081

「それでどうやったんですか、レン様」

「言う訳ないだろう。秘密だよ、葵」


 葵は笑いながらレンに聞いていた。

 藤森家は今慌てふためいているらしい。

 なにせ宣戦布告をされた当日に宝物庫を空にされ、翌日には術などの書庫が空になった。さらに翌日には武器庫が空になったのだ。


 葵もレンが藤森本家に行った際ついていった。発言はしなかったが、レンが敷地内で何か仕掛けたのは気付いていた。

 だが宝物庫を狙い、中身を全て奪い、更に1日毎に藤森家が厳重に保管している術の書や武具などを奪う。


 レンが喧嘩を買う、と宣言したがレンがどのように藤森家と戦うのかは葵は聞いていなかった。

 楓の身柄を攫うのではないか。そう思っていたのだ。

 だがレンは楓自体には全く手を付けず、他の面から攻めて行った。

 直接攻撃を加えるわけでも、戦力を削るわけでもない。だが藤森家には大打撃を与えている。


 レンは藤森家を監視し、結界を張り直したり警備を強化したりしているらしいと笑っている。

 また、玖条家に攻め入るべきだと主張する者も多いらしい。

 だが攻め入るにも個人が所有している武器ならともかく、普段は武器庫に仕舞っている武器が消えている。

 更に玖条ビルやレンの家は市街地のど真ん中だ。

 流石に退魔の家とは言え、堂々と襲撃を掛けてくることはそうそうない。


 攻め入ると言っても江戸時代や戦国時代ではないのだ。

 現代の警察にも術士たちは居り、上層部は退魔の家の存在も知っている。

 暗闘ならともかく、市街地や市民に被害を出すようなことをすれば藤森家も流石に咎めを受ける。


「じゃぁこれからどうするんですか?」

「う~ん、いくつか案はあるけど攻撃は続けるよ。分家の屋敷があるからそこの武器庫なんかも狙おうかな」

「うわぁ、なんか陰険ですね」

「その言い方は酷いなぁ。流石に暗殺や誘拐をするわけにも行かないだろ?」

「いや、むしろ楓さんの身柄を誘拐するんだと思ってましたよ?」


 レンは心外だという表情でクッキーをつまんだ。


「それじゃぁ単なる誘拐犯になるし、楓は外に出せなくなる。藤森家が音を上げれば楓は自由になって元の家に帰れる。それが理想なんだよね」

「まぁそりゃそうでしょうが」

「戦い方ってのは色々あるんだよ。重要な人物の子や妻を拐ったり、家宝を奪ったり、単に攻め込むだけが戦いじゃない。むしろそんなことをすれば咎めを受けるのはこっちだしね。一応……えっと、法治国家なんでしょ。日本は」

「そうですけどね。退魔の家はちょっと特殊ですけど」


 レンはライカの眷属の子虎を撫でる。あまり繁殖頻度は多くないそうだが、レンが弱くなったことによって彼らは戦力の増強に務め、眷属を増やしているようだ。

 子狼や子虎、子獅子など最近妙に増えたと思っていたらレンはそう言って笑っていた。

 子虎と言ってもすでに大型犬くらいの大きさがある。

 だが葵ももう慣れたので物凄く可愛いと思う。ハクの眷属の子狼が寄ってきたので葵も喉を撫でてあげた。


「貴族間の暗闘なんてこんなもんじゃないよ。むしろジャブレベルだね。それが国家間になるともっとえげつないよ?」

「あ~、そういえばレン様は大魔導士で大国の貴族だったんですよね」

「立ち位置は特殊だったけどね。家督はさっさと子供に継がせたし、それでもいろんな役目を押し付けられて大変だったよ。それにどんなに躾けてもバカな貴族ってのは一定数出てくるんだ。まるで害虫のようにクロムウェル家に手を出す奴らが100年に何回かは出てくるんだよね。叩き潰すのも面倒だったよ」

「元平民で帝室の覚えが目出度かった上に実力で名が国内外に響いていたんでしょう? そりゃ歴史とか伝統とかを看板にしている貴族には嫌われますよ」

「いや、貴族になったばっかりの時とか宮廷魔導士に抜擢された時のが大変だったけどね。なんだっけ、今どき風に言うとマウント取ろうとしてくるヤツが後を絶たないんだ。この前居た名前も知らない青年みたいなやつだね」


 レンは藤森家の主要な人物の情報を集めさせていたことを知っている。彼の名を知らないわけがない。つまり眼中にないのだろう。


「まぁあいつが今回の元凶っぽいからお仕置きはするけどね」

「何をするんですか?」

「さぁ、まだ決めてないけど、しっかりお仕置きはしないとなって。藤森家がこれからどう動くのかも幾つもパターンがあるからなぁ。想定外の動きをしてくるかも知れないし。どうせなら面白い方向性に転がりつつ、目的を達せられるのがいいね」

