100
「待ち人あり、これは……北東の方角かな。これは日本だね。あと全然関係ないけれど北西からかなり強力な妖魔がやってくると出たね。いや、これは神霊レベルかな。こっちは大陸からだ」
「待ち人? 大陸から神霊?」
レンは吾郎に占術をしてもらっていた。
李偉が吾郎の占術はかなり精度が高く、一度占って貰ったら良いと言われたのだ。
『わぁ、本当にすっごく変わったのね』
『紅麗様、都心に行けばもっと大きなビルがありますし大陸の都会、北京や上海なども大きく変わりましたよ』
『えぇ、映像で見たけれど信じられないわ。でもこうやって実際に見てみると100年眠ってたってのが実感できてしまうわね』
〈箱庭〉の中では占えないと言われたので玖条ビルの最上階に李偉と紅麗、吾郎と由美を出している。
紅麗はビルの窓から外を見ているだけだがそれでも感動があるらしい。
一応先にここ100年の歴史の勉強はさせたし、映像作品で日本や中国、アメリカや欧州などがどんな街並みになっているかは見せているのだが実際に見るのでは違うのだろう。
「君の助けを待ってる人、かな。妖魔騒動は首を突っ込まなければ吉と出たけど避けるのは難しそうな
「出会い?」
「あぁ、どんな出会いかはわかんないけどね。君の未来は錯綜していてとても見通せないよ。とりあえず今見えているのはこのくらいかな。参考になったかい?」
「参考になったも何も思い当たる節がないなぁ。ただまた神霊の事件に巻き込まれると聞いて頭が痛くなってきたよ」
レンは実際に頭を片手でおさえた。
「ハハハッ、そういう星の元に生まれて来たんだろう。いつの時代にもそういうヤツはいる。寵児ってやつだな。実際本気になれば神霊の1柱や2柱どうにでもなるだろう」
李偉が笑いながら声を掛けてくる。
「笑い事じゃないよ、李偉も吾郎も紅麗もいざと言う時には力を貸して貰うからね」
「仕方ないな、そういう契約だしずっと正直言うと暇してたんだ。俺たちが力を貸せば100人力だろう?」
「紅麗はまだ危なっかしいけどそうだね。ただ君たちの力をあまり見せたくはないな。余計な警戒を生む」
実際李偉は京都でも三枝家の秘密兵器として幾度か戦闘に出たことがあるらしいし、去年の藤森家との決闘でもその力の一端を見せている。
吾郎も由美もそこらの術士など相手にならないほどの実力者だ。
レンですら彼らの本気がどれほどの物かよくわかっていない。
そして紅麗はまだ体に魔力が慣れていない状態で大天狗と互角に渡り合っていた。
その力を使いこなせるようになれば神霊の1柱や2柱簡単に倒してしまえるだろう。
だからこそ、レンは彼らの力を秘匿したかった。ハクやライカやエンを表に出さないのと同じ理由だ。
大きすぎる力は狙われる。カルラやクローシュは分霊になることでその力を弱く見せている。
紅麗はその力をまだ扱いきれていない。
吾郎と李偉、由美は修行で力を隠蔽しているが、魔眼持ちには見破られる可能性が高い。
李偉は本人の希望もあり外に出しているが、紅麗はまだ危うくて外を歩かせることすらできないとレンは考えている。
「まぁ日本は比較的平和だからな。だが水面下では色々とある。そういう意味では京都は結構酷い土地だったぜ? 大規模な抗争はここ数十年なかったけどな」
「平和、……平和か。それか!」
「おい、レン。どうした?」
レンは李偉の言葉に今までモヤモヤとしていたことに答えの一端がある気がした。
藤森家や獅子神家。他に多数ある近隣の退魔の家。付近では大きいと言われる如月家もそうだ。
彼らは平和な時代を生き過ぎている。抗争も戦争もない、故に警戒心が低いのだ。
レンが生きていた世界は魔物が溢れ、それなのに人類の中でも戦争などが度々起きていた。
魔物の世界、魔境を切り拓くよりもすでに安定した土地を奪った方が早いからだ。
更に種族間の闘争もあった。獣人や鬼人、妖精族などそれぞれの種族で対立があり、
更に国家内でも貴族同士の闘争、暗闘など命の価値は現代日本と比べれば驚くほど軽い。
しかし日本に普通に生きる術士はすでに戦争を知らない世代がほとんどだ。故にレンから見たら甘く見える。
藤森家との争いも藤森家の動きが鈍いと感じていた。暗殺者の10人や20人即座に来ると身構えていたくらいだ。
しかし実際はそうはならなかった。鷺ノ宮家まで介入してきて、本格的な抗争にならずに決闘と言う小さな争いにまで縮小された。
如月家や玖条家を調べている有象無象もやり口がぬるいと感じていた。
「いや、前から感じていた違和感の正体がわかったかもしれない。ありがとう、李偉」
「お、おう。それなら良かったんだがな」
李偉はブツブツと考え出してしまったレンに困惑していたようだ。悪いことをしてしまった。
つい思考に没頭してしまう癖は相変わらず治らない。
