099
水琴はパワーアップした〈水晶眼〉の制御に苦労していたが、戦闘はともかく日常生活はなんとかなっているようだ。
たまに眼を押さえて辛そうにしているので、周囲からはかなり心配されているが、本人は「大丈夫だから」と言っている。
実際以前のように水琴が狙われたり獅子神神社に襲撃がなければ
今の水琴は自身の〈水晶眼〉を制御しきれていないだけだ。以前にも経験はある。
だがあの時とは状況が違う。
施術者であるレンの魔力などが格段に上がったこと。日本での陰陽道や修験道などの術式を多く勉強したこと。中国での方術士や西欧の魔術士、アルフォンスからもかなり詳しく聞いている。
アーキルたちからはイスラム式の術法なども学んだ。
それに魔力回路や魔力炉などはレンの専門分野だ。100%大丈夫。それだけの準備をさせてから、してから施術したのだ。
慣れるのに時間が掛かるのは前からわかっていたことだ。
本人が「より強くなりたい」との意思を示し、レンはその解決策を提供した。それだけのことである。
ただこのタイミングで獅子神神社や水琴自身の身柄が攫われてもレンとしては責任を感じてしまうので、こっそり黒縄たちに警備を申し付けている。
獅子神神社や水琴には言ってはいない。レンが勝手にやっていることだ。
斥候用に使っている雀や鳩などの式神も使って水琴の周囲を見張らせている。
水琴は気付いてはいるだろうが、特に何も言っては来なかった。
「過保護ですね」
なんて事情を知る葵はそう突っ込むが、レンとしてはレンが行ったことで、対処できるトラブルに水琴が対処できなかったり、親しくしている獅子神家に災いが降りかかり、まともに戦闘のできない水琴が自責の念に陥るのは見過ごせない。
過保護なのではなく、アフターサービスだと思って欲しいところだ。
そんな心配も他所に水琴にも獅子神家も危地にも会うこともなく、平和な春休みを謳歌している。
レンとしては平和過ぎると思うが、平和なのは良いことである。
訓練も研究も進み、藤森家式陰陽術を取り入れてみたり、良さそうであった術具の再現に取り組んだり、新しい霊槍や防具、術具など頼んでいた職人たちから購入したりと平穏な日常を謳歌していた。
李偉からの中国武術の伝授も順調だ。更に吾郎などからは仙術や方術を教わっている。
仙術は使えはしないが、対抗策を知っているだけでも違うものだ。
楓がレンの〈箱庭〉での訓練に参加したことで、灯火も参加すると言い出した。もしかしたら楓が誘ったのかも知れない。
だが良い傾向ではあるのでとりあえず魔蟲の巣に放り込んで見た。
初体験の灯火よりも、巨大な魔蟲の群れが苦手なのか楓の方がギャーギャー騒いで我を忘れていて葵に冷たい水をぶっかけられていた。
パニックになった者ほど死ぬ。葵に活を入れられ、涙目になりながら必死で戦っていた。
戦闘時でも冷静な自分を持ち、平常心を保つことの重要性を楓も学んでくれただろう。
本当に危険な時はクローシュの分体がこっそり手助けをしてくれている。
毒や体液を浴びて戦闘を終えたばかりの2人はちょっと見られない感じになった。
だが死んでもないし部位欠損もしていない。髪の毛は護るようにしっかりとした防具を渡してあるので無事だ。
(日本に住んでて魔蟲の群れに出会う確率は低そうだけれどね)
日本の妖魔にも蟲タイプの妖魔はいる。
水琴たちの話では妖魔で1番多いのは鬼型で、牛頭鬼や馬頭鬼のように頭部が他の動物を模していたり、角は生えているが人と同じ目は2つ、鼻が1つ、口が1つ、耳が2つの頭部をしているが醜悪な鬼なども多いらしい。
凶悪な鬼になると腕が4本あったり、目が4つあったりと人間型から離れて行くようだが、レンは残念だが出会ったことがない。角の数でわかりやすく等級が上がったりもしないらしい。
次に多いのが獣や蟲型だ。大水鬼も見た目はオオサンショウウオであったので、似たようなものだろう。角の生えた狼に似た妖魔や虎や獅子、蛇や蜘蛛など様々な形態がある。似ているだけで明らかに醜悪で妖気を放ち、巨大さも兼ね備えているので動物とは似て非なるものだと言う。見ればわかる、そう言われた。
