095.閑話:レンの噂

「楓っち! おかえり~。良かったね~。いいな~、レンっちに助けて貰ったんでしょ?」

「美咲ちゃんお久しぶり。そうね。でも思ってたような助け方じゃなかったわね」


 灯火は抱き合う2人を見ながら、楓が無事に参加できて良かったなと思っていた。

 もう季節は年末に入り、世間は忙しそうにしている。

 学生たちは冬休みに入り、こうしてみんなでまた玖条ビルに集まっている。

 そして家の事情でレンの誕生日を祝えなかった楓の姿がある。それは素直に嬉しいと思う。


 楓のことは詳しくはないが一応聞いていた。

 本家の命令で軟禁状態にあり、〈制約〉の解除に再度取り組まれたというのだ。故に遊びの約束なども断りの返事はあったが、それ以外のメッセージや電話のやり取りはできなかったのだ。


 しかしその後のことまでは後日軽く聞いた程度だ。

 レンは〈制約〉の解除に取り組む藤森家の行為は玖条家に対する攻撃行為であると本家に乗り込み、楓の解放と試みを止めることを求めた。

 更にそれを藤森家が断ると藤森家に対して即刻攻撃行為を行ったらしい。


「んっ、思ってたようなってどゆこと?」

「ん~、なんていうか夜闇の中攫いに来てくれる……みたいな?」

「楓っち乙女過ぎない? 囚われのお姫様じゃないんだからっ」

「豊川家の姫って呼ばれてる美咲ちゃんがそれ言う?」


 2人は楽しそうにキャイキャイ燥いでいる。

 それはともかく玖条家と藤森家はなぜか鷺ノ宮家まで絡んで決闘を行うことになり、決闘に玖条家が勝ち、楓は決闘を受ける条件として解放されたという。

 本人は置き去りで、楓はレンの話は女中や使用人たちの噂話で聞いただけで、レンの姿を1度も見ることもなく実家に帰ることになったのだと言う。

 確かになんというか、「レンに助けられた」と感じづらいだろう。

 だが間違いなくレンは楓を救う為に動いたのだ。藤森家と言う大きな相手に臆することなく。

 川崎で救われてから幾度も共に時間を過ごした楓の自由が阻害されたのを知ったレンは即座に動き、実際に楓の自由のために事態を把握して1月も経たずに解決した。

 それで十分ではないかと灯火は思う。

 更に藤森家との差をわからせ、関東界隈では藤森家が玖条家に頭を垂れたとの噂が飛び交っているらしい。


「あ~、でも颯爽と救いに来て欲しい気持ちはわかるな~。なんていうか、「ルッパ~ン、助けて~」って感じ?」

「それはちょっと、ニュアンスが違うけど」


 古典的な例えに楓が苦笑している。

 その例えは助けられる側が大体ヘマか悪いことをして捕まるパターンが多かったように思う。

 もっとヒーロー的な例えのがロマンチックだと思うのだ。

 灯火や美咲が悲しむような悲劇が起きなくて良かったと思う。

 実際手を出したら首を掻っ切ると藤森慶樹に楓は啖呵を切ったというのだからありえない話ではない。


「エマっち、エアリスっちも久しぶり!」


 階段を降りてきて現れたエマとエアリスにも美咲は抱きつく。


「楓、良かったわね」

「うん、ありがとう。川崎の時のようにいつの間にか助けられたって感じだけどね」

「でも助けられたことには変わりがないわ。ついでだろうと、やり方がどうであろうと助けてくれたのよ。それで受験は大丈夫なの? 一般入試なんでしょう?」

「暇だったから閉じ込められてる間は結構勉強してたよ。もう完璧! 元々受かってたと思うけどね」

「こらっ、まだ結果も出てないのにっ」

「推薦組はいいな~。あたしも推薦狙えば良かった」


 楓は以前のように明るく笑って軽口を叩いている。それを灯火は嬉しく思う。


「そういえば美咲ちゃんもこっちの受験するんでしょ? 大丈夫なの? と、言うかどうなったの?」

「え? うん、こっちに引っ越してきてレンっちの近くに住む! っていうのは叶ったけど、行く学校は指定した学校から選びなさいって言われちゃったの。だからレンっちと同じ学校には行けないんだよね~。ざんね~ん」

