085
(混沌としてきたな)
お互いの主張は一向に噛み合わない。当然その原因はレンが藤森家に行った攻撃を認めていないことにもあるのだが、自分は犯罪を起こしましたと言う犯罪者は割合としてそういないだろう。
レンは当然ながら藤森家に盗難の事実を認めるつもりなど更々ない。
と、言うかそれだけで俊樹が乗り込んできて、譲歩案を出してきた。更に信光まで訪れ、仲裁をしようとしている。
レンとしては展開が早すぎる。
まだまだやろうとしていたことは多くあるのだ。どこで藤森家が音を上げるか、それとも強襲という手を取ってくるのか。それともレンの予想外の攻撃を仕掛けてくるのか。
ちょっと楽しみにしていた部分すらある。
「大体決闘と言っても作法も知りませんし、条件も折り合いません。それではどうしようもないでしょう」
「作法などは説明すればよかろう。じゃが条件は問題じゃな。引く気はないか?」
「ありませんよ。こちらの意見としては助けた楓嬢に術を掛けたのは自衛の一種です。帰しただけでありがたいと思って頂きたいくらいです。しかしそれを無理に解除しようとしている。これは玖条家に対する攻撃であると認識しています。先に手を出したのは藤森家。喧嘩を売ったのではなく、突如攻撃したのでもなく、こちらは喧嘩を買ったのです。反省して頭を垂れ、行動を改める。それなら良いです」
「では藤森家は盗難を玖条家が行ったと主張しているが? それの返還要求もしておる」
「冤罪ですね。知りません。どこか別の家に隙でも突かれたんではないですか? それか凄腕の怪盗がたまたま同じ時期に忍び込んだとか」
レンはしれっととぼけるが、鷺ノ宮家の介入はともかく決闘という案はありだなと思っていた。
「そうですね、ではちょっと待ってくださいね」
レンは席を立ち、1度部屋を出て数分で戻ってきた。
手には信光から譲られた小茜丸がある。
「これを決闘で負けた場合譲りましょう。由緒ある霊刀らしいですよ。大水鬼討伐の際に鷺ノ宮家の宝物庫から出してきたらしいです」
「そっ、それはっ!?」
俊樹の目の色が、いや、横の老人たちの目の色も変わる。それほどの価値があるものなのだろう。
「その代わり当然それだけの物をこちらが勝った場合には要求します。信光翁は100億円でも釣り合わないと発言していました。どの程度の価値があるかわかりませんが、僕も愛刀として使っています」
「それを……使うだと」
「えぇ、刀は使ってこそでしょう。観賞用なら単純にもっと安い値段で買いますよ。1000万も出せばそれなりに有名な銘の日本刀が買えるじゃありませんか」
俊樹は小茜丸を常用しているということについて衝撃を受けたらしい。
確かに藤森家の宝物庫に小茜丸と同等の魔剣や魔槍などは存在しなかった。
だが霊剣というのは妖魔を討つ為に打たれた剣だ。使わずして仕舞っておいても意味はない。
藤森家の宝物庫の剣たちも必要になれば取り出され、戦場に活用されるだろう。
「しかしっ、何を要求するというのだ」
「そうですね。では藤森家との玖条家の不干渉ですかね。期間は100年としましょう。正直コレを出すのは僕としても業腹なのですが、信光翁が出張り、それでいて抗争になるというのは信光翁の顔を潰すことになる。仕方ありませんので、信光翁のメンツを立てることにしましょう。また、決闘を受ける条件として先に楓嬢への干渉の停止と自由を求めます。どうですか」
「うぬっ」
俊樹は少し待てと言うように手のひらをレンたちに向けた。
信光は自身が与えた宝剣を交換条件のネタにされるとは思ってはいなかっただろうが、譲られた時点でレンの物である。
レンとしては負ける気などさらさらないので問題はない。最悪負けても藤森家の宝物庫の中身は全てレンの物になるし、1本愛用している刀が失われるだけだ。