「どんな方向ですかっ」


 葵はくすくすと笑いながら突っ込んでしまった。

 付き合いも長いのでレンは戦闘は好きなことも知っている。術への探究心も高い。

 藤森家の秘伝の術が見られたらいいな、などと考えているのかなと思った。



 ◇ ◇



 楓はここ数日本家内が慌ただしいことに気付いていた。

 実際楓が与えられた部屋のある離れの警備は厳重になり、更に学校に行くことも禁止された。

 本格的に監禁である。


(レンくん、何したのっ?)


 耳を澄ませて女中や叫んでいる男たちの言葉を拾えば、レンが何かしらしでかしたことは容易にわかった。

 レンが藤森家に来たことも知らなかったし、何を話したのかも、何をしたのかも細かくはわからない。

 だがレンが藤森本家に乗り込み、そしてその日から藤森家は明らかに警戒態勢に入った。

 混乱も酷く、楓はトイレに行く時にさえ監視が付くようになった。


 レンが藤森家に来たと知った時、レンが救いに来てくれたのだと思った。

 囚われのお姫様を救う古典の騎士物語のような想像を巡らせていたのだ。

 だがツギハギの情報でしかないが、レンは楓には一切手を出さず、何か藤森家にとって重要な物を奪ったらしいことはわかった。


(付き合いはそんなまだ長くないけど、いっつも予想とは全然違うことをするよね)


 レンが引き起こしたことを全部知っているわけではないが、例えば警護任務を受けたエマとエアリスに本人たちが二度とごめんだと言わせるほどの訓練を課したのを知っている。

 京都旅行の後に、天狗と争ったとも聞いている。

 他にもおそらく楓の知らない所で色々やらかしているのだろう。容易に想像できる。

 大体最初に会ったあの時、〈箱庭〉の存在にも格の違いすらわからないほどの神霊を生まれて初めて見たのだ。それを従えているレンという少年は楓の常識では測れない。

 そして未だレンの底など楓は全く見えていなかった。


(でも、ちょっと助けに来てくれることを期待しちゃったな~)


 古典小説のヒーローのように救いに来て欲しい。そういう幼い少女の憧れのような乙女心は裏切られてしまった。

 これからどうなるのか、どうするつもりなのか。決着はどうつけるつもりなのか。

 どれもわからない。

 だが楓はレンが藤森家に負ける未来など全く考えていなかった。

 既に数日でこの大混乱だ。しかももし力で対決しても藤森家は決して勝てない。

 カルラが現れただけで負け確定だ。

 そしてレンはカルラに頼らないだろうとなんとなく思う。

 藤森家程度ならカルラの力を借りずに、自身と玖条家の戦力だけでなんとかしてしまうと思うのだ。

 そしてその予想は、楓の思ってもみない方向性だが、間違っていないことが後日証明された。



 ◇ ◇



「静まれっ」

「だが、兄貴」

「俺は当主だ。分別をつけろ、友樹」


 上の弟が声を荒げるのを咎める。

 和樹が当主を襲名してから、和樹の呼ばれ方も変わった。

 若様や和樹様と呼ばれていたが、ご当主様と呼ぶ人間が多い。近しい家族などにもそれは変わらない。

 実の弟でも当主と藤森家の家人では立場が違う。叔父たちも俊樹のことは当主交代が起きてからは和樹様と呼ぶようになっていた。

 友樹も和樹様と呼ぶように周囲に言われ、守っていたのだが激昂してしまい、つい以前のように兄貴と呼んできた。


「すまねぇ。和樹様。だがどうするんだ」

「俺もこんなことになるとは思ってなどいなかった。正直どうやって忍び込み、運び出しているのかもわからん。結界に反応すらなく侵入し、1人程度では持てないほどの大量の武具や書物を我々に気付かれずに奪うなど、想像すらつかん。対策も皆に考えさせているし試しているが全く効果がない。昨夜は分家の術具が奪われたようだ」

「このままでは好きにやられるだけだ。襲撃を掛けるしかないだろう」

「街中で術士同士の戦いなどできるものか。昭和や明治の時代ではないのだぞっ」


 退魔の家の不文律に民間人に被害をできる限り及ぼさないことという制約がある。

 できる限りというのは、川崎事変や大水鬼のような大妖が現れた際などの緊急時には多少の被害は仕方がないというだけであって、退魔の家同士の抗争で民間人や市街地に被害を出して良いという意味ではないのだ。


