090.マジカルイマリ

 藤森家との決着はついた。

 大将である和樹の出番はなく、3勝を決めた玖条家の主張が通ったのだ。

 今後最低100年、藤森家は玖条家へ不可侵の誓紙を出すことになっている。

 口約束などいくらでも破れるので効力のある誓紙を使うことになったのだ。

 真に神の力を封じた誓紙にて誓うのだ。破れば藤森家には神霊の裁きが下るだろう。


「レンジ様っ」


 レンが葵や楓、李偉やアーキルたちと話して居ると少女が飛び込んできた。

 ピンクと白色の基調にした可愛らしいドレスを着ていて、おもちゃのような、ステッキを背に装着している。

 信光と距離が近く話していた少女が走ってきてレンに飛び込んできたのだ。


 流石に避ける訳にも放り出す訳にも行かないのでレンは受け止めた。

 そしてステッキに手が触れ、レンはあることに気がついた。


(ってかレンジ様って誰!?)


「伊織お嬢様っ、いけませんっ」


 侍女らしい2人の女性が少女を追いかけて来ていたが振り切ったようだ。


「はぁ~、レンジ様だぁっ」

「いや、違うんだけど?」

「あ~」


 伊織と呼ばれた少女がまるで憧れの誰かに会えたようにレンを見つめる。まだレンに抱きついたままだ。

 そしてなぜか楓がなにか納得したように声を上げた。


「伊織っ、何をしているんだ」


 そして信時が走り寄ってきて、伊織を咎める。


「お兄様っ、レンジ様がっ、レンジ様が居ます。しかもすっごく強いんです!」

「違うぞ伊織、彼は玖条家当主のレン殿だ。全く、玖条殿、まったく申し訳ない」

「レンで構いませんよ、信時殿。それで一体どういうことですか?」


 伊織を優しく地面に降ろす。しかし伊織はレンを見上げながらぴったりと抱きついて離れない。


「レンジ様ではなくてレン様ですねっ。名前もそっくりですっ。わかりましたっ!」

「違う。あ~、申し訳ない。わかるようなわからないような。ちょっと説明しづらいんです」

「いいじゃありませんか、あたしはレン様のかっこよさに惚れました! 一目惚れですっ! 最高です! キャーッ、素敵ですぅ。運命の出会いってやつですねっ」

「えぇっ!?」


 急な展開にレンも流石に驚きの声が漏れる。

 信時は頭を抱え、楓は笑いを堪えている。葵は冷ややかな目で見ているが、困惑も混じっている。

 アーキルや重蔵、李偉や他のメンバーたちも面白そうに状況を取り巻いて見ているだけだ。


「これっ、伊織っ」


 まさかの信光登場である。周囲にぞろぞろと護衛を引き連れている。

 矍鑠かくしゃくとして杖は持っているがしっかりと歩く元気な老人である。

 怒っているのか困っているのかわからないような雰囲気で、伊織を止めにくる。


(早く状況を収めてくれ。ついでに説明も欲しい)


「お祖父様っ、伊織は理想の殿方を見つけましたっ! レン様ですっ。初恋ですっ。運命の方ですわ」

「まっ、待てっ、正気かっ」

「だってだって、レンジ様そのまんまなんですもの。その上すっごく強いんです! 完璧です!」


 興奮した伊織は信光に身振り手振りも交えて主張した。慌てている信光など初めて見たレンは少し面白く思うが、理解はできない。

 更に信時もどうしようと困惑を隠さない。


(あのステッキ、すっごいちゃんと作ってあるな)


