086.楓解放
「さてと、準備をしないとね」
レンは水晶竜の鱗を持ち出した。
水晶竜と言っても身体が水晶でできているわけはない。
水晶の様に美しい鱗で覆われていて、そう呼ばれている竜の一種だ。
基本的に脅威度は高いが危険度はそう高く見られない。
と、言うのもヒト種や妖精種、獣人種などが住まないような極寒の地を住処としていて、基本的にヒト種などの領域に出てくることはないのだ。
個体としては非常に強く、まずその鱗や角などで魔法や魔術の威力がかなり減衰する。
上級以上の魔法でなければ傷もつかない。当然物理的な防御力も非常に高い。
当然竜であるので攻撃力も半端なく、氷雪のブレスを放ったり、魔法も使う。
竜としては身体が小さい方ではあるが、それでも20mくらいは最低ある。
だが昔のレンはその水晶竜の素材が欲しくなったと言うか、必要になったことがある。
水晶竜の素材など市場に出回ったことなど数百年に1度あるかないかという所だ。
静かに暮らしている竜を狩りに行くのもなと思っていた所、必要になってから10数年経って、水晶竜の繁殖期が起きた。
これも数百年に1回のことなのだが、竜の繁殖期というのは雄が雌を奪い合い、戦いを繰り広げるのだ。
ならば敗れた雄の素材が手に入るだろうとレンは極寒の地へ急いで向かった。
そしていくつもの水晶竜同士の争いを観戦し、手は出さずして負けた水晶竜の素材をかっさらうというちょっと卑怯と言われてもおかしくない方法で水晶竜の素材を手に入れたのだ。しかも丸々数体分である。
一部は懇意にしている錬金術士や魔術士などに譲ったが、市場に流すことはなく、当時のレンとしてはホクホクであった。
さて、なぜそんな水晶竜の素材を今更取り出したかというと、レンの眼帯や軽革鎧、盾などの強化に使う。
水晶竜の鱗は1枚がそれなりのサイズであり、そのまま加工して盾に使うこともできるほどだ。
レンが普段使いしていたり葵に貸し出している竜鱗盾は水竜の鱗だ。
軽革鎧の急所を守る部分に削り出した水晶竜の鱗を仕込んだり、鱗の周囲を別の魔物の革で覆い、盾として作り直したりする。
葵の鎧や盾も同様に作り直した。
眼帯に関しては少し違って、より精度の高い〈龍眼〉制御能力を得る為の加工に水晶竜の素材が適していたからだ。
鱗ではなく棘の部分を削り、薄くして眼帯に使う。この際に眼帯の他の素材も替え、刻んだ術式も変えることにした。
ちなみに眼帯だが当然レンは学校にも付けて行っている。
目の病気でつけることになったが視力は失っていないと説明はしているが、眼帯をしている高校生というのはなんというか非常に目立つ。
医療用の白のガーゼタイプでないのが余計にそれに拍車を掛けている。
ダークブラウンの革製なのだが、周囲からの視線が飛んでくるのがわかるし、学校でも話題になった。
「よし、これでいいかな。盾も鎧も今回使わないけど」
レンはできるだけ元の世界にあった素材の武具を衆目に晒したいとは思っていない。
隠密行動や敵対組織との抗争で使うのは安全を取ってより性能の高いものを使うべきなので使っているが、今やスカイボードも地球産の金属で作り直しているし、剣や槍なども片平家などから奪った者や小茜丸などこちらの世界の武具を基本的に使っている。
綱吉ではないが鎧の職人にレンや葵、蒼牙や黒縄の鎧も作成して貰っている。と、言っても人気職人なので大量には発注できず、幹部だけへの支給になっているし、まだ出来上がってはいない。
蒼牙も黒縄も元々装備はそれなりに良い装備を揃えているので、今のところ問題はないし、レンは黒縄が使っている予備用装備を譲って貰い、自身で改良して身体を守る防具として使っている。
レンは数日掛けて改良した新しい防具類について満足した。
◇ ◇
「そのような次第で玖条家と決闘を行うことになった。これは決定事項だ」
和樹は重鎮たちを広間に集め、そう宣言した。
ちなみに形式は5人対5人の個人戦。勝ち抜きではなく、3勝した方が勝利というわかりやすい形式だ。
当然藤森家で腕に覚えのある者たちは出る気満々である。内部で誰が出場するか牽制しあっている。