腕が4本あり、3つ目の熊タイプの妖魔討伐を灯火は見たことがあると教えてくれた。
一般的に流通している妖怪図鑑のような書籍や、古い妖怪を纏めた書物にも様々な物が載っているが、藤森家の古い書物にはもっと詳細な物があった。
日本に出る妖魔の姿絵や説明、強さや使ってくる攻撃方法などが詳細に書かれている。
書物自体は返却してしまったが、全て覚えているし一応データとして全ての書物や巻物をスキャンやカメラで撮ったりしてレンは残している。
一般に出回っている古書の類よりもよほど正確な情報が載っていて、レンはかぶりついて読んだ。
日本の妖魔対策も万全……とは言えないが、どんな傾向の妖魔が出るのかなどは把握できたのであの数冊の「妖魔図編禄」だけでも忍び込んだ甲斐があったと言える。
「ガウッ」「グルルゥ」「グォォンッ」
「わかったわかった。ちょっとまってて。ちゃんとしたの作ってるから!」
そしてハク、ライカ、エンとその眷属たちがレンに早く早くとせっついていることがある。
たまたま助けてレンに憑いてしまった白い子犬の霊、シロにぬいぐるみの身体を与え、シロは分霊をそのぬいぐるみに憑依させて玖条ビルの中を自由に歩き回って可愛がられている。
それを知ったハクたちが自分たちも外に出てレンともっと過ごしたいとワガママを言ったのだ。
だがシロのような弱い霊ならともかく、ハクたちのレベルになるとそうはいかない。
例え分霊だとしても希少な素材を使わなければ素体となるぬいぐるみが弾け飛ぶのは目に見えている。
レンは吾郎たち方術士たち。更に西洋魔術に精通している窓際で光合成を命じていたアルフォンスを動員して、彼らの分霊を仕込め、且つ周囲の術者たちに普通程度の式神だと認識させるための素体を作る研究を進めていた。できるだけ地球産の素材を使ってという縛りの元で。
レンとしても彼らを外に出してあげたい気持ちはあったのだが彼らの存在は強力すぎる。バレたらどういう反応があるか予想もつかない。
闇撫のように力の弱い従魔などは斥候として使っていたりするので余計羨む気持ちが強かったのであろう。
そしてシロの件でハクたちもそれで自分たちも外に出られるのではないかと気付いた。気付いてしまった。
分霊を分ける方法を彼らは独自に編み出し、カルラなどとも相談して安定した弱い分霊を分けることに成功してしまったのだ。
流石にそこまでされてはレンもダメとは言えない。大切な従魔たちである。
ただ彼らにとっては最小の分霊であっても、強力な式神レベルであることが問題で、それらの隠蔽術式などを仕込み、且つ戦闘はできなくとも良いが他家の者たちに怪しいと思われないような仕込みが必要だ。
「ロボットって凄いなぁ」
レンは犬を模したぬいぐるみ……の中に仕込まれている機械を弄っている。
流石に機械工学とまでは行かないが、バイクなどを弄っているので多少はわかる。
小さな基盤がどうしてそのようなプログラムを仕込めるのかなどは不明だが、術式をこうして小さな基盤に纏めて詰め込むことはできないか。
もしくは本格的に機械工学を勉強してみるべきだろうか。
「ワン」
「あ、ごめんごめん。ちゃんと考えているって」
レンの思考が他所に飛んでいきそうになったことを察したのかハクが大きな声で吠えた。
ちゃんとやってはいるのである。
「なぁ、コレ結構難題じゃねぇ? なんでこんな凶悪な神霊の分霊を動けるぬいぐるみに封じる必要があるんだよ」
「それだ!」
「どれだよっ」
李偉が良いヒントをくれた。宿らせるのではなく封じれば良いのだ。
それならば方術や陰陽術でも色々と使える術式がある。
もちろん色々と動けるようにしっかりとした骨組みを作り、その素材も霊剣を打つような1kgでも白金の相場を優に超える特殊な鋼が必要であるし、ぬいぐるみにする布も水琴の巫女服に使われるような高級素材が必要になる。
1体で1千万を素材費だけで余裕で超えてしまう超高級ぬいぐるみになってしまうがこればかりは仕方がない。作成は自分たちでやるので人件費だけはタダだ。
諦めてレンは3体分……ではなく9体分作ることにした。
