097

 藤森家との諍いから3ヶ月弱が経ち、レンたちは春休みを満喫していた。

 レンも〈龍眼〉の扱いにようやく慣れ、眼帯を取ることができた。


「レンっち~」

「はいはい、美咲。いらっしゃい」

「ぶ~、扱い軽くない?」

「いや、こう毎日来られたらそうなるよ」


 レンは苦笑しながら美咲と、後ろで申し訳無さそうにしている瑠華、瑠奈の2人を玖条ビルに招き入れた。

 ツインテールだった美咲の髪型はツーサイドアップというものに変わっている。イメチェンらしい。高校生になるのでこの機会に変えてみたそうだ。

 結局美咲はレンの家から車で15分くらいの場所に如月家経由で家を確保し、東京にやってきてからはほぼ毎日レンの元へ日参している。抱きつかれるのもいつものことだ。

 高校はレンのいる私立高校……ではなく豊川家から指定された中で最も近い所を選んだらしい。

 なぜか葵も一緒に行こうよと美咲に説得され、葵は仕方なさそうに美咲と同じ高校に通うことになった。レンや水琴と同じ学校に通ってもレンが接触を喜ばないと聞いて決めたらしい。

 灯火と楓の受験も終わり、2人はこの春から大学生だ。

 灯火も大学生になるにあたり、髪型をハーフアップというものに変えている。楓は単純に髪を伸ばし、セミロングになっている。ふわふわは健在だ。

 レンも進路をどうするのかと担任から色々言われているが正直大学に通う意義を見いだせない。

 だが黒鷺から初代が高卒なのは宜しくないとの意見があり、進学しておいた方が良いと言われてしまった。


(進学、ねぇ)


 18歳になれば成人と認められる。それにわざわざ学びたいことがあるとは思えない。レンとしては進学の意義とそれに取られる時間が勿体ないと言う思いがある。

 ただでさえ高校に通うのも偽装的な意味で通い始めたのだ。成人してしまえば後見人などの柵もなくなるので自由に鍛錬や研究できると思っていたので面倒だと感じてしまう。

 しかし玖条漣個人としてではなく、玖条家としての今後を考えたほうが良いと言われてしまうとレンは弱い。

 実際前世では宮廷魔導士や貴族になった時に様々な儀礼を学ばされた。

 郷に入りては郷に従えと言う言葉がこの国にはあるが、50年前ならともかく今は術士も学士を取るのがトレンドで今後もそうなるだろうと言われてしまうとうまい反論が出てこない。


(とりあえず保留で)


 レンは葵と楽しそうに話している美咲を見ながら、面倒くさいことはポイと頭の中で投げ捨てて葵たちの元へ向かった。

 美咲もただ遊びに来ているわけではなく、レンや葵たちと鍛錬に来ているのだ。

 美咲は訓練を欠かさないだけでなく、藤から加護を貰ったようで大きく実力を伸ばしていた。


「あ、美咲。今日も来てたのね」

「あ、エアリスっち。今日の編み込み可愛いね。レンっちはうちの番だからね、会える時は毎日来るよ!」


 エレベーターから降りてきたエアリスが美咲を発見して話しかける。

 エマも一緒だ。


「あら、レンくん。美咲ちゃんは相変わらずね」

「そうだね。美咲がいると途端に賑やかになるよ」


 姦しいなぁと思っていると水琴がやってきた。

 水琴は毎日ではないが週に2~3回は玖条ビルにやってくる。

 ココでしかできない訓練があるからだ。

 実際水琴は魔力も、魔力操作や感知も、大幅に伸びた。元よりある剣才にそれらが加わり、大幅に強くなっている。


(そろそろいいかな)


