089.決着
「それでは次鋒、前へ」
信時の声が響く。
「重蔵、頼むぞ」
「はっ、玖条様の為に勝利してきます」
重蔵はいつもの黒ずくめの装備に身を固め、前へ進んでいく。
(さて、どうかな)
重蔵は十分強い戦士だと言えるだろう。だが相手の先鋒の老人はレンが思っていた以上にアーキルと良い戦いを演じた。
もし同程度の術士が出てきて、重蔵との相性が良くなければ負けることも十分にありえると思っていた。
藤森家の穴は慶樹だ。まだ若く、経験も浅い。逆に玖条家の穴は重蔵だ。
重蔵は確かに強いが直接戦闘よりも諜報や偵察活動が主だ。
暗闘や奇襲を得意とし、こんな広々とした場所で戦うのが得意とする術士ではない。
なにせ忍者なのだ。なぜ忍者が忍ばずに観衆の前で戦うのかというのがまずおかしい。
しかしレンの手勢を見た限り、重蔵は5本の指に入るし、黒縄の頭領として出さない理由もない。
秘匿しても良いが、そうすると蒼牙から3人、李偉とレンという構成になる。
玖条家は外国人ばかりに頼っている、そう思われてしまうだろう。
実際は蒼牙よりも黒縄のが比率が多いのだが、重蔵もやる気であったので出すことにしたのだ。
「始めっ」
次鋒として出てきた老人は槍ではなく錫杖を持っている。それに多くの術具を身につけているようだ。
武人というよりは術士。そういうイメージがあった。
重蔵が苦無を投げる。老人は障壁を張り、それを防ぐ。
苦無は爆発するが、障壁は爆発も防ぐ。
重蔵が左に、老人は右に回る。
先鋒戦は術の戦いというよりは接近戦の要素が強かった。
だが今回は中距離で戦う術士同士の戦いという様相になった。
派手な先鋒戦と違って玄人好みな戦いと言えるだろう。
重蔵は札や小銃で攻撃をし、老人は陰陽術を巧みに使い、雷術や炎術を纏った鳥型の式神を飛ばして重蔵を狙う。
お互いが一定の間合いを保ち、動き回りながら術を、武具を放って高速で撃ち合いになる。
瞬間、重蔵が前に出る。
術が殺到するが重蔵に与えていた強力な結界を張る術具によって無理やり間合いを詰める。
重蔵が忍者刀を抜く。接近戦に弱いと見たのだろう。
しかしその瞬間、地面が爆発して巨大な円錐が10本以上老術者の周囲から飛び出した。
重蔵はギリギリ避けるが円錐から枝が伸び、重蔵を絡め取る。
忍者刀で重蔵は絡みつく枝を切り払うがそこへ老術者の一撃が重蔵にクリーンヒットした。
急所を避けた重蔵だが肩に重撃を喰らい、宙空をくるくると回り、飛んでいく。
老術者は術を飛ばしながら追う。
空中で態勢を立て直した重蔵には土の槍や飛ばした短剣などが刺さっていた。
傷を負った重蔵は追ってくる老術士の連撃を避けきれなかった。
急所はなんとかはずしているが、どんどんと傷ついていき、老術士が止めの大技を放とうとする寸前に「止めっ」と声が掛かる。
重蔵の負けと判断されたのだ。
「申し訳ありません」
「良い、相手が上手だっただけだ。むしろ死なずに良い経験ができたと思え。医療班が待っているぞ、早く治してこい」
謝る重蔵にレンは声を掛け、ねぎらった。
実際重蔵と老術士の戦いは紙一重であった。重蔵が少し逸ってしまい、突っ込んだことで負けてしまったが、術の撃ち合いは互角であったし逆に向こうが突っ込んで来ていたら重蔵はしっかりと反撃し、勝ちをもぎ取っていただろう。
経験の差が出た。そう言わざるを得ないが、年齢差を考えれば術士の実力としては拮抗していたのだ。
それに重蔵の負けが玖条家の負けに繋がるわけではない。
「ねぇ、大丈夫なの?」
「ん? まぁ大丈夫じゃないかな。藤森家もなかなかやるね」
楓が不安に思ったらしく、レンに問いかけてくる。
「あのお爺ちゃんたちは藤森家の術士の指南役だよ。あたしは戦ったことはないけど、ちっちゃい時に教えて貰ったことがあるよ。あんなに強かったんだね」
楓も知っているほど藤森家では有名な術士らしい。
アーキルは予定通り、重蔵は惜敗。次は李偉の番だ。
重蔵は医療班によって治療を施されている。藤森家の老人も同様に医療班が看ている。
アーキルは良いと断って重蔵の戦闘を楽しげに見ていた。
『ボス、どう見た?』
