083.会談
「粗茶ですが」
葵が訪ねてきた老人たちに茶を出す。そしてレンの横に座った。
場所は玖条ビルの応接室。そして目の前に居るのは藤森家前当主、藤森俊樹とその一党だ。
俊樹の両脇には2人の同年代に思える老人が座り、他にも4人の護衛だろう男たちが後ろに控えている。
(まさか前当主が乗り込んでくるとは思わなかったなぁ)
一応武器は取り上げたが、術士に取って本当の武器はその肉体だ。
魔術士であれば魔術具がなければ魔術を使えないが、体内に魔術具を埋め込む魔術士など当たり前のように居た。
過去に戦った片平健二なども入れ墨が術式と成っていて炎蜂を飛ばしてきた。
魔法士であれば術具がなくとも魔法が使える。武器や術具を取り上げるなど効果は多少はあるだろう微妙な予防接種のようなもので、危険を取り除けるわけではない。それに魔力で身体を強化して殴るだけでも術士を殺すことができる武人も居るのだ。
実際目の前の老人たちや後ろの護衛たちはピリピリとしている。
「さて、世間話などは必要ないでしょう。ご用件は?」
「……当家から奪った物を返して頂きたい。その代わり藤森楓には今後手出しせず解放し、解呪も行わないと約束しよう」
レンは心の中で驚いた。どうも思っていたよりもレンの攻撃が効いていたらしい。
前当主と雖もつい最近まで当主として藤森家を差配していた男が、頭は下げていないとは言え、レンが藤森家にした要求を飲むというのだ。
「何のことでしょう。私たち玖条家はこれから藤森家にどう対処しようか。藤森家が襲ってきたらと戦の準備は行っていましたが、何を言われているのか見当がつきません。何かあったのですか?」
「なんだとっ、認めぬというのか」
俊樹の隣の老人が声を荒げる。俊樹の表情も厳しくなった。
「認めるも認めないも何も藤森家で何が起きているのかなど知りませんよ。私が知っているのは楓嬢に関して術の解除の試みがなされていること。楓嬢が藤森本家に半ば軟禁のような状況にあること。そのくらいです。楓嬢とは親しくさせて頂いていますし、術が解かれれば私としては非常に困る。故に先日そちらをおとなったと言うだけで、他は知りません」
レンはしれっとしらばっくれた。宝物庫や書庫、武器庫などを中身を盗んだことを認めればそれは盗賊行為を行ったことを認めるのと同義だ。
貴族家同士の暗闘などではよくあった手口だが、実はそうそう成功することはない。
藤森家はいくつか条件が揃っていたことと、思ったより宝物庫などの警備が甘かったことで成功しただけだ。
とりあえず要求をつきつけ、どのような対応をするか様子見するつもりでいたが、思ったより警備が甘かったのといくつかの条件が揃っていたことでレンは初日から攻撃を行うことにしたのだ。
行き当たりばったりと言えば行き当たりばったりである。
明確に計画を建て、確実に楓の自由を確保するために動いたというわけではない。〈制約〉の解除が試みられていることと、調べてみたら楓の自由がかなり侵害されていたために動いてみただけだ。
「ぐぬっ、そちらの目的はこちらの楓への解呪を止めることと、彼女の自由を保障することではないのか」
「それは前も言った通りその通りですよ? ですがまだ当家はそれをどう藤森家に認めさせるか、それを考えていたところです。藤森家の警備が厳しくなっていることは確認していますし、流石に白昼堂々戦闘行為を行う訳にも楓嬢を誘拐するわけにも行きません。藤森家を訪れた時にも良い返事は頂けなかったのででは次はどうするか、と言った状況です。なのでその要求を飲んでくれるというのなら歓迎しましょう。しかし奪った物を返せと言われても覚えのないことは認められません」
俊樹は出された茶を飲んで小さく息を吐いた。
「それが認められないのであれば話は始まらん。どうあっても認めないというのか」
「やっていないことの証明をしろと言われても困りますよ。なんでしたっけ、……悪魔の証明って言うんですよね。こちらが盗みを働いたというのなら証拠を提示して頂けなければいけません。警備が厳しくなった藤森家に忍び込めるのであれば、まず楓嬢を誘拐しますよ」
(さて、どうするかな。正直あんまり考えてなかったんだよな。襲撃してくるとか、暗殺者を飛ばしてくると思ってたんだけど……)
レンとしても予想外の反応だ。和樹の意思なのか俊樹の意思なのかは知らないが、宝物庫や書庫などへの盗賊行為は思っていたよりもダメージが大きかったらしい。
(ダメだな。感覚がズレてる。前なら盗まれた方の警備が甘いって笑いものになるくらいのことなのにな)
貴族家とは基本的に魔力持ちの家系だ。更に建国や国に貢献した者が貴族として爵位を認められる。基本的に魔法士や魔術士、魔力使いを多く抱え、領地や国の経営などにも関わるが、同時に強力な戦力を持つ勢力という側面も持つ。
そしてレンは退魔の家というのは貴族家に似ていると思っていた。
故に黒鷺や如月麻耶に確認した上で、堂々と藤森家を訪ね、要求をつきつけ、そしてよくある貴族家の闘争のように攻撃を行った。
これから暗闘が始まるだろう、そう思っていたのだが思っていたよりも効果は大きかったようだ。
ならばあんな簡単な場所に仕舞っておくなと突っ込みたくなるが、それを言うとバレるのでポーカーフェイスを維持する。
そこへコンコンとノックがされ、入るように促すと重蔵が入ってきた。かなり微妙な表情をしている。
「どうした、重蔵」
「鷺ノ宮信光様という方がいらっしゃっています」
「なんだって?」
「なんじゃと!?」
レンが驚くと同時に俊樹もガタリと立ち上がって驚いていた。
「あ~、無視するわけにも行かないか。俊樹殿、信光翁と少し話をしてきます。席を外しても」
「もちろんじゃ。ここで待たせて貰おう」
レンは仕方なく応接室を出て玖条ビルのエントランスに向かう。
玖条ビルの前には黒塗りの車が5台並んでいて、信光は数人の側近と共に既に表に出ていた。
他にも周囲には隠密をしている護衛であろうもの達も居る。
(さすが、魔力隠蔽のレベルも高いな)
信光ほどの存在が近づいてくれば通常ならレンは気付くはずだ。だが実際には気付かなかった。
俊樹と話し、考え事をしていたとしても魔力を垂れ流しにしているようなものが居れば普通に気付く。
信光だけでなく、側近や護衛たちもしっかりと訓練されているらしい。
当然怪しい車列が近づいてきたことなどは蒼牙や黒縄は気付いていただろうが、レンは応接中だった為に知らせられなかった。
「信光翁。どうされましたか」
「藤森家の者が来ているのじゃろう。少し話を聞かせて貰おうと思っての」
「信光翁と言えどこれは玖条家と藤森家の話です。首を突っ込むと言うのですか?」
「そうじゃな。どうしてもというのなら別じゃが、玖条家と藤森家が抗争になるのは当家としても望ましくない。故に出張らせて貰ったのよ。ダメかの」
「はぁ、仕方ありませんね。話を聞くくらいはしましょう」
(なんか混沌としてきたな)
レンとしては予定外も良いところだ。元々藤森家の対応も予定外でこれからどうしたものかと思っていた。
そこで信光の横槍である。レンとしてもどうなるのか予想もつかない。
「藤森家前当主、藤森俊樹殿と数人が応接室に居ます。そちらにご案内しましょう」
「悪いの」
(悪いと思うなら来るな)
そう思いながらもレンは鷺ノ宮家の面々を案内した。
信光は5人の従者を連れている。1人はいつもの執事だ。3人は護衛だろう。だがもう1人は20代後半くらいの髪の長い女性で、特殊な魔力を感じる。レンはその独特の魔力に覚えがあった。もちろん彼女を知るという意味ではない。
鷺ノ宮家の面々全てを知るわけではないが、当然初めて見る顔であるし初対面である。覚えがあるのは彼女が纏っている雰囲気と魔力だ。
レンが応接室に戻り、信光たちを招き入れると藤森家の面々が席を立ち、深々と頭を下げる。
「悪いがお邪魔させて貰うことになった。儂は鷺ノ宮家当主、鷺ノ宮信光じゃ」
「はっ、ご尊顔を拝すことができて光栄です。わたくしは藤森家前当主、藤森俊樹と申します」
「良い良い、それほどかしこまることはない。藤森家は別に鷺ノ宮家の縁者でも傘下でもないのじゃ」
「いえ、そういうわけにも」
藤森俊樹と側近2人は緊張感が高い。護衛4人は鷺ノ宮家を知らないのだろう。だが俊樹の頭の低さから只者ではないと思っているのか、少し混乱しているように思える。
レンは黒縄のメンバーに鷺ノ宮家用にソファを用意させた。
座ったのは信光だけだ。執事は斜め後方に位置し、その少し後方に護衛たちが並ぶ。女性も同様だ。
「さて、まずは少し話をさせて貰おう。儂は玖条家と藤森家に確執があることを知っておる。全てではないが何が起きているかもな。そして玖条家と藤森家が全面的に対立することを望んでおらぬ。故に悪いが邪魔をさせて貰ったというわけじゃ」
「全面的に対立するつもりはないですよ?」
「それはわからんじゃろう。可能性のうちに潰しておくことが肝要じゃ。それで、どのような話し合いになっているのか聞いても良いかの」
「仕方ありませんね。軽くご説明しましょう。と、言ってもお互いの主張が食い違っている。それだけですよ」
レンは軽く会談の内容を説明する。と、言っても会談が始まってそれほど時間が経っているわけでも長く話し合っていたわけではない。
レンは以前藤森家に訪問し、楓にかけてある術の解除を止めること、楓の自由を拘束することを止めることを要求し、藤森家は断った。
そしてレンは術の解除を試みることは玖条家に喧嘩を売っていることと同義であり、その喧嘩を買ったと宣言した。
そして今日、藤森俊樹が訪問してきて、藤森家で起きたという盗難事件の犯人がレンであると主張し、レンはそれを否定している。
それだけのことだと説明した。
「藤森家で盗難事件が起きていることは調べさせた。じゃが本当に玖条家の仕業ではない。そういうことで良いかの」
「悪魔の証明をさせるのであれば証拠を持って来い、とは言いましたけどね」
「それを確かめる為に連れてきた者がおる。雫」
「はい」
雫と呼ばれた女性が前に出る。
「彼女は特殊な眼を持っていての。有り体に言えば相手の嘘がわかる。それにしても以前は眼帯などしておらんかったの。目に怪我でも負ったか? 治せぬのであれば当家から癒術士を紹介しよう」
「大丈夫ですよ。気になさらないでください。つまりその女性の眼の力で、僕が藤森家の盗難事件に関与しているかどうか、それを確かめたいのですね」
「そうじゃ」
「無駄でしょう」
レンは即答した。
「そう言うのであれば確かめても構わぬかな」
「どうぞ。しかし無駄というのは意味が違います。おすすめはしませんよ」
「構わぬ」
「では……、玖条漣様。藤森家の盗難事件の犯人は貴方、またはその一派ですか?」
「違う」
「うっ」
レンが答えた瞬間、雫は顔を押さえて倒れた。膝を突き、苦しそうにしている。
「なにをしたっ!? なんじゃとっ」
「くっ、信光翁、これは僕に対する攻撃と見て良いですよね?」
「いや、すまぬ。咄嗟のことじゃ。他意はない。謝ろう。攻撃の意図はなかった」
「仕方ありませんね、1度だけは許しましょう。次はありませんよ。全身全霊で反撃させて頂きます。ですが無駄と言った意味はおわかりですか?」
「あぁ、良くわかった」
信光が慌てたことで周囲の緊張感が増したが、信光が素直に謝罪をし、席に座り直したところで鷺ノ宮家の面々の緊張も少しだけ減った。
雫はまだ眼を押さえていたが、少し苦しそうにしながらも立ち上がる。
別にレンが攻撃をしたわけではないのだ。
「申し訳ありません、鷺ノ宮様。私では今回の是非は判断できませんでした」
「そうじゃろう。雫は悪くない。下がって休んでおれ」
藤森家の面々は何が起きているのかわかっておらず、静かに動向を見守っている。
(信光翁の狸っぷりは流石だな。更にあんなに強力な魔眼を持っているとは)
レンは信光が魔眼持ちであることは最初にあった時から気付いていた。