 伊織のドレスの背にはステッキを嵌めるための専用のベルトがあり、そこにやはりピンクと白のステッキがあるのだが、良く見れば相当ちゃんとした術具だ。

 つまりその玩具のようなステッキは伊織の武器なのである。


「伊織お嬢様?」

「ひっ、鷺内。これは違うのっ。違うのよっ」

「いけませんよ、玖条様にご迷惑をおかけしては」

「わかりましたわっ。今日は諦めますっ。レン様っ、今度お茶会にお誘い致しますわ。是非招待を受けてくださいませっ」

「えっ、えぇ。伊織お嬢様。わかりました」


 鷺内が声色低く伊織に言うと伊織の動きが止まり、興奮の代わりに怖がっているのがわかる。

 大人しくなり、最後にレンにお茶会の誘いを投げかけると諦めて信時に手を取られて鷺ノ宮家の陣地に連れ去られていった。


「あ~、なんというか申し訳ないの。うちの孫娘が突然走り出してな。なぜあぁなったのかは儂もわからぬが、伊織はレン殿のことが気に入ったようじゃ。じゃがまだ10の娘の言うことじゃ。聞き流して欲しい」

「あぁ、お孫さんでしたか。なぜこんな決闘なんて血なまぐさい場所に?」


 実際どの戦いでも戦闘で血が乱れ飛んでいる。

 重傷者も出ている。10歳の娘が来るような場所ではない。


「あの子が見たいと言って止められなかったんじゃ。幾度もダメじゃと言ったんじゃが……」

「まぁあの勢いでワガママを言ったんでしょうことは想像に難くないですが……。甘やかしすぎでは?」

「つい、の。あの子は最も若い孫娘でつい可愛がりすぎている自覚はある。あるのじゃがまさかあのような行動を起こすとは全く思ってもみなんだ」

「良いですよ。攻撃を食らったわけでもありませんし、しばらくすれば落ち着くでしょう」

「そうであれば良いんじゃが……」


 信光が不穏なことを言う。実際目線を合わせようとしない。


「伊織はなんというか思い込みの強い子での。儂が言ったからと言って聞くかどうかわからぬ。更に男子だんじにあそこまで執着を示したことはないのじゃ。何があの子の琴線に触れたのかはわからぬが、レン殿への思いは強く見えた」

「えぇと、しかしこちらとしても困るのですが。どう対応すれば?」

「とりあえず茶会の誘いはせざるを得ないじゃろう。そちらには参加して貰えぬか。事情はそれまでに問いただして置く。連絡も後日送ろう。本来は玖条家が決闘に勝利したことを宣言し、褒め称えるつもりじゃったのじゃが、そんな感じでもないの。だが玖条家の力の一端は見せて貰った。今どきは決闘観戦などそうそうできんからの。楽しませて貰ったわ」


 困惑していた信光だったが、立ち直ったようで後半にはいつもの信光だった。

 レンとしては約束が反故にさえならなければ問題はない。

 決闘というのもまぁ穏便な決着の付け方だろう。

 レンはもっとえげつない攻撃方法を準備していたし、それを行っていたら藤森家も襲撃なり何なり反撃をしてきただろう。

 退魔の家同士が長い間争うことは確かに日本という国の単位で見た時には良くない影響を及ぼすという言い分もわかる。

 特に玖条家は信光が認め、後見として興した家だ。介入の口実としては少し強引ではあるがありえないというほどではない。

 信光はレンに後日きちんと藤森家に誓紙を書かせるのでその際にまた会おうと言い残して去っていった。




「とりあえず撤収準備だ。重蔵は帰りの車でちゃんと癒やしてやれ」


 黒縄から癒術士も連れてきている。だがそれをわざわざ見せることはない。重蔵は死に瀕しているわけでも何でもない。

 いくつか身体に穴は空いているが中破程度だ。


 藤森家も暗い雰囲気ながら撤収準備を初めている。ここで残った全員で攻め込んできてレンの首を狙う。その可能性も微量ながらあったがその方法は取らないようだ。


 玖条家の弱点としてレンしか玖条家を名乗る者がいないところにある。

 妻も子もいないのだ。

 レンが死ねば玖条家という家は存在しなくなる。断絶だ。

 故にレンは学校に通いながらも暗殺の危険には常に備えていた。

 藤森家に限らず、どこにバカをやるものがいるかわからないからだ。

 実際襲われたことすらある。


「これで一件落着、かな。なんか最後変なことになったけど」

「くすくすっ、レンくんはモテモテだね」

「楓っ、なんか知ってるな?」

「うん、多分だけどね。それは後で教えてあげるよ。まずは帰ろう?」

「あぁ、そうだね」


 レンたちは藤森家とは違うルートで帰路についた。



 ◇ ◇



「鷺内、信時、何か知っておるか?」

「一応侍女たちに確認してまいりました」

「あまりわかりたくありませんが、想像はできます」


 信光は自室で鷺内と信時の3人で居た。

 屋敷内の警護は万全だ。部屋の扉周囲には常に護衛は居るが、部屋内には居ない。

 常に付き纏われても面倒くさいからだ。


 鷺内は聞き取りを行い、信時は心当たりがあるらしい。

 しかしその内容は信光も頭を抱えたくなる思いであった。

 まず初めに伊織がのめり込んでいるという女子向けアニメの存在があった。

 魔法少女マジカルイマリというアニメで伊織の世代には大人気のアニメだと言う。

 伊織が着ていたドレスもその主人公であるイマリの変身した姿を模したドレスなのだと言う。少しスカート丈は長く直したものらしいが。

 可愛らしいドレスを好むのだなと思っていたが、流石にそんなところまでは報告を受けては居なかった。


「それで、それとレン殿とどう関係がある」

「どうもそのアニメに出てくる主人公の少女が憧れる年上の少年に玖条殿の雰囲気が似ているようなのです。更に武術の達人で、こっそり主人公の少女がピンチに陥っている時に救ってくれるのだとか」

「つまりそのアニメに出てくる少年とレン殿を重ねたと?」

「そうらしいです。伊織お嬢様はそのレンジというキャラクターを非常に好んでいて、いつもレンジ様のような方と出会いたいと言っていたと侍女が報告してきました」


 信光は実際に頭を抱えた。

 伊織は可愛い可愛い孫娘である。3男の側室、しかも後妻の子であり、最も年若い孫だ。

 ひ孫も居るが、まだ幼く、可愛らしいが信光は伊織を事さらにかわいがっていた。

 ひ孫たちももう少し成長すれば可愛がるつもりでいた。

 ひ孫たちはたまに訪れてはくるが同じ屋敷で暮らしていないという理由もある。


「もしかしてあの可愛らしいデザインの杖もそれ関係なのか」

「その通りでございます。主人公の少女が使っている少女の杖のデザインだと言う事です。似たようなおもちゃが発売されているそうです」


 伊織が自身の杖が欲しいと言われ、信光は伊織の小さな身体にふさわしい、しかし出力と制御力に優れた短杖を伊織に貸し与えることに決めた。

 だが伊織から可愛くないと不平を言われ、職人たちが伊織の言う通りのデザインの外装を作り上げたのだ。

 中身は歴史ある強力な短杖だが、その力を損なわないように鷺ノ宮家が抱えている職人たちが苦心してその外装を整えたと言う。


 ドレスも杖も可愛い物が好きな少女らしいと思い、はしたない形状でもなかったのでそういうのが好みなのだろうと伊織の希望を聞くように言った覚えはあるが、その原型がまさか女子向けアニメであったとは知らなかった。

 当然レンジなどというキャラクターの存在など知るはずもない。

 マジカルイマリというキャラクターは伊織が何度か話題に出していたので知ってはいたが、レンジについては知らなかった。


「信時の思い当たることというのもそれか?」

「そうです。伊織はそのアニメのことをよく話しておりますから。何度も見返していますし、発売されたメディアも揃えていますしグッズも大量に集めています」

「そういうものなのか?」

「いや、それは流石にわかりませんが、姉たちも似たようなアニメにハマっていた時期があったと言っていたのでそういう物なのではありませんか?」


 信時も男子であるのでよくわからないらしい。

 信時にとって伊織は年の離れた異腹の妹である。

 だが伊織に取っては最も年の近い兄でもあるので、かなり仲が良いとは聞いている。

 と、言うか伊織にはかなり手を焼かされていることは知っている。


「しかしレン殿を気に入るとは……。年齢を重ねれば諦めるじゃろうか」

「さぁ、それはどうにも」

「あの子に取っては初恋の相手みたいなものでしょう。実際そう宣言していましたし。しかも理想としていたキャラクターと似ていて、目の前で藤森家の者を拳で打ち倒しました。なんとなく諦めない気がします」

