098.水晶眼
「くっ、強いっ」
レンは水琴が源頼通と戦う姿を見ていた。
頼通はレンの式神だ。こちらの術式で式神とする、従魔たちとは違う契約方式を取っている。陰陽道の練習としてやってみたがうまくやれているようだ。
「才は高いがまだ粗いな。素直すぎる」
頼通がそう水琴を評価し、強引に太刀で押し込み、寸勁のように拳から魔力波動を水琴の腹に叩き込む。
戦場で培った荒々しい戦闘術を磨き上げ、河内源氏として妖魔とも術士とも戦ってきた鬼人。
それが源頼通という怨霊の本質だ。
グホッと動けなくなった水琴は腹を押さえて倒れ込み、頼通との訓練は終わった。
(確かに水琴は素直過ぎるんだよな。魔物との実戦はともかく対人は獅子神の道場で戦ってるだけじゃダメだしな)
同門内で稽古をしても強くはなれるが、対応力は磨かれない。
なぜなら相手の使ってくる技がわかっているからだ。
だから最近前衛である水琴にはアーキルや望月重蔵、それに頼通や楊李偉などの様々な相手との戦いを経験させている。
葵も同じ訓練をしているが、楓はしていない。楓の体術や剣術の腕はまだまだだからだ。
戦いを見せてこんな戦い方がある、と教えることはしているが、実際に戦えば相手にならずに子供扱いされてしまうのがオチだ。
逆に言えば水琴や葵は彼らとの訓練を行うだけの技量があるとも言える。
実際水琴は剣術だけで戦うのであれば蒼牙や黒縄の隊員と遜色はない。
アーキルや重蔵なども葵に投げ飛ばされ、自身の油断を戒めていた過去がある。
(見た目は可愛らしい少女だもんな)
横に立つ葵を見る。
ただレンは少女が相手でも油断などしない。単純に、葵などよりも化け物のような少女が存在していたことを知っているからだ。
少年でも少女でも良いが時代の寵児というのはそれなりに生まれる。
結果英雄になるか犯罪者に落ちるか、誰かに使い潰されるか、何かを目指し、夢半ばで潰えるかはそれぞれだが、明らかに若さに見合わぬ魔力や実力を持った者は存在するのだ。
(水琴は魔力がまだ足らないだけだけれど、そういえば伊織ちゃんは凄かったな)
ふと決闘時にいきなり一目惚れしたと言ってきた少女を思い出した。
鷺ノ宮伊織。未だ10歳だと聞いたが、恐ろしく濃密な魔力と聖気を纏っていた。
レンが趙紅麗や李偉に与えたような魔力を抑える術具も付けていたし、制御を補助するような術具も施されていた。
可愛らしい髪留めやアクセサリーの形をしていたが、かなり高度な物だった。
レンも抱きつかれて接触しなければ気付かなかっただろう。
(葵と水琴も凄いけど、あの子ほど末恐ろしい子はいないな)
葵は霊格を上げるという手段がある。レンが魔力炉を稼働させたように葵の実力はあの一件で一気に上がった。
水琴にも葵にもまだまだ伸びしろがある。才能も高い。
レンが魔力回路の調整を施し、訓練のやり方などを教えていることで更に強くなっている。そのうちまだ動いていない魔力炉も自然と稼働するようになるだろう。
エマやエアリスも末恐ろしい才能を秘めている。魔女とは悪魔に堕とされた神霊の末裔だと言う。
ならば葵のように霊格を上げたりできるのではないか、そう思ってしまう。
だが現状でレンの知りうる限り最も現在の力も伸びしろも果てが見えないのが伊織だ。
強さだけでいうなら信光や信孝のが強いだろう。まだまだ伊織は幼い。
実戦経験の差や魔力や聖気の制御能力。更には魔眼まである。
しかし横に立つ葵、水琴、エアリスなど思い浮かんだ少女たち。それらと戦えばどうだろう。
伊織が魔力を思い切り放出するだけでも蹴散らされる可能性がある。
結界や障壁など物ともせずに当たれば即死の一撃を、術として変換しなくても良いくらいの純度の高い魔力を持っていた。
〈
魔力効率は悪いが、そのくらい粗い力技でも才能を秘めた少女たちが一斉に掛かっても吹き飛ばされる。その可能性がある。
実際に戦えば経験を活かし、撹乱したり連携を取れば良いし、弱点もあるだろう。搦手にもまだ弱いはずだ。
ただ水琴の剣が伊織の首を飛ばせるかと言うと、現状では厳しい。大蛇丸が当たっても斬り裂くよりも伊織の魔力防御で弾かれる。
先ごろ戦った藤森慶樹などには一対一なら葵でも水琴でもおそらく勝てる。そのくらいには鍛え上げている。
だが伊織や鷺ノ宮家の面々、更には鞍馬山の大天狗や藤のような仙狐。クローシュのように召喚された神霊や大水鬼のように封印されている災害とも言える力を持ったものはこの世界にまだまだ居る。
レンがこの2年で知っただけでもそれなのだ。存在すら知らぬ強者などいくらでもこの世界にもいるのだろう。
どれだけ強くなっていても、この人外魔境と言ってもおかしくない世界で命は一瞬で理不尽に、気付きすらせずに刈り取られる可能性がある。
(まぁそれは僕も変わらないけれど)
クローシュ戦はギリギリだった。大水鬼も十分に準備してから戦った。単独で戦えばかなり面倒なことになっただろう。
藤や役行者ともし戦いになればレンの持つ戦力全てを出さねば争いにすらならない。
鞍馬山大僧正坊との争いも弱っている所にドーピングをして無理やり殴り倒しただけだ。間違っても正面から戦う相手ではない。
前世のことも思えば明らかに格の違う、居るはずのない場所に強力な魔物が現れるなんていう話はザラだ。
実際何度かそういう目にあった。生きていたのはギリギリ逃げ出せたからだ。ほんの少し運命の女神の気分が変わっていればレンは生き残っていない。
「げほっ、私もまだまだだって思い知らされるわ。でもありがとう。知っているのと知らないのでは全然違うもの」
「どういたしまして。ちゃんと主旨を理解してくれて嬉しいよ」
水琴はレンがなぜ様々なタイプの術士、武術家と水琴を戦わせているかわかっている。
初見の恐ろしさは何度もレンが説いているし、水琴も実感しているだろう。
李偉はともかくアーキルや重蔵あたりには良い勝負をしていたし、どんどん伸びているのは確かなのだ。
〈水晶眼〉の扱いも良くなってきた。
「水琴、もっと強くなりたい?」
「なりたいわ」
即答だった。ならば良いだろうとレンはコクリと頷いた。
水琴の〈水晶眼〉は使える程度には調整しているが、まだまだその潜在能力を活かしきれているとは言えない。
精々2~3割も行かないだろう。
以前の水琴ならば耐えきれない。そう思ったから敢えてその辺りを上限に制限を掛けていた。
「わかった」
「なんだか借りがどんどん増えている気がするわ」
「気にしないでいいのに」
何をするとも言っていないのに、水琴はレンの事を信じているらしい。
まぁ今の水琴ならリスクも少ない。
レンの錬金術や魔力もあの時とは違う。施術士としてのレベルも上がっているのだ。
「レン様、私も」
「葵は今すぐには無理かな。何事も準備や時期というのがある。水琴は時期が来た。葵はまだ、それだけのことだよ」
「わかった。精進する」
「うん、ちゃんと葵は葵で考えてはいるから。まだ話せないけどね」
葵は物分りよく頷いてくれた。自身がやりたいこともやるべきこともわかっている。
15の少女とは思えぬほどの、退魔の家の生まれとは言え平和な日本に生まれ育った娘とは思えぬほどの胆力と理解力だ。
レンは葵や水琴に真の戦士の魂の片鱗を見た。
◇ ◇
(強くなりたい? 当たり前だわ)
レンにそう問われた時、考える間もなく水琴は即答した。
獅子神神社が襲撃された時、生贄として攫われた時。すでに2度も救われているし、無力感を味わった。
まだもっと若かった頃に、妖魔の一撃を兄が防いでくれたことがある。
だがその妖魔は兄の一撃で倒された。
「あのくらいならすぐ水琴なら倒せるようになるよ。でも今の水琴では敵わない。そういうときはちゃんと判断して逃げないと「次」がなくなるよ」
そう言われ、実際そうだった。
命の危険にはあったが、それは
だが獅子神神社への襲撃者たちはともかく、今の4倍は居たと言う蒼牙や他の武装集団。クローシュなど明らかに乗り越えられない壁と出会った。
レンや葵もそうだ。今のままでは一生掛けても追いつかない。
レンはそうではない、水琴には才があり、レンが施術をすれば稀代の剣士になれると言っている。
疑うわけではない。だが本当に成れるのだろうか。成れるとしてもいつに?
その前に大切な者を失わないだろうか。自身の命が残っているだろうか。
そんな不安はいつも付き纏っている。
いつまでもレンの世話になってばかりじゃいられない。
心底そう思う。
変異しかけていた当夜の霊力は穢れては居たが水琴を上回っていた。
だがレンとの訓練で様々な技を見せてくれていたことで、教えてくれたことで倒すことができた。
〈箱庭〉での訓練で妖魔ではなく魔物との戦いを、そして様々なタイプとの術士との戦いも経験させて貰っている。
(〈水晶眼〉をもっと開放するだなんて、考えたことがなかった)
〈水晶眼〉は水琴が生まれた時から持っていた眼だ。獅子神家の血の濃い者に稀に現れるが、そのほとんどはうまく使いこなせない。
レンが霊脈の調整をしてくれていて、〈水晶眼〉の扱いは格段に上がった。初めて〈水晶眼〉を使えた時はこれほど素晴らしい物はないと思った。レンに霊力の扱い方や訓練法を教えられ、毎日欠かさず行ってきた。
そして使いこなせて行くうちにより高みに登ったと思い込んでいた。
しかし実際は違うという。〈水晶眼〉のポテンシャルはもっともっと高いのだと。
今までは未熟な水琴のレベルに合わせた力しか発揮できていないのだと。
治療台に寝転びながら水琴は静かに瞳を閉じてレンの説明を聞いている。
(どうなるのかしら)
レンは〈水晶眼〉の本当の力が開放されれば、相手の霊力の流れを視るだけではなく、霊力を込めて視るだけで敵の、妖魔や術士の霊力を乱す力があると言う。飛んでくる術も術式を乱して方向を変えたり消したりすることができるようになるらしい。
単に普通の術士たちよりも動体視力などが高かったり〈霊力視〉や〈透視眼〉、〈遠見眼〉などの力が備わっているだけではないのだと。
それができるようになれば水琴の欠点は大幅に解消される。戦い方の幅も増えるだろう。
レンの霊脈の調整は定期的に受けていた。長い闘病のように、少しずつ施術することが肝心らしい。
そしてようやく、〈水晶眼〉を次の段階に押し上げる準備が水琴は整っているとレンが語る。
「次の段階ってことはもっと先があるの?」
「あるよ。むしろいきなり最終段階なんかにはできないよ。両目が見えなくなるか、生涯動けなくなるか」
「じゃぁ今回のは危険はないの?」
「全くないとは言わないけれど、大丈夫だとは思うよ。使い方に慣れるためにまたしばらく調整が必要になるけどね」
「それは構わないわ」
レンに渡された液体を飲む。特殊な霊薬と魔法薬。飲むと身体の胸の部分や下腹の部分がポカポカとし、体温が上がっている気さえする。
自身の身体に霊力が漲り、だが以前飲んだような強烈に溢れるというタイプではない。
「じゃぁやるね。麻酔もないけど痛みはないよ。でもしばらく動かないでね」
「うん」
レンへの信頼は絶大だ。なにせ命を2度も救われている。美咲や葵のように本能的に惚れ込むということはないが、大きな恩と、付き合っていくうちに淡い恋心のようなものが芽生えているのも自覚している。
それにこういうことに関してレンは絶対に嘘はつかない。
レンは熟練の医師のように、見立ては間違えない。そういう信頼があった。
最初はこちらの世界の常識を知らずに右も左もわからなかったレンであったし、柔術や剣術を教えても居た。
だが戦力という意味では最初に出会った時、目覚めたばかりのレンでも水琴は遠く及ばない。
カルラ1体がレンの傍にいるだけで、勝つどころか戦いにもならず、逃げることすらままならない。
レンが手術着のような前合わせの服1枚で寝ている水琴の身体に触れてくる。
直接胸部や太ももなども触られるが、霊脈の流れに先程飲まされた魔法薬などで得られた力が流れ込んで行くのがわかる。
そして顔に手を当てられ、まぶたを閉じていたというのに、レンの手が、いや、レンの手すら透かして治療室の天井まで、更にその上の部屋を超え、〈箱庭〉の空まで見える。
「ちゃんと制御を意識して。今は視え過ぎると思うけど、落ち着ければ制御できるようになっているはずだよ。それだけの訓練は積んできているのを僕は知ってる」
そう言われて〈水晶眼〉に集中する。暴れ馬のようになかなかうまく行かない。
上のフロアの部屋まで視えたり、レンの手を透かせないこともできない。
だが施術はまだ終わっていない。
レンの霊力が混じっていく。
他人の霊力が入ってくるというのは通常かなり不快感を感じるものだ。強力な霊力を打ち込めばそれはもう攻撃となる。
