073.閑話:ある夜の女子会

『今日はレンくんは居ないんだね』

『なんか引き籠もってやりたいことがあるらしいよ』


 楓たちは旅行中、毎日のように誰かの部屋に集まって女子会を行っていた。

 女子会と言っても結構な頻度でレンも混じる。

 灯火、楓、水琴、美咲、葵、そして瑠華に瑠奈。更にエマとエアリスも加わっている。

 みんなそれぞれの寝巻きで、お菓子やジュースを摘みながらカードゲームをしたり、とりとめのない会話をするのが趣旨で、特にコレと言った主題はない。

 エマは日本語がまだ堪能ではないので、全員英語で喋るようにしている。


 今日はレンは不参加らしい。おそらく〈箱庭〉でハクたちとモフモフしているか、何か訓練でもしているのだろう。


『今日行ったお寺も良かったね』

『私はアドベンチャーワールドがやっぱり素敵だったわ』

『熊野の大自然も良かったよ』

『昨日のご飯が好みだった』


 それぞれに楽しかった思い出を語り合う。


『私は日本自体が初めてだし、観光はほとんどしていないからどれも新鮮に思えるわ。都会の建物はごちゃごちゃしていてあんまり好きじゃないけどね。あぁ、でも日本食は好きよ』

『そうだね。チェコの方が街並は好きだなぁ』


 エマとエアリスは7月頭まで危険な宗教集団に狙われて、レンたちに護衛と言う名の特訓を受けていたらしい。

 実際護衛もされていたが、護衛される側が動けないときちんと守れないというレンの意見により、かなりきつい訓練が行われたようだ。

 本人たちは夜にはバテバテで、そんな状態で襲われたどうするのかと疑問に思っていたそうだが、レンは「ちゃんと対策は考えてあるから多分大丈夫。それよりも訓練のが大事だよ」と答えただけだったらしい。


『チェコかぁ。行ったことないから行ってみたいなぁ』

『私は行ったことがあるわよ。ウィーンに用事が有った時についでに寄ったの。きれいな街並よね。私も大好きよ』


 楓が言うと灯火がそう返した。


『どんな用事?』

『ピアノのコンクールがあったの。招待されたから出てみたのよ。1位にはなれなかったけれど最終選考まで残って入賞したわ』


 詳しく聞いてみると有名な国際コンクールらしい。

 灯火は様々な事を真剣に学んでいる。ピアノやバイオリンも国内コンクールでは上位入賞の常連で、優勝した経験もあるらしい。楓は知らなかったが、その世界では有名なようで調べてみると灯火についての記事が普通に出てくる。

 ただコンクールに出る頻度は少ないようだ。


 更にバレエや日本舞踊、琴や華道に茶道なども学び、学校も有名なお嬢様女子校に通い、成績も優秀と正直文句の付けられないお嬢様だ。

 バレエは有名なドイツのバレエ学校から留学しないかと誘いを受けたと言う。家の事情もあるので留学は厳しいのか断ったと言っていたが、普通は入学したくても認められなくては入学許可すら貰えない。

 そんなに幼い頃から様々な習い事をしていたら遊ぶ時間などないだろうと思うが、灯火は灯火で楽しんでやっているらしい。

 ピアノやバレエなども、華道や茶道も好きでやっているので苦痛だと思ったことはないと言う。


『灯火はピアノもやるのね。うちにも古いけどピアノがあって近所の先生に習っていたわ。そんな大きなコンクールに出るような腕前ではなかったけどね』

『好きに弾けば良いのよ。私もコンクールで勝つ為に練習しているわけではないわ。弾きたいから弾いているの。バイオリンやギターも同じよ。最近はサックスも始めたの』

『あら、JAZZもやるの? 私はJAZZピアノも好きよ。今度機会を見つけてセッションしましょう』


 エマと灯火で話が盛り上がっている。


『水琴は習い事とかしてた?』


 水琴は静かにしていることが多いので話を振ってみた。


『昔から剣術ばっかりだったわね。あぁでも習字は習ったわ。一応書道で段も持っているのよ。あとは何かしら? うちはあまり強制はされずに興味があれば習わせてくれるって感じだったの。剣も槍も大好きだったからそればっかりやってた感じね』

『水琴の柔術も剣術もすごい!』


 水琴は静かに話を聞いていることが多いが、振ればちゃんと答えてくれる。しかし剣術ばかりだったとはなんとなく水琴らしく思える。

 そしてそれにエアリスが食いついた。

 エアリスは武術もきちんと学んだ方が良いとレンに指摘され、水琴や葵に習っていたらしい。


『また教えてあげるわよ』

『うん、でももう特訓はイヤ!』

『私もイヤよ!』


 水琴が答えるとエアリスとエマが同時に答えた。

 それほどレンの特訓は厳しかったらしい。だが命を狙われている中で、ゆっくりと修行している暇などはない。詰め込み式で特訓をされるのも仕方のない状況だろう。


『エマもエアリスもまだまだ甘い。レン様の本気の特訓はあんなもんじゃない。2人はまだ段階が浅かったからむしろ緩かった』

『えっ!?』

『どういうこと、葵』


 葵がそう言うと2人が反応し、水琴が苦笑している。


『レン様にもっと強くなりたいと水琴と一緒に言ったら特訓をされたけど死ぬかと思った。詳しくは話せないけど、エマやエアリスの特訓はまだ優しい方。2人の実力に合わせたギリギリの線の特訓だった』

『そうね、私も死ぬかと思ったわ。と、言うかレンくんが助けてくれなかったら死んでたんじゃないかしら。死ぬような所に放り込んで、本当に危ない時しか助けてくれないのよ』


 2人の言葉を聞いてエマやエアリスだけでなく、灯火、楓、美咲、瑠華、瑠奈の5人も引いている。


『でもこなせばちゃんと強くなる。間違いない』

『それは……まぁそうね。間違いないわ。度胸も付くと思うわよ』


 何をされたか知らないが、水琴や葵なら〈箱庭〉での特訓だろう。もしあの時の神霊を相手に戦う訓練などであったら楓など何もできずに死ぬと思う。

 カルラであろうがクローシュであろうが、ハクやライカやエン、またはその眷属たちの1体でも楓はここにいる全員と共闘しても勝てる気すらしない。

 実際そのくらいの実力差はあるだろう。


『特訓は怖いけど、強くはなりたい……かなぁ』

『あら、レンくんに頼んでみたら? 多分思っているような特訓ではないけれど、そうそうできない訓練よ』

『強くなりたいなら言ってみるといい。レン様はきっと聞いてくれる。強くなれば攫われたりしないしレン様のお役にも立てる』


 水琴が笑いながら言い、葵も繋ぐ。

 だが楓が強くなりたいという気持ちは本当だ。実際攫われて生贄にされそうになったのである。

 もし自分がもっと強ければ、命の危険に合うことなどなかった。

 楓の、楓たちの命があるのはレンがたまたま助けてくれたという一点だけなのだ。


 楓も、そして灯火や水琴、美咲や葵もあの一件を境に意識が変わった。

 術士の、退魔の家に生まれた者に取っては強さというのは重要な指標だ。それに実際妖魔との戦いで命を落とす術士や、大怪我を負って引退する術士も居る。

 しかし楓は本当に危険な実戦に出たことはなかった。

 才能はあると父や母、兄には言われて術の勉強もやっていたものの、本気で取り組んでいたかというとそうでもない。

 分家の女子であり、本家からそれほど期待もされていない。そういう立場でもあったからだ。


 だがレンに救われ、楓は特訓とまでは言わないが、それまでとは比べ物にならないくらい武術や陰陽術を本気で取り組むようになった。

 レンには霊力の制御が甘いのでこうしたほうが良いとアドバイスを貰い、実際効果が高く、以前の自分とは比べ物にならないほどに強くなっている。


 ではそれで十分なのかと言うとそうではない。

 世の中には一生術や武に捧げても、敵わない相手というのは存在する。

 クローシュなどはその典型だ。

 藤森家の術士たちが立ち向かえるとは思えない。


 だが、そこで諦める訳にも行かない。クローシュのような災害に近い相手に出会ってしまったらそれは仕方がないが敵わぬとも逃げられれば良いのだ。

 努力で超えられる壁はいくらでもあるのだ。少なくとも同じ術士に襲われて、撃退することくらいはできるようになりたいし、上級はともかく中級妖魔くらいなら単騎で撃破できる程度にはなりたい。

 中級妖魔の単騎撃破は藤森本家の上位層ができるかできないか、という基準だ。

 少なくとも藤森家中でも上位には入る。そのくらいの実力があればよほど運が悪くなければ自身の命を守ることができる。

 楓はまだまだだが、そうありたいと思っている。


『そうね、相談してみる』

『えぇ、協力するわ。東京に帰ってからお願いしてみたら良いんじゃないかしら? 最初は手加減するようにレンくんに言っておくから』

『手加減は大事。レン様はそういう面では鬼畜。間違っても「本気でお願いします」なんて言っちゃダメ』


 楓がそう言うと2人が応援してくれながらも、不穏な言葉を残す。


『あら、じゃぁ私もお願いしてみようかしら。興味があるわ』

『うちも~! って言いたいけどなかなか外出許可がでないんだよね~。むぅ、高校に入ったらレンっちに毎日会えるようになるから、そしたらお願いしようかな~』


 灯火と美咲も乗ってくる。2人もやはり自身の強さを身につける大切さが身にしみたのだ。

 それにあの後会う度に彼女たちは強くなっているのがわかる。楓のように真剣に取り組んでいるのだろう。


『うっ、お姉ちゃん。私たちも特訓受けたほうがいいんじゃない?』

『えぇっ、エアリス本気なの』

『だって死ぬよりはマシだよ?』

『うっ、確かにそうね。少なくとも今の私たちじゃあいつらには勝てなかったわ』


 モチベーションの高い灯火たちにつられて、エアリスとエマもやる気になったようだ。


『でもアレはもう絶対イヤよ』

『そうだけど、必要な訓練だったと思うよ? 実際には役に立つ機会は今回なかったけど』

『なくてよかったわ』


 よくわからないが、エマは顔を赤くしている。白い肌なので頬や耳の紅さがよく際立っている。

 そして水琴と葵はちょっとだけ視線を逸した。


『え、何をさせられたの?』

『言いたくないわ』

『まぁ、楓もレンくんに特訓をお願いされればきっと同じことをさせられるっていうか、強制的にそうなることもあるっていうか』


 エマはにべもなく、水琴は言葉を選んでいる。

 そしてその水琴の言葉で何かを察したのかエマとエアリスが同情の目線を2人に向けた。


『どんな訓練なのかしら。でも必要な訓練なんでしょう? 死んだり腕が取れたりするよりはマシ……よね?』

『それはもちろん、そうよ。言っている意味はわかるし必要性も理解できる。でも女子としてはとても受け入れられないわ』


 どうやらかなり恥ずかしい話らしい。想像もつかないが、レンがエロいことを2人に行うとは思えないし、話題の中心は訓練の内容である。


(どんな内容なんだろう。気になるぅ。でも絶対教えてくれなそう。……ってか私も経験することになるのかな)


 言葉をボカしながらもエマの拒否反応と水琴と葵の目が死んでいることからも特殊な訓練なのだろう。

 水琴など死ぬかと思ったと言っている時よりも死んだ目をしている。

 そして強くなりたい。そうレンに願えば漏れなくその訓練を実体験する可能性が高いことが示唆されている。


(うぅぅ、強くはなりたいし、レンくんの訓練も受けてはみたいけど、めっちゃ怖い!)


『そういえば美咲ちゃんは本当に東京に来るの?』

『うんっ、もちろん! そう宣言してるし、一部の反対はあるけど多分大丈夫っ。……でもレンっちと同じ学校は無理かもって話になってる』


 なんとなく雰囲気が暗くなったので灯火が話題を変える。


(本当にレンくんの傍に居る為に引っ越しまでするのね)


 美咲の行動力には驚くばかりだ。だが神霊の血を引く娘というのはそういう物だと聞いている。

 葵もレンへの執着は非常に高い。普段は静かで口数が少ないのだが、レンの事を語る時は雄弁になる。その上賛美が多い。


(レンくん、モテモテね。本人は気にしてなさそうだけれど)


 この場にいないレンは今何をしているのだろう。

 そう思いながら楓は宿の窓から見える月を見上げた。

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