091.預言者

「魔法少女マジカルイマリ?」

「そう。絶対ファンだと思うんだよね。だってドレスがそっくりだったもん。ちょっと手直しは入ってたし、明らかにコスプレじゃなくてオーダーメイドのすっごい良い生地だったけどね」


 楓から聞いた話を聞いてレンは頭が痛くなった。

 先日レンに飛び込んできた少女、鷺ノ宮伊織は女子向けアニメ、魔法少女マジカルイマリというアニメの大ファンだと言うのだ。

 実際に画像を見せられると髪型もドレスも確かに似ている。

 髪色がピンクでない以外はそっくりだ。


「それでそれがどう僕に関係が?」

「言われて見て思ったんだけど、確かにそこに出てくる主人公が憧れるレンジお兄ちゃんにレンくんは似てるんだよね。もう少し背は高い設定だったと思うけど」


 そう言って楓は葵とレンにスマホで画像を見せてくる。

 確かに中性的な美青年という感じだ。似ているかと言われるとレンはどうだろうと言いたくなるが、楓や伊織は似ていると感じたのだろう。

 葵も確かに似ているかも、と呟いている。

 そしてそのレンジ少年は、レンのように武術の達人で、こっそり変装して主人公のイマリを助けたりするのだ。

 レンが慶樹を一撃で倒したことで、レンジとレンを重ねたのだろうと楓は推測を重ねた。


 ついでに女子向けでもあるが、中高生女子にも人気のアニメらしく、レンジ少年ファンたちはレンジ少年のことを「レンジ様」と表現するのだという。

 そういう文化だと主張されてしまえばレンが言えることはない。

 そういう世界には疎いのだ。

 漣少年は中学生の頃、女子向けというよりはちょっとダークな内容の魔法少女まどほむというアニメを好んでいた記憶がある。

 様付けすることはないが、出てくる女子キャラクターのカップリングがどれが良いなどと言う論争があるということは知っている。

 知っているだけでレンは興味は覚えなかったが、楓に熱心に説明されておもいだしたのだ。


「楓、詳しいね」

「だって見てるもん。友達に大好きな子に言われて見始めて結構ハマったんだよね~。結構面白いのよ? サブキャラの魔法少女の子もレンジくんに憧れてて微妙な三角関係があったり、他のサブキャラの子の、レンジくんよりもうちょい若い中学生のお兄ちゃんがイマリちゃんに淡い恋心を抱いてたり、これからどうなるの? って感じのところね」

「じゃぁあのステッキも?」

「あぁ、背中に背負ってたやつ? イマリちゃんの使ってるマジカルイマリステッキだね。おもちゃ屋で人気らしいよ?」

「あれ術具だったよ。それもかなり高性能の」

「マジ!?」

「うん、多分楓の使ってる術具よりよほど高位の杖だよ。わざわざ加工したのかな……。見た目はおもちゃっぽかったけどちゃんとした職人の技だったよ」


 楓は気がついていなかったらしく、しかも自分が使っているよりよほど高性能の杖がおもちゃの杖だと思っていたものだと知って微妙にショックを受けていた。


「まぁなんとなく事情はわかったけど、一目惚れしましたって言われちゃったんだけど。あと運命の人とか言ってたよね」

「あ~まぁあの年頃の子が憧れのキャラに似たお兄さんに出会って一目惚れ、なんてありそうな話だよね~」


 楓はめっちゃ楽しそうに話す。


「いや、困るんだけど。鷺ノ宮家の孫娘だよ?」

「ま、まぁ藤森本家の娘ですらきっと当主が大反対するだろうね」

「そうだよね。きっと止めてくれるよね?」

「でもなんかあのご当主様、すっごく孫に甘そうだったよ」

「あぁ……」


 レンは同じ感想を抱いていた。信光は伊織を止めてくれるのだろうか? 正直実に疑問である。

 大体お茶会に誘われ、それには参加して欲しいと言われてしまったのだ。

 今後関わることがない相手ではないのだ。


「どうしたもんか」

「しばらく様子見するしかないんじゃない? 鷺ノ宮家ってすっごい大きな家なんでしょ? レンくんと縁談は流石にないんじゃないかなぁ。ってか美咲ちゃんとか聞いたらすっごく怒りそう」

