069.仁和寺

「そらまた大変やったなぁ。悪いなぁ、おかしなこと頼んで」

「結果的には犠牲もなかったので良いですよ」


 レンは藤に報告に来ていた。もう京都に用事はないので全員で移動しても良かったのだが面倒だったのでスカイボードで飛んで来たのだ。


「そんで、魂蔵持ちを手に入れたんやろ? どうするん?」

「ん~、あの魂蔵、抜き取ってもいいですか?」

「そんなことできるん? まぁできるんならえぇんちゃう。魂蔵持ちは大概持て余すしおかしな使い方しとったみたいやしなぁ。魂蔵はだんだん育てて行ってちゃんと修行すれば良い能力なんやけど大器晩成型なんよ。大体が使いこなせんで終わるんが普通やな。人間の寿命は短いしな」

「かなり壊れかけてましたし、怨念で穢れてたので、また同じように使われて怨霊化されてもよくないので対処しようかと」


 藤はニヤニヤと笑いながらレンに茶を差し出した。


「好きにせぃな。ちゃんとうちの依頼以上の成果をあげてくれたし、おっきな問題もおきんかった。最良の結果やな。報酬、期待してえぇで」

「ではがっつりと貰うことにしますね」

「あははっ、えぇ子やね」

「貰える物は貰う性質たちなので」


 レンがそう言うと更に藤は楽しそうに笑う。


「まぁええわ。詳しくは美弥にいうとくで後でもろてや。宝物庫の中身全部とかは流石に聞かんけどなぁ」

「そこまでは言いませんよ」


 お茶を飲み、レンも笑いながら答える。藤は役行者のように話せる神霊だ。

 鞍馬山大僧正坊を見た後なので余計にそう思う。


「えぇよ。じゃぁ美咲ちゃんが首なごうして待っとるやろし、帰ってやりぃな。十分話は聞いたしな」

「そうします。結局蚊帳の外のような感じになってしまいましたけどね」

「むしろ危険に晒されたら困るわ。えぇんよ、手伝いなんて口実でレンと一緒に居たかっただけやろ」

「僕もそう思います」

「ちゃんと守ってくれるって信じてたからなっ」

「過度な期待は困りますよ」


 レンは藤と円満に別れ、京都に帰った。

 京都の拠点では撤収準備が始まっている。

 借りた拠点なので全員で掃除やゴミを集めたりしていた。


「おかえりなさい、玖条様。話し合いはどうでした」

「依頼はちゃんと完了。報酬はまだ決まってないけど期待してていいらしいよ。お前らにもボーナスを払うから期待していいぞ」


 各所から喜びの声が聞こえる。

 今回最も働いたのは黒縄の人員だ。交代で三枝家を見張っていたし、拠点の警備も行っていた。

 重蔵は実際に戦闘も行った。ボーナスくらい払っても良いだろう。


「さて、僕はちょっとやることがあるからしばらく籠もるよ。撤収準備は進めておいて」

「はいっ」


 レンはそう申し付けてから、〈箱庭〉の中に入った。

 葵は当然ついてきた。



 ◇ ◇



「さて、話はできるかな?」

「わたくし達に話があるとは珍しい御仁ですね」

「うむ、普通怨霊と話そうとなぞ思わぬぞ。あの小僧も儂らを戦力としてしか見ておらなんだ。妙な術で縛られておったしな」


 レンが話をしているのは高杉弘大が使っていた式神である怨霊2体だ。

 豊子と頼通と呼ばれていた貴人の女性らしき怨霊と武者鎧姿の怨霊である。

 弘大の背中には呪印が施されていて、その力と与えられた術具で無理をして2体の怨霊を式神として使っていたらしい。

 呪印を解いたら2体の怨霊は弘大から切り離された。

 レンはこの2体もスカウトするつもりなのだ。

 豊子の能力はなかなか使えそうだったし、頼通の槍術も相当な練度だった。

 それに他にも隠している手札はあるだろう。

 レンは従魔はいるが式神は作ったり従えたりしてはいない。

 やり方や術具はあるが、特に必要性を感じなかったのだ。

 だが珍しいとは言え怨霊を式神にする術者はいるらしい。

 レンが術者として偽装するなら日本原産の怨霊を従えるのも良いかと思ったのだ。


「まぁそんなわけで事情を聞いて、やる気があるなら僕に従って貰おうかなと。この葵に従ってくれても良いけどね」


 レンは豊子と頼通に怨霊になった経緯などを聞いてみた。

 怨霊にそんな話を聞きたがる術者など珍しいと2人は驚いていたが話はしてくれた。


 まず豊子。藤原豊子と言い、藤原氏の女性だという。9世紀から10世紀に生きた女性で敦実親王と密かに情を交わしていたという。

 父親の名は伏せられたが死んだ時には正2位だったと言うので相当高位の家の出だ。

 当時は藤原氏は山程居たのでレンの知識ではどの藤原氏かは判断できない。


 敦実親王は名前に覚えがある。宇多天皇の皇子で坂家宝剣を肌身離さず持っていたという伝承や、音曲に秀いで、朝廷と縁が深かった仁和寺に出家していた皇子だ。


 豊子は敦実親王と密かに情を交わしては居たが、結婚はできなかった。

 当時の結婚は家長が決めるものであり、敦実親王は当時朝廷で実権が大きかった藤原時平の娘を娶ったはずだ。

 豊子はそれを残念に思いながらも身を引いた。しかし呪術師に呪われ、何がなんだかよくわからない内に死んでしまったのだと言う。


 その呪術師を雇ったのが藤原時平の娘や縁者だったのかはわからない。

 だが呪われて死んでしまったために怨霊となり、当時の仁和寺の僧に封印されたのだと言う。

 しかしその封印が緩み、京都を渦巻く怨念が豊子に流れ込んできた。

 10世紀と言えば菅原道真が、その後12世紀には崇徳天皇が居た時代だ。

 道真は時代的にどうかわからないが、他にも有名無名の怨霊はその時代には数えられないほど多かったと言うし、京都の街に怨念が渦巻いていたというのもうなずける話だ。


 しかし豊子は自力で封印を解く力があったにも関わらず、特に封印からでずに静かに眠っていたのだという。

 ちゃんと供養すれば成仏できたのでは、と思ってしまうほど穏やかな女性だ。


「では怨霊として使われるよりはきちんと成仏したいと?」

「えぇ、わたくしは特に戦闘も好みませぬ。おかしな力に目覚めはしましたが仏道に戻れれば幸いです」


 豊子はずっと眠っていて、忘れ去られた封印の塚を弘大に暴かれ、無理やり式神として使われていたという。

 本人の意思を考えれば、僧侶に頼んで供養してもらうのが良いのだとレンは思い、豊子を従えるのを諦めた。




 逆に頼通はレンの式神として仕えることを望んだ。

 頼通は源頼通と言い、河内源氏の一族の1人だったと言う。

 河内源氏は後に源氏の頭領となる清和源氏の元となった源氏だ。源頼朝や義経などもその子孫にあたる。

 ただ源氏も名を残ってる者、残っていない者など多数居るのでレンは頼通の名は知らなかった。

 頼通は源氏の中では中堅くらいの家に生まれ、武芸に励んでいた。

 だが源氏内の勢力争いに巻き込まれ、頼通の家は襲撃され、族滅に有ったと言う。

 しかし自らの武芸を磨き、更に伝えたいという思いが強かったのか怨霊として蘇った。

 その後様々な地で術者と戦い、ある時に敗れ、封印された。

 しかしその封印も当時起きていた戦乱で忘れ去られ、豊子と同じように封印を暴かれて弘大の式神として使われていたと言う。

 だが頼通はもっと戦いたい、武芸を磨きたい。そしてそれを伝えたいという思いが強く、レンの元で戦えるなら式神として契約しても良いと言う。

 レンは元々スカウトするつもりだったので頼通と式神契約を行った。



 ◇ ◇



 翌日、せっかくだからと灯火、美咲、葵を連れてレンは仁和寺を訪れていた。

 理由は説明していないが、今回の観光に仁和寺は入っていなかったのでせっかくだから寄って行こうと誘ったのだ。

 仁和寺は京都の御所から西側にある大きな寺だ。北部には山があり、金閣寺や龍安寺などもそこそこ近い。

 真言宗御室派の総本山で、古都京都の文化財として世界遺産に登録されている皇室と縁の深い由緒正しい寺である。


 仁和寺に入ると、レンは魔力を感じられる僧侶の1人に話しかけ、豊子の話をざっくりとした。

 すると僧侶は慌てて少しお待ちくださいと言い、少し経っておそらく上位の僧らしき僧を連れてきた。


「そちら様が、古き時代に仁和寺の僧が封印した怨霊を鎮めて欲しいと言われる方ですかな」

「玖条漣と言います。東京で玖条家当主をしています。縁があり、藤原豊子姫の怨霊と出会い、話を聞いたところ怨霊ではなく仏道に戻りたいと意思を確認したので相談したくて参りました」

「えぇ、えぇ。拙僧たちで良ければ喜んで御力になりましょう。敦実親王は仁和寺に縁の深かった御方でもあります。その敦実親王の縁の方で、藤原氏の姫の霊であれば、当寺で鎮めるのが良いかと思います」


 穏やかな初老の僧、袈裟の意匠が豪華なのでおそらく高位の僧なのだろう。

 徳のある僧、というイメージ通りの僧侶だ。

 小僧に聞いた所、住職ではないが仁和寺でも高位の僧侶だと聞くことができた。


 少し準備に時間が掛かるので仁和寺内を拝観していて欲しいと言われたので灯火や美咲、葵たちと仁和寺内を巡る。

 国宝である阿弥陀如来坐像や重要文化財の愛染明王座像、多聞天立像などを見学し、更に仁和寺の僧の解説付きである。

 お堂の由来や縁のある皇室の方、仏像などの説明をしてくれてなかなかない仁和寺観光になった。


 仁和寺を一通り見回ったあと、レンたちは先程の僧侶と数人の僧侶がいる場所に向かった。


「ここは敦実親王の墓所に近い場所になります。ここに塚を築き、弔うのが良いのではないかと思い、準備させました」

「ありがとうございます」


 レンは古い櫛、豊子が敦実親王から貰い、大事にしていたという豊子が宿る櫛を僧侶に渡す。

 僧侶はその櫛を木箱に仕舞い、しっかりと封をして土に埋め、その上に塚石を建ててくれ、念仏を唱えてくれた。


(これなら豊子姫もちゃんと成仏できるんじゃないかな?)


 レンは成仏などはよくわからないが、豊子本人から聞いた事情から最も良いだろうと思う仁和寺を訪ねて見たが、思っていたよりも良い対応をされて驚いていた。

 だがしっかりと弔って貰った豊子が再度怨霊として厄災を齎すことはないだろう。

 元々そういう性質の怨霊ではなかったので心配はしていないが、より安心である。




「レンくんは優しいのね」

「そうかな。本人がそう願っていて、聞いてみたら思ってた以上に僧侶が手厚く弔ってくれたってだけだよ」

「普通怨霊の話なんて真面目に聞きませんよ?」

「そうだね~、豊川でも問答無用で祓っちゃうね」

「まぁ今回は話のできる怨霊だったからってだけで、怨念に染まって襲いかかってきたら僕だって問答無用で始末したよ」


 灯火や美咲は豊子の事情を聞いて同情したようだ。実際彼女に悪い所はないように思える。

 自己申告だから本当かどうかまではわからないが、実際に穏やかな霊だったのだ。

 ただ呪術で殺された事、当時の戦乱、権力争いが激しかった京都での怨念に晒された事で怨霊化してしまったに過ぎない。

 黒骸兵を操る能力はちょっと惜しいなと思わなくもないが、本人の意思を無視してまで従属させようとまでは思わない。

 レンたちは近くの甘味処で甘味を楽しみ、その後近くの寺などもいくつか観光して、その後豊川家に向かった。



 ◇ ◇



「ここが近江神宮かぁ」


 なぜかレンたちは近江神宮に居た。

 来る時は琵琶湖南部を走って来たし、琵琶湖は遠くからちょっと眺めたに過ぎない。


「どうせなら琵琶湖をぐるっと周ってから帰ろうよ」


 と、美咲が言い出し、時間に余裕もあったのでそうすることになったのだ。

 そして途中にあった近江神宮に寄ったのである。

 近江神宮はかなり新しく建立された神社で、実際建物の外観などはきれいだと感じる。朱色を基調としていて、大きな鳥居がある。

 京都からもかなり近く、琵琶湖南西部に位置する神社だ。


「ここ、かるたの聖地って言われてるんだよ。毎年名人戦とかクイーン戦が行われてるの」

「かるたってあのかるた?」

「そう、百人一首。競技かるたって言って、ルール決めて取り合いするんだよね。うちはやったことないけど」


 軽くスマホで調べて見ると全日本かるた協会というのがあって、競技かるたを教える道場などもあるらしい。

 レンの通う高校にはないが、競技かるた部というのも存在し、その全国大会もここ近江神宮で行われるそうだ。

 そして毎年1月に、男子競技かるたの頂点である名人戦と女子競技かるたの頂点であるクイーン戦が行われると言う。

 かるたの大会は全国で行われているらしく、日本らしい伝統行事をスポーツ化した独自の競技だなぁと感想をもった。

 ちなみにかるたの聖地の由縁は、小倉百人一首第一首に選出された天智天皇を祀っているからだという。


 近江神宮を参拝したレンたちは日本一大きい琵琶湖を数時間掛けてドライブした。

 琵琶湖一周は約200kmもある。高速道路でもないのでなかなか長いドライブだが、天気もよく、琵琶湖を西部から北部、東部まで周り、一周まではせずに米原から名古屋方面に舵を切り、豊川家に向かった。




「おかえりなさいませっ、美咲お嬢様。玖条様方」


 相変わらず美咲の出迎えは派手である。何十人という使用人が出迎えにやってくる。

 道中で夕食も済ませて来たので軽く歓待を受け、レンたちは豊川家に宿泊させて貰うことにした。

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