『術の撃ち合いは互角。ちょっと逸ったかな。もう少し消耗させてから突っ込めば勝ち目ももう少しあった気がするね』
『若さがでたな』
アーキルの見立てもレンとそう変わらないらしい。
重蔵は26歳である。10代の頃から戦場に立っていたというアーキルから見てもまだまだ若造で経験が足らないのだろう。
だが銃弾飛び交う戦場に放り込むわけにも行かないし、日本は平和な国だ。
玖条家のある場所は如月家や獅子神家があり、妖魔や怨霊の処理は彼らが主に行っている。
傭兵として蒼牙や黒縄を貸し出すこともあるが、妖魔退治はあまり行っていない。
戦闘を行う機会というのが足りていないのだ。
(う~ん、〈箱庭〉に放り込むかなぁ)
黒縄には〈箱庭〉の存在は教えていない。アーキルたちも戦闘場と彼らが住んでいた〈箱庭〉だけで、魔物の居るようなメインの大きな〈箱庭〉には案内していない。
だがアーキルたちの住居に提供していて、今は吾郎たちが住んでいる〈箱庭〉のような場所に魔物を解き放ち、そこで経験を積ませるという手もある。
日本で活動していても蒼牙も黒縄も死線を潜る機会には恵まれない。
どれだけ稽古を積むよりも、1度の実戦、死線を経験することはやはり違うのだ。
レンは彼らの強化計画をもう1歩進めるか、そう考えた。
◇ ◇
(俺の相手はあの筋肉か。ちっ、つまらねぇな)
李偉は中堅、3番手として玖条家側の戦士として決闘場に出た。
出てきたのは背に大太刀を背負い、腰には太刀と更に脇差しを装備した背の高い男だ。
190cmを超える男で、体格が良い。歩き方を見ているだけで武に通じているのはわかる。
表情は自信満々という感じだ。
それに比べると李偉の体格は小さい。160cmを少し超える程度で、現代男性としては小さい方だろう。
だが当時の中国人では巨漢も居たが李偉程度が平均的な身長であった。
そしてそんな巨漢を打倒したことなど、数えきれないほどある。圧倒されるとか、威圧感を感じることもない。
「では、始めっ」
李偉はレンに与えられた腕輪の設定を2割に留めることに決めた。
レンの与えた腕輪は方力を強制的に抑える。
方力は身体の強化にも使われるので動きにも制限が入る。力も、速度も遅くなるのだ。
と、言うかレンの説明では元々拘束具として作られた物を改造して与えているのだという。
元は紅麗の力の扱いが慣れないことに対して、まず大きすぎる力は持て余しすぎるので小さな力の使い方から慣れたらどうかと言う話で与えられたものだ。実際強力な拘束具で李偉もこれほどの拘束具は知らない。それほどの逸品だ。
そして方力を抑える強度を自由に李偉が選べるような機能が付随している。
李偉に関してはその実力を観衆に見せつけないために装備させられているからだ。レンは李偉をそれなりに強い方士として外に見せるつもりはあれど仙道としての力は使うなと念を押してきた。
紅麗も慣れてくれば少しずつ身に宿っている力を少しずつ強くして制御する訓練を続けている。……まだ1割も使いこなせていないが。
故に彼女はまだ外に出すことすらできない。
「最大でも5割も要らないだろう?」
李偉はレンがそう言っていたことを思い出す。
李偉は清朝初期に生まれ、清が崩壊するまで生き抜いてきた方士だ。
当然戦乱にも巻き込まれたし、他の方術士や道士たちと戦いになったこともある。名のある武人たちとの交流も行っていた。
清時代ではそれなりに名のある武仙として通っていたのだ。
先鋒、次鋒の戦いを見ていたが、三枝家を知っている李偉としてはまぁまぁやるがそれだけ、というイメージだ。
李偉が本気になれば1人で三枝家を滅ぼすことすらできた。
当然藤森家もできるだろう。ほぼほぼ事実に即した認識だろうと思っている。
青龍刀をだらりと持ち、大太刀を振りかぶる武人、友樹の一撃を流水のように避ける。
同時に青龍刀で軽く友樹の足に傷をつける。
大きく斬りつけるのではなく、軽い傷だ。
友樹は大太刀を片手で持ち、袈裟に斬り付けてくる。青龍刀で防ぐともう片手で太刀を抜いて薙いでくる。
それを無造作に太刀の刃を親指と人差し指、中指の3本で挟んで止める。
「なんだとぉっ!?」
