067.李偉戦
レンたちは三枝家の上空に待機していた。
レンとアーキル、そして黒縄の頭領、望月重蔵だ。
3人乗りではなく、機動力を重視して1人1人別々のスカイボードに乗っている。
レンはスカイボードの存在を蒼牙や黒縄に明かし、術式部分は完全にブラックボックス化し、こちらの素材で作れるもので新しいスカイボードを作り上げ、彼らに提供していたのだ。
レンが過去自分用に作ったスカイボードと比べると性能などは劣るが、空を自在に飛び回り、ある程度の隠蔽能力もあり、障壁や結界も張ることができる。
そこそこの性能ではあるが十分実用に耐え、便利な道具なのでまだ全員分は作っていないが、それなりの数が配備されている。
「あそこか。今は力を抑えているみたいだけど、特に暴走とかはしていないみたいだね。何らかの強力な存在が居ることは間違いないんだけど、なかなか結界もしっかりと張ってあるなぁ。それに結界の術式があまりみないタイプだね」
「そうなんですか?」
「うん、そうだよ。と、言っても敷地全体を囲う結界じゃなくてあの離れを囲う結界の話だけどね」
レンは神社や寺院、退魔の家など訪ねたことがある。
どこも大事な部分には結界などが張られていて、それらを解析していた。
神社、寺院、陰陽師、さらにアーキルたちが使う結界など様々な種類の結界の解析を終えているが、問題の離れを囲う結界はそのどれもと違う。
しかし流石に近づいているわけではないので、解析まではできない。
問題の地脈の大きな動きの大本は三枝家の敷地内にある離れからだと思われる。
離れと言っても敷地は広く、本邸は大きな屋敷で、離れ自体も東京なら豪邸と言って良いくらいの敷地面積を有しているだろう。
三枝家の敷地は亀山の東側に位置していて、更にその東側に離れがある。山間部も近い場所だ。
そしてその離れには特殊な結界が張られている。
当然レンたちだけではなく、多くの勢力の偵察が三枝家を囲っている。
京都の者たちも地脈の異常に気付いたのだろう。
神官や僧侶、陰陽師など様々な勢力の者たちが何があったのかと三枝家に集まっている。
「ナニカを蘇らせたか、強化したのかはわからないけれど、少なくとも暴走の危険性はなさそうだね」
レンはそう言って気になる感情を押さえつけながらその場を黒縄たちに任せて一旦去るつもりで居た。そして強力なナニカを三枝家が召喚なりして従えた。調査依頼としては完璧ではないがまぁまぁだ。
レンが引けば灯火も美咲も引くだろう。どうせココで見ているだけではわからない。
三枝家に伝手があるわけでもないので問い合わせることもできない。
そのうち京都の情報屋に情報が回るだろう。
三枝家の公式発表など信じられるものではないが、危険なものでないのであればレンたちには関係のないことだ。
しかしその思惑は外れた。
下方から朱い光線が走り、レンを狙ったのだ。
当然警戒していたレンは避けたが、まさか攻撃されるとは思っても見なかった。
見ると数人の術士たちが離れから出ていて空を見上げている。
レンたちは隠蔽術式を掛けているが見破られていたのだ。
「なんで僕を狙うんだ?」
周囲には様々な勢力の影が三枝家を包囲していると言って良い。
空中で見下ろしているのはレンたちだけだが、それだけで攻撃される謂れはない。
高杉弘大は捕えたが上空にいるレンたちと結びつけて攻撃するというには疑問が残る。
レンはさっきまで思っていた引こうと言う気持ちは消し飛んでいた。
攻撃をされてすごすごと引き下がっては玖条家の格が下がる。
それに退屈な調査ばかりで少し好戦的な気分にもなっていた。
どちらにせよ正体くらい掴みたいところだ。
「とりあえず結界を破ってみようか」
鬼が出るか蛇が出るか。レンは結界破りの槍を収納から取り出し、魔力を練って結界に向かって放った。
音速を超えた槍は三枝家を覆っている結界を貫通し、離れにある強力な結界に突き刺さる。
槍に付与した結界破りの力は予想通りに離れの結界にヒビを入れ、ガラガラと崩れていく。
「やばいな、ヤブをつついたかもしれん」
結界が破れ、離れからは幾人かの術師が出てきた。
だがそんなことはどうでもよかった。
荒ぶる神霊。そう呼んでおかしくないほどの強力な力が離れの中から出てきた女性から感じられたのだ。
◇ ◇
『結構いろんな勢力が集まってきてるみたいだな。流石に地脈の力をあれだけひきだせばな』
『だけど紅麗を復活させただけだ。別に悪いことをしてるわけじゃないさ。三枝家にも悲願が達成されたと言っておこう。彼らにも色々手伝って貰ったからね』
吾郎たちと一緒に与えられた拠点を出ると上空から視点を感じる。ナニカが居る。それしかわからないが、なかなか強力な力が感じられた。
『それで吾郎、占術で出た脅威ってのはどれのことだ?』
『あぁ、多分上空の視線の主だね……それほど強い気配は感じないけど』
吾郎が続けようとする前に僵尸鬼の1人が攻撃を始めてしまった。
主の脅威を排除しようとした行為なのだろうが、先走りすぎだ。実際吾郎は攻撃命令を出していない。
「ちょっ」
反撃とばかりに強力な槍が落ちてくる。
物凄いスピードで、三枝家の結界を軽く破壊し、李偉が張った結界すら破壊してしまった。
『おいおい、あの結界を破るのかよ』
僵尸鬼の1体が放った術は小手調べ程度の術だった。だが返って来たのは吾郎が張った結界すら破る一撃だった。
上空から敵が迫ってくる。李偉や僵尸鬼たち、吾郎も術を放つが避けられ、反撃まで飛んでくる。
「その女か」
土煙の中で降り立った少年がそう呟いた。
日本語が理解できない紅麗は何を言われたのかはわかっていないが、自身がターゲットとされていることは気付いているらしい。
吾郎は紅麗を守るように立ち、僵尸鬼たちも戦闘態勢に入る。
「強い、強いな。お前らは思ってた以上に強い。……楽しそうだ」
少年が壮絶な表情で笑った。
そして2体の蛇の神霊が少年を護るように姿を表す。
(神霊使いだと、まずいっ。)
「ま、待ってくれ。攻撃したのは間違いなんだ。こちらに交戦の意思はない」
「いきなり攻撃しておいてそんな言い分が通ると思ってるのか?」
吾郎が必死に止めるが、向こうは止まるつもりがない。
紅麗も青華剣を抜いて戦闘する気満々だ。
李偉は生前の紅麗が戦闘が好きな戦闘狂の類であることを久々に思い出した。
『ちっ、バカ野郎が。龍の尾を自分から踏みに行ってどうする。攻撃しなければ何もなかったのかも知れないんだぞ』
『す、すミませン』
先制攻撃をしたのは初期につくった僵尸鬼だ。主に吾郎の護衛を任されていて、自我も初期作なのであまり残っていない。故に吾郎が脅威だとした少年から吾郎を守るために攻撃をしたのだろう。
だがその選択はこちらから戦闘を仕掛けたという結果を生んだだけだ。
しかも吾郎の占術で脅威だと言われた相手とだ。
攻撃を仕掛けず、元々の予定通り紅麗の復活は成しても大人しくしていれば彼らとの戦闘は避けられたかもしれない。だがすでにその予定はぶち壊されている。
吾郎が紅麗の存在を隠すための結界は破壊されてしまった。
紅麗や李偉たちの存在自体が京の戦力バランスを崩してしまうのは明白だ。
『吾郎、紅麗と一緒に逃げろ。2人連れて行け。俺たちがこいつを食い止める』
『くっ、わかった。無事に追って来てくれよ』
ここで戦えば三枝家だけでなく市街地にも被害がでる。それは非常にまずい。だが素直に逃がしてくれるとも思えない。
神霊の格はわからないが、一目で神霊とわかる力を感じる。
勝てないとは言わないがまだ方力を制御できない紅麗をココで戦わせるわけにはいかない。
それに吾郎が「ヤバイ」と言ったのだ。目の前の戦力だけを見て判断してはならない。
(にしても力が読めん。弱い方術士くらいにしか感じんぞ)
目の前の少年、レンから感じる力はそれほどではない。控えている男たち2人の方がよほど強そうだ。
だが李偉は歴戦の方士だ。相手から感じられる力だけで戦闘の行方を楽観視するほど軽率ではない。
最大限の警戒をし、僵尸鬼たちに攻撃をするように命令する。
吾郎と紅麗、そして2体の僵尸鬼はすでに京都の北部山岳地帯に向かって逃げ出している。
3人対4人。少々数は少ないが負ける気はなかった。
背の高い中東系の男から赤い稲妻が迸る。黒尽くめの男は印を結んで巨大な炎の奔流を吹き出した。
李偉は神霊の相手を自身すると思っていた。しかし水でできた蛇と真っ黒な蛇は先に僵尸鬼を狙った。
2人の男の術に対応するために防御を固めた所をブレスで狙われたのだ。
片方の僵尸鬼は上半身が消え去り、もう片方は左胸近辺が消えている。
あれではもう使い物にならない。
李偉にもブレスが飛んで来たが体を転ばせて避ける。
ブレスの威力は李偉でさえ楽観できるものではなかった。
ガキンっ
体勢を崩した李偉の柳葉刀とレンの持っていた刀が火花を上げる。
李偉が張っていた障壁を斬り裂き、普通の霊剣程度なら打ち合わせただけで砕けるはずの李偉の宝剣としっかり打ち合っている。
剣の腕も悪くない。
日本の剣術を基礎としているが、稀に見たことのない初見殺しが混じってきて緊張を解くことができない。
だが李偉の敵ではない。……仲間と神霊の補助がなければ。
アーキルが剣戟の隙間を縫って李偉に銃弾を撃ち込んでくる。
重蔵がサポートするように李偉の足元を崩したり避ける先に氷の弾を撃ち込んでくる。
2体の神霊はレンの身に危険が迫ると牽制としてブレスを放ってくる。
他の攻撃だけならともかく神霊の攻撃はまずい。李偉でも一撃で重傷を負うだろう。
(こいつらっ、連携が強いっ)
更に李偉はまずいことに気付いた。
明らかに強大な存在が吾郎たちを追っている。
その存在感は明らかに神霊レベルだ。何が起きているのかわからないが、ココでレンたちを食い止めても吾郎たちが捕らえられたり殺されたりしては目的が達せられない。
「ちっ、引かせてもらうぞっ」
「させるとでもっ?」
「無理にでも押し通るさ」
実際2体の僵尸鬼たちはすでに使い物にならない。
(アレでもかなり強力だったんだがなっ、)
僵尸鬼は戦力でもあるが実験体だ。特に李偉が残した僵尸鬼たちは後期型に比べて出来が良くない。
李偉は特殊な毒物を混ぜた煙幕を張り、レンたちが怯んでいる瞬間に即座に逃亡した。
◇ ◇
「ちっ、逃したか。でもなんで僕たちを攻撃してきたのかな」
倒した僵尸鬼たちは灰になってしまった。
術式を調べたかったのでレンは残念に思っていた。
『とりあえずココは敵地だ。僕たちも撤退しよう』
『あぁ、わかった。だがあんな化け物に特攻するのはやめてくれ。心臓に悪い』
『悪い、ついね』
レンと剣戟を交えた相手は遥か格上だった。レンとてカルラとクローシュのサポートがなければ剣を合わせてみようなんて思わなかっただろう。
(ダメだな、強者を見るとつい戦ってみたくなっちゃう)
三枝家の者たちは本邸の警戒はしているが戦闘には加わってこなかった。だがこのまま居れば何かしら問題がでるだろう。
何しろ敷地を覆う結界を破り、隠していたはずの神霊レベルの戦力を暴かれたのだ。
逃げ出すなら今のうちだ。
◇ ◇
「主様より救援要請です。至急北東に向かってください。手伝えとのご命令です」
「なんだと。誰だお前はっ。それに主様とは誰だっ」
しかしレンたちが少し離れると小さな烏天狗が急に現れた。
背の高さは1mもないだろう。烏の顔に山伏がつけるような服を着ている。
「ぐえっ、待って、待ってくださいっ。話を聞いてっ。離してくださいっ」
レンは戦闘で高揚している上に、急におかしな天狗から救援要請などと言われる覚えはなかったので、烏天狗の首を締めたのだ。更に手伝えなどと命令口調である。
離すと更に掴まれては溜まらないとばかりに烏天狗は距離を空け、説明を始める。
烏天狗は鞍馬山大僧正坊の部下の小天狗で、今鞍馬山大僧正坊は三枝家から逃げ出した存在を追っている。だが山中で戦闘になり、部下の天狗たちと戦っているが苦戦しているのだという。
そこで烏天狗に伝令に走るように命令がくだされ、レンの元にやってきたという。
「僕は鞍馬山大僧正坊の部下でも何でもない。なんで命令なんぞされなきゃならんのだ。鞍馬山の主なら僧侶たちに命令すればいいだろう」
「僧侶たちは空を飛べないんですよ!」
「知るか」
レンはイラだっていた。元々が調査依頼である。戦闘の必要はない。
攻撃された上に興味があったので戦闘に入ったが、滅殺するほどの理由もない。
それに地脈を吸い尽くした儀式の原因だと思われる中華系美女は気配だけでもヤバイレベルであった。
レンはハクやライカ、エンの投入も考えていたのだ。
だが紅麗は逃げ出し、足止めに残った男も逃げ出した。
依頼としては十分な成果を得た。
三枝家が強力な人型の神霊レベルのナニカを生み出した。藤から受けた依頼は十全に果たしただろう。
これからは京の者が対処すれば良い。幸いかどうかわからないが京都には魔力持ちは山程いるのだ。
第一本来の依頼主は鞍馬山大僧正坊だと言うが、レンは面識1つない。頼まれてもいないし、報酬は豊川家から出る。
実際鞍馬山から何1つ情報は降りてこなかったし、僧や天狗が手伝うそぶりもなかった。
当然命令を受ける謂れはないのだ。
「よし、案内しろ」
「来てくれるんですね、良かった」
『ボス、行くのか?』
『ん、あぁ、一応な』
アーキルはある程度日本語も理解できるようになっている。ただ普段の会話や命令はやはり慣れ親しんだ言語のが通じるので普段は英語かアラビア語で話している。
(とりあえず一発ぶん殴ってやろう)
レンは高圧的に命令を飛ばしてきた鞍馬山大僧正坊に対し、そう決心しスカイボードを飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます