087

「今年中に終わらせたかったけど、テストに被るの面倒だな」


 決闘は12月中旬の土曜に行われることになった。

 ちなみに決闘の内容や時期についてはレンと藤森和樹、鷺ノ宮家の者でお互いに念書を交わした。

 その際来たのは鷺ノ宮信時であった。


 そしてその時期というのは当然期末テスト前である。

 テストはあまり気にしていないし、わざわざテスト勉強も行わない。

 だが久我や香田がテスト期間になると部活動が停止するので遊びに誘ってくるのだ。

 彼らはテストなど重視しておらず、テスト前期間は遊ぶ時期だと思っている。成績も赤点を取らない程度だ。

 毎回テスト期間はちょいちょい誘われ、付き合うこともあったのだが決闘の日取りと見事に誘われた日が被った。

 レンは当然断ったがテストの事など頭の中からすっぽり抜けていたと言っても良い。

 担任がテスト勉強をするようにとHRで言って初めてテストの期間前であることに気付いた次第だ。


「レンくんはそういう所たまに抜けてるわよね」


 クスクスと水琴が笑う。葵も笑っている。


「そうかな。そうかも?」


 自覚はある。ハンター時代はともかく従者や執事が付くような身分になってからスケジュール管理は彼らに任せていた。

 そんな時代が数百年続いていた上に、学校の行事やスケジュールなどはレンはあまり頭の中に入れていない。

 〈完全記憶〉で記憶にはあるのだが、敢えて注目しないので意味がないのだ。

 ちなみに10月には修学旅行もあったがそれも言われるまで忘れていた。

 サイパンという南国にある島へ観光へ行き、どこが修学なのかと思いながらも仲の良いクラスメイトたちとサイパン旅行を楽しんだ。


「それにしてもあのトリケラトプスのような魔物は強いわね。硬くて動きは遅そうなのに案外小回りも利くし凶暴だし、びっくりだわ」

「三ツ角凶犀か。ハンターでも上位の連中が相手にするような魔物だね。しっかり大蛇丸に魔力を込めないと斬り裂けない防御力と、角から雷撃を放つからなかなか厄介な相手だよね」

「えぇ、びっくりしたわ」


 水琴と葵は三ツ角凶犀と言う魔物と戦う訓練を受けた後だ。

 なんとか倒したが、苦戦していた。

 ライトノベル風に言うと5人程度の3級か4級パーティが相手にするような魔物だろうか。ちなみに8段階あって1級が最上位である。特級というのもあるが、それは強さの指標ではなく大きな戦いに貢献したという名誉や勲章のようなものだ。


 魔物の脅威度や危険度というのは同様に8段階で表されて居て、大体5位階の魔物だ。こちらは逆に8が最高だ。

 3位階まではハンターの領分でもあるが、被害が大きければ領主が対応することもある。

 7位階以上になるとほぼ騎士団や魔法士団など領地や国が対処するレベルになる。1体現れただけで街や小国が消え去っても不思議ではない。

 魔法と同様に、6位階と7位階には大きな差があり、8位階はより大きな差がある。

 と、言うよりは計測不能な強力な魔法や魔物が8位階に位置するので、上位竜もレンが殺された荒ぶる邪竜も同じ8位階に分類されているが、両者が戦えば必ず傷もほとんど負わずに荒ぶる邪竜が勝つ。そのくらいの差がある。

 大水鬼は7位階から8位階、クローシュは8位階相当だ。


「それでもちゃんと2人で倒せたじゃないか。しっかり修行した成果だよ」

「でも貸してくれている防具がなければ危なかったわ」

「家の違う水琴に玖条家から防具をあげるわけにも行かないしなぁ。それにその防具は魔物の革を使っているから、外に出す気はないんだよね」

「前から言っていたものね」


 異世界の魔物の素材など流出すれば注目を集めるどころではないだろう。

 他国ならともかく日本は受肉した妖魔の素材はかなり希少になっている。

 そんなところに異世界の魔物の素材を大量に、しかも竜や龍の素材など職人垂涎の素材を持っているなどとバレたら日本に居られない。

 即逃亡案件だ。


 だが〈箱庭〉内で使う分には気にしていない。水琴も葵も〈制約〉が掛かっているし、灯火のように記憶を読む術にも対抗できるように術式の改変も行って彼女たちにも掛け直している。

 バレるリスクがないわけではないが、〈箱庭〉を知っている彼女たちには今更の話である。

 より重要な秘密を知っている者たちに多少別の秘密を知られたところで、構わない。

 水無月家も豊川家も〈制約〉の解除に動く様子はない。

 本人たちに会ってもきちんと掛かっている。

 藤などは無理に解こうと思えば解けるのではないかと思うのだが、豊川家は元から解こうとする動きはなかった。

 少し不思議に思っているがやぶ蛇になるのでその話題はレンからは出していない。


「藤森家との決闘ねぇ。決闘っていう慣習があるのは聞いていたけれど、祖父も実際に行われたっていうのはもっと古い時代だって言ってたわよ。それで、勝つ自信はあるのよね?」

「わかんないけど3勝すれば良いのなら大丈夫じゃないかな?」


 出場者は蒼牙からアーキルともう1人。黒縄から望月重蔵。楊李偉とレンだ。

 アーキルと重蔵のどちらかが勝利して李偉とレンが2勝をもぎ取る。

 先に出すアーキル、重蔵、李偉の3連勝で終わる可能性すらあり得ると思っている。

 逆にアーキル、重蔵、蒼牙のメンバーのうち2人が負けてしまうとかなりまずい。

 だが藤森家に忍ばせてある従魔が確認した藤森家の戦力や、宝物庫や武器庫の中身を奪っているので藤森家の戦力自体がかなり下がっている。

 宝物庫にあった特殊な術具や高位の武具が使えないのだ。

 万全とは言えない。


 李偉については負けるとは考えていない。和樹だろうが俊樹だろうが400年を超えて生きる仙人である。本人は方士だと言っているが、仙術も方術も使え、武器術も格闘術も相当のレベルにある。

 玖条家の戦力としては、紅麗を除けば最高戦力の1人だ。

 アーキルや重蔵でも2段階も3段階も劣るだろう。


 紅麗はその実力は正直よくわかっていない。目覚めたばかりで力に慣れていないのに大天狗である鞍馬山大僧正坊と互角以上に渡り合っていた。

 力の制御ができるようになり、李偉や吾郎から仙術や方術を習い、その潜在能力を使いこなせるようになればどれほどの強さになるのかは計り知れない。

 実際レンは紅麗に武術は教わっているが手合わせはしていない。

 力加減を間違えて受けてしまうと、きちんと防御しても腕がもげたり受け損なって腹が吹き飛んだりしかねないからだ。

 李偉はその辺の加減はできるので良いのだが、紅麗はまだまだその辺が甘く、間違っても現状のレンでは手合わせも危険だ。

 竜鱗盾ですら拳で叩き割られる可能性すらある。そういうレベルだ。


「あら、控えめな意見ね」

「絶対負ける気ないですよね」

「なんだよ、2人とも酷くない?」


 水琴と葵はまたクスクスと笑う。


「レン様が負ける可能性のある決闘など受けるわけがありません」

「私もそう思うわ」


 葵はあの話し合いの場にも居た。

 レンが決闘を蹴って信光の懸念していた抗争を続けてもよかったのだ。

 特に葵はレンが宝物庫や武器庫などに盗賊行為を行ったことを知っている。

 あのまま攻撃を続ければどんどんと藤森家の戦力は下がっただろう。

 レンも色々と嫌がらせの手段を考えていたし、いくらでもとは言わないがかなり極悪な手段すら取る気があった。

 例えば慶樹や他の幹部の暗殺などだ。


 レンが忍び込んだことすらわかっていない藤森家にそれを防ぐことも、レンが犯人だと断定する証拠も得られないだろう。

 レンは姿を見られずに慶樹たちを暗殺することは可能であった。

 実際慶樹が寝ている所に忍び込んだことすらある。

 油断しきって普通に寝ていたのでこのまま首を掻っ切ってやろうかと思ったものだ。

 なにせ今回の元凶だ。


 だがいきなりそこまでしてしまうと両家の関係はかなり悪化してしまう。

 とりあえずは我慢して宝物庫の中身を奪うという消極的な嫌がらせを行ったのだ。


「それにしてもアレはどうやったんですか。私、気になります」

「だから秘密だって。でもどこの家相手にもできることじゃないよ。藤森家相手にはたまたまできる条件が揃っていたってだけ」

「なになに、気になるわ。何の話?」

「レン様が非道だと言う話です。でも絡繰りがわからないんです。レン様はそういうとこ絶対教えてくれないんですよ」

「あぁ、レンくんはそうよね」


 水琴まで混じってくるが、レンとしてはなぜ種明かしをしなければならないのかと言い返したいところである。

 切り札や情報というのは隠してこそ意味がある。ここぞとして切るから切り札なのだ。


「さて、そろそろ手合わせと行こうか」

「わかったわ。十分休んだしね」

「もうっ、また誤魔化すんですから」


 水琴たちは魔物などとの戦い、武器や無手での手合わせなどの訓練を定期的に行っている。

 さっきは三ツ角凶犀との戦いは行ったが、武術の稽古についてはまだだ。

 シャワーを浴び、休憩して稽古に入る。

 ちなみに傷は稽古の後に癒やす。常に万全の状態で戦える訳では無い。

 傷を負った状態で戦いをすることに慣れるのも訓練の1つである。

 即座に対処しなければ行けない重傷であるならともかく、中破程度までなら治さずに稽古を行う。

 それはすでに常態化されていた。



 ◇ ◇



「よしっ、大体解析もできたし、良い勉強になったな」


 レンは藤森家から奪った武器や術具などの解析や、書庫から奪った秘伝の類の書や巻物などを頭の中に叩き込んでいた。

 藤森家が何百年と重ねてきた叡智と溜め込んでいた宝物を奪ったのだ。

 陰陽道への理解も非常に深まったし、どんな術具があるのか、どんな術を使ってくるのかもほぼ予想ができる。

 且つ当主に代々継承されている式神の種も割れた。調伏した際の記述が残っていたのだ。


「それにしても藤森家は本当にナメてたんだな。それとも予想もしてなかったのかな。楓を本家の敷地内に置くなんて」


 レンが藤森家の結界に引っかからなかった理由の1つが楓の存在にある。

 楓は藤森本家の敷地内の本邸ではなく離れに軟禁されていた。

 しかし敷地内であることは間違いない。

 そして楓はレンに〈制約〉という特殊な術を受けている。

 レンは楓の位置情報をある程度その〈制約〉の術式を介してわかる。

 GPSのような精度は得られない。

 大体どちらの方角か、どのくらいの距離かなどがわかる程度で、意識しなければわからない。

 だが近距離であれば話は別だ。


 その楓の〈制約〉と楓の魔力を感知して、〈影転移〉という特殊な魔法を使ってレンは藤森家の敷地に忍び込んだのだ。

 藤森家の敷地を覆っている結界は感知系の結界だ。

 入り込もうとする登録されていない魔力を持つ者を感知して、弾く。

 魔法や魔術なども防ぐ防御能力もある。

 だが〈影転移〉で結界に触れず、感知されずに敷地内に忍び込み、藤森家を訪問した際にレンはこっそりと従魔や術式を藤森家の敷地内に潜ませていた。


 そこで警備が厳重な場所、宝物庫や書庫などの場所も特定できた。

 宝物庫を覆う結界はレンの知るタイプの結界でもあったし、破るのは面倒ではあったが強力な結界破りの楔を使った。

 レンの姿はカメラにも映らないし、大量の中身は〈収納〉に即座に仕舞っている。

 警報がなった瞬間にレンは〈影転移〉で1度楓の近くまで転移し、さらに外に置いていたレンの魔力を込めた術具を頼りに〈影転移〉で再度逃げ出した。

 そういう絡繰りだ。


 〈影転移〉はあまり長距離の転移には向かないし、基点となる術具や自身の魔力が込もった物が必要になる。

 〈制約〉はレンの魔力が込もっている。つまり楓を本邸の敷地内ではなく、別邸などに隔離していれば少なくとも〈影転移〉での侵入はできなかった。


(そういえば修験道の秘伝書にはそういう術もあったけれど、藤森家の術書にはなかったな)


 役行者は転移に関しての術も知っていたようで、解説がされていたが、藤森家の術書には転移系の術はなかった。

 陰陽術にそういう術がないのか、藤森家が持っていないだけなのかはわからない。

 陰陽道というとやはり賀茂家か土御門家だろうか。

 どちらも玖条家と縁はないし、流石に興味があるというだけで敵対していない退魔の家に忍び込んで秘伝書の類を盗み出す訳には行かない。

 レンは別に盗賊を生業としているわけではないのだ。


「準備も整ったし、まぁなんとかなるでしょ。一応アーキルや重蔵たちにもどんな系統の術を使ってくるだろうって教えておかないとな」


 相手の手の内がわかっているのとわかっていないのでは戦闘の勝率は大きく違う。

 レンは勝利を確実にするためにも、アーキルたちにも藤森家の術者の傾向やどのような術を使うのか伝えることを決めた。

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