「いや、美咲がうちの学校に来たら毎回昼休みと放課後に訪ねて来そうだからイヤだよ。また変な噂が増える」

「えっ、えっ、イヤなのっ。あと変な噂って何っ!?」


 レンが葵と共にお菓子とお茶の載ったお盆を持って現れ、即座に同じ高校への入学は歓迎しないと言い出した。

 美咲は少し不満そうだ。

 そして水琴がクスクスと笑っている。


「おかしいのよ。レンくんの噂。まず第一に私と付き合ってるって噂。可愛らしい中学生を連れてデートしてるって噂。ついでに同棲してるって噂にエマと付き合ってるんじゃないかって噂にエアリスと手を繋いでるところを見られて姉妹共に手をつけてるって噂。他にも校内の子に手を出してるって噂まであってもう酷い混沌っぷりよ。微妙に嘘じゃない事実が混ざってるのが余計混乱の元よね」

「そんなことになってるの!?」


 なぜか水琴の解説にレンまで驚いている。

 確かに水琴はレンと同じクラスで仲良くしていると言う。距離感は近い。

 そして葵はレンと同じマンションに住み、通い妻のように料理を振る舞ったりしているらしい。

 玖条ビルに来る時は当然のようについてきているし、一緒に買い物に出ることもあるという。

 エマはよくわからないが、護衛していた時期は一緒に帰っていたというから噂の出処はそこだろう。

 エアリスと手を繋いでいたというのが本当かとエアリスに聞いたら小物を買いに行く時に付き合って貰い、ついでに迷い掛けたレンの手を取って目的の店に案内したことがあるらしい。


 エアリスは金髪の美少女だ。年齢と比べると西洋人なので大人っぽく見えるが年齢相応の幼さも垣間見える。

 そして同じ町内で動いていれば同じ高校の人間や近所の人に噂されることもあるだろう。

 そのような噂が錯綜しあい、想像も入り混じって酷いことになっているのだろう。

 レンも把握しきれていなかったのか、興味がなかったのか驚いているのが面白い。


「へ~、それにレンくんこの前うちらより年下の子に告白されたんだって?」

「なぁにそれ」


 灯火はそれは知らなかったのでつい口を出してしまった。


「それがねっ、なんと小学生の超美少女に一目惚れしました! 運命の出会いですって抱きつかれたらしいよ」

「えっ、どうなったらそんなことになるの?」

「いや、僕も正直どうしてそんなことになってるのかよくわかってないんだけどね」

「でも今度お茶会行くんでしょ?」

「えっ、続きがあるのっ」


 美咲が暴露し、灯火が疑問を呈し、楓が追加情報まで付け加える。

 それは美咲も聞いてなかったのか反応する。


「いや、お茶会に誘われただけだよ。しかも断りづらい相手だから行くことになるね」

「へ~、でどんな相手なの? 楓っちは相手の素性は教えてくれなかったんだよね」

「あ~~。うん、まぁ言っても問題ないかな。鷺ノ宮家の令嬢で伊織ちゃんって言う子だよ。小学校、4年生? 5年生? そのくらいの子だね」

「お~~~っ」


(えっ、鷺ノ宮家のご令嬢!?)


 美咲は素直に声に出して驚いていたが灯火は心の中で驚いていた。

 更に水琴も知らなかったらしく、興味深そうに話を聞いている。

 流石に小学生と付き合う、なんてことにはならないだろうが、鷺ノ宮家のご令嬢がなぜレンに一目惚れするのか、というかそんな幼いご令嬢とどこで会ったのかが気になって仕方がない。


「えっとねぇ、出会いは玖条家と藤森家の決闘の場ね」

「「「えっ!?」」」


 まず出会いの場が意味不明だ。なぜご令嬢がそんな場に来ているのか。しかも4年生か5年生ということは10歳か11歳くらいだろう。

 葵や美咲は今15歳である。この場で1番年下のエアリスも14歳だ。

 と、言うか鷺ノ宮家はわからなくとも話の内容に興味があるのかエマとエアリスも耳を大きくして聞き入っている。


「その可愛らしいお嬢様はピンクと白の可愛らしいドレスに身を包んでいてね、レンくんが慶樹さんを一撃で倒した後に走り出して抱きついて告白したの!」

「なんでっ!?」


 つい灯火が1番最初に突っ込んでしまった。

 ただ言いたいことはみんな一緒らしく、事情を知っているらしい葵と語っている楓以外は興味深く続きを待つ。


 と、言うか周囲にいるくノ一の人たちや瑠華、瑠奈まで聞き入っている。


「その子は魔法少女マジカルイマリの大ファンらしくってね、それに出てくるレンジお兄ちゃんにレンくんを重ねちゃったんだって予想してるんだ。ちなみに多分コレ、ほぼ当たってるよ? 自信があるからね」


 そこで全員の疑問符が余計大きくなった。

 しかし瑠奈とエアリスだけが「あ~」と納得したような声をあげる。


「お、同志発見。わかる? 瑠奈さん、エアリスちゃん」

「わかります。というか言われてみれば確かにって感じですね。もう少し背の高いイメージですが雰囲気は似てますし、決闘で悪者を一打で倒してしまったことで多分30話くらいのところと重ねてしまったんでしょう」

「言われてみればっ、って感じだけど決闘シーンみたらそう思い込むかもっ!」

「まって、詳しく説明してっ、わからないわっ」


 なぜだか楓と瑠奈とエアリスの間でディープな話が始まりそうだったので軌道を修正する。

 ちなみにくノ一の1人にもわかった子が居たようだ。

 レンはなんだか諦めたような表情でみんなにお茶やお茶菓子を配っている。


「んっとねぇ、伝わるかわかんないんだけど、このアニメね」


 楓がスマホを取り出してみんなにその絵を見せる。

 白とピンクを基調とした可愛らしい魔法少女という感じだ。


「んで、その子もこのコスチュームをイメージしたドレスを着ていたの。流石にスカートはもっと長くなってたし長袖だったけどね。あと飛び込んで来るまではちょっと遠くに居たしコート着てたからわかんなかったんだけど、このコスチュームを元に一流の職人さんたちが一流の生地で作り上げました! って感じのドレスを着て、背中にはステッキまでつけてたの! 靴も似てたんだよ。多少実用性あるようなブーツだったけどイメージね!」


 小学生の女の子が魔法少女系のアニメにハマるのはよく聞く話だ。灯火は経験はないが、当時の周囲を思い出すとそういう話題は多かったし、同じ高校生でもまだ見ている女子の友人がいる。

 マジカルイマリというのも名前だけは聞いたことがあった。

 鷺ノ宮家が使っている職人が作り上げたドレスならばそれはもうパーティでも使えるレベルの物だろう。デザインがドレスというよりはコスプレ衣装って感じだがそれを良い感じにアレンジしたのだと灯火は予想した。


「で、レンジお兄ちゃんがコレ! ちなみに主人公の近所のお兄ちゃんで武術の達人。こっそり変装してピンチに助けてくれるイケメンお兄ちゃん。大きなお姉ちゃんにも大人気!」


 そして提示したアニメキャラは確かにレンに雰囲気が似ている気はする。

 レンは普段は中性的な可愛らしさがあるが、戦闘や仕事の時などはぽやっとした雰囲気から急にキリッとする。

 当然決闘時はキリッとしていたバージョンのレンだったのだろう。言われてみれば重なる部分がある。


「ちなみにアニメのレンジお兄ちゃんの戦闘シーンがこんな感じ」


 なんというか一撃必殺でバッタバッタとなぎ倒す感じだ。なかなか渋い武道家という感じで派手さはない。

 もっとアニメなら飛び蹴りとか、回し蹴りで何人も薙ぎ倒したりしそうだがそうではない。


「そしてレンくんの決闘がこんな感じだったんだよね~。それで振り切れたんじゃないかな?」

「あ~、そのアニメは私の友達にも好きな子が居たわね」

「う~ん、うちはそういうのちょっとわかんないんだよね」

「あら、美咲ちゃんは見てそうなイメージなのに」


 水琴の友人も好きな子が居て、美咲は知らないらしい。


「いやね、豊川家って結構あの地方だとなんていうか、アレな感じなのよ。良い意味でも悪い意味でもうちはちょっと距離を置かれるっていうか、そういう軽い話題に混ぜてくれる感じじゃないんだよね~」

「え、どういうこと? 美咲ちゃん」


 今度は逆に楓が食いついた。


「なんていうの、豊川家のお嬢様! って扱いされるの。腫れ物を触るってほど酷くはないんだけれど、うちの通ってる学校って上流階級の子が多くて、その子たちがうちを「畏れ多い」みたいな扱いするから豊川を知らない子たちにも敬遠されちゃってね。うちは普通にみんなと仲良くしたかったんだけどな~」


(あ~、なんとなく想像はできるわ)


 豊川家は中部地方では絶対と言って良いほど影響力が高い。

 中部どころか近畿地方や北陸などにも影響が高いだろう。

 実際紀伊半島から奈良、京都と周った時も美咲の顔を知っていそうな者が何人か居て、慌てて上位の僧や神官に報告に行った姿を見ている。

 だが普通に観光に行っていたし、観光に行くこと自体は水無月家から通達が出ているのであちらも騒ぎにしなかっただけだ。

 突然行けば神社や寺院によっては神主や住職が挨拶に来てもおかしくはない。

 後日行った仁和寺の僧も美咲の顔は知っていた様子があった。

 藤原豊子の霊がきちんと祀られたのは美咲が居たからかも知れないと今更気付いた。


「だからうち豊川の名前が響いてない関東に来たいってのもあったんだよね~。普通の女子高生とお茶会とか女子会とかしたいっ!」

「有名な家の子ってそんな扱いになるんだぁ。藤森分家の娘にはわからない悩みだわ。でも確かに面倒くさそう」

「うんっ、そうなんだっ。で、レンっち、その鷺ノ宮家のお嬢様にはお返事したの?」


 最後の最後に美咲がレンに話を蒸し返す。


「いや、すぐに鷺ノ宮家の人が来て連れ帰って行ったよ? 去り際にお茶会誘いますから来てくださいねって言われた感じ。で、招待状はまだ来てないから保留だけど、流石に小学生にお返事する前に鷺ノ宮家がちゃんと言い聞かせてくれるでしょ」


(そうかも? でも本当にそうかしら?)


 灯火は鷺ノ宮家は詳しくは知らないが、他の家よりはそれなりに付き合いがある方だろう。更に普通の家ではないことと、鷺ノ宮家の当主が可愛がっている孫娘が居るとは噂で聞いたことがある。

 その孫娘が件の伊織ならばワガママが通る可能性も微妙にないこともない気がしてしまう。


(当主が白と言えば白だと思うのよね~。どうなのかしら)


 大体お茶会が開催されるということは2度とレンに会わせないという方針ではないのだ。

 つまり鷺ノ宮家も様子見を決め込むつもりなのだろう。

 その恋は本気なのか、一時の気の迷いなのか。幼さ特有の憧れなのか。


「そっか~。まぁいいや。レンっち、遊び行こっ。みんなでっ!」

「うん、瑠奈さんとエアリスちゃんはちょっと後で語ろうかっ」


 美咲が号令を掛けると楓も乗っかりつつも同志たちとディープな会話をするらしい。

 気になる話が終わったとばかりにくノ一たちが仕事に戻る。

 その様子と、みんなが揃った安心感もあって、灯火はくすりと笑った。


(ほんとう、よかったわ。また来年も集まれるかしら?)


 この世界、急に友人知人が居なくなる世界だ。灯火も友人が何人か物理的にいなくなっているし、他の子たちも似たような経験はあるだろう。


(とりあえず獅子神神社へ参る時にはそれを願いましょう)


 年明けには初詣に獅子神神社を参ることになっている。

 そこで願う内容を灯火は決めた。戦神である武御雷神ならきっと応援してくれるはずだ。

 そう思って灯火は出かける準備をするみんなと同じように準備を始めた。

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