だが攻撃的なことをされたわけではない為に無視していた。
ナニカを視られていたのは知っていたが、だからと言って当時のレンでは対処すら不可能だ。さらに流石に魔眼のレベルや効果まで把握することはできない。
そして信光との2回の会談ではその事に触れることはお互いがなかった。
(聖気や魔力の働きを乱す魔眼か。それ以外にも能力はあるのだろうけれど、相当レアだな。とりあえず〈龍眼〉を移植しておいて良かった。〈真偽眼〉の持ち主を連れてくるとは、この狸、元々そのつもりだったな)
〈龍眼〉の力の1つに、相手の魔眼の力を阻害し、更に相手の魔眼にダメージを与える機能がある。信光の魔眼は半減すらできなかったが、それでもレンに効果はあった。ダメージも信光にはほとんどないだろう。だが多少は返ったはずだ。
レンの〈龍眼〉は片目であるしまだまだ力を発揮できていない。信光の魔眼にはほとんど効果はなかったと言って良い。
逆に雫が使ったレンの呼ぶ〈真偽眼〉は確実に阻害した感覚があった。
つまり効果を発揮できず、更に雫は〈龍眼〉の効果によって自身の魔眼にダメージを受けたのだ。
だが致命的というほどではない。しばらくは魔眼が使えなくなり、魔力も乱れ使いづらくなるだろうが、その程度だ。
どのみち〈龍眼〉がなくとも〈真偽眼〉程度の対策はしている。
雫と呼ばれた女性の〈真偽眼〉のレベルは高かったが〈龍眼〉なしでもなんとかなっただろう。
「いつの間にそんな力を身に着けていたのか。男子3日会わざれば刮目してみよと言うがほんにその通りじゃの」
「信光翁も僕を疑って居たのですね」
「そりゃそうじゃろう。レン殿が藤森家を訪問し、その日から連日藤森家で騒動が起きる。疑わない訳がない。状況証拠でしかないがの」
「えぇ、なので状況証拠ではなくしっかりとした証拠を提示しろと、俊樹殿に要求しているところに、信光翁が現れた。状況はおわかりですか?」
「あぁ、わかった。儂は証拠など持っておらぬし、藤森家の味方でもない。ただ確かめたかっただけじゃ。もしレン殿が雫の確認を拒否しても強制するつもりはなかった」
「その割には準備が良いですね」
「念の為というだけじゃよ」
信光は呵呵と笑う。全く悪気がなく、珍しい物を見たとばかりに楽しそうだ。
だがもし雫の〈真偽眼〉が効果を発揮してもそれを証拠とするのはどうだろうか。
レンの知る真偽官という国に認められた官職があったので、その真偽官の判断は公式に証拠として認められた。
だが信光が連れてきた女性がそう言ったというだけで、例え彼女がレンを黒だと判断しても、それを証拠とすることは難しいのではないか。レンはそう思う。
「仮に雫さんが僕の話を嘘と断じたとしても、それは証拠になるのですか?」
気になったので直接聞いてみることにした。
「いや、ならぬな。雫の判断を元にレン殿が事を行ったと断じることも、証拠として玖条家を責めることもせぬ。あくまで儂が個人的に気になり、確かめさせて貰ったというだけじゃ」
(このジジイ)
そうは言うがこの場には藤森家の面々がいるのだ。鷺ノ宮家が連れてきた真偽を見抜くと信光が保障した女性がレンを黒と言うのならば強気な交渉を行うだろう。
「そこで提案じゃ。儂としては玖条家にも藤森家、どちらにも加担する気はない。じゃがこのままでは抗争に発展する可能性がある。それは望ましくない。どうじゃ、決闘と行かぬか」
「決闘? 日本では決闘罪などというのがあるのではないのですか」
「まぁあるがの。退魔の家などという制度ができる遥か昔から、寺社や陰陽師の家など同士の対立はあった。武家もそうじゃの。そしてどちらの主張が正しいかを上位の家が仲裁する、もしくは決闘などで決める取り決めが昔から存在する。最近はそうそうないがの。どうじゃ」
信光はレンと俊樹の顔を交互に見たあとでニヤリと笑った。
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