ハク、ライカ、エンは専用にし、他の眷属たちが宿れるように2体分ずつ3種類作る。
明らかに期待した瞳で眷属たちも見つめてきたのだが、流石に数百体は作りきれないし、レンの家が埋もれてしまう。
なんとか説得してまずは9体作ることにしたのだ。
「しかし面白いことを考えるヤツだな」
「僕が考えたんじゃない、向こうから要求されたんだ」
「だが自在に動けるぬいぐるみ型の分霊の容れ物なんざ、長く生きているが聞いたことがないぜ」
「分霊のまま出したら周囲にバレるだろう。封印というか、抑制するためのガワが必要なんだよ」
「ほらっ、李偉、手を止めてないで動かして」
吾郎が笑っている李偉に活を飛ばす。
『楽しそうね。ねぇレン。そろそろ手合わせできるんじゃない?』
外で訓練をしていた紅麗が中に入って話しかけてくる。
僵尸鬼の特性として少し肌が青白いのだが、今は自然に見える。
由美がその辺は詳しく、普通の人間に見えるような術を使っているのだ。
更に一般に売っている化粧品も使用して自然な人間に見える。
『紅麗、君は熱くなったら手加減を忘れるタイプだろう。手合わせで間違えて死にたくはないよ』
『くくくっ、レンも本気を出せばいいのさ。あの時みたいにな。大天狗を殴り飛ばした時なんて呆気に取られて天狗たちも俺らも戦闘を中断したくらいだぜ』
『アレは切り札の1つだ。そうそう見せるつもりはないね。見せたら解析されるだろう』
『おいおい、俺たちは味方だろう』
『敵を騙すにはまず味方から、そういう言い方があるらしいぞ。どのみち李偉だって僕に教えない切り札の10や20は持ってるだろう』
『ははっ、バレたかっ。術士としては当然の備えだな』
紅麗の手合わせは李偉のみが行っている。吾郎も武術を李偉や紅麗に習ってはいるが、まともに手合わせになるのは李偉だけで、由美も武術はやるが紅麗と手合わせするとどこかの部位が吹き飛びかねない。
由美は僵尸鬼だから多少身体がふっとんでも治せるらしいのだが、それには当然素材が居る。
レンはその素材を要求されたが自分で稼いで自分で買えと言っている。
新鮮な魔力持ちの死体などそうそう売っているものではないし、他にも希少な素材が要るらしい。
レンに過度に手を出してきた隠密などを捕らえて場合に寄っては殺すことがあるのでその時は売ってやるとは言っているが、その時がいつ来るかなどわからない。他の素材についても入手困難な物があるらしいので、稽古のミスで身体が吹き飛んだからくれと言われてあげられるものではないのだ。そして何よりそういう素材は高い!
死体についてはどこぞの犯罪組織でも襲ってくれば良いとは思う。盗賊に人権はない……なのだが、魔力持ちの肉が必要らしいのでやはりそちらもなかなか当てはない。
『それで、ずっと作ってるソレ、できそうなの?』
『うん、なんとか形にはなりそうかな。こんな研究したことがなかったから楽しいよ』
『吾郎、楽しそうなのは何よりだけれど、武術を習いたいって言ったのは自分なんだから稽古はしっかりね』
『もちろんさ』
吾郎はより術士寄りであり武術家ではない。だが紅麗を護るためには、前に出たがる紅麗と肩を並べる必要があると本人が考えたらしい。
仙人には長い長い時間がある。
天賦の才がある紅麗に追いつくのは難しいだろうが、2、30年も修行すれば吾郎もそれなりに戦えるようにはなるだろう。
『レン、俺たちもやろうぜ、少し肩が凝った』
『そんな経ってたっけ。いいよ、やろう』
レンは李偉の誘いに乗り、李偉に何度も掌打や拳を打ち込まれた。
◇ ◇
(はぁ、面倒だねぇ)
豊川美弥の前には豊川家の中で重鎮と呼ばれる者たちを筆頭に、若いものまで多くの人間が集まっていた。
その理由は直訴である。
「私たちは反対です。豊川家の至高の姫様である美咲お嬢様をっ、あんなどこの馬の骨とも知れぬ相手と番わせるなどと。それに婿として招き入れるのではなく玖条家への嫁へ出すことも考慮するなど言語道断です」
「やれやれ、何度も言っただろう。今更蒸し返すんじゃないよ。当主の決定に逆らいたいなら下剋上でも何でもして自分が当主になりな。いつでも相手になるよ」
