078

 11月に入った。

 後半にはレンの誕生日があり、またみんなで集まって誕生日パーティを開こうと女子組から誘われている。

 だが楓は不参加の返事が帰ってきた。

 楓は学校には通ってはいるが、生活は本家でさせられているらしい。

 重蔵たち黒縄に調べさせてみたが、今は本家に軟禁状態で、流石に中までは調べてはいないが学校には送迎され、学校が終わると本家に直行させられる。

 そういう生活を送っているようだ。

 断続的に〈制約〉の解除も試みられている。


「心配ね」

「心配です。と、言うか本家の横暴さには私も心当たりありまくりなのでちょっと同情してしまいます。どのような生活を強いられているかはわかりませんが」


 水琴と葵が話している。

 ココは〈箱庭〉でよく使っている裏庭の訓練場だ。相変わらずレンたちは〈箱庭〉で武術の訓練などを行っている。

 そして一通り型稽古や手合わせなどを行った後、お茶と茶菓子を楽しむのがいつものパターンだった。

 そして話題は最近楓についてが多い。

 遊びに誘っても返事はつれなく短い。おそらく監視されている。

 電話は取れないと返事があり、メッセージアプリで短い返信があるのみだ。

 ちょっとしたことでもメッセージを送ってくる楓の性格から考えても、あり得ない変化である。


「う~ん、流石にちょっと考えようかなぁ。過激な手段もありだけど、とりあえず穏当で真っ当な手段も考えて見よう」

「レン様の過激な手段ってなんか怖いです」


 レンが手隙に作っている術具を知っている葵はそう答えた。

 例えば質量兵器だ。何十トンもあり、強化措置を加えた質量爆弾は、ミサイルと同等かそれ以上の威力を持っている。

 しかも結界破りの術式も付与しているので、なかなか有用な兵器だ。

 レンは質量兵器を幾種類も作って〈収納〉の中にストックしてある。

 使う機会は今までなかったが残弾は豊富だ。

 ナパーム弾を参考に周囲に炎を撒き散らす爆弾や、マスタードガスや枯葉剤が戦争に投入された例を参考にして呪毒を周囲に撒き散らすタイプなど、興味の赴くままに作っている。


「何をしたか知らないけれど、レンくんの言う過激は本当に過激そうね」


 葵の表情で察した水琴もそう言った。

 クローシュなどを顕現させて襲わせないだけ過激さはマイルドだと思うのだが、彼女たちとは少し感覚に齟齬があるようだ。


「とりあえず、麻耶さんに相談してみようかな。あとは黒鷺とか。一般的な退魔の家同士の交渉の仕方とかわかんないし」

「それは残念ながら私では力になれないわね。獅子神家もあんまり得意な人員はいないわ」

「私は全然わかりません」


 レンの考えるかなり穏当な手段。つまり正々堂々乗り込み、楓の〈制約〉の解除を止めるよう、そして楓の拘束を止めるように要求するのだ。

 ただ作法などは知らないので詳しそうな人に相談してから行おうと思っている。

 丸投げは得意なのだ。得意な者に聞けば良い。特に退魔の家同士の関係性や作法などはインターネットやマナー書籍などにも存在しない。


 未だ玖条警備保障に居座っている黒鷺は、秘書たちと共に総務や経理など様々な業務を行っている。

 金の流れを握られているとも言えるが、レンとしては別にやましいことをしていないのであまり気にしていない。レンの部下たちに会社経営に詳しい者たちは居ないのだ。

 黒縄の人員たちに教育もしてくれている。

 なんだかんだ彼らは優秀で、有用でもある。法律的なことや経費や税金、備品の管理などレンや黒縄たちでは手の届かないところをしっかりと管理してくれているのだ。

 それに今回の時のように相談相手にもなる。

 派遣した鷺ノ宮信光は当然間諜として報告も受けているのだろうが、どうせ一般の社員は雇えない稼業だ。

 普通に入社募集を出すわけにも行かない。

 ちなみに黒縄の人員の妻たちや、葵の母親なども受付や事務として働いてもいる。

 と、言っても業務自体はそれほど多くないし残業もない、ホワイトな企業でもあると言える。

 実働部隊は命の危険を伴う業務も多いので、全くホワイトとは言えないが。


「それで、穏当で真っ当な手段ってどんなことを考えているの?」

「え? 普通に藤森家に言って玖条家当主として要求をつきつけるつもりだよ。楓に施した〈制約〉の解除は玖条家の秘伝を暴こうとする行為と同じであるから、玖条家と争いたいのでなければ止めろって言おうかなって」

