079
「楓ちゃんが居ないとなんか寂しいわね」
「そうね。今日は美咲ちゃんも居ないものね」
水琴は灯火が言う言葉に同意した。
今日はレンの誕生日を祝おうとみんなで集まっている。
しかし美咲は冬休みにも遊びに来たいと言っていて、どちらかにしろと言われ、期間の長く取れる冬休みを選んだようだ。
本来美咲は受験生のはずなのだが、本人は不安にすら思っていないらしい。
ただそういうことはよくあることだ。霊力持ちは通常の人よりも体力も多いし回復力も高い。更に頭が良いことがほとんどだ。
本人が嫌いで勉学に励まない例はあっても、頭の回転が良い人間が多いのだ。
実際灯火や楓は模試などでは全国でも3桁の順位に居るというし、美咲は2桁順位らしい。
望めば日本のどこの高校でも試験を突破できないということはないだろう。
美咲の通っている学校の名も調べてみると愛知県では有名なお嬢様学校で、偏差値だけでなく上流階級の方々が通う由緒正しい学校だった。
エスカレーターで高校に進学できるというのに、美咲はそれを蹴って東京に引っ越してくるつもりなのだ。
実際豊川家がどういう決定をするかまでは聞いていないので、実現するかはわからないが、美咲は本気でその気でいる。
そして楓と美咲はこのメンバーの中ではムードメーカーである。
明るく前向きな性格で、楓は色々と話題を振るしゲームなど遊びに誘ったりもする。
今日集まったメンバーは灯火、水琴、葵、エマ、エアリスの5人だ。
2人が抜けると少し寂しい雰囲気になる。
「楓は実際どうなの? なんかトラブルに巻き込まれてるんでしょう?」
エマが日本語で発言する。エマは来日当初は日本語の理解が怪しかったし、語彙も少なかったが、半年以上経ち、かなり日本語が堪能になった。
稀に「その言葉の意味は何?」 とか「どういう意味?」などと尋ねてくるが、日常会話などは問題なく行えるレベルだ。
慣用句やことわざなど、特有の物までは流石にネイティブ並とは言わないが、エマが居るから全員英語で話すなどということはなくなっている。
「ねぇ、心配だねぇ。レンは対処しないの?」
「いや、とりあえずアクションは起こしてみるつもりだよ。色々調べてたり、準備してたりしてたし、様子見してたのもあったけど、〈制約〉を解くってことは僕の秘密を暴こうとしているってことだからね。敵対行動を取っているに等しいよ」
「「「あ~~~」」」
それぞれレンについて知っている内容は別々だが、それなりにレンの秘密を知り、〈制約〉を掛けられている面々だ。
ちなみに共通で知っていることについては発言も可能である。
エマはこのメンバーの中ではあまり真剣に捉えていないようだが、水琴はレンが本気になるとどうなるかを知っている。
前回の京都旅行のあとで、鞍馬山の天狗の言い方にキレてぶん殴ったというから驚きだ。
そんなレンが、藤森家を敵対視している。楓や楓の実家である藤森分家ではなく、楓を軟禁しているという藤森本家の方だ。
一体何をするのか、何が起こるのか。
どうせ一筋縄では行かないに違いない。少なくとも「楓を解放しろ」とレンが要求してきて、藤森本家が素直に頷くとも思えない。
レンに恩のある楓の家族であればある程度要求は聞く可能性もあるが、今回はそちらとは別件だ。
(みんなどんな想像をしているのかしら)
レンは端的に教えてくれることもあるが、自身の術や戦い方については基本的に秘密主義だ。
例えばエアリスなどは生き残っていた敵に狙われ、レンの戦闘を間近で見たと聞いたが、じゃぁどのような戦闘だったのかは教えて貰えない。
「凄かった」
エアリスも〈制約〉に掛かり、その程度しか言えないのだ。
エマはレンの直接の戦闘をほとんど知らないらしい。なので実感が薄いのだろう。
レンは戦闘になると容赦がなく、且つ苛烈だ。
獅子神家を襲撃して、捕まえた相手をどうしたのか聞いてみたことがあるが、「情報を抜いて始末した」としか答えがなかった。
しかしその言葉だけでも、レンが彼らに慈悲を掛けなかったのがわかる。
「そろそろレンくんが来るわよ。今日はちゃんとみんなで祝いましょう」