3本指での白刃取り。しかも自慢であろう剛力は敵わず、太刀はカケラも動かない。
李偉は「もういいか」と聞こえない程度に呟き、青龍刀を手放し、掌底を友樹の腹に打った。
手加減して放った発剄は友樹の身体中に浸透し、友樹の目や耳、鼻や口などから血が吹き出る。
当然そんな血は受けたくないので落ちる前に青龍刀を手に取って即座に避ける。
ズズンと大きな音がして友樹の巨体は地面に倒れた。
「しょ、勝負ありっ」
信時が慌てたように判定を下し、医療班が駆け寄る。
殺しては居ないが数ヶ月は動けない、その程度のダメージを与えたはずだ。
一応ルールでできるだけ殺さないようにと言われている。
「どうだ。注文通りか?」
「あぁ、十分だよ。いや、ちょっと見せすぎかな? いいね、アレ。浸透剄ってやつかい?」
「そうだ」
「喰らうとあぁなるんだね。間違っても喰らいたくないね」
「本気で撃てばあの程度じゃ済まないぜ」
李偉はレンと軽口を叩く。
「すっご。えっ、めっちゃつよっ」
楓が李偉の戦いぶりに興奮している。
実際玖条家の面々も藤森家の面々も李偉の実力に驚き、静かになっている。
「やるだろう。嬢ちゃん。楊李偉だ。よろしくな」
「あ、よ、ヨロシクおねがいします」
楓は少し緊張してそう返し、レンと葵がクスリと笑っているのが李偉には見えた。
◇ ◇
「さて、重蔵は惜しかったけど予定通りだね。次には僕が出ようかな。向こうの当主と戦ってみたかったけど次には出てこないだろうし、慶樹が出てくるだろう。そこで勝っちゃうともう終わりだからね。だったら慶樹には直接僕がお仕置きしてやろう」
それをアーキルが自分の出番だと思っていた男に翻訳した。
『え、ボス、俺の出番は?』
『ないかなぁ』
『そんなぁ』
蒼牙から代表に選んだ男は天を仰いでいる。
実際先に3勝してしまうか、こうなるかと思っていた。
逆に先に2敗していた場合にのみ、彼の出番はあったのだ。
説明していなかっただろうか。
(あぁ、してなかった気もする)
そういえば、と思いながらもレンは決定を変えない。
3勝先に取った方が勝ちである決闘に置いて、大将戦までもつれ込めば藤森家の秘術も見れたかも知れないが、そうはならなかった。
重蔵が負けたのは予定通りでも予想外でもない。想定はしていたが負けると思っていたわけではないという感じだ。
李偉が勝つのはどう考えても間違いないと思っていたので意外でも何でもない。
むしろ少し力を見せすぎだと思った。
もう少し苦戦した風を装ってくれても良かった。李偉が実力を見せていないことは誰の目にも明らかだろう。
「副将、準備は」
そう言われて慶樹が歩を進めてくる。それを確認しながらレンが出るとざわりと藤森家陣営が騒がしくなる。
レンが出てくるとは思っていなかったのだろう。
「お前、大将じゃないのか」
「ここでお前が負けたら僕の出番はないだろう。それでも良かったんだけれど、君には直接お仕置きをしてやろうと思ってね」
「なんだとっ」
「そこ、私語は慎めっ」
慶樹がレンに話しかけてくるのでレンは素直に心の内を話した。
実際事の発端は慶樹だ。
レンの感覚では家の名を傘に威張っているバカな貴族の子息に似たイメージだ。
もしくは黒社会の大きな組織の中堅程度の若造だろうか。
無駄にイキっていて、それでいて自身の実力は低いのに威張り散らす。
そういう輩をレンは大嫌いだった。
更に楓の自由を奪った。そこも怒っていた。
レンは自身の力を見せるつもりはあまりないのだが、こういう展開になった場合、慶樹には直接お仕置きをしてやろうと決めていたのだ。
「両者間合いを取れ。それでは、始めっ」
慶樹は道着のような服に鎧を付けている。現代的な鎧だ。
刀を2本差し、腰裏には短刀も装備している。
符などもおそらく仕込んでいるのだろうが、レンは無造作に慶樹に近づいた。
「ナメるなっ」
慶樹から符が飛んでくる。符が4羽の烏に変化し、レンに突撃してくる。
それらを無造作に小茜丸を振るって切り落とす。
慶樹は懐から壺を取り出し、地面に叩きおとして割る。煙が吹き上がり、獅子の式神が現れる。
(確か250年ほど前に調伏したと記録に残っていたな。貸し出されたのか)