更に本来の目的である楓の自由保障は決闘の勝敗条件とは別にした。そうであれば、最低限の目的は達せられたと言える。
「こちらとしても鷺ノ宮様の顔を潰す訳には行かぬ。受けるしかなかろう」
「よし、決まったの」
「では決闘のルールなどを詰めましょう。正直術士同士の決闘と言われても僕はその作法すら知りません。どのようなものが標準なんですか」
「うむ、それはの……」
信光は決闘で決着が付く、ということに対してホッとしている様子だった。
さっきまではどう足掻いても話は進まない。決闘どころか抗争になったであろう。
実際藤森家内では玖条家を襲撃しようという意見が優勢だったのだ。
レンは予定通りではないが、信光の顔を立てる選択をした。
本音では「邪魔をするな」と言う思いもあるが、玖条家を興す際に便宜を図ってくれていたし、スパイでもあるが黒鷺たちは有能だ。
レンも日本の退魔士業界でとりあえず新興ではあるが個人の術士ではなく、玖条家の当主という地位を得た。
それはかなり大きいのだ。
ハンターと叙爵された魔法士くらいの違いがある。
決闘の内容であるが、基本的には数人の代表者を出し、戦いを行って勝敗を決めるのが慣わしらしい。
1対1で決めることもあれば10人以上の人数で戦うこともある。
団体戦で戦うこともあれば、1人ずつ代表を出して5回戦して過半数を勝利した側の勝利とするなど様々な形態があるようだ。
当然殺しはご法度……ということはないらしいのだが、明確に止めを刺しては行けないらしい。
あと決闘で決着をつけると決めたので、お互い攻撃行動は控えるようにとのお達しがあった。
「当主同士の1対1の決戦、もしくは団体戦。それか複数人代表者での個人戦。どれでも構いませんよ。ただ当家は人数が多く居ません。故にそうですね。5人を上限として決めて頂きましょう。50人で戦おうなどと言われてもこちらは50人も用意できませんからね。また、傘下の家はともかく有名な他家の術士を借り受ける、などもなしにしましょう。それともう1つ条件があります」
「なんじゃ、言ってみろ」
「当主は必ずでることです。形式は決闘とは言えお互いのメンツと物を賭けた試合です。当主の出場は前提。どうでしょう」
「と、言う事じゃ。どうじゃ」
信光がレンの言葉を聞き、俊樹に水を向ける。
俊樹たちは少し相談すると言って席を立った。
「これで良いですか? 信光翁」
「うむ。まさか小茜丸を出してくるとは予想外であったがの。儂の望む形で決着がつきそうじゃ」
「場合によっては小茜丸があちらに渡りますが?」
「そんなつもりはない、そう顔が言っておるぞ」
「バレましたか。まぁ実際はやってみねばわかりません。藤森家にどれほど強い者がいるのか知らないのでね」
「の割には負けると思ってなどいなさそうじゃが?」
「当家の精鋭を信じている、それだけです」
「カカカッ、良い答えよ。そうでなくてはな」
何が面白いのか信光は大きく笑った。
「それにしても信光翁も人が悪いですね。そちらの女性のような者を用意して乗り込んでくるなど」
「なに、藤森家の味方をするつもりはない。ただ儂が知りたかっただけよ」
「その後のことは?」
「あれは咄嗟のことじゃ。正直すまんかったと思っておる」
「では水に流しましょう。信光翁の力の一端が見れた。そう前向きに捉えることにします」
「こりゃ一本取られたの」
そうこう話しているうちに俊樹たちが帰ってくる。だが決闘のルールについては持ち帰って検討しても良いかということになった。
レンとしては条件以内であればどれでも良い。
当主決戦にはならないだろうなとは思う。藤森家のが人数は多いのだ。
精鋭の上澄みで戦えば負けない、そう判断するだろう。
あとは個人戦で戦うか、5人対5人1回で蹴りをつけるか。そういう話になるだろう。
俊樹たちは信光に挨拶をし、1度帰ることになった。
残ったのは信光たちだ。雫もすでに回復したようだ。
「では儂もお暇することにしよう。邪魔したの。決闘は儂も観戦させてもらう。楽しみにしておるぞ」
「信光翁」
「なんじゃ?」
「貸しですよ?」
「ハッハッハ、わかっておる」
レンは玖条家として正当な行いとして藤森家に文句を言い、ソレを突っぱねられたので攻撃を行ったのだ。喧嘩を売ったのでもなく、突如奇襲したわけではない。
玖条家の立場としては、玖条家の重要な情報を暴こうとする藤森家を掣肘する、それが建前だ。
そして信光はその玖条家と藤森家との諍いに口を挟んできた。
藤森家は混乱の極みであったので、玖条家優勢の状態から一旦休戦を強いられたのだ。更に決闘での決着という案を提示され、玖条家の戦力が鷺ノ宮家にも晒されることになる。
しかも信光は咄嗟だったとは言え、レンに魔眼を使った。
それを「貸し」としてレンは信光に念を押したのだ。
「もし負ければ小茜丸と同等の刀か槍か、そちらの求める形態の霊剣を贈ろう。勝てば借りはそのままじゃ。どうじゃ」
「……それで手打ちとしましょう。では、お気をつけて。次からはせめて事前に連絡くらい入れて下さいね」
「なに、サプライズというやつよ」
信光は悪びれもせずそう言って、鷺ノ宮家の面々を連れて去っていった。
◇ ◇
『と、言うわけで李偉、まだ決まっていないが玖条家側の戦力として表に出る気はあるか?』
『お、いいのか。この生活は悪くはないが、どうも狭苦しくてな。修行しかすることがない』
レンは吾郎たちに貸し出している〈箱庭〉に足を運び、楊李偉に声を掛けた。
彼らの中で特異なのは李偉だ。
吾郎は静かに紅麗と暮らせれば良いと言っていて研究に精を出している。
だが紅麗を守りたいという気持ちからか、最近は武道の基礎も習っているようだ。
吾郎は接近戦が得意ではなく、中距離で戦う術士だというので、その短所を補うのは悪いことではないだろう。
紅麗は本人の意思はともかくまだ表には出せない。
強力すぎる力もあるが、まだその制御もままなっていない。
レンが与えた制御用術具のおかげで前よりはマシになったらしいが、元々術士ではなく、武術家だった女性が急に大天狗以上の魔力を手に入れたのだ。
紅麗が出れば「殺すつもりはなかったが一撃必殺になってしまった」という未来が容易に想像できる。
それに僵尸鬼の存在はまだしばらく隠しておきたいというレンの意向もある。
李偉は中国から渡ってきた方士だ。術士として長く生きてはいるし、仙人になっているので神霊に存在は近いが一応ベースは人間である。
しかし僵尸鬼はおそらく今の世では妖魔判定されるだろう。
紅麗も由美も多香子も、吾郎、または李偉の式神として扱われる。
レンとしてはそのような戦力を持っていることは秘匿して置きたい。
わざわざ衆目に出す必要はない。
逆に李偉は自由に外を歩きたいという要求がある。
ならば玖条家の新しい戦力として迎え入れた方士としてお披露目し、且つ勝利ももぎ取ってもらい、彼の要求も叶える。
一石三鳥というわけである。
『ただ本気は出さないように。この腕輪で力を制限して戦って貰う。相手によって制限度合いは調節できる』
『おう、紅麗につけてるやつか』
『その改良型だね。紅麗にも同じ物を渡すつもりだよ』
『ありがとう、レン。助かってる』
紅麗はこの場に居る。故に北京語でレンと李偉は話していた。
日本語も勉強中らしいのだが、まずは現代北京語と現代広東語を習得中らしい。
清代の女性なので微妙な言い回しやニュアンスが違うのだ。
単純に言えば、紅麗の中国語はかなり昔のお祖母ちゃんのような使い方なのである。
本人は若い頃に死んだので話し方自体は若いのだが、使っている単語や言い回しなどが古いものになってしまっている。