葵や水琴など付き合いの長くなってきた子たちは慣れてくれたのだが李偉はそうではない。
『紅麗、悪いけどそろそろ戻って貰っていいかな』
『えぇ、問題ないわ。外の世界と言うか、この建物だけでもびっくりだったもの。それに今修行してどんどん強くなっているのが楽しくてしょうがないの。外の世界も興味は尽きないけれどまずは吾郎のくれた力に慣れないとだものね』
『わかってくれて嬉しいよ』
『じゃぁ俺等も戻るか』
『そうだね。戻ろう』
紅麗に声を掛け、彼女たちには〈箱庭〉の彼らの住居スペースに戻って貰う。
あまり不便はさせないようにしているが、ずっと5人暮らしと言うのも確かに暇だろう。
「なにか良いのあったかな。魔物素材でも良いから紅麗の力を魔眼でも見破れないようにする服でも作ってみるか」
レンは吾郎から言われた待ち人や大陸から来る神霊にも気をつけなければならないなと思いながら、下で待っている葵たちの元へ向かった。
◇ ◇
「え~い、やめやめ」
進路のことを考えていたが気が進まないことに集中力はまったく出ない。
と、言うわけでレンは趣味に没頭することにした。
いつもの鍛錬は当然として、レンは様々なことに手を出している。
そして今完成しそうなのがビッグスクーターにサイドカーを付けたスカイバイクだ。
跨るより座るタイプなので空をゆっくり飛ぶのには楽であるし、風の抵抗も結界や障壁で風を流すので問題はない。
通常のクラシックバイクやオフロードバイクは持っているのでアメリカンにするかスクータータイプにするか迷ったがスクーターにすることにした。
レーシングタイプは速さをあまり求めてないので除外だ。
同時並行して今はまだレンに免許がないために表では乗れない車のスカイカーにする改造も着手している。
4シーターのオープンカーで、とりあえずドライブしつつ空を飛びたい時に飛べる。そういうコンセプトで作り始めた。
しかしレンはそれを特に隠していなかったので当然バレた。
そして起こったのがもっと大人数が乗れる車をスカイカータイプにして全員乗れるようにしようと言う要望である。
全員とは5人娘プラス瑠華瑠奈orエマ、エアリスである。いっそ全員乗れるようにマイクロバスを飛行可能にしようなどと言い出した。
しかしそうなると護衛たちを乗せるスカイカーが必要になるのではと思ったが、ちょっとドライブするだけならスカイバイクで蒼牙や黒縄が護衛すれば良いではないかと言われたのだ。
どうも玖条家の信用は微妙に上がっているらしい。
獅子神家、白宮家は元々ほぼ娘に護衛は付けない。楓の藤森家も本家がわからせられたので楓も自分の車で通うようになった。
灯火は流石にそうもいかないが、本人の実力が上がったこともあって護衛の数が減ったと言う。
2、3時間ドライブするくらいなら玖条家の護衛があるから、と言って出かける程度は可能だと言う。
美咲は瑠華、瑠奈がついていればある程度自由に動けるようだ。
そして空を飛べば2~3時間でも新幹線並の移動距離を飛べる。
本気で飛べば吉野桜も見に行くことができるだろう。音速は超えないというか超えると色々と面倒なので亜音速程度に抑えている。
ちなみに吉野桜はレン、水琴、美咲、葵、瑠華、瑠奈でスカイボードに乗って見に行った。ボードというか箱型だったのでボックスと言うべきだろうか。
灯火と楓の予定が合わなかった日に急遽思い立って行こうと言って行ったのだ。エマ、エアリスも予定が合わなかった。
スカイボードは瑠華、瑠奈には今更バレているので一緒に吉野夜桜見物に行ってきた。
それを知った灯火と楓、ついでにエマとエアリスまでもが不満そうだったので関東近縁の有名な桜の名所にスカイボードで花見もする約束をしている。
「お、そろそろ行けるかな」
スカイバイクは作るのは始めてではないのだが、サイドカーがついたことで重心が変わり、安定して空を飛ぶのが難しくなった。人を乗せると余計バランスが悪くなる。
地面の上を走るのとは違うので色々と調整していたのだがようやく安定しそうだ。
1人乗りの状態、2人乗り、全員のった場合、2人でスクーターとサイドカーに乗った状態で術式をスイッチすることによって安定化することに成功した。
後はそれを自動で判別して勝手に判断してくれるよう調整できれば完成だ。
「レン様。お空のバイクデート、当然私が最初ですよね?」
「え、当然うちだよね?」
そしてなぜかレンとのスカイバイクデートツアーがレンの知らないところで企画され、順番で揉め出した。
(どうしてこうなった?)
レンはおかしいなと思いながら、風に舞う桜の花びらを摘んで現実逃避した。
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