しかし先程飲んだ魔法薬に、レンの霊力との親和性を高める魔法薬があり、不快感というほどではない。せいぜい違和感程度に収まっている。
「レン様、汗が」
「あぁ、ありがとう」
レンの片手は水琴の両目を塞ぎ、もう片方の手は鳩尾の辺りに当てられている。
レンも集中しているのか、普段学校で見せているようなぽやっとした感じではなく、戦闘や訓練時のようにキリッとしている。
自身のまぶたもレンの手も透かして、葵がレンの汗を拭いているのが視える。
「ぐっ、なんだかすごく頭が痛いわ」
「眼から入ってくる情報量が格段に増えるからね。数日は休んでいた方がいいよ」
「だから長期休暇中にやってくれたのね」
「2、3日すれば少しはマシになるだろうと思ってね。と、言っても本格的に使いこなせるようになるには半年は掛かるだろうけど1月程度あればそれなりに落ち着くはずだよ。これ、魔力の量を抑える薬だから飲んで」
レンに新しく渡された魔法薬を飲むと頭の痛みと〈水晶眼〉の制御が少し楽になる。
「多めに渡しておくから、きちんと服用してね。最初は1日1回。そこからだんだん服用を減らして行くんだ。道場での稽古もダメだよ。前よりも負担は大きいから。本気の戦闘になる時はコレを飲んで。でも緊急時だけだよ」
と、まるで医者のようにいくつもの瓶を渡してくる。
小さな瓶でガラス製だ。見た目は色違いの栄養ドリンクのように見える。
ちょっと前はレンは素焼きの陶器のような瓶を使っていたが、最近は地球産の素材で作った物を外では使うように心がけているらしい。
レンの持つ異世界で打たれた魔剣や魔物の素材などはどこの退魔の家や研究者たちにも垂涎の素材だろう。
水琴たちが相手にしている魔物の素材も同様だ。
それらをレンは外に出すことなく、〈箱庭〉内で完結させている。
「ふふっ、シールが貼ってあったらコンビニで売られてそうね」
「実際そういう空き瓶を通販で買ったんだよ」
寝る時用にと黒い布を渡される。霊糸で織られた布だ。
まぶたを透過しないように調整できるまでは、それを眼に巻いて寝るようにと言われた。
確かにこの布の向こう側は意識して透視しようとしなければ視えない。
「ありがとう。助かるわ」
少しふらりとしながら水琴は起き上がり、そういえばどのくらい時間が経ったのだろうと思った。
30分ほどで終わったようにも感じるし、何時間か経っていてもおかしくないように思える。
時間間隔がズレている。
「4時間くらいだよ。僕の腕も鈍ってて時間が掛かったね」
まるで心を読まれたのかと思った。いや、表情に出ていたのだろうか。
だが4時間なら帰る時間として遅くはない。
妙にお腹が空いている。
「夕食が準備してあるから食べてから帰ったら? 一応コツみたいなのを教えておくよ」
「レンくんの前つけていた眼帯も、やっぱり〈水晶眼〉みたいな眼用なの?」
「そうだよ。封印に近いけどね」
レンが眼帯を付けだしてからレンの霊力の流れが全く視えなくなった。
ただレンの霊力の流れは元々隠蔽されていて見辛かった。しかも対策装備もしていたのでほとんど霊力の動きでレンの攻撃を予測するなどはできなかった。
だが全く、ということではない。更に集中して視ようとすると水琴の〈水晶眼〉の霊力が乱れた。
そういう能力のある眼なのだろう。そんな物、水琴は聞いたこともないが。
「レンくん」
「ん?」
「何度も言うけれど、ありがとう」
「どういたしまして。〈水晶眼〉、良い眼だと思うから頑張って使いこなしてね」
「わかったわ」
水琴は葵に誘われて夕食を共にする。〈水晶眼〉の調整がうまく行かずに急に遠くや地面の中まで視えたり、通常の視界にすることすらかなり辛い。
だがこれでも〈水晶眼〉の力が全て開放されているわけではないのだ。
今の水琴に制御できると思われるラインまでしかレンは強化をしてくれていない。
(これが使いこなせるようになればもっと……)
獅子神神社の襲撃では仲の良かった同年代の子たちも大きな傷を負ったり、世話になった人たちも亡くなった。
もうあんな思いはしたくない。
水琴はその日は危ないということでレンにバイクに乗せて貰い、送ってもらった。
寒い空の下、レンの体温が温かかった。
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