「やめて、もっと頭が痛くなるから」

「でも言わないでも怒られるよ? ってかあたしが話すし」

「話すの?」

「こういうのは笑い話として話しておいたほうが後々面倒にならなくていいと思うよ? それとも自分で話す?」

「……いや、楓に任せるよ」


 レンは首を振って美咲に関しては楓に丸投げすることにした。

 敢えて小学生の女子に一目惚れされましたなんてどう話題を切り出して良いのかわからない。

 レンから美咲に報告するのも、謝るのも何か違う。楓が笑い話として話してくれるなら良いだろう。

 その後の美咲の反応が想像できないのが怖いが、それは未来の自分に丸投げだ。

 考えるだけ無駄だからだ。伊織に関しても今考えてもどうしようもない。

 彼女がもう少し年齢を重ねて落ち着くのか、レンへの恋心を忘れないのかは未来視のできる術者でもわからないだろう。

 人の心の移ろいなど未来視の能力を持っている者でも見切れるものではないからだ。

 少なくともレンの知る限りにおいてはそんな術者は居ない。



 ◇ ◇



「お兄様っ、訓練場に行きましょう」

「またかい伊織。先日付き合ったばかりだろう」

「だってレン様にふさわしい淑女にならなければっ!」

「いや、そういう方向性じゃないと思うんだけど」


 信時は頭が痛かった。最近の伊織は常にこんな感じだからだ。

 そして淑女は訓練所に通い詰めたりしない。

 姉に相談したら大笑いされた。


「あるあるっ。そういうことあるよね。伊織ちゃんは思い込んだら一直線だから諦めないかもね~」


 と、信時の憂いなど知ったことかと言う感じで子供をあやしていた。

 だが姉のアドバイスで1つ良いことはあった。些細なことだが、マナーや淑女教育をしっかり伊織が受けるようになったのだ。

 理由は「レンにふさわしい淑女になること」であるのは問題だが。


 そして問題はもう1つある。伊織が鷺ノ宮家の中でも明らかに天賦の才を持っているということだ。


 伊織は生まれた頃から明らかに強い霊力と神気を備えて生まれてきた。

 女子であったことが残念だと様々な面々が言葉にしたものだ。

 本人に聞かせないようにと当主命令が出ているので言葉には出さないが、今もそう思っている鷺ノ宮家の者は多いだろう。

 そして伊織は術の修行が始まるとメキメキとその頭角を現してきた。

 同年代どころか、その上の世代でも敵わない。

 鷺ノ宮家に生まれる子は普通の退魔の家などよりよほど強い霊力を持っているし、神気も備えている。

 そして幼い頃からその力を抑えられるようにしっかりと教育される。

 そうでなければ危険だからだ。主に使用人などの周囲が。


 同世代に混ざれない伊織の相手はもっぱら信時や信時の兄、もしくは年の近い従兄弟たちだが、信時が押し付けられることが最も多い。

 そして彼女の天才たる由縁が、教えられた術ではなく、新しい術を齢9歳にして作り上げたことだ。


 しかもその原因は魔法少女マジカルイマリにある。

 つまり主人公のイマリが使う魔法を再現したいと伊織は願い、実際にイマリが使うようなピンク色に輝く星が舞う光線のような魔法を術として再現してしまったのだ。

 それに威力が尋常ではない。しっかりとした完全防備で信時が本気で防がなければ防げない。

 実際杖を与えられ、初めて披露した時は訓練所の標的を消し飛ばし、壁を突き破り、危なく結界が壊れる所であった。

 信時も信光も唖然とした。


 伊織はそれだけにとどまらず、イマリ以外のキャラクターが使う魔法を再現した術を作り上げ、新魔法がアニメで披露されると必死に練習して習得してしまうのだ。

 これを天才として言わずしてどう言えば良いのだろうか。

 明らかに鷺ノ宮家が紡ぐ術式とは系統すら違う。魔法と言われれば確かに魔法である。見た目はともかく威力もあり実用性は非常に高い。


 9歳の時に「あたしっ、魔法少女になるっ」と宣言して1年も経たないうちに、本当に魔法少女のようにアニメの魔法を術として、それも破壊力も完成度も高い術を放ちまくる伊織の相手をしたがる者は居ない。

 実際手加減を知らないのでそれなりの高位の術士でないと命の危険があるのだ。

 しかも新技だと対処法もわからない。ナメて掛かると身体が灰も残らずに消滅してもおかしくない威力なのだ。

 幸い伊織に殺されてしまった使用人や術士は居ないが、それは周囲が必死に頑張った甲斐があっただけで、信時ですら死ぬかと思ったことがあるくらいだ。毎回相手をするだけで必死である。


(確かに伊織くらいになると簡単には外には出せない。けど鷺ノ宮家に居ても籠の鳥になってしまうし伊織と年頃の合う鷺ノ宮家の男子たちは怖がって近寄ろうともしない。玖条殿くらい底のしれない御仁に嫁ぐ方が伊織には幸せなのかもしれないな。だけど玖条殿と伊織の組み合わせは怖すぎるな。何を引き起こすかわからないっ)


 信時は伊織のワガママに抗しきれず、結界が伊織用に特別に強化された訓練所に引きずられていった。



 ◇ ◇



『ボス、ちょいと話があるんだが』

『なんだ、アーキル』


 アーキルは玖条ビルの一室でウィスキーのグラスを傾けながらレンと2人きりで話をしていた。

 それほど深刻な表情ではないのでトラブルの類ではないだろう。

 実際黒縄などからもおかしな報告は入っていない。


『ボスは預言者ナビーって知ってるか?』

『預言者? 予知能力者のことか?』


 英語で喋っているが、預言者の部分だけはアラビア語でアーキルは語る。


『そうじゃない。例えばアブラハームやムーサー、ナザレのイーサー、ムハンマドなどを指す言葉だ』

『イスラム教で預言者だと言われている聖人みたいなものか?』

『そうそう、それだ』


 ナッツをポイと口に入れながらアーキルは続ける。


『暗黒期と呼ばれる時期がある。日本では妖魔と、欧州では魔物と呼ばれる物が多く出現する時期だ。世界中で起こることもあるし、地域限定で起きることもある。そしてそんな時期に大きく活躍し、名を上げた者をキリスト教では聖人と呼んだり、イスラム教では預言者と呼んだりする。だがイスラム教ではムハンマドこそ最後の預言者であるとしている』

『まぁそのくらいは知っているけど』


 レンはウィスキー……ではなくコーラをグラスに注いでナッツを摘みに飲む。

 アーキルはタバコに火を付け、紫煙を吐き出した。

 彼らは水タバコも好むので専用の部屋があるが、今日は紙タバコらしい。

 アラビア圏ではメジャーな紙タバコらしく、好んで吸っていることも知っている。


『アラビア圏に関わらず、ここ10年の魔物の出現数は増えている。しかも強力なやつがだ。知っているか?』

『いや、初めて聞いたな。日本もそうなのか?』

『日本は知らん。だが欧州やアジア、アフリカ圏でも増えているはずだ。少なくとも何件かは俺は知っている。見たことはないが大きな被害が出たらしい』

『大水鬼や黒蛇のようなヤツか?』

『あぁ、ああいうやつだな。むしろあの程度の儀式で異教の旧き神が呼び出せたのは暗黒期だと思われているから試みられたっていう側面もある』


 アーキルの説明では、暗黒期には日本でいう地獄や冥界と現世との距離が近づくのだという。

 そういう時期には強力な魔物が現世に現れ、且つ召喚などの儀式の難易度が下がるのだという。

 実際に近い国の違う組織が成功したと言う事実があり、それをきっかけにアーキルの古巣がクローシュ召喚に乗り出したという。


『それで、何が言いたいんだ?』

『そういう時期には英雄が現れる。多くな。そしてその一部が聖人や預言者などと呼ばれる。イスラムではもう預言者ではなく使徒ラスールとして扱うがな。でだ、ボスはその預言者じゃないかと俺は思うんだ』