「それ、素直に頷くと思う? 藤森家は獅子神家みたいに小さな家ではないわよ」

「いんや、全く? だから当然他のプランも同時並行する予定だけどね。そっちは秘密」


 藤森家は陰陽大家というほどではないが、中堅から大家の手前くらいのなかなか勢力の強い家だ。

 戦闘要員も多く、歴史も長い。地元では名士として名高いし、なんとなくプライドの高い子爵家か伯爵家というイメージである。

 規模としては三枝家とそう変わらないであろう。

 三枝家は京都という特殊な土地柄で周囲により有名で強力な神社や寺院なども多かったが、藤森家は神奈川県では有数の力を持つ家だ。

 プライドは三枝家よりも高そうなイメージだ。


 最近当主交代があったらしく、穏当に当主の交代は行われたようだ。

 前当主の長男に交代され、調べると1年以上前から移行の準備を進めていたらしい。

 新当主も前当主の長男相続であるし、当主争いも行われなかったらしい。

 ただ楓の〈制約〉解除の試みが再開されたのはコレが原因である可能性が高い。

 当主が交代したということは、家の方針がある程度新当主の意向が反映されやすくなる。

 当主の意向なのか、変わった新しい側近の意向なのかはわからないが、ほぼほぼこの当主交代と楓の現状はリンクされているとレンは考えている。


「なんとなく不穏な気配がにじみ出ているけれど、私個人としては楓さんが今までのように一緒に遊んでくれたり旅行に行ったりしたいと思うわ。うちが絡む案件でもないけれど、楓さんとは親しくしている友人だもの」

「獅子神家の出番はないだろうなぁ。別に同盟組んでいるわけでもないし」

「あら、でも蒼牙や黒縄の派遣は助かっているわよ。それに合同訓練なんかも有用だって父が言って居たわ。斑目家ともそれほど親しくなかったけれど、親交が深まっているし、獅子神家としては玖条家に色々感謝しているわよ」

「そう、それなら良かったよ。秘蔵の刀剣や神剣まで見せて貰ったし、水琴の実家だからね。あんまりギスギスした関係は僕も望まない」


 レンは以前獅子神家に招かれ、獅子神家が所蔵する刀剣や槍などの武具、さらには本堂の奥にしっかりと護られている古い剣を見せて貰ったことがある。

 しかも獅子神家当主と次期当主の案内付きだ。

 水琴を2度も救ったという礼ではあるが、レンとしては十分な礼だった。

 神社で祀られている御神体である神剣など手に取る機会などそうそうない。

 実際霊剣などとは違い、室町期以降に使われた金属とは違う金属で作られていて、少なくとも鎌倉時代以前に作られた剣である言う。

 由来も祭神である武御雷神に関する剣だと伝えられているが、流石に本当かどうかはわからないようだ。

 しかし1000年以上獅子神神社で護られていた神剣であり、由来や出自の是非はともかく聖気が深く浸透した素晴らしい剣であることは間違いがない。

 神剣と言われるのも頷ける素晴らしい剣であった。


「うちも玖条家とのギスギスした関係なんてイヤよ。戦力でも敵わないし、お隣さんみたいな物じゃない」

「そうだね。物理的にも距離が近いしね。まぁこれからも仲良くやっていけたらと思うよ」


 獅子神神社と拠点である玖条ビルは歩いて20分ほどだ。本当に近いのである。

 レンが学校を近さで選んだこと。水琴も近い高校ということで今の高校を選んでいる。レンの家と獅子神神社の距離もそう変わらないのだ。


「はぁ、それにしても今日もきつかったわ。何アレ。小さい妖魔の大群ってあんなに厄介なのね」

「あぁ、範囲系術式が使えない水琴には対応しづらいだろうね。魔力感知の精度をもっとあげるといいよ。あと対処法としては魔力波動で吹き飛ばすとかどう?」


 今日はレンは水琴と葵を森の中でも、凶暴なネズミやイタチ系の魔物が多い区域に放り込んだ。

 大体小型犬から中型犬くらいの大きさなのだが、彼らは群れを作ることが多く、数十匹、数百匹で襲いかかってくる。

 こちらから手を出さなければ実力の差などを感じて逃げたりもするのだが、今回は訓練であるから攻撃し、わざと戦闘にもちこんだ。

 あまり知能は高くなく、攻撃されると群れで一気に反撃に移ってくるのだ。


 そして剣や槍、無手で戦うことを主軸とする水琴は原生林の中で大量の魔物にたかられ、返り血で真っ赤に染まり、更に何度も噛みつかれたり引っ掻かれたりなど散々な目にあった。


 逆に葵は周囲を凍らせ、死角からの突撃も感知して盾と短剣を駆使してほとんど無傷だ。

 どちらが強いというわけではなく、相性の問題が大きい。


「魔力波動で吹き飛ばすってどうやるの?」

「んっと、術式は使えなくても魔力はあるわけだから、それを全身から一気に放出するんだ。ちょっとやってみるね」


 レンは少し彼女たちから離れ、自然体に立って一気に体内の魔力を練り上げ、それを解き放つ。

 波動が風のように周囲に轟き、実際に風も巻き起き、葵や水琴の髪や地面の草花も揺れる。


「こんな感じ。指向性を持たない状態で放ったけど、練習すれば前だけとか後ろだけとか、魔力感知を利用して死角から向かってくる魔物とかに対して使ったりもできるよ。結構便利だと思うな」

「わかったわ。とりあえず練習してみる」

「まずは手の先から圧縮した魔力を放出する練習からするといいかな。こうだね」


 レンは手本を見せながら訓練法なども伝授する。

 水琴の傷は癒えているし、すでにシャワーも浴びてきれいになっているが、戦いの後は酷い姿であった。

 レンは水琴に相性が悪いことを知りながら、しかし相手の魔物の格は低いので致命傷を負うことはそうないだろうと思って今回の訓練を選んだのだ。

 実際水琴も身に染みただろう。


「レン様、私にもアドバイス」

「いや、葵はちゃんと対応してたじゃん。魔力感知で死角もないし、術でほとんど近づかせてなかったし、動きも良かったよ?」

「……そうよね。すっごく差を感じたわ」


 水琴の目が死んでいる。そのくらい戦闘訓練が終わった後の2人は対照的であったし、戦闘時は目の届くところではあるが連携せずにお互い少し離れて戦わせたので水琴は葵の、葵は水琴の戦いぶりも見ている。


「はぁ、まだまだやることは多いわね」

「500年修行を続けてもやりたいことはたくさんあったし、知らないこともたくさんあったよ? 実際僕も死んじゃったわけだしね。17年しか生きてない水琴が強くなりたいと思うなら、毎日ギリギリ死ぬか死なないかの戦いを繰り返して、更に修行もやって技も魔力も感知能力なんかも高めていくしかないね」

「レンくんや葵ちゃんみたいに色々できるのは羨ましいわ」


 水琴は術具は多少使えるが術は得意ではない。魔法は使えない。しかしそれは体質のようなものだ。

 長い時間を掛けてレンが施術すれば術も使えるようになるだろう。水琴はおそらく風属性に相性が良い。

 だがそれは少なくとも数年は掛かる。

 今できることは感知能力の精度を上げることで死角を減らし、更に魔力放出などの近距離ではあるし範囲も狭いが周囲を吹き飛ばす攻撃を使えるようになること。そして才のある剣術を更に伸ばすことだ。

 魔力感知も制御も伸びているし、魔力量自体も以前の水琴と比べればかなり増えている。

 レンの魔力回路の調整を定期的に受けているので、1年前の水琴と比べても格段に強くなっている。

 レンが教えた訓練法もきちんとサボらずに、真剣に行っているようで会うたびにとは言わないが、良くなったなぁと思うことは多い。

 水琴は真面目な性格で、且つ強くなりたいと言う気持ちは本気だ。

 ならばレンもそれに答えたいと思い、色々と教えている。


「むぅ、私ももっとアドバイスが欲しいです」

「普段の訓練方や術は教えてるじゃない。葵は覚えも早いから、言うべきことはあんまりないんだよね。特に今日は苦戦もしてなかったでしょ」


 葵は不満そうにしているが、明神池で行った儀式により、本人曰く霊格が上がったと言う。

 実際魔力の質や量が格段にあがったし、寿命も人間の軛を超えて長くなったと言っていた。

 そして当然ながら術の威力や使える術の種類などが増えたのでレンは色々と葵に相性の良い術や、短所を補うような術を教えている。

 元々感知能力は高く、魔力の制御や操作能力も高い。しかも更に高める為に修行を続けている。

 葵は覚えもよく、しっかりと鍛錬を続けているので正直あまり現状言うことはないのだ。

 アーキルなどとは少し系統が違うが、万能型の術士であり、接近戦も行える戦士でもあるのだ。


「水琴は万能型よりも剣術や槍術、柔術に力を入れて、更に魔力操作なんかで行える簡易術式を磨けばいいんじゃないかな。一点突破で熟達した戦士というのは脅威だし、対応も色々学べば結局どんな相手にもそうそう負けないようになるよ」

「そうなのかしら。でもレンくんのいう言葉を信じて頑張ってみるわ」


 水琴は気合を入れた表情でそう宣言した。

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