「争いをするにしても武器もなく、術具も奪われた。分家にも被害は広がっている。当主である和樹が行く訳にも行かなかろう。儂が行って来よう。分家の小娘など良いではないか。くれてやれ」

「……父上、お願い致します」


 どうにもならない現状を見て、できるだけ口を出さないようにしていた俊樹がそう提案してきた。

 和樹が玖条家に頭を下げる訳には行かない。藤森家には藤森家のメンツがある。

 今は藤森家に何が起きているのか周囲には知られていないだろうが、今の時代情報というのは漏れ出したら止まらない。

 口止めはしているが、急に慌ただしい動きをしている藤森家を探っている家もある。

 俊樹に頼るのは業腹だが、現状手がない。せめて藤森家の先祖たちが守り通してきた宝物庫の中身だけでも取り戻さないわけには行かない。


「和樹、悪いがアレを借りるぞ」

「わかりました。お願いします」


 藤森家では代々当主が継ぐ強力な式神が居る。当主就任と共に俊樹から和樹に契約は移ったが、俊樹の安全に配慮するにはソレが1番だろう。


(くそっ、慶樹め。知らなかったとは言え、厄介なことをしてくれたな)


 許可を出したのは和樹だ。だが発端は息子である慶樹であることも確かだ。

 慶樹の首を差し出したとしても、楓の身柄を渡したとしても玖条家が攻撃を止めたり奪ったものを返す保障はない。

 慶樹には楓には一切近寄らないように命令を下した。もしココで楓の身に何か行えばどうなるか予想もできない。


 交渉力も、藤森家秘伝の式神の扱いも和樹は俊樹には未だ及ばない。

 藤森家中も友樹のように力で玖条家を叩き潰そうという意見が強くなっている。

 せめて2年、いや、1年でも和樹が藤森家の統制を高める時間が欲しかった。そうなれば俊樹のように、とまでは行かずとも一喝して家中の混乱を収めることもできただろう。

 当主就任の儀式を行ってからまさか3ヶ月も経たずにこんな事態になることなど想像もしていなかったのだ。


「仕方あるまい。うまく事を穏便に収めるように努力しよう。あちらは条件すら突きつけて来ない。売られた喧嘩を買ったと言っただけだ。だが交渉の余地はあるだろう。全面戦争をする気も流石にあるまい。儂もこんな攻撃をされるとは、想像もしていなかった。若いのに狡猾な奇襲よ。よほど儂や和樹よりも戦争を知っておるとしか思えぬ。儂が当主であったとしても対応はできんかったじゃろう。和樹、落ち込まずに考えよ。考え考え、より当主として自覚を持って堂々とするのじゃ。儂も継いだばかりの時は右も左もわからなかった。時代も違ったし父上が急に居なくなられたのでな」


 和樹の祖父は妖魔との戦いで重傷を負い、数日後に治療の甲斐なく死んでしまった。

 俊樹は若くして急に当主に就任したのだ。

 ソレに比べれば円満に当主交代をできた和樹はよほど恵まれている。

 十分に教育を受ける時間もあり、当主の仕事も学び、時期が来たということで当主に就任できたのだ。


「お願いします。家中の混乱が落ち着きません。俺の不徳のいたすところです」

「さっきも言ったが儂が当主であっても変わらぬよ。儂が頭を下げ、当主を隠居して事を収めるか、本格的な抗争になるか、どちらかであったじゃろう。ならば隠居の儂が交渉に赴けるだけまだマシと言うものよ」


 確かに当主自身が頭を下げるのと、前当主では多少ではあるが周囲に与える印象は違うだろう。


「友樹、先走るなよ。家同士の交渉にお主は向かぬ」

「ぐっ、わかったよ。ご隠居様」

「そうじゃ。じゃが戦の準備もしっかりしておけ。どう転ぶかなど儂もわからぬ。お主の力が必要になることもあるかもしれぬ。この件が片付いても藤森家にはお主の力が必要じゃ。精進せよ、そして和樹を助けるのだ」

「わかりました」


 そうして、和樹は歯を食いしばりながら俊樹の提案を飲み、玖条家との交渉を願うことにした。

 どう転んでも近隣の家からの和樹の評価は下がるであろうし、藤森家中の和樹の統制も緩む。だがまずは目の前の問題を解決し、家中の統制は時間を掛けて挽回すれば良い。


(玖条漣、一体何者なのだ)


 油断のならない少年だとは思っていたが、それだけではない底のしれなさを今は感じていた。



◇  ◇


業務連絡:試しに主題と副題を交換してみました。中身は変わらないのでご愛読宜しくお願いします。☆評価もしてくれると嬉しいです。

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