「父上、では奪われた宝物などは……」
「あちらは奪ったことすら認めていない。こればかりはどうにもならなかったと前当主である父上から言われている。業腹だがどうしようもない。証拠を出せと言われているのだ。どこに隠されているかはわからぬが、諜報部隊に調べさせている。しばし待て」
「はい」
長男はそこで下がる。
「儂は出るぞ。決闘などと初めてじゃが、藤森家の精鋭というのならば儂は5本の指には入るじゃろう」
和樹の叔父に当たる老人がそう宣言する。
「俺も出る」
静かに闘志を燃やしている弟、友樹もそう宣言する。
和樹の出場は既に決まっている。ならば後2人だ。
「慶樹、お前もでよ。事の発端はお前だ。それに術士としての実力もそれなりに高い。これは命令だ」
「おう、玖条家など叩きのめしてやるぜ」
慶樹にそう言った所威勢の良い返答が返ってきた。
ちなみに楓の身柄は既に誠の元へ返している。それは決闘で決着をつけるという鷺ノ宮家からの提案……、断れる案件ではないが一応提案を受ける条件の1つだったからだ。
どのみち和樹も俊樹も楓に対してそれほど重要視していない。
元より宝物庫の中身が空になった時点で、楓に関しては手を出さない方針だった。
「その3名は決定で良いだろう。あとの1枠は俺が考えて指名する。しばし待て」
決闘など和樹どころか俊樹もやったことがないと言う。しかも立会人が鷺ノ宮家である。
重鎮たちには鷺ノ宮家は藤森家などとは格の違う大家で、逆らうことなど考えてはいけないと重々に言い聞かせている。
「決闘の日取りはまだ決まっていないが今年中の土日に行われることになっている。それまで玖条家に直接手を出すことはまかりならん。肝に銘じて準備を進めよ」
「「「はっ」」」
藤森家では玖条家などに負けることはないと思っている。それに決闘が終わっても宝物庫や書庫、武器庫の問題が残っている。
当然ながらそれで終わらせる気は毛頭ない。
だがまずは決闘を行い、玖条家に藤森家の力をわからせる。それが第一だ。
それに万が一負ければ藤森家の名声は地に落ちる。
和樹はこの一件を乗り越えられれば藤森家新当主として家の統制も取れると思っている。
目の前に敵が居れば家というのは纏まるものだ。
実際藤森家は玖条家という敵を目前にして纏まっている。
(さて、まずは勝たねば話にならぬ。玖条家の戦力は未だよくわかっておらぬ。宝物庫や武器庫が襲われたのが痛いな。決闘であれば宝物庫に仕舞ってあった宝刀や槍などを貸し出しても良かったのだが)
腹が煮え滾っているのは和樹も同じだった。
鷺ノ宮家の介入も予想の範囲外だが、おかげで玖条家からの攻撃だと思われる盗難騒ぎは止んでいる。
今後の為にも藤森家の警備の見直しもしなくてはならない。
今のままではまた宝物庫が破られ、いつの間にか宝物が奪われているなんてこともあり得るのだ。
(しかし一体どうやったというのだ。くっ、わからぬっ)
和樹でさえ、藤森家の精鋭を率いて藤森家の結界に引っかからず、宝物庫の結界を破り藤森家の警護の者たちが駆けつける前に宝物庫を空にすることなどできる気がしない。
盗賊の姿さえ見ていないのだ。忽然と宝物庫が、書庫が、武器庫の中身が消えたという事実があるだけだ。
(やらなければならぬことは山程あるがまずは目の前の玖条家だ。叩き潰してやる)
和樹は玖条家に凄腕の隠密部隊が居ることは確信していたが、決闘で負ける気などさらさらなく、ドスドスと足音を立てて俊樹の元へ向かった。
◇ ◇
(なんかあっけなく解放されたわね)
藤森楓はそう思っていた。
おおよそ1月半、藤森本家に呼び出され、行動の自由をかなり束縛されてきた。
慶樹が連れてきた術士たちはレンの〈制約〉に手も足もでずに諦めて帰っていった。
慶樹の機嫌はどんどん悪くなり、レンが藤森本家を訪れたことを藤森家内の話に聞き耳を立てて知った。
その後藤森家は大混乱に陥り、数日後に楓は放免となった。
「理由はわからないけれどレンくんが何かやってくれたのよね。なんというか釈然としない気持ちはあるけれどありがたいわ。やっぱ家は良いわね」
