ貝の音が山岳地帯に響き渡る。つまり目の前の5人の修験者らしき者たち以外にも見回りがいるのだろう。
「イプ、5番までは使っていい」
「はいっ」
レンは葵に解毒薬を渡し、一緒に飲む。エアリスが散布する毒への耐性を高めるためだ。
矢は力強いが障壁を張った盾を貫くほどではない。間合いが近づき、相手は薙刀や槍、刀などをそれぞれ持ち、待ち構えている。
「真ん中は僕が相手をする。他4人を任せる」
返事はない。余計な声は出させないようにしているのだ。レンも声を変えている。
向こうからは女子3人が警告にも引かずに襲ってきたように見えているかも知れない。
レンが放った〈螺旋氷柱弾〉の乱れ打ちで敵が防御態勢に入り、少し高い有利な位置を取る。
「逃がすな。必ず生け捕れ。どこの間者か調べるのだ」
(間者でもなんでもないんだけどな)
レンはそう思いながら槍を構えた男に綱吉に打って貰った霊刀で向かっていく。
葵は後方から風を吹かせ、エアリスが麻痺の花粉を撒き散らす。
向こうも耐性があるのか即座に効果は発揮しないが敵方の動きが鈍る。
「くっ、毒かっ」
突き込まれた槍を盾で逸し、刀で相手の左手から首を薙ぐが避けられる。
引手も速い。
連続での突きを体捌きと盾、刀を使い防ぐが、間合いは離されてしまった。
刀ではなく槍を装備すべきだったかと思ったが〈収納〉から槍を取り出すのは見られたくなかった。ただ相手の腕前を見て武器選択の失敗を悟る。
(やるなぁ。こいつ対人慣れしてるな)
向こうもレンの相手は敵方のリーダーのみで良いと判断したのか4人は葵たちに向かっている。
レンには念の為カルラの分体が、葵とエアリスにはクローシュの分体がついている。
本当に危なくなったら助けてくれる手はずになっている。
それに彼女たちは年齢に見合わないほどの力を付けている。そう易々と負けるとは思っていない。
レンは目の前の敵に集中した。
「何の目的で近づいた。吐けっ、今なら投降すれば怪我はさせんぞ」
レンは修験者の問いには答えない。
無言で刀を振るい、相手の槍を弾く。
膂力では敵わない。サイドステップを多用し、引き手が鈍った所を狙い、〈縮地〉を使って間合いを縮める。
レンの斬り上げが相手の腕を掠める。石突がレンの足を狙ってくる。
それを避け、腰に隠していたサイレンサー付きの銃弾が相手の太ももを貫く。
だが槍使いは片膝をつきながらニヤリと笑った。
レンたちが戦っている間に敵の増援が現れたのだ。
5人で1組らしく、2組10人が現れる。
だがそんなことは想定内だ。通常4番までしか許可しない毒の使用許可を5番まで出したのはこういう時の為だ。
「イプ、5番範囲」
乱戦になると数に負けるレンたちはまずい。
毒々しい巨大な花を両腕に咲かしたエアリスが強力な魔法毒を撒き散らす。
葵が全員を囲むように大きな結界を張る。
結界の中に毒が満ち、耐えきれなかった者たちがどんどんと倒れていく。
「ぐっ、卑怯なっ」
(戦いに卑怯もクソもあるかっ。大体警告もなしに撃って来たのはそっちじゃないか)
レンはそう思いながら動きの鈍った槍使いの懐に飛び込み、その一撃は相手の胸を引き裂いた。
(浅いか)
だが骨を断ち、内蔵に届くほどではない。即座に追撃を行い、レンの突きが槍使いの心臓を貫く。
槍使いが絶命したのを確認しつつ、後方の戦いを見る。
リーダー格たちはまだなんとか耐えているが12人の格下の者たちはエアリスの毒に耐えきれなかったようで地面に倒れている。
そしてリーダー格の2人も1人は葵に氷漬けにされ、1人はエアリスが生み出したの太い蔦に絡め取られ、肌が青紫に染まっている。
(相変わらずエグいな。接近戦にすら持ち込ませなかったか)
レンは3人対15人という遭遇戦でも無事に勝てたことにホッとした。
保険は掛けてあったとは言え、槍使い含め相手の練度は決して低くなかった。
訓練を受けていなかった頃のエアリスや過去攫われた頃の葵では敵わなかっただろう。
だが2人は14人を相手にして確実な手を取り、近辺に相手の術の跡があるだけで近寄らせもせずに勝利している。
レンは息がある者たちを〈白牢〉に武器を没収して放り込んでいく。
槍使いが使っていた槍や弓もかなり良いものだ。ありがたく頂いておいた。
「さて、悪いんだけどちょっとココからは2人は危険だから〈箱庭〉で待ってて欲しいんだ」
「えっ!?」
「え~」
「ちょっと相手の動きが良すぎるし。今回は勝てたけど、明らかに警戒レベルが高い。そして気になるものはこの奥にあるんだ。どれだけの相手かもわからない中に連れてはまだ行けないかな」
「レン様1人で行くんですか?」
葵が心配そうな表情で問う。
「まさか。ちゃんと信用できる奴らを連れて行くよ」
「ならいいです。ご武運、お祈りしています」
「ははっ、葵はなんか古いな」
「レン、ちゃんと無事で帰って来なさいよ」
エアリスの頭をポンポンとたたき、心配は要らないと告げ、2人を〈箱庭〉に放り込んだ。
2人だけで帰してまた途中で襲われるのも良くない。〈箱庭〉が1番安全なのだ。
幸い・・・・・・なのかはわからないが、ゲイル戦の時にエアリスには〈箱庭〉の存在自体はバレている。
葵は〈収納〉の腕輪に食料などや毛布なども入れていたから中で休んでいてくれるだろう。
「さて、急がないとな」
レンはさっと死体を収納してから戦いの現場を後にし、集まってくる他の部隊から身を隠して目的地に向かった。
◇ ◇
『それで、ココが目的地だって?』
『あぁ、多分この下に空洞があって、ナニカの施設がある。入り口は防備が硬かったから、ココから穴を掘って潜り込もうと思ってね』
『ねぇ、本当に暴れていいの?』
『ほどほどにね、紅麗』
レンが連れ出したのは吾郎たち4人だった。いきなり攻撃を仕掛けてきたやつらの拠点に乗り込むので手伝えと言ったのだ。
三枝吾郎、楊李偉、趙紅麗、そして三枝由美。
多香子はある程度戦えるらしいが本格的な戦闘要員ではないらしいのでお留守番だ。
真っ暗で明かりもない山岳地帯で申し訳ないとは思うが、彼らはたった5人で大天狗率いる天狗の軍団と互角に戦っていた者たちだ。
戦闘力は十分にあるし、この半年ちょいの期間で紅麗は自身の力の扱いに慣れてきている。
吾郎や李偉は元々仙術を修めた仙人だ。得意分野は違うが戦闘力は非常に高い。由美は元々三枝家で戦闘部隊に居て、僵尸鬼になってから李偉に修行をつけられていたらしく、かなり強力だ。
レンは襲撃者たちの隠れ家の入り口を見つけていたが、流石に警備が厳重だった。
入り口と言うか洞窟と言った方が良い。天然洞窟に見せかけたいのか入り口も狭く、岩の隙間で2人が通れるか通れないかだ。
だが入り口付近、その奥にも明らかに過剰な警備が居るのが〈龍眼〉で視えた。
突貫しても良いのだが他に良い方法があるならそちらを取るべきだろう。
と、いうわけでレンは山の内側に巨大な空洞があると踏んでいた。
強力な結界の気配が土の下からするからだ。
ならばそこまで掘って結界を破り、思いもよらぬ場所から侵入したほうが相手の防備に隙ができる。
わざわざ表玄関から行くこともないだろう。
レンは紅麗たちと山の裏側に移動してこっそりと魔法で穴を堀り、空気の通り穴用のパイプだけ地面に出し、穴を塞ぐ。そして直下に50mほど掘ったところで厳重な結界にぶち当たった。
『うん、思った通りだ。それにしても凄い結界だな。幸い知っているタイプの結界だから破れそうだけど』
警備に修験者が居たことから考えると隠れ山伏や山伏由来の忍者の隠れ里だろうか、とレンは考えている。
そして結界の様式は修験道が元になったものだ。
レンは修験道開祖、役行者から修験道の極意書を貰っている。当然結界の張り方から、破り方までも書かれたこの世に1つしかない貴重な書だ。
その結界の破り方を元にレンが自身の結界破り系の魔道具に落とし込んだ物がある。
万能型もあるが、これほど巨大な結界は壊すのは流石に厳しい。だがこのタイプの結界なら専用の魔道具で5人が通る程度の穴は開けられる。
レンは楔型の結界破りの魔道具を取り出した。それを結界の表面に当て、更に専用の槌でガツンと叩く。
バリンと何重にも張られている結界の1枚が破れる。
楔は使い捨てだ。だが当然ながら何本も持ってきている。
バリンバリンと景気よく結界を破壊し、練習するように渡していたスカイボードで全員が突入する。
そこには思いもよらないほど広大で整備された空洞があり、里や村と言われるレベルの集落があった。
更に中央には寺院があり、東西南北にその寺院から整備された石畳の道が続いていて、古い日本家屋型だが屋敷と言って良い規模の建物がある。
畑や住宅、それに自転車なども普通に見える。
(思っていたよりも規模が大きいな。そして目的地はあそこか)
『あっちに向かうぞ、あの屋敷だ』
当然レンたちが結界を割り、侵入したことがバレないわけがない。
表側の警戒網を破ったからか既に向こうも迎撃の用意ができているようだ。
そしてレンが破った位置から近い位置の術士から当然の如く術が殺到する。
仕方なくレンは竜鱗盾を取り出し、術を防いだ。
『その盾凄いな。どうやって手に入れたんだ』
『内緒だ』
李偉の軽口に答えながら、レンは思っていた以上の規模の隠れ集落と相手の戦力に驚いていた。
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