092

(しかし藤森家はなんというか、戦い方が素直すぎたな。平和ボケかな)


 レンは藤森家との誓紙を交わした後に一連の戦いを振り返った。

 いつものホテルで鷺ノ宮家、玖条家、藤森家の主要人物が集まり、金村別雷神社という神社の神主が作ったという誓紙にレンの条件が記された内容で署名をさせた。

 この誓紙の内容を破れば雷神から藤森家の当主に雷が落ちるらしい。


 レンが思ったのは藤森家の対応の遅さと悪さだ。

 単純に抗争を禁止しているのだろう。レンのジャブ程度の攻撃で慌てふためくなど予想外の打たれ弱さだ。

 また、決闘という決着になったが、その決闘でももっと色々と手を尽くしてくると思っていた。

 お互いに決闘までは手を出さない、と約束はしていたが、実際に何もしてこないとは思っていなかった。

 バレないように何かしら攻撃を仕掛けてくると思っていたのだ。

 呪いを掛けるとか、玖条家の有力者を襲撃するなどいくらでも手はある。

 実際前世であれば決闘前に出場者を闇討ちするなど当たり前にあった。

 レンは行わなかったが、それは必要だと思っていなかったからだ。


 術士としてのレベルは前2人の老人たちは戦い方を知っているなという感じではあった。

 やはりそれなりに場数を熟していることが重要なのだろう。

 術士として生き、老人になるまで生き残ったということはそれだけ妖魔や術士との戦いで勝ち残っている証左である。

 魔法士だろうが魔術士だろうが、レンの世界では長く生きれば生きるほど強い傾向にあった。

 戦闘職でない者は別だがハンターでも国や領主に使える騎士でも魔法士でも、戦闘職は殉職や大きな怪我で引退する者も多い。

 生き残っているだけでも凄いのだ。

 実際重蔵は実力に大きな開きはなかったが敗れた。


 だが中堅に出てきた男は明らかに実力差を理解しても居なかった。

 確か和樹の弟で部隊長も務めている男のはずだ。それなりに場数は熟しているはずだ。

 李偉の武の練度が卓越しているのは見るものが見れば立ち姿や歩き方を見ればわかる。

 戦うまでもなく、立ち会った時点で察するべきなのだ。

 魔力を抑えていたとしてもそういう部分は隠しようがない。

 もちろん隠そうと敢えて弱い演技をするものはいるが李偉はしていない。


 しかし友樹は気付いていなかった。

 慶樹も戦い方が素直すぎた。他家との抗争がないということは、違うタイプの術を使う術士との戦い方に慣れていないということでもある。

 悪い意味で平和な時代を育った友樹や慶樹は敵の力量を見る眼が養われておらず、故に敢え無く敗北したのだ。


 慶樹に関しては今後術士として生きていくことはできないだろう。

 〈断穴フーガ〉で魔力炉を壊し、〈乱脈シータ〉で魔力回路を破壊した。

 しばらくは立つこともできず、魔力が使えないので治癒能力も下がる。

 かと言って一生動けないほどは痛めつけてはいない。

 しばらくは寝たきりの生活になるだろうが、リハビリをすれば通常の一般人としての生活には戻れるだろう。

 ただし術士としては死ぬはずだ。魔力回路をあれだけ破壊されて、それを修復できる癒術士を見つけられれば、数年掛ければそれなりに回復するだろうが容易ではない。

 水琴の時は即座に治癒したことと霊薬などを併用したことで治せたのだ。

 魔力回路の傷も慶樹に比べれば浅かった。


「レンくん、酷いよ~」

「お、楓。おかえり」

「ね、言ったでしょう」

「今日も酷い目にあったわ。楓さんは初めてだから私たちが言っていた意味がわかったかしら?」

「うん、マジわかった。レンくんマジ鬼畜」


 魔物溢れる砂漠地帯に放り出され、魔物との戦いを終えた楓、水琴、葵がシャワーを終えて帰ってくる。

 あの後楓もレンの特訓を受けたいと申し出てきたのだ。

 そういうわけで初心者用の訓練所に放り込んだのだが、楓にとってはかなりきつかったらしい。

 水琴と葵の時よりも人数が増えているし、死ぬほどの思いをするほどではなかったはずだ。

 ちょっとでかいワームに喰われてはいたがちゃんと自力で出てきていた。

 粘液塗れで半泣きだったが。

 もう少し経てば他のワームを斬り裂いた水琴か猛毒大斑蠍の相手を終えた葵が助けに入っただろう。

 それも間に合わなそうならばレンが助けた。

 自力で出てきただけ偉いと思える。


「むしろ今回のは優しい方だと思うけど……。ワームは喰われるのが悪いんだよ。ちゃんと足元の振動や魔力を感知して避ければ喰われないよ? 実際水琴は避けてたじゃない」

「私も昔喰われたわよっ!」

「まぁでも優しめだったでしょ? 水琴たちは経験済みの場所だったし」

「そうね。優しくはないけれどアレより酷い特訓はこれからいくらでもあるわよ。覚悟してね、楓さん」

「うえぇぇぇぇっ」


 テーブルにつっぷして未来さきの暗さに悲鳴をあげる楓だが、訓練を止めるとは言い出さなかった。

 水琴が死なない保障付きの実戦が行える大事さを説いている。


「そういえば聞き忘れてたんですけど」

「ん? 何?」

「藤森慶樹との決闘でなんか最後に下腹部にしてましたよね。アレ何をしたのか聞き忘れてました」

「そういえば後で話すって言ってて話してなかったね」

「なになに、何のこと?」


 レンは慶樹に打撃を撃ち込み、術士として再起不能にしたことについて話した。しかし葵が聞いているのはそのことではない。

 同時に下腹部に撃ち込んだ魔法のことだろう。


「えっ、じゃぁ慶樹さん術士として再起不能なの?」

「魔力回路を治せる癒術士を見つけて頼めばなんとかなるんじゃないかな?」

「魔力回路ってのは霊脈のことよ。霊脈を破壊されて治せる癒術士って聞いたことある? 私はないわ」

「あたしもないな~。霊脈が傷ついてそのまま引退した術士は結構聞くよね」

「そうね」

「そこじゃありません」


 葵が遮って追求する。


「あぁ、それでね。ついでに嫌がらせの術を1つ掛けておいたんだ」

「それです。何をしたんだ」

「簡単に言えば種殺しだね」

「種殺し?」


 楓が言っている意味がわからないと首を傾げる。水琴も葵も意味が通じていなかったようだ。


「えぇと、男の下腹部には子供を作るための器官がついているだろう? そこの中身を不能にして子供を作れないようにする術だよ。慶樹が逆恨みして子供とかに恨みつらみを聞かせたりしたらイヤだなって思ったから」


 本当に単なる嫌がらせである。だが即治療すればともかく時間が経てば経つほど回復させるのは困難になる。

 回復魔法ではなく再生魔法の領域に入るのだ。

 大体3日以内に対処しなければダメである。


 ローダス帝国では強姦罪や婦女暴行などを行った罪人に行われる術式だ。

 一時期は単純に切り落とすという刑罰だったのだが、金さえ詰めば再生魔法でなんとかなってしまう。

 しかし種殺しの術は勃たなくなる上に必要な再生魔法の難易度が高くなるのだ。

 切り落として再生魔法を掛けた方が早いくらいである。

 そういう術を慶樹についでに掛けたことを答えたら、3人の女子はドン引いていた。


「いや、まぁ確かにやりそうではあるけどさぁ」

「すごいことを考えるのね」

「えぐいですね。でもいい気味です」


 楓、水琴、葵の順にレンに同意しているのか反対なのかわからない反応をする。

 内臓にも大きな被害が出ているので普通はそちらの治癒を先にしようとするだろう。

 先に男の象徴の治癒をすれば容態がかなり悪くなるはずだ。


「もういいじゃないか。あんな小物の事を考えるだけ無駄だよ」

「そうね。あたしも忘れたいわ。イヤな目であたしを見るのよ。絶対解呪だけが目的じゃないって思ったわ」

「そうなの? そんなこと聞いてなかったわ」

「言ってなかったからね。まだ子供は居ないみたいだけど女中に何人か手を出してみたいだし、いい気味よ」


 そうして楓は藤森家の女中の扱いと、慶樹がどのような行動を行っていたか語る。

 女中たちの噂話から拾った情報なので信憑性はわからないが、イヤでも相手をするのを断るのは難しい立場なのだという。


「わかります」


 似たような状況で勝手に婚約者を決められ、その後年齢の離れた伯父の妾にされそうになっていた葵がイヤなことを思い出したと言わんばかりに表情を歪めて呟いた。

 最近は親しい者の間では葵も随分表情豊かになってきた。

 最初はなかなかニコリとも笑わなかったのだ。


「ね~、絶対イヤだって思ったもん。解呪が成功したら、どうせ妾になれとか言ってきたに決まってるよ」

「じゃぁこれ以上被害者が広まらなくて良かったのかな?」

「そうだよっ、ナイスだよ、レンくん!」


 楓は最初は引いていたが、手のひらをくるりんとひっくり返して称賛した。

 葵もうんうんと頷いている。

 水琴は本家の娘であるし、獅子神家ではそういう風習はないそうだ。


「そんな家もあるのね。いえ、あるのは知ってはいるんだけれど、知り合いから聞くと生生しくてイヤね」


 と、感想をこぼしていた。


「じゃぁ休憩もしたし基礎訓練もちゃんとやっていこう。楓は葵に手合わせをして貰うといいよ」

「え゛っ。体術は苦手なんだけどっ」

「できて損はありませんよ。近づかれたら戦えないなんて術士としては致命的です。せめて身を守るか逃げ出せるくらいの対応はできないと」

「レンくん、相変わらず鬼畜ね」


 楓は体術が苦手だと言い、葵は体術の大事さを語る。水琴は最初に葵の相手をさせることに批判的だ。

 確実に触れもせずに投げ飛ばされ、さらにそこそこ痛い思いを連続でさせられることは確定だ。

 未だ水琴でさえ葵を投げ飛ばすことはできない。

 最近なんとか簡単に投げられなくなった、というレベル差がまだある。

 なにせアーキルですら葵は投げ飛ばすのだ。重蔵も同様である。

 体術に限って言えば、葵は頭2つくらい抜けているのだ。


「さぁやりましょう楓さん。手加減はしませんよ」

「えっ、優しくしてよ。まず基本から教えてよ~っ」

「基本くらい藤森家でも習ったでしょう。さぁ、行きましょう」


 葵が妙にやる気で笑いながら、レンは水琴と剣術の稽古をすることにした。




「はぁ、癒やされる」


 ハクの腹にうつ伏せで埋もれている楓が疲れた声で言った。

 案の定というか予定通り葵にボコボコにされ、顔は狙わないが様々な関節を極められながら投げられ、当身を喰らい、更に癒やしの力で治されて再度立ち会うというコンボを喰らってレンや水琴との立ち会いをする前に楓はギブアップした。

 水琴も当初はムキになって幾度も葵に投げられていた。それを思い出したのかくすくすと笑っている。

 葵は「まだまだですね」と悪い点をこんこんと楓に指摘している。

 死体蹴りのように楓には効いているようで「もうやめて~、わかったから~」と悲鳴をあげている。

 ハクもなんだか迷惑そうだ。


 レンと水琴は今日はイギリスの紅茶を入れてやはりイギリスのスコーンを楽しんでいる。

 生クリームを乗せて食べるのがレンのお気に入りである。水琴はジャムを乗せている。


「〈箱庭〉の訓練は大体こんな流れかな。今日はちょっと短かかったけど、乱取りはいつももう少し長い間やるかな」

「そりゃ水琴ちゃんも葵ちゃんも強くなるはずだよ~。くっそ~」


 楓は立ち直るのも早く、ハクの腹から抜け出して大量のジャムを乗っけてスコーンに手を伸ばした。

 葵も静かに着席してお行儀よく食べている。

 やけ食いする楓と対象的で面白いなと思った。ちなみに普段は楓もきちんと淑女のように食べることもできる。一応教育はしっかり受けているのだ。

 ただ身内の食事などではあまり気にせずに食べるのが楽しいらしく、基本的にはやればできるが敢えてやらない派である。



 ◇ ◇



「あらあら、可愛らしいライバル登場ね」


 神子はクスクスと笑いながら伊織のことを視ていた。

 伊織の存在を神子は予知していなかった。全てが予知できるわけではないし、きっとどこかの誰かが行った行動で未来が変わり、レンと伊織が出会う運命に流れが変わったのだ。

 だが本命の流れ、神子とレンが出会う流れ事態は変わっていない。

 それに時は近い。

 そして伊織を視て神子は驚きを隠し得なかった。

 明らかに神に愛されているとしか思えない才を持っている。

 鷺ノ宮家の女子はあまり戦場には立たない、というか鷺ノ宮家自体があまり表立って動かない家だ。


 切り札的戦力であり、常に前線にでるようなことはないのだ。

 さらに女子である。彼女の力が発揮されるような事態は、国の危機レベルの神霊が現れた時くらいの物だろう。

 それを考えれば伊織が玖条家に入るというのはより活躍の場があるとは言える。

 と、言ってもレンは女子陣に甘い。基本的に鍛えつつも葵などを戦場には出さないのだ。

 葵は勝手についていっているのでまだアレだが、他家の女子の安全にはできるだけ気を配り、危険のないように動いている。

 過保護と言えば過保護である。


「水琴さんは家が小さい分実戦経験も豊富なのですけどね」


 他の3家の子女たちは家の特性もあって前線で戦う経験がほとんどない。

 〈箱庭〉内の魔物の戦いまでは神子も見通せていないので実際の訓練の様子は知らない。

 妙に水琴と葵の実力の上がり具合が凄いなとは思ってはいるが、霊脈の調整をレンが施していることも知らないのだ。


「わたくしは戦えませんし、方士や僵尸鬼の方々が強いので戦力は十分でしょう。それほど遠くない未来にも荒ぶる御霊や怨霊が出現する可能性も高いですし、玖条家の方々には是非強くなって欲しいものですわ」


 伊織はまだ若すぎる。その実力の伸びの程も不明であるし現時点でも攻撃力だけなら異常な強さだ。

 ただやはり防御や体術などはまだまだであるし、戦闘の判断力も養われてはいない。

 砲台として後ろでレンの指揮で撃つのなら良いかもしれないが、総合力は今後に期待であろう。

 潜在能力は神子の知る限りピカイチである。


「やはり英雄候補の出現がこれほど居るなんて、危険な時期なのかしら」


 神子はアーキルのいう暗黒期という言葉は知らなかったが、ある時期の間強力な妖魔や荒ぶる神霊が現れやすい期間があることは知っていた。

 数年のこともあれば100年続くこともある。

 原因も時期の予測もできない、神子たちでも予知が不可能な事象だ。

 神子たちは強力な神霊が現れたり強力な力を持つ異能者の覚醒がわかる、というだけだ。

 占術と違うのは自身だけに関することではなく、広い地域で起こる事象をランダムに予知できるということだ。それとあまり自身で予知の制御ができないことが多い。


 神子は千里眼を強化することと予知の制御を以前から非常に高いレベルで行えていた。しかしそれらを〈蛇の目〉には正確には伝えていない。

 〈蛇の目〉側も調べる方法もないので、自己申告を信じるしかないのだ。

 それでも神子は神子として多くの候補たちを押しのけてその地位に居る。

 その本当の能力を教えれば稀代の神子として〈蛇の目〉により拘束されるのは明らかである。

 そんな未来はごめんである。


(ふふっ、旦那様。もうすぐですわ)


 神子は静かに心の中で呟いた。

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