自室のベッドに寝転がりながらスマホで友人たちや灯火などにも連絡を入れる。
年末から年始に掛けて美咲が東京に遊びに来てまたいつものメンバーで東京近郊の観光をすることになっている。
初詣は獅子神神社に行く予定だ。
レンの誕生日パーティには参加できなかったのは残念だが、藤森家当主である和樹から直々に今後本家が楓に手を出すことはしないと言っていたので大丈夫であろう。
詳しい話は誠に聞いてみたが、誠も知らないらしい。
ただ1つわかったことがある。
「決闘って、どうなったらそういう話になるのかしら?」
本家の混乱も大事なものが盗まれた程度のことしか楓は知らない。しかしレンが藤森家に現れ、混乱が起き、楓が解放された後、藤森家と玖条家は決闘にて今回の決着をつけることになったらしい。
誠もなぜそういう話の次第になったのかはわからないが、鷺ノ宮家という大きな家が絡んでいると聞いた。
鷺ノ宮家は皇室に連なる家で、詳しくは教えてくれなかったが藤森家などとは格の違う大家らしい。
藤森家も神奈川県では陰陽大家として名を馳せているが、そんなレベルではないという。
どのみち関東では首都ということもあり、大家は多い。関東という地域で見ても藤森家は中堅どころと言った程度であろう。
「まぁその場にはレンくんが呼んでくれるっていうから、楽しみにしてようかしら」
決闘であるからには賭けが行われている。決闘が行われる前提条件として楓の自由の保障が玖条家から突きつけられ、楓は実際に自由になった。
そして決闘では玖条家は貴重な1振りの刀を賭け、藤森家が負ければ今後100年は玖条家に不可侵を誓う誓紙を出すのだという。
藤森家はメンツに賭けても絶対に負けられない戦いだ。
(勝てるとは思えないけどね)
楓は玖条家の戦力を知っているわけではないが、レンは負ける要素の多い決闘など受けないだろうと思っている。
受けたということは、自信があるのだ。
クローシュすら、か弱かった時代のレンの力でも調伏してしまった。
あれからレンは地力が恐ろしく伸びている。
「私もレンくんに特訓、お願いしようかしら。……ちょっと怖いけど」
レン式の霊力制御訓練などの効果は実際かなり出ている。それに藤森本家に居る間、藤森本家の道場を覗く機会があった。
本家の者たちは流石と言えるだけの力量があったが、驚くほど強いとは感じなかった。
少なくとも同年代の術士と戦っても、楓はそうそう負けないだろう。そう思った。
それは若手では期待されている、且つ本家の次男である慶樹に対しても思ったことだ。
実際には戦ってみなければわからない。だが絶望的な差は感じられない。
与えられる武器などの質の差があるので、勝てるとは言い切れないが、同じ条件の武具で戦えば負けることはないのではないのだろうかと楓は思っている。
本家の命令ということで今回は力量がどうのという話ではなく、権力の問題で楓は逆らえなかった。
実際誠も忸怩たる思いで楓を送り出したことだろう。
だが楓も灯火たちと同様に襲われ、攫われ、生贄にされかけたと言う危機に実際出会っている。
自身の強さはどれだけあっても損はない。
強くなれるのであれば、エマやエアリスが苦虫を噛み潰したような表情をし、水琴や葵が死んだ魚の目のようになったとしても、レンの特訓を受けるべきではないかと楓は思っている。
(今度頼んでみよう。怖いけど)
それでもやはり怖い。どれほど恐ろしい目に遭うのか。なにせ水琴曰く、死に掛けるまで助けてくれないと明言していたのだ。
つまり実際に死に掛ける目に遭うわけである。
ただ逆に言えばレンの助けが入る前提で、死線を潜る経験が積むことができる。
「よしっ」
楓は気合を入れて、レンに特訓を頼むことを心に決めた。
そしてちょっとだけ、レンが騎士物語のように、颯爽と助けに来てくれなかったことに不満を抱いている自分がいることにも気付いていた。
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