066
「う~ん、動かないなぁ。だから調査依頼って嫌い」
灯火はリクライニングソファで愚痴をこぼすレンを見ながら「確かにね」と心の中で思った。
大体妖魔や退魔の家の調査などは大概諜報部隊がやるものだ。
実際レンは黒縄と呼ばれる忍者集団を使って捜査を行わせている。
どうやったのか知らないが三枝家の捕えた者たちからの情報も抜いたらしいが、彼らが怨念を長年集めていることしかわからなかった。
追加情報としてはレンたちが弘大たちを捕らえて以後、三枝家の防備が異常なほどに高まったというくらいだ。
レンはあと数日で調査を切り上げて止めることを豊川家に報告している。
豊川家もそれで良いとの返事が来たという。
何もなければこれで終了。それが1番良い。だが実際彼らが何を企んでいたのかは闇の中だ。
関わってしまった以上、気になると言えば気になる。それはレンや美咲も同じ気持ちのようで、三枝家が動いて欲しいのか動かないままでも良いのか微妙な雰囲気だ。
「ちょっと部屋で考え事してくる」
「私も行きます」
「私もっ」
「美咲はダメっ」
「え~、なんでぇ?」
美咲は文句を言うがレンは譲らなかった。
理由はわかる。おそらく〈箱庭〉に入るのだろう。美咲だけなら〈箱庭〉への出入りは許されているが、美咲には最低でも瑠華、瑠奈の2人はついてくる。
彼女たちに〈箱庭〉を見せる気がないのだろう。
ぶーぶー言う美咲を他所にレンと葵は部屋を出ていった。
「も~、レンっちったら、いけずなんだから」
「何か集中したいことがあるんでしょ。美咲ちゃんもわかってるでしょ」
「そうだけどさ~」
美咲はツインテールをぴょこぴょこさせて怒っているが、美咲も断られた理由は察しているはずだ。
「お茶でも飲んで落ち着きましょう? ね?」
そう誘って美咲を宥める。
(それにしてもレンくんの魂魄は何なのかしら。何度視ても普通じゃないわ)
美咲と歓談した後、灯火も自室に割り当てられた部屋に戻り、思索に入る。
水無月家に特殊な眼はないが、相手の魂の色を感じ取れる能力がある。
レンと出会った瞬間、視たことのないレンの魂魄に驚きを隠せなかった。
レンの魂は2色が混じり合っており、且つ頑強な白い殻に覆われているように感じられた。
そんな魂を灯火は感じたことも、聞いたこともなかった。
水無月家の資料庫には歴代の水無月家の者たちが感じた魂の色と特性の関係や、術者の特徴などを纏めた資料が数百年分ある。
しかし2色の混ざった魂はともかく、強固な魂魄を守る殻はその長い年月積み上げた資料にすら載っていなかった。
水無月家に帰ってから、再度調べなおしても、やはり同様だった。
更に成長速度もおかしい。レンは異能に目覚めてからまだ1年と半年も経っていないはずだ。
そんなことを言えば〈箱庭〉や強力な神霊を従えていること、目覚めてから2ヶ月少しで神霊と一対一で調伏してしまう実力などおかしいことはいくらでもあるのだが、その後レンに会う度にレンから感じられる霊力は増して行く。
と、言ってもレンの霊力の制御能力や隠蔽能力は非常に高く、至近距離で探らないとわからない。
最初出会った時は退魔の家ならば幼子くらいの霊力しか持っていなかったが、今は最低でも大人と同等の霊力を持っている。
(あんまり探るつもりはないんだけれど、気になっちゃうのよね)
灯火はレンに助けられ、恩を感じている。〈制約〉という術を掛けられたと言え、〈箱庭〉などという特殊な術、秘伝でもおかしくないレベルの秘密を知った娘たちなのだ。通常の退魔の家ならば口封じをするのが普通で家に帰したりなどしない。
(この〈制約〉も凄いし)
〈制約〉の術は灯火の魂魄に食い込むようにくっついている。それは他の6人の娘たちも同じだ。
魂魄に影響を及ぼす術は相当希少であり、且つ高度だ。
無理にコレを引き剥がせば灯火の魂魄にかなりの影響があるだろう。
最悪死亡し、そうでなくとも廃人になってもおかしくない。
故に水無月家は無理にこの〈制約〉を解こうとはしなかったし、藤森家や豊川家にもその懸念は伝えた。
