088.アーキル戦

 決闘の日がついにやってきた。

 決闘場は鷺ノ宮家が用意することに決まっている。

 と、言っても埼玉県の山間部で、盆地になっている場所だと言う。

 決闘を行う代表者とは別に、10名までお互いの家から観戦者が許されている。

 個人的には観戦者に関しては禁じたかったのだが、そうも行かなかった。

 ちなみに鷺ノ宮家も10名に絞れと言いたかったが、当主である信光が出る以上、10名は少なすぎると言われてしまった。

 鷺ノ宮家は計20名。それと立会人を任されている鷺ノ宮信時。それと鷺ノ宮家が提供する医療班は別となっている。


(あっちにも対処しないとな。いい加減うざくなってきた)


 レンは黒縄たちに決闘を行う現場に向かう途中に追ってくる他家の諜報部隊や情報屋たちを捕らえるように命令した。

 玖条家と藤森家が緊張状態にあることはそれなりに情報が漏れている。

 その両家が揃って同じ場所に向かって車列を出すのだ。

 何が行われるのか、気になっているのだろう。

 だが他家の諜報部員や情報屋などに玖条家の戦いぶりを見せるつもりなどは毛頭ない。


(ふぅん、バカばかりじゃないのか)


 ただ一部の諜報部隊や情報屋は途中で引き返したらしい。

 理由は単純で、鷺ノ宮家が絡んでいることに気付いたからだ。

 逆に気付かずに追ってきた者たちは捕らえてどこの手の者か、目的は何かなど拷問も許可している。

 どちらにせよ決闘場には鷺ノ宮家が結界を張る。

 そう簡単に決闘の様子を盗み見ることなどはできないだろうが、念には念を入れておくのだ。


(そろそろ釘を刺して置こうかな)


 玖条家の周囲を嗅ぎ回る家もあるし、情報屋などが近くをうろついていることは未だにある。

 常に近隣にどこかの手の者が居ると言っても過言ではない。

 藤森家はわからないが、鷺ノ宮家の周囲にそのような諜報部隊はいないだろう。

 それは両家の力の差に起因している。単純な戦力という意味ではなく、名がどれだけ響いているか、もしくは権力などだ。

 当然新興の玖条家に歴史もその力も轟いていない。

 レンは力を隠す方針なので余計そうだ。


 だが常に探られるのもうざったい。

 なので情報屋やしつこく玖条家を探る家にはこの決闘が終わったら釘を刺すことに決めた。

 玖条家を探ればどうなるか、それを思い知らせるのだ。

 〈制約〉を解こうとした藤森家ほどではないが、玖条家を探るというのも敵対行為と取れる。

 その敵対行為がどれだけレンの癇に障っているか、きちんとわからせる必要があるとレンは感じていた。



 ◇ ◇



 比較的なだらかな山間部にある草地。特に地面が均されてもいないが、障害物などもない。

 玖条家と藤森家の面々はすでにお互い陣地を張っていて、500mほどの距離を空けて対面している。

 玖条家の陣には今回の被害者とも言える楓も居る。

 楓は藤森家に所属しているが、かと言って人質のように使われても困るので楓はこちらで匿っているのだ。

 鷺ノ宮家が見守る中でないとは思うが、自陣営が負けそうになった時に楓の喉元に刀を突きつけるなどの阿呆な行動を取るヤツが居ないとは限らない。


 そういう阿呆は極稀にだが居るのだ。

 上位者の前でそのような醜態を晒せば、当然騎士団などから取り押さえられる。

 レンは幾度か決闘を行ったこともあったし、裁定を行う場に居たこともある。

 そしてそういう事例を知っていたので念には念を、と楓は玖条家の陣営で確保することにしたのだ。

 これは念書にもしっかりと書かれているし、信時と共に話し合った際に合意した内容でもある。

 楓は普通に葵と話している。自分が人質にされる可能性があった為に匿っているのだと説明はしていないが、呑気なものだと思う。


(それにしてもあの子は誰だろう?)


