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「さて、ほんとはもっと早くやりたかったけど、十分早いからいいか」


 レンは2つ目の魔力炉の励起をしようと思っていた。

 藤に日本の神々の加護をうまく受け入れるようにして貰った結果、レンの魔力や聖気、そして魔力回路などの強度が格段に上がった。

 それらの制御もそう難しくなかったので、本来なら数年後になると思っていた魔力炉の励起ができるようになったのだ。


 2つの魔力炉を稼働できるようになると複数属性の同時発動がより簡単に行えるようになる。

 単純に魔力量が増えたりするだけでなく、最大出力や回復能力も高まる。

 稼働してすぐはしばらく調整や制御に時間を割かなければならないが、メリットばかりであり、しない理由はない。

 むしろ前世のように8つの魔力炉全てを稼働するのはレンにとっては目標でもなんでもなく、いつかは必ず達成する予定のようなものだ。


 その予定が前倒しになったのだから単純に嬉しい思いが強い。

 前世では100年以上掛かった物だが今世ではもっと早く達成できるかもしれない。


 特に日本の神々は祈りに行き、挨拶をしにいった程度で試練や難題を課されたことはない。それなのに1つ1つの効果はそれほどではないとは言え、多く貰っていた。直接受けた藤とエイレン、役行者の加護は別だ。貰った瞬間自身が強化される実感があった。

 藤には依頼を受けたが加護自体は前払いで貰っているし、豊川家からは報酬としてかなり良い術具と現金と大量に貰ってしまった。買えばいくらになるのかわからない。

 特に十文字槍で良いのがあり、レンはすぐに取り出せる戦闘時の収納に仕舞っているくらいである。

 葵用に良い短槍と短剣もあったので貰った。

 レンの与えている物は素材がローダス大陸産だったりするので奪われると目の利く者にはかなり注目されてしまうだろう。

 だが日本産の短槍や短剣なら出自が確かなので疑われることはない。

 盾で良いのがなかったので、竜鱗盾は与えたままだし、隠密装備などは替えが効かないのでそのままだが……。


 レンは手慣れた儀式の準備をし、十分に魔力や聖気の溢れた場所に術具や魔術陣を描いていく。

 霊水を撒き、座禅を組んで目を瞑り、周囲の魔力や聖気を取り込みながら体内の魔力炉に集中する。

 ほぼ休眠状態の魔力炉に微細に魔力を流し込み、赤ん坊を起こすように繊細に刺激を与えていく。


 数時間の儀式の結果、無事にレンの魔力炉は稼働し始めた。

 魔力量も回復力も上がり、複数属性の同時発動などが楽になる。

 だがそれはすぐの話ではない。魔力量は上がった分制御訓練をしなければならないし、魔力炉も最初から全開では動かせない。

 時間を掛けて調整し、魔力回路もそれに合わせて増大した魔力を扱えるように整備しなければならない。

 ただそれはレンに取って毎日行っている鍛錬に項目が1つ増えただけのようなものだ。

 苦痛でもないし面倒なことでもない。

 むしろ1つも稼働していなかった状態から1年と半年で2つも稼働できるようになるなど、レンの知る常識では早すぎるくらいだ。

 前世での知識があるからとは言え、レンの予定とは良い意味でかなりの開きがある。


「3つめ、4つめも早く稼働させたいな。この身体は順応性が高いから思っていたよりも鍛錬の結果が出やすいんだよなぁ。才能があるって素晴らしいな」


 漣少年の肉体は以前のレンの肉体に比べれば筋肉や身長は別にすれば、かなり優秀だ。

 もう20cmくらい背は欲しいし、鍛えているのに筋肉は思っていたよりもつかない。だが測ってみればきちんと握力や背筋力などの数値は伸びているし、鍛錬の結果は毎日とは言わないが強くなっている実感がある。


「アレは気持ちよかったなぁ。カルラの助力を得られずにアレくらいの出力を出せるのはいつになるのかな」


 鞍馬山大僧正坊を殴った時を思い返す。

 あの時はブースターの魔法薬を飲み、カルラの〈精霊憑依〉を使い、しかも短い時間に全力を叩きつけた。

 逆に言えば長時間あの出力はまだレンでは維持できない。

 だが漲る魔力の放出には酔ってしまいそうなほどの快感がある。


「よし、あの時ほどじゃないけどやっぱり高揚してるし発散してこよう」


 前回と同じように魔力炉の稼働により精神的に高揚している。

 以前なら扱えなかった魔法や魔術も使えるようになっているはずだ。

 それをとりあえず制御なんかも考えずに思いっきりぶっ放す。

 水琴たちには魔力制御の大切さをコンコンと説き、訓練を課しているが無視して雑にぶっ放すのも気持ち良いものなのだ。

 だが実戦では隙もロスも大きくなるので制御訓練の大事さは変わらない。


 レンはちょっとウキウキしながら魔法実験場に足を運んだ。



 ◇ ◇



「良い刀ですね、親方」

「おう、渾身の出来よ」


 レンは信光に紹介された霊剣鍛冶師の綱吉の元を訪ねていた。

 頼んでいた霊剣ができあがったというのだ。

 実際に実物を見ると見事な刀だ。魔力の通りも良く、耐久性も高いように思える。芸術的な価値よりも実戦的に使われることを意識された刀だが、単純に美しさも併せ持っている。


「あとは霊力をじっくり流して馴染ませて、妖魔を山程斬れば斬るほど強い霊剣に育つ。まぁ今手に入る素材じゃそれが精一杯だな」

「今手に入る素材? 昔は違ったんですか?」

「今は受肉した強力な妖魔なんてそうそう居ないからな。そういう妖魔の素材を使えばもっといい剣が作れる。実際にそういった素材で打たれた古い刀があるがそりゃぁ良い刀だったぜ? だが今はほとんどそういう妖魔は祓われるか封印されちまったし、まさか素材が欲しいから妖魔の封印を解いて素材をくれなんて言えねぇしな。坊主が倒した大水鬼は素材が残るタイプじゃかったのが残念でならねぇぜ」

「あ~。退魔士は受肉させる前に倒すのが仕事ですからね」

「そうなんだよ。江戸や室町なんかにはもっと受肉した妖魔や神霊が暴れまくってたらしいんだがな。それを羨ましいっつぅと被害にあった民にわりぃが、鍛冶師としてはそういう素材を扱って見たい欲はあるな」


 カカと綱吉は笑う。職人としては強い妖魔や神霊の素材を使ってみたいのだろう。だがそれは退魔士の犠牲や一般人の犠牲も伴う事態が起きるということだ。

 実際大水鬼が復活した時は斑目家や他の退魔の家にも殉職者が居たと聞く。むしろ一般市民に被害がなかったのが奇跡的なレベルだ。


(クローシュの鱗とか、魔戒樹の樹皮とか提供してあげたいけど、流石になぁ)


 レンもこれほどの腕を持つ鍛冶師にレンの持つ秘密の素材を提供してみたいという欲求はあった。

 レンの素材倉庫にはかつて討伐した竜の鱗や骨、爪や角なども眠っている。

 ローダス大陸でも垂涎の素材たちだ。

 そんな異界の魔物の素材を見せたらどうなるか、確実に寄越せと言われるに違いない。

 鍛冶職人とはそういう人種だ。錬金術士でも同様の反応をするだろう。

 だがそれは叶わない。綱吉を自身の陣営として、〈制約〉を掛け、専属鍛冶師として雇えるのなら別の話だが、様々な退魔の家とつながりがあり、何年も予約が埋まっている人気鍛冶師なのだ。


 素材を見せたら全てをほっぽりだして専属鍛冶師になる、なんて言いそうな雰囲気だが信光に紹介された鍛冶師である。流石に引き抜けない。

 そもそも信光の紹介状がなければ会うこともできなかったし、実はレンのオーダーはその紹介状の威力で他の作刀などの予定に割り込んで作って貰っている。

 太刀、脇差し、小太刀、槍の4つが完成し、他にも何本か頼むつもりである。


「そういえば親方、ちょっと試したいことがあるんだけど、弟子たちの作品で良いから譲ってくれないかな」

「なんでぇ、何をやろうってんだ」

「いや、それはちょっと秘密なんだ。この刀を実験に使う訳にはいかないからね、弟子たちの練習用に打った刀や槍でいいから譲ってくれないかな。もちろんお金は払うよ」

「仕方ねぇな。お前ら術士ってのは儂らとはちょっと違った方向性だがおかしなことをしたがる人種だからな。おい、ちょっとお前らもってこい」


 綱吉は弟子たちに売り物でない、練習用に作刀した作品たちを持ってこさせてくれた。

 かなりの量があり、大太刀、太刀、小刀、長槍に短槍など様々である。鈎槍や管槍などもある。珍しい所で苦無や十手などもあった。様々な種類の物を打たせて経験を積ませているのだろう。


「売り物にするにはまだはえぇがまぁそれなりってとこだな。好きなだけ持ってけ」

「いいんですか? 値段は?」

「あ~、タダ……ってわけにはいかねぇか。じゃぁ1本100万だな。弟子たちの小遣いにちょうどいいだろ」

「えっ、やすっ」


 レンはついそう呟いてしまった。

 ちなみにレンが作って貰った太刀は億を超えている。綱吉作の霊剣はそれが相場なのだ。

 他の鍛冶師の作品でも、大体数千万円は最低限掛かる。

 練習で打った太刀とは言え、霊剣としての能力は備えているし、原材料もきちんとした物を使っているはずだ。

 1本1000万で投げ売りしても買い手は山程付くのではないかとレンは思った。


「いいんだよ。そんなレベルじゃ売り物にしたら使った術士の命があぶねぇだろうが。術士の実験に使う程度ならいいが、実戦で使わせる気はねぇ」


 水琴や葵から弱小退魔の家の実情を聞いているレンとしてはその意見には微妙に賛成できない。

 なにせ全員に霊剣などを渡すことすら困っているのだ。術具も武器も消耗品であり、使えば擦り減ったり壊れたりする。

 更に水琴の大蛇丸や獅子神家所蔵の上位の霊剣ならともかく、実戦で使われている下位の霊剣や槍よりも今目の前にある試作品の方が明らかに物が良い。

 売って欲しい退魔の家は探さなくてもいくらでもいるだろう。


 だがレンは何も言わずに金を払い、全て引き取った。

 転売するとかそういう訳ではない。

 職人のこだわりに口を出しても無意味だからだ。


 レンも術具などで同様のことを思ったこともある。

 レンにとってはまだまだで価値がない術具でも、欲しがる術士たちは大勢居た。だが納得が行っていない物を売るつもりも譲るつもりも起きなかった。

 金銭的に困ってなかったというのもある。

 綱吉も金銭的には困っていないだろう。綱吉の息子などは1本100万と聞いて苦い顔をしていたが、文句は口に出さなかった。

 おそらく材料費だけでも足が出る値段ではないだろうか。


 霊剣に限らず、術具というのは高いのだ。それは原材料自体の値段が高いという現実がある。

 陰陽術で使う札の紙やインク壺が数百万したりと、一般で使われている物とは桁がいくつも違う。

 霊剣を作る為に使う鉄、柄糸や鍔など全て特別製の素材で作られているのだ。炉や槌などの道具も当然物凄い値段がするに違いない。

 しかもそれを専門の術士たちが魔力を込め、加工し、それを鍛冶師が1つの作品として作りあげる。

 億を超えても最初は驚いたものだが、今は納得している。

 退魔の家は装備を揃えるだけで相当に金銭が掛かる。そういう物なのだ。


「大体おめぇすげぇ刀持ってるじゃねぇか。わざわざ儂の刀なんぞ欲しがる理由がわからねぇ」

「新しい刀は刀で良いものですよ。育てる楽しみもありますし」

「それはわからんではないがな。飾るんじゃなくて使ってくれよ」

「それはもちろん」


 以前訪ねた時に信光に貰った短刀、小茜丸を見せたら魅入られるように手に取り、弟子たちに見せるのをお願いされたものだ。

 それほどの逸品なのだろう。

 由来などはレンもよく知らないが、綱吉は知っていたらしく、滾々と語ってくれたものだ。

 どうも相当な有名な鍛冶師が打ち、有名な剣士が使い、高位の妖魔を斬り裂いたという伝説……というか歴史的事実のある名刀らしい。

 小茜丸は水琴も見惚れていたし、鷺ノ宮家の宝物庫にあった刀ということでやはり物凄いものだったのだ。


(今度は豊川家から貰った十文字槍も持ってきて見るか)


 選んで良いというので武器庫から何本か頂いてきたが、由来などは特に説明されなかった。レンがそういうことを聞かなかったということもある。

 だが綱吉は詳しそうだし、わからなくても見たがるだろう。

 弟子たちに良い霊剣を見せるのは最も良い修行の1つだと語っても居た。


 レンはこの頑固だが愛嬌のある綱吉という職人が好きだった。琴線にふれると面倒くさいことになることもあるが、良い職人というのは大体そういうものだ。

 信光が紹介してくれた他の職人もそれなりに変人と言える者も多かったが、作り上げる作品は良いものばかりであった。そして値段も予想していたより0が多かった。

 それでもつい散財してしまった記憶が蘇る。


 最初に貰った16億円なんてとうの昔に消えている。だが斑目家に30億円貰ったし、豊川家からの報酬でも多額の報酬を貰った。

 黒縄や蒼牙を傭兵やインストラクターとして貸し出している金銭もそれなりに入っている。

 彼らの給料はその金銭で賄えているのだ。レンの持ち出しは0円だ。

 今は吾郎たちには持ち出しで食料や頼まれた資材などを提供しているが、そんなのはこの刀1本の10分の1も掛からない。

 彼らから得られる知識を考えれば気にしなくても良い程度の金額だ。


「じゃぁまた頼まれたのができたら連絡するからな。他に良い刀手に入れたら見せに持ってきてくれ」

「わかったよ。今日は持ってこなかったけど今度は持ってくる」

「なんでぇ、あるならちゃんともってこい。その代わり割り引いてやるから」


 その言葉を聞いてやはり息子が苦い顔を後ろでしているのが少し面白かった。

 綱吉は金銭感覚がガバガバで、経理は息子が担当しているのだ。



 ◇ ◇



「ふふふっ、さすが旦那さま」


 レンの活躍を視ていた神子はそう呟いた。

 レンが絡まなければ京都では大混乱が起きる未来があった。

 高杉弘大は限界を超え、怨霊となって三枝家を滅ぼしていたし、他にも大きな被害を齎した。

 紅麗は怨霊となった弘大と戦い、その戦いで方士たちと共に注目を浴び、京都中の家に狙われることになる。天狗や京や奈良に潜む神霊をも巻き込んだ大抗争となる未来もあったのだ。


 だがレンが絡み、弘大を確保し、役行者が出てきたことでその未来は回避された。

 レンの戦力は増え、京の街の混乱も起きなかった。

 多少三枝家に被害はあったが誤差のようなものだ。

 過去にあった京都大火よりも酷い混乱と、桁の違う被害者がでただろう。


 レンが絡んでそんな大災害になることはないことがほぼ確定だった為に、他の神子たちはそんな大災害の起きる未来は視ていない。

 だが神子はレンが絡まなかった場合の未来予知を試し、その可能性を視た。


(それに、大天狗を殴り飛ばすなんて面白すぎますわ)


 未来を視れるとは言え全ての事象がわかるわけでもない。

 大体どういうことが起きる、というのがわかるのであってレンに刮目して視ている少女は神子の中でも特殊なのだ。

 そして千里眼で実際のレンの活躍も遠くから視ている。

 レンが絡めば大災害の未来は回避できる。それはわかっていたが、まさか鞍馬天狗を殴り飛ばすとは思ってもみなかった。


 つい視ていた時に笑ってしまい、部屋に居た侍女にどうしたのかと心配されてしまったものだ。誤魔化すのが大変だった。


(はぁ、早くお会いしたいですわ、旦那様)


 残念ながら神子とレンが邂逅する未来が早まったりはしていない。だがそう遠い日でもない。

 雁字搦めの籠の鳥である神子にレンの為に何かができることもそうそうない。

 例えレンの為に未来視を行い、そういう予言を出したとしてもいくつもの検閲や検査が入り、レンの元に届く確率は低いだろう。

 レンの興した玖条家は〈蛇の目〉と契約してもいないのだ。

 精々如月家に予言を出すくらいだが、それも決めるのは神子本人ではない。

 更にレンに関して言えば、命に関わったり大きな災害に至るようなことに巻き込まれる未来は今の所視ていない。

 レンが秘密主義なのもあり、こっそりと事件を解決してしまうことが多いことも理由に上げられる。


(もうっ)


 レンのことを視ていたら侍女がノックをして食事の時間だと告げに来る。

 さすがにこの玄室以外では千里眼は使えない。使うと〈蛇の目〉の術者にバレてしまうからだ。


(仕方ありませんわね)


 かと言って食事を取らないのもおかしく思われるし、変に体調が悪いのかと騒ぎになってしまう。

 神子は諦めて目を開け、食堂に向かうことにした。

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