獅子神家はすでに〈制約〉を水琴に掛けられており、無理に解除しようとする様子がないと聞いていたので敢えて伝えることは控えた。水琴本人には伝えたが。
そして今水無月家は揺れている。
1つが灯火の今後だ。水無月家の本家の令嬢であり、3女である為に水無月家を継ぐ可能性の低い灯火にはかなり縁談が来る。
水無月家関連の家でも灯火を迎えたいという家は多い。
だが〈制約〉の術が掛かっていることで、その縁談は一旦白紙になった。
他家の術士に解けない特殊な術が掛けられた娘。ソレを迎え入れることはリスクに繋がる。
〈制約〉内容はレンが許可しない内容について伝えることができないというものだ。
その術の精度は非常に高く、レンの名が鷺ノ宮家に暴かれ、存在が知れるとレンの名を口に出せるようになった。
そしてその〈制約〉を掛けたレンに対しての対応が、水無月家内ではいくつかに別れている。
1つがレンを危険視するものだ。灯火を助けたとは言え、怪しげな術を掛けた。更に玖条家を立ち上げ、小なりとも言え短い期間に戦力を整え、大水鬼討伐などでも名を上げた。
通常の異能に目覚めたばかりの高校生ではありえないような事態だ。
もう1つはレンを取り込もうとする勢力だ。
レンの力を認め、灯火を救ったことに感謝をし、更に水無月家との縁を深め、良い関係を築いていく。
そして縁を深めるということは、そのまま灯火をレンに嫁がせるという意味でもある。
灯火に掛かった〈制約〉の術者はレンだ。ならばレンの元に嫁がせる分にはリスクに成りえない。
そしてレンを危険視する勢力は分家筋の老人が多く、迎合する勢力は本家の、つまり灯火の家族に多い。
現当主である母や前当主の祖母、次期当主になる可能性が高い姉たちは灯火をレンに嫁がせる方針に積極的だ。
姉などは「可愛いじゃない。いいんじゃない?」とかなり軽くレンを推していた。可愛い義弟が欲しいらしい。
だが確かに傷のついている灯火の縁談先としては確かに理に適っている。
(レンくんのお嫁さんかぁ)
ライバルは美咲や葵だろうか。だが退魔の家では一夫一妻をそう重んじない。
実際側室や妾の居る退魔の家の男などゴロゴロ居る。水無月家は女系で、当主が女性であるためにそういうパターンは少ないが、妾程度なら許すことも多い。
他にも例えば楓の実家の本家である藤森本家などの当主は妻が3人居り、妾もいるというし、次期当主と目されている長男などはすでに数人妻や妾を持っていると聞いた。
例を上げれば灯火の知っている範囲だけでも数人の女性を囲っている退魔の家の男性は多い。
それは血を紡ぐためでもあり、家としての勢力を拡大させるためでもある。
霊力持ち同士の子のほとんどは霊力持ちに生まれる。単純に子が多ければ次代の戦力の減衰が防げるのだ。
レンが豊川家に婿入りするという話であると少し話は変わるが、玖条家に美咲が嫁入りするのであればライバルという関係性になる可能性は低い。
美咲や葵は良い子であるし、仲良くできる可能性が高い。
だがそれはレンの意思を無視した、水無月家の事情と思惑である。
今回レンの捜査に同行したのも、レンをもっと見極めたいという灯火の思いと、同様の思考を持っている母たちの意向が絡んでいる。
玖条家は新興の未だ小さい家であるがそれはあまり問題視されていない。
古くから続く家はその伝統を誇ることが多いが、本当に偉いのは功を立てた初代であったり、その家の勢力を大きくした3代目くらいまでが多い。もしくは没落の危機にある時代に中興の祖と呼ばれるように家の勢力を取り戻した当主などだ。
先祖の威光と遺産を食いつぶして家を没落させる当主や、勢力を減じてしまう当主など枚挙に暇がない。
そしてレンは実際に功を上げて鷺ノ宮家に認められ、新しい退魔の家を築いた初代だ。次代以降はどうなるかはわからないがレンはまだまだ若い。
レンの実力は折り紙付きであるし、レンを支えている家臣たちの実力も高い。
レンが不慮の死をしてしまえば玖条家は滅びてしまうが、レンの実力の一旦を知っている灯火から見て玖条家の未来は暗いとは全く思えなかった。
(感謝はしているし、可愛くていい子だとは思うけれど、旦那様と見るのはどうかしら?)