「むむむぅ」


 鷺ノ宮家の子女への縁談の申し込みは非常に多い。当然伊織へもすでにいくつも縁談が申し込まれている。

 だが鷺ノ宮家として今特にどこそこの家と懇意にしたいという相手はない。

 それなりの家格の者で、本人同士が気に入れば恋愛結婚も認めないというほど厳しくはないのだ。

 流石に一般人に嫁ぐ、などは許されないが、退魔の家に嫁ぐ、または婿に迎えるというのはよくあることだ。

 実際同じ孫娘たちは本人たちに数ある縁談の中から選んだ者や、自身で相手を見つけてきて説得して結婚した孫娘も居る。


(レン少年、か。家格はともかくあの子を自由にするにはなくはないのじゃが)


 信光はレンと伊織を考えた。年齢差は7歳程度。今はともかく育てば別にありえなくはない。

 伊織が希望し、レンが受け入れるのであれば多少問題視はされるだろうが、認めないと言うほど反対する理由もない。

 歴史も実績も足りないが、信光はレン個人を買っている。

 実際に今回の藤森家への決闘でもその実力の一端を見せたし、強力な新たな部下を連れてきていた。

 どこであれほどの方士を従えたのか、黒鷺も存在は知らせて来たが出処は不明だと報告があった。


 相手をした慶樹も藤森家内でも有望視されていた若者でもあり、同年代の術士としてもそれなりの腕前だと評判だ。

 天才というほどではないが、優秀という評価は得ていたようだ。

 それを子供扱いし、更に相当酷い後遺症が残るような一撃を入れた。

 報告では慶樹はしばらく寝たきりの生活を余儀なくされるだろうと言われている。

 体内の霊力の乱れが激しく、術士としての未来は絶望的かもしれないとも報告書が上がっていた。


 信光もその眼で視て居たが、波動のような霊力が慶樹の体内を迸り、霊脈に大きなダメージを与えたことは見て取れた。

 武術の達人などが稀に使う打法に似ている武術だ。

 その前に出場した中国人術士が使った打法に近いが、似て非なるもので、より術士相手には凶悪な影響を及ぼすだろう。


「まぁ良い。即座にどうということはなかろう。しばらく様子を見るしかあるまい」

「はい」

「あのっ、もう少し伊織に対して落ち着くように言って頂けませんか」


 控えめに、しかし信時が要求を言ってくる。


「信時、お主は伊織の兄であろう。姉や両親もおる。教育はそちらがするべきであろう。儂は可愛がるだけじゃ。祖父とはそういうものじゃ」

「えぇっ? 可愛がられましたっけ」

「男子は事情が違う。仕方なかろう。ある程度は厳しく躾けねばならぬ。しかし儂としてはきちんと可愛がっておったつもりじゃ」

「ぐっ、そうですが」


 鷺ノ宮家は別に男尊女卑が酷いというわけではない。だが特別な事情から家督は男子しか継げない。故に家督を継ぐ可能性がある男子はしっかりと教育されるのだ。

 家督を継げない女子との扱いが違うのは仕方のないことだった。

 その分信光は娘や孫娘には優しく接していた。信光以外も女子には甘い傾向が高い。

 当然鷺ノ宮家の子女としての教育はしっかりとさせるが、男子たちとは扱いが違う。

 女尊男卑というわけではない。そういう区別をしているだけだ。


「はぁ、また振り回される予感がします。お祖父様も他人事ではありませんよ?」

「ぬっ、そうじゃの。そうかもしれぬ」


 信時が言った不穏な言葉に、たしかにありえると思ってしまった信光は顔を険しくした。



◇  ◇


週間24位に入っていました。皆様評価ありがとうございます。レビューも書いて頂きました!10位以内を目指したいと思いますのでぜひ☆での評価お願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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