日本語や中国語、さらに現代文明への理解と歴史の勉強などは今後に期待と言うところだろう。
そのうち外の日本の景色を見せてあげて実感もして貰いたいと思っているが、まだ少々早いと思っている。
本人も外に出たい欲求はあるが、それほど強くはないらしく、今の生活に満足していると言う。
レンは改良型の力を抑える腕輪を2人に渡し、使い方を説明した後彼らの拠点を去った。
◇ ◇
「レン様、私も出たいです」
「ダメ」
「なんでですかっ!」
葵がレンにそう言い出した。決闘で当主同士の決戦ではなく、他人数での戦いとなった場合に玖条家の戦力として出場したいらしい。
だがレンはそれを一刀両断した。
「理由は簡単だよ。葵は玖条家じゃないからね。それに例え玖条家だとしても葵の力を見せたくないからだ。葵は魔力の制御も隠蔽もレベルが高い。それに中距離での戦いも接近戦も強い。しかしその見た目からは想像もしないだろう? 今回は観戦者が居るんだ。わざわざ衆目に晒すことはないよ。だからダメ」
「むぅ」
レンがきちんと理由を説明すると葵は不満そうだがそれ以上言ってくることはなかった。
レンはアーキルや重蔵たちにも切り札は緊急時以外には使うなと厳命している。
玖条家の戦力を分析されるのを嫌っているのだ。
レン自身の能力もそうだが、部下たちの戦力も当然できるだけ秘匿する方向性で行っている。
ある程度は見せるが、必要以上には見せない。
それが方針なのだ。
戦闘でも必要最低限の力で勝てるならそれに越したことはない。
相手の力と自身の力の力量差を見極め、必要なだけの力で勝てれば継戦能力も高まる。
連戦や集団戦など、毎回全力で戦っていては次が続かない。そんな事態はいくらでもありえるのだ。
「わかった? 葵。大体葵はまだ中学生なんだから、現場に出なくてもいいんだよ?」
「レン様の役に立ちたいです。それに水琴さんも中学生どころか小学生から現場に出ていたと聞きますよ」
「むぅ。どちらにせよ今回はダメだよ。葵の力が必要な時はちゃんと力を貸して貰うから」
「本当ですか? 誤魔化しちゃダメですよ?」
「う、うん」
実は玖条家の現在の活動に置いて、葵の力はあまり必要性がない。
蒼牙と黒縄が主力になり、レンも基本的に前に出ることがない。
蒼牙は獅子神家や斑目家などに近代兵器の使い方やその対処の仕方、術との融合した戦術などのインストラクターとして働いている。
黒縄は基本的には諜報を行っており、獅子神家や斑目家との合同訓練などにも参加している。
また、それぞれ獅子神家など近隣の退魔の家から傭兵として、怨霊が強化される時期や強力な妖魔が現れた時に貸し出されることなどもある。
葵の出る幕はない。
そこらあたりは葵は不満に思っているようだが、敢えて危険な現場に出す理由もないし、葵の力を隠したいという気持ちも本当にある。
レンだって基本的にはよほどの時しか現場には出ないのだ。
エマやエアリスの護衛任務、三枝家への襲撃や大天狗との戦いはイレギュラーだ。
「でもレン様もでるんですよね」
「そりゃ向こうの当主もでろって言うのに僕がでないのはおかしいだろう。藤森家の秘伝が見れるかもしれないじゃないか。出してこない可能性はあるけれど、せっかくだし新当主の実力も確かめて置きたいしね」
「もう勝つ気満々じゃないですか」
「藤森家の上位層の大体の実力は把握してるし、大丈夫なんじゃないかな。隠し玉もあるし、団体戦でも個人戦でも、負けはないと思ってるよ」
葵は呆れた顔をして、レンをジト目で見た。
◇ ◇
コメントは返信できるのですがギフトをくれた方にお礼が言いたいのですがやり方がわかりません。どうすればよいかわかる優しい方、教えてくれると嬉しいです。
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