「そうね、誕生日祝いに集まったんだもんね」
水琴は灯火に乗っかり、レンに用意したプレゼントの包みを取り出し、切り替えることにした。
◇ ◇
「藤森家と玖条家が揉める可能性がある?」
鷺ノ宮信光は報告書を読んで不思議に思った。だが読み進めていくうちに、その可能性は高そうだと感じた。
藤森家は神奈川県南部に本拠を置く陰陽師系の退魔の家だ。
当主などと会ったことはないし、鷺ノ宮家との関連も薄いが、名前くらいは知っている。
そして川崎事変の時に、その藤森家分家の娘が生贄として攫われ、レンに救い出された。その程度は覚えている。
その後、水無月灯火などと仲を深め、レンも含めて楓は一緒に旅行に行ったり遊びに行ったりしているらしい。
先の夏休みにもレンと彼女たちは伊勢から紀伊半島をぐるりと回り、京都まで行って観光旅行をしたと前にみた報告書にあった。
その時三枝家という京都の家と何か揉め事があり、レンが三枝家を襲撃したことも知っている。
しかしどうしてそうなったのか、どういう攻撃を行ったのかまでは知らない。
京都で懇意にしている情報系の退魔の家も、詳しい事情は調べきれなかったのだ。
三枝家は沈黙を守っているし、玖条家に対して手を出そうとする様子もない。
そしてその藤森楓が、新当主の息子の意向により、再度レンが掛けた術の解除に取り組んでいるらしい。
「返して貰えただけ僥倖だろうに。確かに傷はついたがな」
他家が掛けた謎の術を掛けられた令嬢たち。通常なら隔離したり秘伝の伝授を取りやめたりなどの手段を取ることもあるだろう。
だが今回は事情が事情だ。
異国の宗教系武装組織に攫われ、生贄として使われそうなところを救われた。
しかしそこでレンの術の一旦を垣間見てしまった。
レンは少女たちを救わない選択肢も帰さない選択肢もあったのだ。
だが術を掛け、解除されて自身の力が暴かれる可能性もありながらも少女たちを家に帰した。
実際水無月家や藤森家は術の解除に尽力したが、それはできなかった。
鷺ノ宮家も水無月家に協力したが、術の系統すらわからなかった。
無理に術を破壊すれば本人が廃人になる可能性が高い。
それに記憶を読む術によってレンの存在自体は知れた。それで良しとしたのだ。
藤森家も水無月家から無理に術を解除すれば心身に重大な影響があると警告があり、分家の娘でもあったのであまり重要視されずに放置された。
しかし当主が変わり、その当主の次男が再度解呪に挑戦しているらしい。
当時のレンと今のレンは立場が違う。当時のレンは謎の覚醒したばかりの異能者であり、不思議な術は使うが個人であった。
だが今は玖条家という退魔の家として認められた家の当主であり、だんだんと近隣の家や目の良い家などからは注目も浴びている。
その戦力は高く、近隣の弱小の退魔の家などに戦力を貸し出す傭兵業のようなこともやっているらしい。
他家の当主の秘伝を暴く。その行為自体が危険だ。
それをわかった上でやっているのか、危険性に気付いていないのか。それはわからない。
だがレンは藤森家に申し立てを行う予定があるらしい。
黒鷺が他の退魔の家に申し立てを行う際にどのような手順が常識か、などと聞かれたと書かれている。
「さて、どうなることか。くくっ、気になるのぅ」
新興の、さらに特に縁の薄い玖条家の言い分を唯唯諾諾と聞いたりはしないだろう。
レンは何かしら金銭や藤森家が望む物を用意して取引をしに行くのか、一方的に文句を言いに行くのかもわかっていない。
申し立てを行うということはいきなり襲撃を行うということはないのだろう。
だがその話し合いの行方如何に寄ってはどう転ぶかわからない。
レンは秘密が多く、且つその防備も万全だ。
黒鷺はレンの興した家や企業に関わってはいるが、戦闘などには関わっていない。
レンの実力など気になってはいるが、黒鷺以外密偵なども放っていない。
レンとは良い関係で居たいからだ。
黒鷺が密偵であることも気付いているだろう。だが自身の戦闘力は見せず、しかし的確な指揮能力や指導能力があることは割れている。
そこまでは見せても良いとおそらく線引きがされていて、信光はレンが見せても良いと思っている情報しか手に入れられていない。
黒鷺自身、探ろうとはしているが難しいと報告書に書いてあった。
黒鷺は優秀な密偵だ。彼が内側に潜り込みながらも隠し通すその手腕は信光ですら感嘆してしまう。
信光は自身の力を隠そうとしたことなどはない。
鷺ノ宮家は他家から探られることも少ないし、鷺ノ宮家特有の秘密はきっちり守っているが、個人の実力は特に隠す必要もない。あまり公の場で発揮することもないので、知らない者がほとんどであろうという理由もある。
故にレンが、どうやってその異能を隠しているのか見当もつかない。
専門家である諜報部に聞いてみても不明だと返答が返ってきたくらいだ。
「楽しみじゃの。じゃが本格的な抗争になられては困る。黒鷺には注視するように指示をしておこう」
信光はそう決め、チリンとベルを鳴らした。
◇ ◇
「さて、ここが藤森本家か。中に入るのは初めてだな。結界なんかは前見た時とそう変わった様子はないな」
「本気で乗り込むんですか?」
「斑目久道殿もうちに直接乗り込んできたよ?」
重蔵にそう返すと重蔵は渋面を作った。
以前の主筋であり、久道は忍者部隊「黒蛇」を統括していた男でもある。
近々斑目家は久道に当主交代が起きるのではないかと話が上がっていることも知っている。
「あの時と今回は事情が違うでしょう。力を借りに来たわけではなく、喧嘩を売りに来たんでしょう?」
「違うよ、売りに来たんじゃなくて買うんだ。売ったのは向こうさ」
レンはニヤリと笑った。
確かにレンから見れば、生贄にされそうになっていた少女を救い、見られた能力を外部に漏らさない術を掛けて帰した。それだけだ。
その術を解こうとすることは相手の術を盗むと同義だ。
敷地内に忍び込み、宝物庫や蔵などに入り、秘伝書や術具などを盗むに近い行為である。
おそらく藤森家もそれはわかっているはずだ。だがそれでも決行している。
玖条家をナメているのだろう。
玖条の名を冠する者は目の前の少年、玖条漣しか居ない。
戦力は30人を超えるが、外から見れば傭兵を雇っているようなものだ。
実際は彼らは忠誠を誓い、〈制約〉にも縛られている。
レンを裏切ることなどない。
それに重蔵はレンの指揮能力や個人の戦闘能力、苛烈な一面など全てではないが一部知っている。
少なくとも重蔵が他の家に仕えて居て、その情報を持っていたら「絶対に敵対しては行けない」と主に進言するだろう。
実際敵対しなければレンの対応は普通か穏当な部類だ。眠れる龍、と言う印象が強い。
間違って尾を踏めば大変だがそっと傍を通り過ぎるくらいならば危険はない。
退魔の家の規模としては斑目家より藤森家のが大きいのだろうが、大差があるとは言えない。
玖条家が、いや、レンが号令を掛ければ藤森家は大きな被害を受けるだろう。
蒼牙のメンバーも言っていたが、黒縄のメンバーもレンの指導を受けてかなり強力な部隊になった。
お互いの戦術などを共有し、連携訓練もこなし、市街地や森林、山間部など様々な場面での実地訓練も行っている。
その上、レンは部隊指揮の経験があるのかと思うほど見識が高い。
蒼牙はどちらかというと強襲部隊、黒縄は戦闘もできるが偵察部隊の色が強いが、レンの指揮で動くと明らかに全体の効率がよくなるのだ。
その上個人への訓練方法の教授や指導、集団戦では使う術式を敢えていくつかに限定し、重点的に強化させ、2部隊の汎用性と底上げを図った。
重蔵やアーキル、もしくは特殊な術式を覚えている隊員などには普段は使わずに切り札として使うよう言われている。他にも何人か、素養があると言われて特殊な術を覚え、危険を感じた時や敵部隊の対応が厳しい事態を突破する武器として使うように言われている。
(斑目家と戦争になれば、被害はでるかもしれないが玖条家が勝つだろう)
少なくとも重蔵はそう判断している。
そしてレンは何の緊張感もなしに、重蔵と葵を伴ってアポイントメントを取っていた藤森本家の門を潜った。
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