藤森家との対立
074
「ハッ」
レンの放った一撃は
レンはその肘を左手で受け、逸らす。
中国武術は攻防一体の攻撃が多く、日本の当身ありの柔術とはかなり違いがある。
投げも蹴りも当然あるが、どちらかというと拳と肘、体当たりなどの攻撃が多いように思える。
李偉は清時代から生きている仙人だ。中国各地を、更に他国にまで渡り武術の追求をしてきたと言う。
学んだ武術だけでもざっと数十以上あると言い、中国武術に精通している方士だ。
その代わり仙術や方術はあまり得意ではないらしい。特に占術は本人が諦めているほどだ。
レンの攻撃は柔らかく逸らされ、背中を晒したレンに体当たりが当たり、吹き飛ばされ手合わせは終わった。
「まぁざっとこんな感じだな。どうだ、面白いだろう」
「うん。動画なんかでは見て居たけど実際に体験してみるとやっぱり良いね。学んでみたくなった」
「だがレンもなかなかやるな。それに剄の練りが良いな。発剄も教えればすぐできるんじゃないか?」
「剄の練りの意味がわからないなぁ。もうちょっと詳しく」
レンは食料や頼まれた物資などを補給ついでに李偉に稽古をつけてもらっていた。
ちなみに紅麗も武術の天才であり、達人だとのことだが、まだ力加減がうまくできないので手合わせはできない。
なにせ震脚で地面にクレーターができるくらいだ。三枝吾郎が地面の補強をしていて、陥没することはなくなったが、まだ加減に苦労しているようだ。
だが大八極などの八極拳の演舞を見せてくれたり、槍や剣の演舞は見せてもらい、実力が高いことがわかる。
ただ紅麗は僵尸鬼として神霊と呼ばれてもおかしくないレベルの力を持っている。
技を使わずとも力だけで大体なんとかなってしまえるだろう。
本人としては力も使いこなしながら好きな武術の鍛錬を続けることが望みのようで、溢れ出す魔力を制御する訓練に精を出している。
「発剄はお前が魔力と呼ぶ力を拳や蹴りに乗せる打法だな。どの拳法でも似たような技がある。普段より方力を集中して拳に乗せて相手の防御を撃ち抜く。そういう技だ」
「実際に見てみたいな。受けたくはないけれど」
「いいぜ、色々世話になってるしな」
ドンと震脚が地面を響かせ、中段で突き出された拳から魔力が吹き出る。
やはりレンの思っていたように剄とは魔力放出を武術に応用した技のようだ。
李偉も紅麗に近い相当高位の魔力を持っている。仙術は苦手だが中国武術界では武仙として名が響いているらしい。
少なくともレンは李偉の発剄を受ければ致命的な傷を負うだろう。
基本的な魔力量の差が大きすぎる。
レンの〈
純粋な魔力を圧縮させ、放出するのはかなり難易度が高い。さらに李偉は足先や背、肩など様々な場所から剄を放てる。
魔力は体内で属性を変換し、術式として放った方がよほど楽ではあるが、高速戦闘中に術を練り、放つには相当な技量が必要であるし、ラグがある。
それはそれで極めれば効果的な戦術なのだが、発剄やレンの打法にはその攻撃さえ当たれば同時に爆発するように相手の体内に魔力が打ち込まれるのだ。
「いいね。とりあえず八極拳を習ってみたいかな」
「いいが八極拳だけでなくある程度進んだら他の門派も学んだ方がいいな。八極拳は接近短打が多い。もちろん槍術なんかは別だが、無手の八極拳を学ぶならその短所を補うような武術で補う方が実戦には良い。あと化剄も学ばないとな。もちろん八極拳だけを長年修行して達人になれば、李書文のように一打必殺に成れるだろうが、他門派を学ぶことも大事だ。何より他門派の武術がどんな技を使ってくるのかわかれば対応もできるしな」
「化剄か、太極拳とか? 陳氏太極拳の演武は格好いいなと思ったよ」
「おいおい、陳氏太極拳は陳家溝の秘術だぞ」
「え、でも今は陳氏太極拳協会とかあって日本でも学べるみたいだよ」
李偉は知らなかったらしく、頭を抱えていた。
「化剄は太極拳や八卦掌などが良いな。相手の攻撃を流水のように受け流し、さっきのように強烈な打撃を与える。それが理想だ」
「日本の柔術の崩しのような物かな。まぁまずは教わった型をちゃんと染み付かせるようにするよ」
「おう、やる気のある弟子は大歓迎だ」
李偉は吾郎と違いアクティブ派だ。〈箱庭〉の中での生活は暇らしく、たまには外に出たいと言っていた。
『ねぇ、北京語で話しなさいよ。日本語はわからないのよ』
『すまん。つい、な』
『ごめん、紅麗。八極拳だけでなく八卦掌や太極拳なども学んだ方が良いってアドバイスを受けていたんだよ』
『そうね、私も師にそう教わったわ』
『紅麗の場合は化剄なんて要らんだろって思うがな』
紅麗の魔力は莫大だ。ブースターなどを使わずにレンが〈
防具を身に着けていなくても強力な鎧を身に纏っているのと同じようなものだ。紅麗を傷つけられる存在はそうそういないだろう。
『私はちゃんと学びたいの。確かに強い身体にしてもらったけれど自分で鍛えたわけじゃないもの。それにできて損はないでしょう?』
『まぁな。だがまずはその力加減をもっとなんとかしないとな』
紅麗は既にドアや壁などちょっとしたことで何度も壊してしまっている。
単純に転んで岩に身体が当たれば岩が砕ける。そういうレベルだ。
『これ、使ってみる?』
『なにそれ、腕輪?』
『そう、魔力制御用の腕輪だね。補助するタイプだから付けたからと言ってすぐなんとかなるものじゃないけど。あとはこっちかな。こっちは本来は敵の魔力を抑え込んで拘束するような術具を、さすがに拘束具っぽい見た目じゃアレだと思って加工したやつ』
『良いデザインね。つけても大丈夫?』
『別に害はないよ。紅麗が困ってそうだから用意したんだ。試してみて』
もう既に季節は変わり、10月に入っている。2ヶ月近く経ち、李偉や吾郎が魔力制御の訓練をさせたり、レンがアドバイスをしていたりしたが、多少の進捗はあってもなかなか苦労している。
それでレンは昔作った術具を持ち出して紅麗にプレゼントすることにした。
『あら、良いわね。確かに力がぐっと抑え込まれる感触があるわ。これならちょっとしたことで物を壊すことはなさそうだわ』
『そりゃ良かった。段階調節もできるし、外出する際には隠蔽系の術具も用意するよ。そのまま出たら絶対目立つからね。でもまだ準備できてないからちょっと待ってね』
実は拘束具は強力な魔物を拘束する為の物を改造したものであるが、それは言わなかった。
制御用の腕輪は未熟な術士が魔力制御のコツを掴む為の物だ。
体内の魔力がどのように動いているか、どの程度漏れ出ているかがわかるようになる。
紅麗の魔力は膨大なので壊れないように調整するのが大変だった。
通常の物では付けた瞬間、破裂していただろう。
紅麗はレンに匿われてから1度も〈箱庭〉から出ていない。
本人が出たいと言って来ないのもあるが、本人の記憶は100年ほど前の中国なのだ。
現代日本はこうなっているなどの動画や、現代の中国北京や上海などの動画を見せると驚いていた。
と、言うかそもそもタブレットやノートPC、モニターなど自体に相当驚いていた。ジェネレーションギャップどころではない。
更にこの100年の文明の進み具合は他の時代に比べてもかなり変化が激しい。車やバイクは当時も存在したが、まだ中国では主流ではなかった。馬賊という馬に乗った盗賊が跋扈していた時代なのだ。
故に吾郎たちは紅麗に紅麗死後の中国や日本の歴史、文明の進歩、現代日本はどうなっているかなど様々なことを教えている。
実際電話やテレビやラジオも存在しなかった時代から、急にスマホやタブレットが一般人でも当たり前に持っている時代に蘇れば、驚きは大きいだろう。レンも漣少年の記憶があってさえ、様々な物の便利さや日本のインフラの整備に驚いたものだ。
それに紅麗の気配を抑えられなければ迂闊に外も歩けない。
レンは方士たちや僵尸鬼たちを匿っていることを秘密にしているのだ。
知っているのは〈制約〉の掛かった者たちと藤、天狗たちくらいである。
吾郎は引きこもり気質らしく、特に外に出たい欲求はないらしい。
僵尸鬼の研究も終わり、紅麗も復活した。目的を遂げたのだ。
ただ研究者気質らしく、紅麗をまた失いたくないという思いからか、紅麗の為に術を開発したり術具を作ったりと専用の研究室で引きこもっている。
素材は〈連包袋〉という中国版アイテムボックスに山程詰まっていたようだ。
レンは中国の術具などの素材などを見せて貰いつつ、レンが持っている素材なども提供し、お互いに研究をして吾郎とはなかなか仲良くしている。
それに吾郎は紅麗復活前にも中国で様々な武器、術具を集め、日本に渡ってからも彼女用の術具を三枝家を通して手に入れたり作り上げたりとなんというか尽くす男という感じである。
豊川家の宝物庫ほどではないが、獅子神家に見せて貰った刀剣などの量より遥かに多くの質の高い武器や防具、術具が準備されていた。
三枝由美と三枝多香子の2人は3人の生活補助として働いている。
由美は戦闘もできるらしいが、多香子はあまり戦闘は得意ではないらしい。
その代わりに家事は完璧で、料理に洗濯に掃除など女中として彼らを支えている。
和風女中の格好をしているので今どきはあまりみないスタイルだが、本人が死亡した時代は昭和後期らしいし、元々三枝家でも女中として働いていた。本人としてはそれが馴染みのある格好だと言う。
『おい、レン。俺はたまには外に出たいんだが?』
『う~ん、いいよ。関東と関西は避けよう。後いくつか術具を付けて貰って魔力も抑えてもらうし、幻影系の術具で姿も変えて貰う。それでいいなら今度どこかに行こうか』
『お、いいな。そうだな。行ったことがない場所がいいな。金沢とかどうだ』
『どこでもいいよ。でも絶対にトラブルは起こさないこと。普通の中国人観光客の振りをしてね』
『三枝家でも似たようなことをしていたし、得意だぜ?』
李偉はニヤリと笑って言う。
静かに暮らしたいという希望は吾郎の物で、李偉はそれに付き合っているだけだ。
それはそれで付き合いが良いなとも思う。だが〈箱庭〉内の少し不便な生活も楽しんでいるようだ。
結局発電機を導入し、ノートパソコンやタブレットなどを李偉用に準備した。
そういうデバイスを最も好み、且つ欲しがったのが李偉だったからだ。
ネットには繋がっていないが、オフラインでできるゲームや李偉が読みたい書籍などはレンがネット環境を利用してDLし、渡している。また、42インチのTVも用意し、映画などを見る用に使っているようだ。
中国映画や中国ドラマだけでなく、洋画や邦画なども嗜んでいたらしい。
レンは李偉に言われたリストをメモし、通販などでDVDやBDのソフトメディアを購入して彼に渡している。
『ネットが繋がっててサブスクで見れるのが1番なんだがな』
『それはココじゃ無理だね。君たちはまだ外には出せない』
『しばらくはってことは、出せるようになることもあるってことか?』
『君たちが望んで、且つ僕の部下として働くなら良いよ。タイミングは見計らう必要はあるけどね』
『吾郎はあまり望まんかも知れないが紅麗は出たがるかもな。そして俺は別に部下として働いてもいいぜ?』
『じゃぁ今度何人か僕の部下を紹介するよ。彼らとの連携や言語が通じるかの問題もあるからね』
アーキルや望月重蔵は中国語を解するが部隊全員がわかるわけではない。
そして李偉は日本語と中国語と英語はわかるらしい。あと怪しいがスペイン語も使えると言っていた。
しかし紅麗は清時代の北京語と広東語しかわからない。日本語は勉強中である。
吾郎は日本語と北京語、広東語、英語の4種類だ。
一緒に部隊として行動するのであれば言語でのコミュニケーションや手信号などの合図の統一は必須だ。部隊で使っている通信機器などの習熟も必要だ。
李偉は思っていたよりも現代文明に通じているのできちんと説明すればすぐ使えるようになりそうだが、紅麗は難しそうだ。
ただ紅麗は単体で暴れて貰う方が運用としては使いやすい。
吾郎は紅麗から離れないだろうから2人セットで動くようにするか、李偉と由美も合わせて4人で1部隊と考えれば良いのかもしれない。
後は最低限蒼牙や黒縄たちとの連携やコミュニケーションを確認すれば良い。
(うん、彼らは全員強いから部下として使えるなら嬉しいな。紅麗がちょっとまだ危なっかしいから無理だけど)
レンは李偉が前向きな返事をしたので、彼らの運用方法も考えようと頭の中で様々な使い方を考えた。
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