獅子の式神は藤森家の10代以上前の当主が調伏し、式神化した妖魔のはずだ。
慶樹が実戦で見つけて調伏したとは考えづらい。
実際なかなかの魔力量だ。
獅子が慶樹の命令を受け、襲いかかってくる。
レンは獅子の爪撃を避け、牙を突き立てようとしてくる式神の胸元、核に小茜丸を突き立てた。
その一撃で獅子の式神は苦鳴を上げて、塵になった。
核を失った式神はその生命を散らしたのだ。
「なっ、なっ」
予想外だったのか言葉にならない声を慶樹が上げる。
レンは獅子神流の〈縮地〉を使い、間合いを一瞬で詰めた。
咄嗟に抜刀し、慶樹も反応する。
だがその刀をすり抜けるようにレンは慶樹の懐に入り、慶樹の鳩尾にそっと手を当てた。
(〈
レンの〈断穴〉が慶樹の魔力炉を打ち抜き、更に〈乱脈〉が魔力回路の重要な部分を断ち切る。
さらにほぼ同時に小茜丸を手放し、レンはもう片手で慶樹の下腹部の寸前に掌底を放ち、触れずに特殊な魔法を放った。
そして李偉のように口から血を吹き出す慶樹の血を浴びぬように小茜丸を回収し、脇に避ける。
口から血を吹き出した慶樹は白目を向き、前方にゆっくりと倒れた。
「勝負ありっ、医療班っ」
レンは藤森家の陣営を見た。負けが決まったのだ。だが和樹は諦めたような表情をしていた。
慶樹がレンに勝てない。そう思っていたのだろう。
実際レンは圧勝した。1度も攻撃も喰らわず、1撃で決めたのだ。
最後のはおまけである。嫌がらせとも言う。
「つよ~い! レンくん流石」
「いいの? 本家が睨んでるよ」
「う~ん、でも今更じゃない? お父さんたちは冷遇されるかも知れないけど、あたしには手を出せないって念書も交わしてるんでしょ?」
「楓の父親には申し訳ないと思うけど、そうだね」
楓がレンと慶樹の戦いを称賛する。楓は藤森分家の娘である。
本家の前で本家の負けが決まったことを喜んでいる姿を見られるのも本来はまずいだろうが、玖条家陣営に居る時点で今更だと言える。
「3勝したので今回の決闘は玖条家の勝利となる。不服はないな」
信時が和樹に、藤森家に向かって確認している。
和樹も俊樹も申し立ては行わず、諦めたようだ。
2人負けた時点で敗色濃厚であった。慶樹など代表者に選ばなければまだ勝利の目はあっただろう。
だが慶樹を入れても勝てる、そう思っていたという証左である。
その慢心を、文字通り打ち砕かれた様はレンとしては鼻で笑ってやりたい気分になる。
「レン様流石です」
「ありがとう。葵」
「最後になんか変なことしてましたね。アレなんですか」
「あぁ、アレか。後で教えてあげるよ」
視線の先では慶樹が医療班に担ぎ出されている。
と、言っても身体の傷自体はそう大したことはない。
「信時殿」
「……なんですか、玖条殿」
信時はレンに話しかけられて少し驚いたようだ。
「医療班に完治はさせずに、最低限の治療をと言って頂けますか」
「元よりそのつもりです。命の危険までは救いますがそれ以上は行いませんよ」
「それは良かった」
(ふふっ、懐かしい反応だな)
レンは信時が「信時殿」と呼ばれた時の反応に少し笑いそうになった。
天皇家を皇帝家だとすれば、宮家は公爵家のようなものだろう。
そしてレンの知る公爵家の子息というのは基本的に名と同格を示すような呼ばれ方に慣れていない。
名と様付けで呼ばれるか、家名と様付けで呼ばれるのが通常なのだ。
公爵家は通常上位者が国でもそうそう居ない。
子であれば余計その傾向が強く、親族以外に上位者が居ないのだ。
生まれた頃から使用人に様付けで呼ばれ、同年代でも帝家の者以外からは様付けされて呼ばれる。
そこで名に殿付けで呼ばれると、呼ばれ慣れなくて一瞬反応が遅れることがあるのだ。
相手がレンだと知ると相手も諦めることが多いが、信時も殿付けで呼ばれ慣れていないのだろう。
似た反応をした。
それがレンには少しおかしかったのだ。
(こっちの世界も、あっちの世界もそういうとこは変わらないな)
レンは信時に背を向けるとくすりと口角を小さく上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます