082.魔眼

「そろそろ行けるかな?」


 レンは毎夜藤森家に忍び込んで盗賊のような行為に勤しんでいたが、今は〈箱庭〉の中でも葵や水琴にすら見せていない場所に居た。

 魔眼が並んでいる秘密の蒐集部屋だ。

 以前のレンであれば魔眼の移植は不可能だった。10年、いや、もっと掛かってから取り掛かる予定だった。

 だが日本の神々に加護を頂いたこと、エイレンや藤、更には役行者も加護を直接くれたことでレンの力は予定外に飛躍的に伸びた。


「思った通り、〈龍眼〉は行けそうだ」


 なんとなくだが、日本の神々でも水神の神からの加護が多かったように思えた。

 実際氷結系や水流系の魔法の精度が他の属性に比べて上がったのだ。

 藤森家との決着の構想はなくはないが、正直レンにとってはどうでも良いことだ。

 楓が無事に解放され、今後〈制約〉の解除を試みなければそれで良い。第一の目的はそれなのだ。

 ついでにおまけではあるが、藤森家の宝物庫にあった様々な武具、術具などを研究している。

 歴史ある名家だけあって様々な宝物を溜め込んでいて、単なる歴史的には重要であろう壺などには興味はないが、術の書や術具、魔剣や魔槍などレンの興味を引く物が多くある。


 陰陽道と一口に言っても流派や得意な術など様々だ。

 基本の術や基礎の概念は変わらないだろうが、長い時間を掛けて変化もしているだろう。藤森家独自の術もあるだろうし興味は尽きない。

 現代にも古い伝統を守っている家も多いが、海外の魔術や大陸の術などを取り入れている家もある。

 吾郎たちが居た三枝家などは吾郎たちに方術を教わり、取り入れて独自の発展をしていると聞いた。

 怨念を集める術具なども陰陽道と方術の融合で作り上げたものらしい。


 藤森家は分家の戦力も合わせれば優に戦闘要員は数百人はいるだろう。傘下に近い退魔の家もあると言う。

 流石に街中で大人数で仕掛けてくることはないだろうが、レンを暗殺しにくる可能性はある。

 危険度はそれほど高く見積もっていないが、この機会に魔眼の移植を試みるつもりだったのだ。

 そして思っていた通り、〈龍眼〉は片目だけなら移植できそうだ。


「ふふっ」


 魔眼持ちになるのはレンの昔からの憧れであった。つい敵が良い魔眼を持っていると蒐集してしまったほどだ。

 だが過去のレンに相性の良い高位の魔眼はなかった。そればかりは如何にレンと雖も、どうしようもなかったのだ。


 しかしまさか異界の少年に成り、集めていた魔眼を移植できる日が来るとは想像もしていなかった。

 更に予定は大幅に前倒しでき、高位の魔眼であり、且つ有用な能力を持つ〈龍眼〉を手に入れることができるのだ。


 レンは儀式を行うための準備をし、1対の〈龍眼〉のうち1つだけを別の容器に移す。

 移植と言っても医療機関で行われているように臓器移植のようにレンの目玉を抉り取って取り替えるわけではない。

 どちらかというと〈龍眼〉に宿っている力をレンの瞳に移すと言ったほうが近い。

 専用の魔術陣を敷き、術具を揃え、カルラとクローシュにも魔力を貸して貰う。

 レンだけでは行えないし、ブースターなどは魔眼移植の儀式には弊害となる。

 〈精霊眼〉は別の意味で高位の魔眼であるし、レンの身体との相性も合うが、今はまだ移植できない。レンの力が足らないのだ。


 レンは集中し、長い呪文を唱え、繊細に魔力を操り、儀式を執り行う。

 儀式は半日にも及んだ。

 今日は藤森家を攻めに行くこともできない。

 まだ馴染み切っていない〈龍眼〉の制御もままなっていない。

 だが儀式は成功した。

 それだけで笑いが込み上げてくる。

 魔力炉を励起した時とは違う喜びがレンの心を占める。

 右目が〈龍眼〉となったレンの瞳だが、本来は特に見た目が変わるわけではない。

 だが〈龍眼〉を発動すれば瞳の色は金色になり、龍の眼のように瞳孔の形が変わる。

 レンは制御がうまく行かず、発動しようとしても居ないのに右目は金色に成り、瞳孔は縦に割れていた。


(ぐっ、思ったよりきついな)


 右目を手で押さえ、片膝を突く。

 元より少し無理のある移植だ。だが衝動を抑えられなかった。

 そろそろ行けるだろうと言う思いもあった。だが準備を万端にするために我慢していたのだ。

 藤森家が楓に余計なちょっかいを掛けなければ来年の夏辺りまでレンは待っただろう。いや、もしかしてもっと後だった可能性も、逆に我慢できなくてその前に儀式を行ったかもしれないが、少なくとも今ではなかった。


 だが〈龍眼〉は魔眼持ちに対して非常に強い能力を持っている。

 藤森家に魔眼持ちが居るかどうかなど流石に調べられない。

 水琴の〈水晶眼〉も、レンは調整を施し、使えるようになったと水琴はよろこんでいるが、まだそのポテンシャルの2割も発揮できていない。

 レンも〈龍眼〉の力の1割もまだ使いこなせないだろう。

 だがこのじゃじゃ馬をしっかりと躾け、使いこなして見せる。

 レンはそう思いながら痛む右目を抑え、魔法薬を飲み、今襲われるとかなりまずいので〈箱庭〉の中の寝室になんとか向かい、倒れ込むようにベッドに飛び込んだ。



 ◇ ◇



「レン様また無茶をしましたね」

「うん、ちょっと我慢できなくてね。でも必要なことだったんだ。ちゃんと安全マージンも取ってあるし、大丈夫だよ」


 レンは〈龍眼〉の力を押さえつける眼帯をしていた。

 眼帯をしていても視界は問題ない。眼帯を透かして〈龍眼〉は外の景色をしっかりと映しているからだ。

 ただ強すぎる〈龍眼〉の力はレンの魔力を搾り取り、そのままでは月単位で寝込んでしまう。

 その為、〈龍眼〉を半ば封印するように眼帯をつけているのだ。

 見た目もそうだが、レンの魔力の質が〈龍眼〉によって微妙に変わっている。

 魔力に敏感な葵には、例え眼帯をしていなくても即座にバレただろう。


「むぅ、それでも無茶はしてほしくないです。それで、その眼は何なんですか。明らかにおかしいですよ」

「眼帯しててもわかるのかい? 流石だね」


 眼がおかしいことは眼帯でバレバレだろうが葵が言ったのはそのことではない。眼帯の下が魔眼であり、その異質さを指摘されているのだ。


「まぁ名前くらいは良いかな。こっちの言葉だと〈龍眼〉っていうんだ。龍人族っていう種族の、更に王や貴族に当たる族長の一族たちが継ぐ希少な魔眼でね、ちゃんと使いこなせればすごい力を発揮するんだよ」

「でも使いこなせないんですよね?」

「そりゃね。すぐは無理だよ。この眼帯は半分封印みたいなものだし、それでもまだまだ振り回されてる感じかな。眼帯がないと荒ぶる龍の背に無理やり乗ってる感じだね。昔の僕でもそんな無茶はしなかったよ」


 レンは霊水を飲みながら葵に説明する。

 霊水は魔力の流れや回復力を高める働きもあるし、〈龍眼〉の移植のおかげで傷ついた魔力回路も修復してくれる。

 霊薬に魔法薬、それに霊水。どれも適量があり、過剰に摂取すると弊害がある。

 強い薬は飲みすぎれば毒なのだ。

 だが霊水は副作用がほぼない。しばらく毎日はレンは霊水を常備し、飲み続けるつもりだ。

 合間に霊薬や霊水、霊樹の実なども摂取する。


 自身に移植したのは初めてだが、移植の儀式自体は初めてではない。

 レンが手に入れた魔眼を妻や子、子孫や弟子や親しい友人たちに移植の儀式を行ったことがある。

 高位で希少な魔眼はどんなに親しくても譲る気はなかったが、複数あった中位の魔眼などで相性の良い魔眼は稀に近しい者たちに与えていたのだ。

 そして魔眼移植後にどうなるのか、どう対処すれば良いのかも心得ている。


 他人であれば詳細な状況を把握するために色々と手を尽くさなければならないし、通常は2、3ヶ月は安静にさせ、様子を見る必要がある。

 だが今回は自身の身体だ。自分の状態は完璧に把握しているし、必要な投薬量もタイミングもわかっている。

 〈収納〉に必要な魔法薬や、緊急時用の術具も準備している。


「私の癒やしの力はお役に立てますか?」

「う~ん、立つかも知れないけど、遠慮するよ。予想外の反応が起きるかもしれないからね。大丈夫だよ、しばらくは多少苦労するけれど、動けるし戦える。むしろ今の状態でも前より強いはずだよ。魔眼は初めて使ったけど、素晴らしいね。こんなに世界が違う様に見えるなんて思わなかった」


 実際レンが見えている景色は以前とはかなり違う。

 以前は感知していた魔力の流れが視えるようになったのだ。

 拠点の近くに植えてある魔樹などの魔力の流れがはっきりとわかる。花や草、地面の下を流れる魔力の流れ。様々なものが、解像度が急に数倍以上になったように感じられる。

 眼であるので視なければならないという制約はあるが、封印し、片目だけであり、1割程度の力も使いこなせていないのにコレだ。


 更に水や氷、風や雷の魔力の純度が上がったのも感じ取れる。他の属性魔力の純度も上がったが、特にその4つが顕著なのだ。

 魔眼を移植したことで、数年修行して得られるくらいの差が出ている。

 魔力純度が上がることは知っていたし、何人も施術し診察していたのでわかってはいたが、自分の身体で実感するとやはり違う。


「あぁ、最高だ。魔眼は素晴らしいね」

「そんな違うんですか? 私も欲しいです」

「う~ん、葵にも相性の良い魔眼があるかもしれないね。すぐとは言わないけど、今度確かめてみる?」

「いいんですか?」

「相性の良い魔眼次第かな。でも流石に眼は2つしかないし、僕の眼に移植する予定の眼はほぼ決まってるから、それ以外なら譲ってもいいかも?」

「レン様とお揃いがいいです」

「え、〈龍眼〉? どうかな。でも葵は白龍の末裔だろうから合うかもしれないね」

「ぜひっ」


 がたりとテーブルに手をついて葵が立ち上がった。


「落ち着いて。どちらにせよ施術は僕が落ち着かないとできないし準備も必要だ。相性の確認も僕自身ならともかく葵ならそのための器材の準備が居る。魔眼を受け入れる為には葵の魔力回路の調整もしなければならないし、瞳そのものも鍛えなきゃならない。色々と準備が必要なんだよ。それに藤森家がどう出てくるかわからない。まずはそっちを片付けてからだよ」

「そんな最中に我慢できなくて魔眼を移植した人は誰ですか。ってか移植って眼を取り替えるんですか?」

「いや、魔眼の力を自分の眼に移すような感じだね。そのために僕は眼をずっと鍛えてきた。ずっと前から準備をしていたんだよ。予定よりは早かったけど実際成功したしね。それに藤森家との戦いでも役に立つかもしれないから今やったんだ。別に我慢できなくて衝動でやったわけじゃないよ」

「本当ですか?」


 葵がジト目で見てくる。

 葵はレンの後ろめたい気持ちを見透かしているようだ。魔眼などなくともレンの心に我慢が効かなかったり、衝動的な気持ちが少しだけだがあったのを見抜いているのだろう

 説明した理由は嘘ではないが、そういう気持ちも多少あったことは否定できない。

 藤森家対策に〈龍眼〉は有効ではあるだろうが、必要ない可能性も高い。どちらかというとダシにして自身の言い訳に使ったという気持ちもある。


「むぅ。まぁいいです。レン様のそういうところはいつものことですからね。でも危ないことはダメですよ」

「そんなこと言ったら人の居ない山奥で〈箱庭〉に引き籠もって修行するのが1番なんだけどね。トラブルに巻き込まれることもないだろうし」

「それも素敵ですね。レン様独り占めです」


 ついてくる気満々の葵は嬉しそうに言った。

 玖条家という退魔の家を興してしまったし、多くの友人知人もできた。結果論だが〈箱庭〉に引き籠もって修行をしていた時よりもより早くレンの強さはあがったし、藤や役行者のような話せる神霊との知己も得た。

 日本の術士たちの使う術もレンの知る魔術とは系統がかなり違うので興味深い。

 蒼牙や黒縄たち部下もできているし、〈箱庭〉内には吾郎たち方士たちも居る。

 よほどのことがなければ全てを捨てて異国や海上で〈箱庭〉に引きこもるという選択肢は今の所ない。

 だがレンの以前の死因である荒ぶる邪竜の出現。それはローダス大陸の歴史でも数千年はなかった大災害だ。

 レンに匹敵する強者やハクやライカ、エンたち。まだレンを認めず、近寄ってもこない従魔たち。それらを全て動員しても勝てるか勝てないかという危険な魔物が現れれば現状のレンは尻尾を撒いて逃げるしかない。

 役行者だって敵として現れればレンは戦うことよりも逃げることを選んだだろう。


「まぁでもまずは楓のことだね。藤森家が暗殺者や少数精鋭で襲撃してくると思ってたんだけど来ないな。ちゃんと準備をして待ち構えてるのに肩透かしだね」

「レン様の攻撃が陰湿なので混乱しているんですよ、きっと」

「それでも戦線布告された直後に盗賊が入ったんだから、当然攻撃に遭ってるって思うでしょ。犯人の推測はほぼ立ってるんだからヤりに来ると思ったんだけどな」


 藤森家内は荒れているらしいがレンに、玖条家に攻撃部隊を差し向ける気配がない。

 なぜかはわからないが、抗争状態に入っているにもかかわらず反応が鈍すぎる。

 レンはそう感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る