065
「式神はなかなか有用そうだったけど本人の術士としての実力はイマイチだったね」
「何を言っているの。弘大さんは中学生の時に異能に覚醒してそこから修行を始めているのよ。むしろあれだけ術式を使えたことや、強力な怨霊を2体も従えていたことに驚いているわ。覚醒して数ヶ月で神霊と戦うレンくんは異常なのよ」
「異常って。言い方酷くない?」
「ふふっ、レン様は異常ですよ。普通の枠組みでは測れません」
レンは苦笑しながら灯火の評価を聞いた。レンを異常だと主張する灯火に更に葵まで加勢する。
レンはたしかにイレギュラーだろうし、普通に退魔の家に生まれたわけでもない。異能に覚醒して、引き取られた覚醒者の通常を知らないのだ。
前に麻耶に聞いたことがあるのだが、異能に覚醒したと言っても大概は監視や悪用しないかに留める程度で基本的に放置するそうだ。
なぜなら覚醒した異能はそれほど強くないことが多い。記憶力や体力が強くなったり、病気や怪我への耐性や治癒能力が早まったりする程度がほとんどらしい。
つまり典型的な弱い魔力持ちだ。
しかし稀に本当に特殊能力を目覚めさせる者も居る。
レンがその範囲に含まれるかどうかはわからないが、魔眼や呪言と言った危険な能力を持っていたり、習ってもいないのに特殊な術式が使えるように急になるなどだ。
そういう相手は退魔の家が見つけ次第確保する。鍛え上げて戦力にするか、それとも危険な能力であったらその能力を封印したりもすると言う。
レンも探されていたがそれを感知して隠れ潜んでいたので、〈隠蔽〉や〈隠密〉の術式に特化した異能者だと如月家には思われていたらしい。
そして高杉弘大は魂蔵という特殊な異能を持っており、退魔の家に保護され、その能力を活かして退魔の家の戦力として期待されていた。
ちなみに大体が金銭で親などと話し合いを行うというなかなか穏当な手段が取られるが、親兄弟が強硬に反対したりした場合は少し強引な手段を使うこともあるらしい。
強引と言っても記憶や執着をイジったり、子供は病気で特殊な施設に預けているなどと思わせる操作を行う程度で、皆殺しにしたりはしないと聞く。
「さて、灯火と美咲の護衛たちがやきもきして待っているからさっさと戻ろうか。得た情報もある程度共有してあげよう」
レンたちは結界を張られた部屋を出て、黒縄たちを先に部屋に通す。
彼らに捕獲した奴らは護送させる……という偽装を行わせるのだ。
実際は弘大や三枝家の部隊はレンの〈白牢〉に装備を没収されて囚われて居る。
「わかったことだけど、三枝家は高杉の異能を利用して怨念を集めていたようだ。どうも3年くらい前から行っていたようだけど、怨念集めはもっと昔からやってたみたいだね。ただ怨念の使い道を彼らは知らなかった。高杉の異能が効率的に怨念を集めるのに向いていたので利用していただけって感じだ。なんというか、命令されたことだけをやっている下っ端だね」
「怨念を集めるなんてあまり良い使い方じゃなさそうだけど、何かしらね」
「さぁ、それは三枝家に聞いてみないとわからない。ただ調査依頼としては彼らは昔から怨念を集めて居たみたいですよ、じゃ流石に通らないだろうから、改めて何か方策を考えないとね」
「なにか良い考えあるの? レンっち」
「う~ん、三枝家は警備も厳しくて調べるのも難しいんだよな。直接聞いても教えてくれるわけがないし、幹部を捕らえて吐かせるくらいしか思いつかないな」
「それ抗争になるわよ?」
「すでに攻撃はしちゃったんだ。僕らの仕業だとバレてるかはわからないけど、警戒はされるだろうし、仕方ないね。危ないから美咲と灯火は帰ったりしない?」
「しないし!」
「しないわ」
残念ながら灯火と美咲の意思は堅いようだ。蒼牙や黒縄たちに彼女たちもしっかり守るように言いつけて置こう。
2人や護衛たちの実力を信用していないわけではないが、三枝家はそこそこ大きな歴史ある退魔の家である。
50人程度の戦力で戦争となれば不利は否めない。
さらにココは相手の庭である京都であるし、多くの神社や寺院などの敵か味方かもわからない戦力を持った勢力がゴロゴロ居る。
横槍を入れられるかもしれないし、三枝家と懇意にしている勢力が加勢しないとも限らない。敵国で諜報をしているようなものだ。
あまり状況はよくないと言える。
(まったく、藤ったら無茶言うよ)
受けたからにはちゃんと依頼を遂行したいと思うが、流石にコレで依頼完了にならないだろうし、レンも三枝家が何を企んでいるのか興味がある。
(1人なら多少強引でも襲撃掛けるんだけどな)
レンはそう思いながら灯火と美咲を見る。その2人の安全も心配だが問題はその護衛たちだ。
彼らにレンの力を見せたいとは思わない。見せる気もない。
だが灯火はともかく美咲は絶対に帰らないだろう。
元が豊川家の依頼ということもあるし、豊川家もレンをサポートするように指示しているようだ。
邪魔なので要りませんと言えれば良いのだが、依頼主の意向でもあるのでそうもいかない。
(まぁ個人的には高杉の魂蔵は興味あるけど、穢れすぎてて不安になるレベルだったな。アレ、抜き取ったらダメかな)
魂蔵は軽く調べて見たが、弘大の魂に付随している能力ではなく、元々持っていた能力が発育と共に育ち、感知されるようになったのだろう。
ちょっと危険だが弘大から抜き出すことや、解析して似たような効果の物を作れないかとレンは思っている。
エマたちから提供されている魔結晶は術式は籠められるが魔力そのものはそれほど保存能力が高くない。それにやはり利用期間が有限だ。
弘大の魂蔵を核として魔道具を作れれば、より汎用性の高い魔力バッテリーのような物が作れそうだとレンは思った。
ちなみに危険というのは魂蔵抜き出される弘大の身体が危険なのであって、レンにリスクはない。そして弘大はすでに敵である。話し合いにも応じる様子がなく問答無用で攻撃してきた。
連れ去ったのは強引だったかもしれないが、きちんと情報を吐けばもう少し甘い対応をしてあげても良かったのだが、レンの印象通り弘大はあまり話の通じないタイプだった。
「お盆には京都も騒がしくなるだろうから、その前までを調査期間に設定して調べようか。とりえあず豊川家には現状わかったことを報告しよう」
今日は8月5日である。お盆と言ってもその周囲から怨霊の力が増すので10日くらいを目安にしたい。
何ヶ月も調査に掛かりきりになるなんてごめんであるし、怨霊が騒がしくなればレンたちも動きにくくなる。
実際レンたちの拠点をすでに見張っている勢力がいる。三枝家ではなく、近隣の退魔の家だろう。
現地の者ではない魔力持ちがうろうろしているのだ。観光ならともかく拠点を構えて3家が集まっているのだから注目を集めても仕方がない。
攻撃してくることはないし、家の中の音や中は見えないように結界を張っているのでレンは気にしないことにした。
「とりあえず今日は遅いし、三枝家を張っている者たちから連絡がなければ動く予定はないよ。休める時に休もう」
『蒼牙や黒縄たちもローテで休みを取るように。酒はダメだよ』
灯火や美咲、その部下たちにも休むように促し、レンも自室にしている部屋に戻る。
葵は自室に入らずレンについてきた。
「レン様また何か1人でやるつもりですよね。お付き合いします」
「葵は勘が良いね。別に特別なことはしないけれど、いいよ」
レンは葵を部屋に引き入れ、〈箱庭〉の中に入っていった。
◇ ◇
「あいつらが戻らんだと」
あいつらとは高杉弘大を含めた部隊のことだ。80年近く続けてきた怨念を集める作業だが、弘大の力はその効率を大幅に上げた。
あと10年は掛かると思っていた作業がたった3年弱でそろそろ終わりそうだ、というほどまでに短縮できたのだ。
「ちっ、何か勘付いたやつらでも居るのか。表向きは怨霊退治を装っていたし、実際に怨霊も退治している。近隣の退魔の家に警戒されている様子はなかったが」
「それはわかりませんが、今京都には豊川家と水無月家の者たちが来ているようです。観光に来ていたようですが京に残り、それほどの人数は居ませんが何やら調べていると報告がありました」
「豊川だとっ」
元基は水無月家についてはよく知らなかった。関東の有力な家であることは知っているが細かい情報はない。
だが豊川家はまずい。中部地方の雄ではあるが京都や大阪など近畿地方にも大きな影響力がある。
そして何より、敵対は絶対にしてはいけない。豊川家は敵対するものに対して容赦のない攻撃を加えることで有名なのだ。
「しかも豊川の姫が同行しているとか」
「ぜ、絶対に手を出すなよ。周知しておけっ」
豊川の姫。豊川家に生まれる仙狐の力を強く引いた娘の総称だ。
そして豊川家はその祖である仙狐の力を引いた者をことさら大事にする。間違って傷でも負わせれば三枝家を潰す勢いで攻撃を加えて来る可能性すらある。
三枝家ではとても豊川を敵に回すなんてことはできない。
「とりあえず集めた怨念壺を吾郎様の離れに持っていっておけ。更に怪しい者共が何か嗅ぎつけたようだと報告も入れるのだ」
「かしこまりました」
元基は貧乏ゆすりをし、爪を噛み、表情を顰めて何が起きているのかとイライラしながら頭を巡らせた。
◇ ◇
「そろそろだな、吾郎」
「あぁ、十分集まった。儀式を行うのは15日にしよう」
しかしそこに急報が入る。高杉弘大たちの部隊が戻らず、更に周囲を探っている勢力がいるというのだ。
そしてもう1点。今京都に豊川家の勢力が何かをしているが、絶対に手を出さないでくれと釘を刺された。
どうも豊川家というのは三枝家が恐れるほどの戦力を持った家らしい。
「む、
「あぁ、そうだな。一応俺も警戒しておくことにしよう」
李偉は4体の僵尸鬼たちに警戒を怠らないようにと伝えた。
男女2体ずつ。仙術を使い、吾郎が改良して作り上げた僵尸鬼たちは強力な戦力だ。
李偉と吾郎、そして4体の僵尸鬼たち。それだけでも三枝家くらいなら滅ぼせるくらいの戦力はある。
そして吾郎は新しい、いや、本来の目的である僵尸鬼の作成の儀式に入っている。
準備は十分に既に整っている。
80年近くに渡って集めた怨念を封じた怨念壺は倉庫一杯に詰まっている。
しかしそこに吾郎が慌てた様子で李偉に駆け寄ってきた。
「まずいぞ李偉。強大な勢力が邪魔をしにくる可能性が高い。儀式を早めよう。2日で終わるはずだ。最適な日取りじゃないが紅麗の復活が邪魔されるなんて許せない。それに今日からでも十分な強さの紅麗が復活するはずだ。今すぐ儀式の準備をしろ」
「おいおい、そんなにか。だが吾郎の占術は当たるからな。すぐに儀式を始めよう。三枝家にも警戒を強めろと伝えておく」
「あぁ、紅麗さえ復活すれば僕は良いんだ。もうあんな悲劇は繰り返したくない」
紅麗、本名
吾郎は紅麗を僵尸として蘇らそうとしているが、単なる僵尸では紅麗の姿をした人形に過ぎない。
故に吾郎は仙術を利用し、僵尸に改良を重ね、僵尸鬼という自我のある強力な僵尸の作り方を編み出した。
(全く、天才ってのは凄いもんだよな)
李偉も吾郎と同じ仙人に属するが、吾郎のたった100年弱で特殊な術式を作り出してしまう才は李偉にはない。
4体の僵尸鬼は紅麗を確実に、そしてより強い僵尸鬼として復活させる試作品だ。
そして実験は十分うまく行っている。
吾郎は2度と恋人を失う悲劇を繰り返しくないと言う思いで、紅麗を最強の僵尸鬼に作り上げるつもりなのだ。
すでに準備が終わっている儀式場には怨念壺や三枝家に集めさせた呪具が多く並んでいる。
特殊な棺桶に封じられている紅麗の死体は祭壇の上に乗り、吾郎は儀式服に着替え、即座に儀式を始めている。
李偉は離れに強力な結界を張り、僵尸鬼たちに警戒を強めさせた。
そして自身も儀式服に着替えて呪具を手に持ち、即座に吾郎の補助に入った。
吾郎に出会って100年と少し。紅麗を失い、日本に渡って80年以上。その集大成がこれから成る。
邪魔などさせはしない。
吾郎は仙気を高めて集中に入っている。予定では約2日弱で儀式は終わるはずだ。
それまで邪魔が入らなければ良い。
三枝家も、僵尸鬼たちも信頼できる戦力であり、そう簡単には結界も破られない。
李偉は儀式がきちんと成ることを祈りながら、自身も仙気を練り、儀式を確実に成功させるために警戒心を強めた。
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