 レンはふと疑問に思った。

 鷺ノ宮家の陣営は玖条家と藤森家の陣とちょうど三角形を作るように陣を張っている。

 鷺ノ宮信光は椅子を持ち込んでおり、そこに座っている。

 護衛たちが周辺を囲い、いつもの執事が脇に控えている。

 そして信光の近くに、小学生だと思われる少女がいるのだ。


 今回は鷺ノ宮家が調停を行い、決闘の立会として鷺ノ宮家がこの場に居る。

 その場に小学生高学年くらいに見える少女が居るのはかなり場違いに思えた。

 美咲よりも短い2つ結びの髪型で、顔立ちはかなり整っている。

 残念ながらレンは日本人の少女の年齢の推測は自信がないためなんとも言えないが、おそらく10~12歳くらいであろう。

 幼く見える中学生である可能性もあるが、どちらにせよこの場にはそぐわない。


 そしてその少女は信光に対してかなり親密に話しかけている。そして信光との距離も近い。

 鷺ノ宮家の縁者なのであろう。もしかしたら孫かひ孫かもしれない。

 なぜなら信光の態度がいつもより柔らかく見えるのだ。

 孫やひ孫を可愛がるおじいちゃんにしか見えない。


(笑ったら不謹慎なんだけど、笑いそうになるな)


 レンは必死で笑いを堪えた。そんな場合ではない。ないのだが、いつも威厳のある態度でどっしりと構えている信光が1人の少女の言動に振り回されているようにすら見える。

 信時はその様子を見てなんだか諦観すら感じられる。

 つまり鷺ノ宮家ではよくある光景なのであろう。執事の老人もそっぽを向いている。


 玖条家の陣営はあまり緊張感はない。負けても失うのはレンの刀一本であるし、負ける気すらない。良い意味でリラックスしているとも言える。

 アーキルも李偉も歴戦の勇士である。戦場では過度に緊張することはないのであろう。


 重蔵もレンの部下になって、こき使われている。斑目家などよりも訓練は厳しく、使い倒されていると部下たちが愚痴っていることをレンはこっそり知っていた。

 もちろん遠慮などせず、しっかりと働かせるし訓練も手を抜かない。

 おかげで全員かなり腕を上げているし、諜報部隊としてもかなり信用が置けるようになってきた。

 レンの求めるレベルにはまだ到達していないが、それはちょっと比べる対象が悪い。


 なにせレンの求めるレベルというのは帝国最高の諜報部隊や、レンが抱えていた精鋭のクロムウェル家の諜報部隊である。

 アーキルよりも1人1人が戦闘力も実戦経験が高い部隊で、ハンターであれば全員が1級相当の集団だ。

 斥候も諜報も戦闘も暗殺も、全てに置いて大国である帝国でも上澄みを集めた精鋭部隊だ。

 いずれは……とは思うが、1年や2年でそう成れるのであれば苦労はない。

 才能のある者たちが幼い頃から英才教育を施され、厳しい訓練を熟し、実戦を何度も経験して辿り着ける1つの境地に達した者たちの集団をそう簡単に作れるわけがない。




「さて、双方揃ったな。では鷺ノ宮家が立会を行い玖条家と藤森家の決闘を行う。審判は私、鷺ノ宮信時と他2名が行う。明確にとどめを刺すなどの攻撃は禁止。審判がめと言えば戦闘を即刻止めるように。また、勝敗に関して審判の決定は絶対である。文句は受け付けない。ではまず先鋒の代表者、前に」