「そんなことは望んでいませんし、勝ち目がないのは十分に存じています。例え成功して美弥様を殺しても私は当主になど選ばれないことはわかっていますし、そのようなこと考えたこともありません。そうではなく、嫁入りですらありえないというのにの、その場合も美咲様にあの術を掛けないという点が最も大きな反対する点です。せめてご再考を」
「ダメだよ。豊川家当主の決定だ」
美弥はズバッと斬り裂いた。
彼らが美咲の引っ越しにも、嫁入りにも反対なことは知っている。
更に、通常豊川家の血の濃い娘が嫁入りする時はある秘術を掛ける。
単純に言えば、その娘から生まれた子に仙狐の血が現れないようにするための秘術だ。封印術と言っても良い。
だが当主である美弥は、例え美咲がレンの元に、玖条家に嫁入りするとしてもその秘術は掛けないと決定した。藤がそう指示したのだ。
美咲の母親である瑠璃も承認している。
その秘術を使わないとどうなるか、玖条家の血筋から仙狐の力の強い子が生まれる可能性が高い。次代ではわからなくとも、数代続いて急に覚醒する、その可能性は普通にある。
このような処置はどこの家でも行われる一般的な処置だ。
特殊な術式や瞳術などを血筋で伝える家は、その力を他家に漏らさない為にその血が他家に流出するために封印する処置を行うのだ。
でないと自家の秘術が他所の退魔の家に流出してしまう。
「なにとぞ、なにとぞご再考を」
「何を言われてもダメだ。決定は覆らない。豊川家当主の決定に従えないというのならお前たちの家族共々処分させて貰う。そこの男の娘は可愛いとあたしも思っているんだけどねぇ。残念だねぇ」
「そんなっ、従えないなどと……」
「では文句言わずに従いな」
ピシャリと美弥が言うと全員が黙る。
それぞれ言いたいことや考え方はあるだろう。豊川家の伝統もある。
だが美咲は別だ。
藤の格段のお気に入りであり、相手の玖条漣も藤は気に入っている。
美弥はそれほど接点はないが、不思議な底知れなさをもった少年だと思っている。
可愛い孫娘がついていくには少し物騒な気配を持っている少年ではあるが、本気で惚れたのでは仕方がない。
同じく仙狐の力を強く継いでいる美弥も今の旦那に惚れ込んであの手この手で縁談を纏めたものだ。
と、言っても豊川家に恩のある家の分家の男だったので、そう手間は掛からなかったが。
「族滅か従うか。二択だよ。こんなことで手を汚したくはない。どちらにする」
「し、従います」
「当然、玖条家にも手出し無用だ。わかったらとっとと出ていきな」
豊川家は合議制ではない。当主の決定が全てだ。
次代か次々代の当主と目されていた美咲が豊川家を出る。その可能性が示されただけで豊川家はどよめいた。
そしてそれを美弥が認めた。反対意見は多いにあるだろう。声に出さぬ者も多いはずだ。それほど美咲は豊川家で愛されている。
だがこんなことは歴史を振り返ればいくらでもあった。
出奔しようとした娘も居る。
その場合は秘術を掛けて好きな男を追いかけさせたと記録に残っている。諦めさせるという手はない。
藤の方針に反するからだ。
(まぁ実際はどうなるかねぇ。あと数年は経たないと結論はでないだろうけど、まず相手を口説き落とさないとね。美咲、頑張るんだよ)
美弥としては美咲が幸せになれるのであればそれで良い。
仙狐の血を強く継ぐ子は他にも居ないわけではないし、数代の間に新しく豊川家にも生まれてくるだろう。
美咲はここ数百年でも類を見ないレベルで強い力を引いているが、まだその力に覚醒していない。
他所に出すには惜しいが、出し先が玖条家であるならば悪いことにはならないだろう。
小さいし実績もほとんどない新興の家だが、当主であるレンに対して、ある種の信用のようなものを美弥は感じていた。
どちらにせよ藤の意向は絶対だ。例え美弥が反対してもそれは覆らない。
美弥は藤が住むお堂の方を向き、美咲とレンの未来に思いを馳せた。
◇ ◇
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