『はぁ?』

『ボスの能力も術もおかしすぎる。明らかに異常だ。俺の知るどんな術者でもそんな成長はしないし、使う術も異質に過ぎる。そして預言者は大概は新しい宗教を起こすほどの力を持つんだ。ブッダなんかもそうだな。イスラームでは預言者扱いはされないが似たようなもんだ。ブラフマーなんかも似たもんだろう』

『歴史に名を残した預言者や英雄と僕が同じだって? やめてくれよ。僕は僕が自由であればいい。強くなりたいとは思うけれど親しい者以外を救おうなんて思わない。勝てない相手とは戦わないで逃げるさ』

『中国の高祖劉邦だって負けまくって逃げまくった。だが英雄扱いだ。始皇帝だって負け知らずってことはなかったさ。イーサーは武人ではないが、奇跡を起こして預言者として扱われている。俺が言ったからってどうってわけじゃないが、ボスは英雄や預言者になりうるって思っているって言っておきたかったのさ』


 アーキルは更にグラスにウィスキーを注ぎ、透明な氷を放り込む。


『そんなことを言われてもな』

『勝手に思ってるってことだけさ。ボスはきっと大きなことを為す。いや、日本限定ならすでに為しているだろう。あの異教の旧き神はボスがやったんだろう』

『まぁな』

『それだけでも偉業さ。時代が違えば多くの民に崇められるだろうぜ。教えを説けば宗教として新しく教祖にだってなれただろう。日本じゃわからねぇが、アメリカならきっと簡単に信者が集まるぜ』

『説くような高尚な考えはないよ。僕はワガママで自分勝手なんだ。自分で知ってる』

『英雄ってのはその偉業を背で語り、民はそれに憧れる。そういうものさ』


 レンは両手をあげてやれやれとジェスチャーする。


『くくっ、まぁいいじゃねぇか。酒のついでの与太話さ』

『むしろ偉業を行う気すらないし、ああいう危険な相手とは戦いたくないな。今回くらいの楽な相手がいい』

『まぁボスなら楽勝だろうよ。あとあのチャイニーズはなんだ。異常だったぞ』

『あいつは特別さ。切り札みたいなもんだな。街を出歩きたいっていうからとりあえず顔見せに出してみたんだ。今後協力することもあるかもしれんが、基本的にあいつを出すような事態に出会わないことを祈りたいもんだな。蒼牙と黒縄で対処して欲しいし、その程度の相手で十分だ』

『ジュウゾウは惜しかったな』


 カランと氷の音がする。独特のタバコの香りがする。レンはその香りは嫌いではなかった。


『もう少し厳しい訓練メニューを取り入れようと思うんだ。重蔵だけじゃないぞ、アーキル、お前たちもだ』

『げっ、マジかよっ』

『黒蛇くらいはなんとかできるくらいに鍛えてやるよ』

『やめてくれよ、死んじまう』

『はははっ』


 レンは英雄や預言者扱いしようとしたアーキルに一矢報いて笑った。

 実際に魔物の巣に放り込んでやるつもりなので、死ぬ気で頑張って貰おう。

 クローシュを相手に、とまでは流石に行かないだろうが全体の底上げは必要だ。

 本当にその暗黒期とやらが来ているのなら強力な妖魔や神霊が現れる可能性もあるということだ。

 他人事だとは思えない。レンはできるだけ楽をしたかった。アーキルたちが相手をしてくれればそれに越したことはない。

 それに同時に現れればレンの身体は1つしかない。

 守りたい友人たちも多くできた。

 強力な手数はいくらあっても良いのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る