 水琴の〈水晶眼〉を視る。レンが手を加えて扱えるようになった〈水晶眼〉だがまだまだ伸びしろは大きい。

 最初はかなり苦戦していたようだがもう現状の〈水晶眼〉を水琴は使いこなしている。少し魔力回路を弄って〈水晶眼〉に流れる魔力量を上げてあげても良いだろう。


「とりあえず今日はアーキルと重蔵にアレと戦わせてみるつもりだから、美咲たちの訓練が終わってから良かったら見学してく?」

「アレってこの前のヤツ? そうね、良かったら見せてくれるかしら」

「うん、わかった。とりあえず今日はいつものメニューを訓練場でやろうか。美咲も参加するからよろしくね」

「えぇ、わかったわ」


 水琴はレンから離れると美咲たちの元へ向かっていく。

 レンも会話に花を咲かしている女性陣に向かい、訓練場に向かうように促した。



 ◇ ◇



『なんだコイツは!』


 アーキルは目の前の状況に理解が及ばなかった。

 レンが明らかにおかしいのは知っている。

 その幼気な見た目に相反する老練な戦略眼。魔法や魔術に対する知識や恐ろしいほどの魔道具もなぜか所有している。

 オーストリアの魔法使いに師事し、欧州の魔法や魔術を学んだアーキルでも理解できないレベルだ。


 隣にいる重蔵も絶句している。そのくらい常軌を逸している。

 目の前に居るのは竜だ。

 岩鱗竜という名の下位の竜だと言う。その身体は頭から尻尾まで20mはあるだろう。重さは何百トンあるかわからない。

 頭がでかく、黒灰色の岩のようなゴツゴツした鱗で身体を覆っている。

 大きな角を生やし、背には翼はない。尻尾の先には大岩のような槌がついている。

 そして明らかに、アーキルと重蔵を獲物として見定め、凶悪な瞳でロックオンし、口を開いて牙と独特な匂いの生暖かい吐息が10m以上離れているのに届いてくる。


「戦わないと死ぬよ?」


 後方上空にいるレンから声が掛かる。

 即座に岩鱗竜が動く。速い。

 アーキルと重蔵が突進を避けるように左右に別れ、魔力を練る。

 間違っても攻撃を受けてはいけない。

 小銃も撃ってみたが硬い鱗に弾かれて効果がない。

 口の中や瞳はどうだと思ったが、小銃の弾では豆鉄砲と同じようだ。

 口の中の舌や粘膜に当てても効果がない。瞳は軽く顔を動かされ避けられた。


(ちっ、知性がありやがる)


「〈火遁・火炎群雀〉」


 炎でできた雀の群れが数百匹同時に岩鱗竜に突撃するが、表面を焦がせてもいない。

 岩鱗竜は重蔵の方を向き、その野太い腕を振るう。爪ですらアーキルたちの胴並に太い。

 重蔵は忍者らしく素早くその大質量の攻撃を避ける。

 岩鱗竜はアーキルも認識しているようで尻尾の薙ぎが飛んでくる。


「〈赫雷〉」


 避けながら貯めていた魔力を魔剣に注ぎ、とっておきの一発を放つ。


「UGYAOOOOOOッッッ」


 流石にダメージは与えられたようで、脇腹に穴が空き、血が流れだす。

 巨体が暴れるだけで周囲に土埃が上がり、視界が遮られる。


「〈水遁・水龍弾〉」


 龍を模した水の塊が岩鱗竜を襲う。巨大な質量に巨大な質量をぶつけるような手だ。

 岩鱗竜は水龍とぶつかり、10mほど後退し、動きが鈍くなる。


『喰らっとけ』


 口の隙間に特別製の手榴弾を投げ入れる。中の火薬の威力も、魔物に効果のある金属片を詰め込んだ特製の手榴弾だ。


(でかくて硬いヤツには口の中や腹だろ)


 口の中で爆弾が爆発し、更に岩鱗竜が暴れだす。

 脇腹に付けた傷跡を狙うように炎の鳥が殺到する。アーキルも合わせてもう一度〈赫雷〉をそこに撃ち込む。ついでに傷にグレネードを撃ち込む。

 どでかい悲鳴に耳を抑え込みたくなるのを堪えながら、次の術を練る。


『やべっ』


 尻尾の先の槌が上空から降ってくる。

 受ける選択肢はない。

 ギリギリで避けるが衝撃波と吹き飛んだ石や土に巻き込まれる。


「〈土遁・土柱槍〉」


 地面から巨大な四角錐が何本も生え、その一本が脇腹の傷に突き刺さり、重蔵が印を結ぶと更にその四角錐が伸び、岩鱗竜を串刺しにした。

 殻の部分で止まったようだが内蔵を貫かれ、宙空にモズの早贄のようにされた岩鱗竜は即死せずに必死で暴れている。


『体力ありすぎだろう。連なれ〈雷蔦〉』


 土柱槍に巻き付くように雷の蔦が岩鱗竜の内蔵を焼き焦がし、ようやく岩鱗竜は息絶えたのか空中に串刺しにされながら動きを止めた。


『うん、やるじゃない。上出来だね』

『ボス、これは何の冗談だ?』

『冗談? 冗談でも何でもないよ。これからはちょっと特殊な訓練もやっていこうって言ったじゃない』

『受肉した竜なんてそうそうみねぇ大物だ。そんなものを飼ってるっていうのか? この素材だけで千万ドルどころじゃない値段になるぞ』

『売るつもりはないから金は関係ないよ。それに飼っているっていうより、住み着いているが正しいかな。それをココに連れてきて、君たちの訓練用に戦わせた。それだけだよ』

『くそったれ、狂いすぎだろう』


 日本には受肉した魔物はそれほどでないようだが、他国ではそうでもない。特に紛争地帯や十分に術士たちの統制の足りていない国では現代でも受肉した魔物は存在する。

 だが竜などという大物は別だ。大概がその素材目当てに狩られたり、大きな被害を起こして討伐されている。


『説明は、あぁ、いい。するつもりねぇよな?』

『ないね。ただ日本は平和すぎて蒼牙や黒縄が実戦を行う機会が少ないなって思ったから、これからはこういう訓練も取り入れていくよって話。下位竜とは言え2人で倒すなんてなかなかだね』

『私も説明が欲しいんですが』

『しないよ? そういうものだと思って? 魔物との戦いを訓練に取り入れる。今後の方針の説明と実戦を一気に終わらせただけさ。大丈夫、死にそうになったら手をだして助けてあげるし、絶対勝てない相手と戦えなんて言わないから』


 レンの身体には小さいが水蛇が絡んでいる。明らかに川崎で現れたアレだろう。


『ボスが思っていたより10倍はヤバイってことを今更思い知ったぜ』

『ほんと今更だね。でも100倍かもしれないよ?』


 不穏な言葉を残して、レンは岩鱗竜の死体を回収した。



 ◇ ◇



「流石アーキルたちだね。あの竜は硬いし重いだけでブレスも吐かないし攻撃パターンも少ないけど火力が足らないと倒せないんだ。葵と水琴の時はもっと時間が掛かったもんね」

「きちんと腹の柔らかい場所に穴を開けて集中攻撃。大事。あの質量を持ち上げる望月さんの術も凄かった」


 葵が2人の戦いを見てなにか参考になったのか頷いている。


「ね。動きはそれほどではないけど防御は硬いし生命力も強いから、もうちょい長期戦になると思ったけど短期決戦で倒しきったのは良い意味で予想外かな」

「私は火力が足らないわ。強力な遠距離攻撃もできないし、ああいう相手は苦手ね。動きは単調だから攻撃を避けるのはそう難しくはないけれどあれほど大きいとこちらの動きも難しいのよね。さすがアーキルさんと望月さんね。獅子神家でアレと戦うと必ず死者が出るわ」

「水琴は剣を磨けば斬れるようになるよ。そのうちだけどね」


 一緒に見ていた水琴も前回戦った際に苦戦した記憶を思い出したのか苦い顔をしながら2人の戦いを見て、獅子神家でならどう戦うかシミュレートしていたのだろう。

 レンはアーキルと重蔵の戦いの様子を見ながら、思っていた以上に初見の魔物相手にも戦えているなと思った。

 岩鱗竜は危険度は5位階程度の下位竜だ。攻撃パターンも少ないし、知能も竜としてはそれほどでもない。竜狩りの入門編と言ったところだが火力が足らなければどうにもならずに、疲弊して押しつぶされるので的確に集中攻撃をしつつ、口の中に爆弾などを放り込んで気を逸したりもしていた。


 水琴と葵の2人の時は水琴はひたすら避けながら岩鱗竜の腕や肩を足場に執拗に目を狙い、ついにはまぶたを切り落として大蛇丸を瞳に突き立てた。

 葵の魔法では岩鱗竜の鱗を貫けなかったので口が開いた時を狙って口の中に氷結系の魔法を撃ち込みながら動き回って岩鱗竜の気を散らし、水琴のフォローをする、そういう戦い方だった。

 1時間近く戦っていて2人ともくたくたになっていた。


 勝てたが辛勝と言った感じで、アーキルと重蔵は10分も戦っていない。

 相手の特性を見極め、重蔵は質量には質量で対抗し、アーキルは一点火力と傷口を執拗に狙う狡猾さで倒した。


「適宜部下たちも強化しておかないとね。いきなりクローシュや大水鬼みたいなのが出てくる世界だからなぁ」

「レン様、あれは超レア」

「でも備えない理由にはならないでしょ。2度あったんだから。それに天狗や豊川家の藤のように表にいる神霊が敵に回ることもあるかもだし。敵になった陰陽師が神霊の式神を持ってるかも知れないしね。藤森家秘伝の式神が見れなかったのは残念だなぁ」


 レンは今後の蒼牙、黒縄の強化計画を練りながら、東京に来た美咲、手を上げた楓と灯火の強化訓練をどうしようか顎に手を当てながら悩んだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る