 信時が2人の従者を連れて大声で両陣営に命じる。

 先鋒は玖条家はアーキルが出ることになっている。アーキルの魔剣や〈赫雷〉はすでに見られているし、本人に聞いたら他にも切り札はきちんと持っているらしい。

 藤森家側からは玖条ビルに乗り込んできて、気の荒かった老人が出てきた。

 狩衣ではなく、黒に近い茶の防具を付けている。兜も被っていて、だが近代的というよりはどちらかというと少し古いイメージのある形状だ。

 武者兜とも違うのでどう表現すればよいかわからないが、藤森家の武器庫にあった標準的な兜とは形状が違うので私物なのであろう。

 槍を持っていて、接近戦もできることが窺える。


「では始めっ」


 決闘の形式は特に持ち込みの制限などはないし、武器も真剣だ。術も何を使っても良いことになっているし、式神の使用も当然可だ。

 老人が九字を切り、札を3枚放つと3体の式神が現れる。

 樹木のような式神が老人の両脇に聳え立ち、両脇には大型犬よりもかなり大きい狼の式神が即座にアーキルに飛びかかる。


 アーキルは宙に飛び上がり、即座に背中に隠していたスカイボードを取り出し、それに乗った。

 大狼の式神の攻撃と同時に老人は術を放ち、それを避けるために宙に避けたのだ。

 大狼は宙を蹴り、アーキルに迫る。

 アーキルは片手で銃を、片手で魔剣を構えてそれらを迎え撃つ。

 銃弾は特製で魔力が込められているし、それを放つ拳銃も軍用銃をベースにしているがレンが改造して強度や威力を上げたものだ。


 片方の大狼は肩に銃弾を受け、地面に落ちるが即座に態勢を立て直す。

 もう片方の大狼は魔剣をその牙で咥え、だが魔剣から吹き出た赤い雷に焼かれて「ギャウン」と悲鳴をあげて離れた。


 しかし老人は休まない。木行が得意なのか根か枝かはわからないが樹木の枝の槍のようなものを飛ばし、更にアーキルの飛ぶ地面から幾本もの触手が宙を飛ぶアーキルに迫る。

 当然体勢を整え直した大狼の式神も更にアーキルに襲いかかる。


『ちっ、厄介だな』


 アーキルは周囲に赤い雷を放ち、追ってくる触手や式神を追い払った。

 そしてスカイボードで老人に突っ込んでいく。

 老人の後ろに立つ魔樹の式神が突撃してくるアーキルに向かって枝や根を伸ばしたり実を弾丸のように飛ばして撃つ。

 老人も槍を構え、アーキルを迎え撃つ構えだ。


 アーキルは身体に赤い雷を纏い、突撃するが衝突する寸前に地面から大量の根の槍が吹き出し、魔樹は葉を刃のようにして飛ばしている。

 レンは〈龍眼〉で視ていたのでその瞬間はわかったが、おそらく観戦者の中でもどうなったのか見れた者は少なかったであろう。


 アーキルは赤雷で実の弾丸を弾き、根は魔剣で斬り裂き、同時に突き出してくる槍を避け、いくつかの根の槍や葉の刃は喰らいながらも老人に魔剣で襲いかかった。

 柄に魔剣が防がれた瞬間、アーキルの拳銃が火を拭いて老人の太ももを穿つ。

 だが老人は更に槍を振るい、魔樹もアーキルを狙う。

 アーキルが震脚を行うと地面が赤い雷で爆発したようになり、魔樹が動きを止めこげつき、老人にもダメージを与える。

 老人の薙ぎを柄の根本を手甲で止め、老人の腹に蹴りを入れ、更に拳銃を抜いて老人の腹に銃弾を一発、追撃として肩に魔剣を突き刺し、即座に抜いて老人の首筋に剣を添えた。


「勝負ありっ」


 土煙と赤い光が交錯し、かなり視界の悪い状況であったが信時はしっかりと視認していたらしい。


(あいつも魔眼持ちか)


 信時が止め、且つ従者が風を起こして土煙を払う。

 すると怪我を負い、地面に倒れる老人と剣を首に添えたアーキルの姿が見えた。

 当然アーキルの勝ちである。


(うん、これで負けはないかな)


 レンは最悪カルラを召喚してでも和樹に勝つつもりでいる。李偉が負けるとも思えない。アーキルが勝った時点で玖条家の勝利はほぼ確実だとレンは思っている。

 だが当然油断は禁物だ。

 老人もアーキルにいくつも傷を負わせている。動きも腕も良かった。もう10歳若ければ接近戦でももう少し反応できただろう。

 連れている式神も強力だった。

 あの老人は先代の俊樹より少し年上であり、藤森家の指南役として術や戦い方を藤森家の術者たちに教える立場にいる男だと言う。

 老いても魔力持ちは通常の人よりも衰えない。思っていたよりも苦戦したイメージである。


『おつかれ、アーキル』

『あぁ、なかなか強いジジイだった。楽しめたぜ』


 アーキルは軽傷は負っていたが動きに影響があるほどの攻撃はきちんと避けている。

 防具もうまく使って捌いていたようだ。

 防具の一部は破損しているし血も出ているがまだまだ戦える、そう目が言っている。

 だが今回は勝ち抜き戦ではないのでアーキルの出番は終わりである。


(あっちは予想外だって感じだな。慌ててる。勝ちを確信してたんだろうが見立てが甘いことに気付かないなんてな)


 レンはニヤリと藤森家の混乱を見て笑っていた。



 ◇ ◇



(まさかっ、師範が負けるなんて!)


 慶樹は目の前で起きたことを信じられなかった。

 藤森本家の師範であり、藤森家の者で師範に叩きのめされた経験がない者など居ない。

 彼が代表として決闘に出る。そう主張した時も誰も反対意見は出さない、そのくらいの実力者であったのだ。

 術者としても非常に完成度が高く、接近戦も強い。


 だが異国の戦士を相手に地に伏せ、刃を首に突きつけられた。

 それが現実だ。


(玖条家は30人と少ししか戦力はないはずだ。あんなに強い男が居たのか)


 そしてそれは同時にレンがそれほどの男を従えているということだ。

 年下の、しかも新しい退魔の家を興すことを許されるほどの少年。

 レンについて情報はかなり少ない。

 大水妖を操るという情報もあったが、川崎で大水妖が現れたというだけで、レンが操っていたというのは状況から見てそうではないかと言われているだけだ。

 その後、レンがカルラを表で出したという情報はないので、当時はそうではないかと言われていたが今はそうではないのではないかと情報屋界隈でも言われている。


 大水鬼との戦いでも功を上げたとされるが実際に何を行ったのかはっきりしない。

 赤い雷を落としたというのがさっきの褐色肌の戦士なのだろう。

 玖条家は3人参加し、赤い雷と強力な浄化の力の水を使い、最後に強烈な光で止めを刺したと情報にあった。

 だがその3人の素性は伏せられて居て、アーキルがレンの傘下の部隊長であることは知られているが赤い雷の術者であることは知られていなかった。


(俺が出るよりも、藤森家が勝つ為には他の代表者を立てた方が良かったのでは)


 先鋒が負けたことで慶樹はそう思った。

 今回の件の責任を取り、決闘に出るように和樹に命じられたが、藤森家には慶樹よりも経験豊富な術者は多く居る。

 慶樹も同年代では並ぶものは居ない術者であるし、兄と比べても同程度の実力は有している。

 だが叔父の友樹や大叔父に当たる師範に勝てたことはない。

 長年の稽古や実戦経験の有無にやはり大きく差があるのだ。いずれあの域に辿り着く、そう心に決めているし、慶樹は当主を目指すよりも叔父のように戦闘部隊の隊長を務めるようになりたいと思っていた。


 だがすでに代表者の名簿は念書に書かれてしまっている。今更交代はできない。

 次に出る者も藤森家を代表する術者だ。負けるところなど想像はできないが先鋒の師範が実際に負けている。

 中堅は叔父の友樹が出る予定だ。慶樹は副将の予定であるが、藤森家としては先鋒から中堅の3人で勝利を得るつもりでいた。

 ちなみに出る順番は念書に明記されているわけではないので誰を出しても良い。


(勝てるのか?)


 藤森家が負ければ今後最低100年は玖条家への不干渉を誓紙で誓うことになる。屈辱であるし、玖条家に負けたことは近隣に漏れるであろう。藤森家の名も失墜する。

 慶樹は師範が負けたことで、疑っていなかった藤森家の勝利に不安を感じた。

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