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「スカイスクーター! いいねっ」
ビッグスクーターのスカイスクーターはなかなか好評だ。
ちなみに1発目スカイスクーターデート争奪戦に勝ったのは楓だった。
くじ引きで決めたらしい。
デートなのかどうかはわからないが、レインボーブリッジや東京タワー、隅田川の方などの都心近郊の夜景を上空300~500mくらいで見て、たまにホバリングしてお話したりと1人あたり2時間くらいでリクエストを聞いたりしながら空のデートを楽しんだ。
美咲は瑠華、瑠奈がついてきたし、灯火も1人はダメだということで近くにスカイバイクに乗った女性護衛が近くで見守っていた。
エマはあまり乗り気でなかったようだが、エアリスが一緒に行こうと誘ったのと、空から見る東京夜景の魅力に負けてエアリスはレンの後ろに、エマはサイドカーに乗って夜景を楽しんだ。
(それにしても空に魔物がいないってのはいいな)
スカイボードもそうだが〈飛行〉などの魔法でも気を抜くことはできなかった。
単純に空には空の魔物の縄張りがあるからだ。しかも空の魔物は縄張りが広く、かなり遠くから縄張りを荒らしたと襲ってくる魔物も居たし、間違って強力な魔物の縄張りに入ると空で死闘を繰り広げることになる。近くに人里などがあれば余計な被害も出る。
バイクのような精密機械を飛行魔道具化して空をゆったりと飛ぶ、なんてのは空が安全だとわかっている場所やそういう場所に作られた街の上みたいなものだ。
しかし街は街で、上空飛行禁止などを大概領主が決めた法律があったりするので、街の上を飛んで夜景を楽しむなんて選択肢はなかった。
東京も多分飛行禁止区域とかあるのだろうが、その辺は見なかったことにした。
スカイボードで移動しまくっているレンとしては今更であるし、事故は起こさないように注意しているので大丈夫だ。多分。
◇ ◇
そんなことをしていたら3月も終わりそうになった。
どうせ〈制約〉が掛かっているんだからとエマとエアリスも〈箱庭〉に入れないかと言う提案もあったが却下である。
理由は単純にハクやライカ、エンたちの存在を知る者の数は少ない方が良いからだ。
それに彼女たちはいずれチェコに帰るだろう。普通の訓練なら訓練場でできるのだ。魔力回路の調整も施している。2人とも日本に来た時と比べ物にならないほど強くなっている。
レンの存在も灯火の記憶を読まれたことでバレてしまった。エマやエアリス、イザベラたちが信じられないという意味ではない。
これ以上リスクを増やすのはレンに取って悪手だ。
〈箱庭〉内の詳細な情景は見られていないと言われているが、本当かどうかはわからない。
鷺ノ宮家がどの程度まで情報を掴んでいるかは、それこそ彼らの頭の中を覗いてみないとわからない。
ちなみにそういう相手の記憶を無理やり引き出す術もある。ただ相手が廃人になる可能性が高いので基本的に官憲や国や領主に使える魔術士にしか教えられない。機密魔術の1つだ。
禁忌や機密というのは法律と同じで地方や国に寄って違う。死霊術でさえ許可される国、というか死霊王が治める魔境も存在すれば、この術の研究もダメだとか使うのはダメだとか細かく制定している国もある。
ただ現代地球の先進国のような細かい法律のように決まっていたりはしない。比較的アバウトな物が多いし、爵位を持っていれば許されたりと例外も多い。
「……明日は特に予定はないのか」
ふと夜までビル内で作業していたらふと気がついた。明日と言ってももうそろそろ日は回る時間だ。
美咲も、灯火も楓も来ない。水琴は結構ランダムで来るが大体前日に連絡が入るか、こちらから誘ってOKかNGかの返事が来る感じだ。
「ちょっと出掛けてみようかな」
こういうことはたまにある。気分転換がしたかったのだ。
そういう時は空を飛んで色々な神社や寺院に参ったり、夜の海辺や海上を飛んだりする。
稀に妖魔に会うこともあるが苦戦したことはない。
退魔の家がきちんと処理しているのだろう。まだ弱い悪霊だったり、海上で陸に近づいていない為に発見されていない妖魔などを見かけるととりあえず処理するようにしている。
予定がないならちょっと遠出してどこか観光に行っても良いかもしれない。
コツコツと暗い玖条ビル内の階段を降りていく。見回りの黒縄たちも居るが、特に異常はないと合図がある。
エントランスにはいくつか自動販売機を置いている。
儲け度外視なので全部100円だ。業者が勝手に補充してくれるところが良い。
3社の自販機が並んでいて、並べるドリンクの種類の色々なメンバーのリクエストも聞いているらしい。レンは黒鷺に投げているので詳しくは知らない。
自分が好むドリンクは箱買いするタイプだからだ。缶コーヒーにお茶、ジュースにサイダーやコーラなど常に在庫が切れないように積んである。
実は〈収納〉にも仕舞ってあるのだ。
「レン」
「あれ、エアリス。遅いね。どうしたの」
「ちょっと眠れなかったからあったかいの飲もうと思って。でもちょうどココア切れてて」
「そう、エマは?」
「お姉ちゃんはもう寝てるんじゃないかな。お母さんはなにか作ってた」
軽く話し、エアリスは自販機で目的のホットココアを買った。
「レンは?」
「ん? 気分転換に夜の散歩でもしようかなって」
「お空?」
「うん、そうだね。歩く時もあるけど、今日は飛ぼうかなって。明日暇だからついでにどこか観光しに行ってもいいし」
「ついてっていい?」
「ん、別にいいよ。イザベラが許したらね」
エアリスも気分転換したかったのか、ついてくると言うので許可を出す。
「葵も誘ってあげよ? きっと誘われたら喜ぶよ」
「あ~、まぁそうだろうけど、起きてるかな? 12時回るよ?」
「もう返事来た。行くって」
「じゃぁスカイスクーター使ってどっか行こうか。イザベラは?」
「良いって」
メッセージアプリを見せられるとすでにイザベラからも葵からも返信が来ている。びっくりな速さだ。
スマホの活用などにおいてエアリスはレンより遥かにスキルが高い、というか大概の者たちはレンより活用しているだろう。
レンは必要だと思った時にしか使わないし、あまり携帯していないので怒られることすらある。
電話ならともかくメッセージなら即時見なくても気がついた時に見て返信すれば良い派だ。電話も集中していると気付かないことが多い。緊急用に所持している仕事用のスマホだけは音が出る設定にしてある。
〈箱庭〉に電波は届かないし、作業中など集中していると普通に気付かない。そういう時はカルラが教えてくれる。
「じゃぁ行こうか、どこ行く?」
「楽しそうだね」
「うんっ。夜の空飛ぶのって楽しいなって前思ったから、余計目が覚めちゃった」
そんな感じでエアリスと葵とスカイスクーターによる夜のお出かけが決まった。
◇ ◇
(エアリス、優しいな)
葵はエアリスが夜の散歩に誘ってくれたことを嬉しいと思っていた。
エアリスもレンに惹かれていることは知っている。2人でこっそりデートに出ても良かったはずだ。
実際スカイスクーターが出来たことで希望者全員で上空観光デートを順番にレンと行ったが、エアリスはエマも居て2人きりじゃなかったのだ。
美咲や灯火も2人きりではなかったが、その辺は家の事情があるので別枠だ。
「おまたせしました。レン様。エアリス、誘ってくれてありがとう」
「ううん、いいよ?」
レンが作ったというスカイスクーター。レンの後ろはエアリスに譲って葵はサイドカーに乗った。3人とも少し暖かめの格好をしている。
術で対策しているので寒くはないのだが夜に走るには昼間用の格好では寒く見られるだろう。
そういうわけで一応防寒対策をしている風を装っているのだ。
葵はサイドカーに入り、エアリスはレンにくっつくように腰にしがみついている。
「どうせならちょっと下道をドライブして行こうか。どっちに行こうかな。ちょっと気になることがあるから東北方面に行ってみようか。あんまり行ったことないし。どこか行ってみたいところある?」
レンはそう言うと、エアリスが行ってみたいところがあると言い出した。
出羽三山だ。ちょっと遠いし時期的にも寒いが、葵もエアリスも、そしてレンも自身の周囲を暖める術が使える。
レンは地理に明るくないし本人が方向音痴であることを自覚しているのでスマホのナビで地図を見ながら運転している。
葵もレンも特にコレと言った候補がなかったので、出羽三山が目的地にあっさり決まった。
夜中の道路というのは車やバイク、歩行者などが少ないので走っていて普通に気持ちが良い。
飛べばすぐだが今回は朝に到着するように調整するらしい。
出羽三山には羽黒派古修験道というのがあり、山登りも参拝も楽しめるという。
羽黒派古修験道は通常の仏教系修験道に陰陽道も取り入れた特殊な修験道場らしいとエアリスは語る。宗派の違いだろうか。
エアリスは日本らしい場所が大好きなのでそういう場所に興味が強い。
葵はレンの行く所について行ければどこでも構わない。一緒に出掛けられる。それだけで幸せだ。
ナビが言うには都心を突っ切り、東北道に入り、福島県を抜けて秋田県に向かうらしい。
レンが「ETCって便利だよね」というのが少しおかしかった。
レンに取っては現代科学は全て便利だろうと思うのだが、案外そんなことはないらしい。
レンの世界でも便利さを求める発明や魔道具は様々あり、レンは高位な術士なこともあって、ハンター時代ならともかくそれほど不便な生活はしていなかったようだ。
「でも魔力のない人間でも誰でもつかえるってのは凄いと思うよ。インフラが整ってたら、っていう条件付きだけどね」
日本で電気が来ない場所はそうないだろう。スマホの電波のカバー率も光ファイバーの普及率も高い。
「うちの国よりよっぽどそういうところは凄いよね」
と、エアリスなどは言う。
「エアリスはチェコに帰りたいと思わないの?」
「思うよ? でも友達たちともビデオ通話ができるし、今はまだ危ないんだって」
「前にちらっと聞いたけど、欧州でもなんか色々と問題が起きてるんだって?」
「うん。有名で派閥を纏めてた魔法使いが殺されて、その後何件か似たような事件があったの。それに魔女狩りでしょ。ピリピリどころじゃない騒ぎで、ちょっと魔法使いや魔術士界隈が荒れてるの。日本とどっちが安全かなんてわかんないけど、……護衛してくれた支払いもまだ終わってないしね」
葵は詳しくしらないし、エアリスも知らないらしいが、エマとエアリスの護衛報酬は未だ完済されていない。
定期的に術具を物納するという契約があるらしく、その関係もあって定期的に日本に来てレンに物納分を渡すよりは、日本にそのまま滞在する方向性になったらしい。
エアリスが進学する来年にはどうなっているかわからないが、少なくとも今年はこのまま中学校3年生に進む予定だ。
「日本海だと朝日が海から登って来ないけど、山から見える朝日も良いね」
「うん、凄い綺麗な朝焼け」
「せっかくだからSAで少し早めの朝ごはんと行こうか」
ちょうど見えてきたSAで朝ごはんを食べ、ついでに気になったお菓子や小物を全員でいくつか買っていく。エアリスはエマやイザベラにお土産も買っていた。
レンは小さな赤べこを手に取っている。レンはそういうよくわからない小物が好きらしく、部屋には色々と雑多に飾ってある。
「山間部はちょっとだけスキップしようか」
そう言ってレンは下道に降り、脇道に入ってからスカイスクーターを浮かせる。
隠蔽術が起動してカメラにも映らない。水琴のような瞳術が使えれば別だろうが、通常は気付かれないだろう。
「上空は風が強いね。結界張るね」
ナビのルートの上空だと月山の上を通ってしまうので、それは風情がないということで羽黒山も迂回し、北側から回り込むように移動する。
移動時間は5時間を超えたくらいだろうか。
本気で飛べば1時間も掛からないが、今回の主旨はツーリングと観光だ。
風よけの結界を張っていたので普通に3人で会話しながら走っていたら5時間などあっという間だ。
葵は東北地方は初めてだったので植生や気温など色々と違うのだなと思った。
また、山脈を超えると日本海側になり、より寒さが強くなる。
雪の残る山も多く、路面が凍結している所もよく見られた。
「月山とかは開山してないんだな。ってか雪凄いな」
レンが日本海側の豪雪地方を甘く見ていたのか感心しながら言っている。
「羽黒山の出羽三山神社は行けるみたいだから登って見ようか」
朝の冷たい風が頬を撫でるが霊力で覆っているのでレンもエアリスも、そして葵も当然寒さには強い。
「うんっ、楽しみっ」
エアリスが嬉しそうに言うのを見て、葵も少し嬉しくなった。
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