淡い思いはあるが恋と言うほど強い自覚はない。だがおかしなところ、例えば高杉弘大などとの縁談や、今まで来た縁談の中でもコレはないなと言う相手よりはよほど良い。
灯火は中学生くらいの頃から多くの縁談の話があり、その中でも母親や姉のチェックを通った相手とは見合いではないが顔合わせくらいはしてきたし、縁談写真を見せられたことなど何百枚もある。
(ふふっ、レンくんのお嫁さんになったらきっと楽しそうね)
トラブルには巻き込まれるだろうが、それもレンが力づくでなんとかしてしまいそうだし、どこに居てもトラブルなど急に降り掛かってくるものだ。
実際灯火は異国の犯罪組織に攫われている。
灯火はなんとなく楽しくなりながら、もしレンと縁談が成立したらどんな生活になるだろうと想像し、笑った。
◇ ◇
「はぁ、はぁ。成功だ」
「やったな、吾郎」
目の前には蓋の開いた棺桶がある。
『おはよう、吾郎。どうしたの? なんか雰囲気変わった?』
そして力の奔流が紅麗の体内で渦巻いているのが感じられる。
次こそは彼女を失わないように最強の僵尸鬼を、という吾郎の願いは通じ、神霊と言えるだけの力を紅麗は持っていた。
『おはよう。会いたかったよ、紅麗』
『そういえば私は死んだのだったかしら。ちょっと記憶が曖昧だわ。李偉も居るということは何かしらの儀式で私は蘇ったのかしら?』
『そうだな、アレから100年近く経っている。吾郎は100年掛けて紅麗を蘇らせる為にずっと頑張って来たんだ。ほら、泣くな吾郎。紅麗、服や武器は準備してある。着替えろ。怪しげな連中がココを探っている。大丈夫だとは思うが装備を整えろ』
『わかったわ李偉。吾郎、ありがとう。私の為にそんな長い間頑張ってくれたなら嬉しいわ。ちょっと待っててね。あとでゆっくりお話ししましょう』
紅麗は吾郎を抱きしめ、背中をトントンと叩くと貫頭衣の簡素な格好を改める為に李偉に案内され、武器庫や衣装が並んでいる部屋に入っていった。
『一応武器や術具も仕舞っておくか。もう三枝家には用はないし、何かあれば逃げ出すこともあるかも知れないかもだからな』
『あら、そんなに危ないの? というかこの身体何をしたの。ちょっと強すぎて力を隠すのも制御するのも難しいわよ』
『吾郎がもう絶対死なせないようにって最強の僵尸鬼にするって決めたんだよ。ほれ、この剣なんてどうだ。お前のために準備したんだぞ』
『あら良いわね。使わせてもらうわ』
少し古いタイプのチャイナドレスに紅麗は着替え、青華剣を腰に吊り下げる。他にも気になった武器をいくつも手に取っていく。
髪をお団子に結い上げ、2つに分けて垂らしていく。吾郎が彼女のために用意した紅を差し、李偉の記憶にある紅麗の姿に戻っていく。
『流石
『そうでしょう? ふふっ』
紅麗は嬉しそうにしている中溜め込んだお宝や術具、方具などを〈
この中は亜空間になっていて、大量の物を仕舞えるのだ。
本体は袋タイプだが、頑丈な妖魔の皮を加工した鞄タイプになっている。
『さて、吾郎の占術じゃかなりヤバイ相手が来るって話だ。蘇ったばかりで悪いが紅麗も力を貸してくれよ』
『吾郎の占術でそう出たなら本当にヤバイのね。貴方たちでもヤバイって相当じゃない? 仮にとは言え李偉も吾郎も仙人よね?』
『仮にっていうなよ。まぁ修行を途中でほっぽりだしてきたから半仙みたいなもんだけどな』
準備を負えた李偉と紅麗は吾郎の元に戻る。愚図る吾郎を説得してさっさと装備を整えさせた。
吾郎の占術は本当に当たるのだ。しかもヤバイ相手と言うならば神仙レベルの相手である可能性が高い。
日本のそこらの術士程度なら吾郎がヤバイという表現は使わない。
李偉も吾郎も、そして僵尸鬼たちもそれだけの戦力を持っているからだ。
『さて、どんなのが出てくるかね。ちょっと楽しみだ』
李偉は久しぶりの戦闘の気配に高揚していた。
◇ ◇
「地脈に大きな変動が起きた?」
「はいっ、三枝家近辺の地脈から明らかに膨大な力が引き出されました。残念ながら防備が固く、詳細はわかりません」
「う~ん、豊川家からは引いて良いって言って貰ってるけど気になるね。ちょっと見に行ってみようか」
好奇心に惹かれてレンが言うと回りが呆れた表情になる。
危ない橋を渡るのは確実であるし、三枝家とも抗争になるかも知れない。
玖条家は京に家を構える退魔の家ではない。三枝家に手を出した所でどういう影響が出るのか予想ができないのだ。
(クローシュや大水鬼レベルのナニカが復活、もしくは創造された。そんな感じかなぁ。カルラとクローシュにも出て貰うことを考えないと行けないかな)
それこそ地元である鞍馬山の僧や天狗が対処しろと言いたいが、少なくともどんなモノが現れたのかは確認しなければならない。
逆に言えば、単に強力なナニカを従えたというだけなら、調査依頼は終了だ。正体くらいは確かめたいが、三枝家が強力な式神や神霊などをきちんと従えさせているのならばそれはもう京都の複雑怪奇な力関係に変化が起こると言うだけで、レンたちが構う必要はない。
『警戒レベルは6で現場に急行。何があったのか確かめるぞ』
レンは部下たちに指示を出し、ついてくると言う葵と灯火と美咲に十分離れた場所で待機するようにと言いつけた。
本当は豊川家にでも逃げて欲しいのだが彼女たちは頑として譲らなかった。
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