064.弘大戦
「……何をしてるんだ?」
距離を空けて〈暗視〉や〈遠見〉で高杉弘大たちの動きを探るが、何か塚のようなところで作業していることしかわからない。
山中の森の中であり、視界も悪い。
弘大は10人ほどの部隊に混ざっていて、装備も統一されている。
(あんまり上等じゃないけれど〈隠蔽〉系の装備だな)
忍者だと言われればそうかもと言われそうな黒い装備で顔も隠し、弘大は黒い瓢箪やいくつか術具らしき物を持っている。
武装もしていて、自動小銃や大きめのナイフ、刀を持っている者も居る。
作業が終わったのか、塚が壊れ、中から怨霊が現れた。
と、言っても意識の残ってない怨念の塊でしかない怨霊でところどころ形も崩れている。
部隊の数人が術で怨霊を拘束し、弘大が怨霊に右手を当てる。
すると怨霊の持つ怨念が弘大の中に吸い込まれていく。
(水琴が居ればもっと詳しくわかったかもな)
レンたちでは何を行っているかは見えてもどういう術を使っているのかまではわからない。
もう少し距離を縮めればわかるだろうが、それは発見される危険がある。
(アレは怨霊の穢れた魔力を吸い込んでおるな)
(吸魔か。怨霊の魔力なんて穢れていて使い物にならんだろう)
(目的なんぞ知らん。じゃがそういう術を使っておる)
カルラがこっそりとレンに教えてくれる。
怨霊は怨念を吸い取られ、その後刀で斬られて散っていった。
単純に怨霊退治をしている……というわけではなさそうだ。単純に祓うだけならわざわざ拘束し、怨念を回収する必要はないはずだ。しかも封印の塚を暴いている。あの感じなら放っておいても怨霊はそのうち消滅しただろう。
弘大は苦しそうにしているが、他のメンバーは平然としている。
「捕らえよう。それが1番早い」
三枝家に喧嘩を売ることになるかもしれないが、慣れない京都の街で情報提供者も居ない。金で買えた情報では大した情報はなかった。
ならば本人たちに聞くのが1番だ。
レンが手信号で蒼牙たちに襲撃の合図を出すと蒼牙は気配を表し、即座に襲撃を行った。
「なっ、なんだお前らはっ」
「迎撃しろっ」
戦闘自体は数分と掛からなかった。相手の質が低い、わけではなく単純に蒼牙のが強かったのだ。
元々練度が高い部隊であった蒼牙たちはレンの魔力圧縮法や制御法を伝授され、更に個人に合った術なども教えられ、部隊としての動きも鍛え上げられている。
更に奇襲で不意を打ち、葵が敵の足元を泥沼にして動きを制限させたりと条件がかなり揃っていた。
見張られていることすら気づいてなかった少数の部隊の拘束などそう難しいことではない。
「な、なんだお前ら。灯火さんっ? なぜ水無月家が」
「うるさいな。とりあえず黙ってろ」
レンは最後に残した弘大の腹に強烈な一撃を入れて弘大を拘束した。
◇ ◇
「納得できません」
「いや、僕の指示に従うんでしょう?」
「そうですが」
「情報は後で共有します。だからまずは待っててください」
レンは弘大たちの尋問はレンたちが行うと言い、水無月家や豊川家の介入を認めなかった。
「ねぇレンくん、私だけでもついていっちゃダメかしら?」
「うちもっ」
「2人だけならいいよ? 他の人はダメだけど」
「そんなことは許されません!」
〈箱庭〉で尋問を行うことを察知したのか灯火と美咲が手を上げるが、護衛たちは止める。当然だろう、彼らの任務は彼女たちの護衛なのだ。
レンは味方とは言え護衛対象から離れることに難色を示したが、灯火と美咲が命令だと言って押し切った。
レンたちは弘大たちを拘束している部屋に移り、結界を張った。
サーモグラフィなどで見られて居ても面倒なので、〈箱庭〉に移る際にダミーの人の体温と同じくらいの温度の人形を人数分置いていく。
レンは精神魔法で彼らの意識を奪って情報を抜こうと思っていたが、葵やアーキルだけでなく、灯火と美咲もついてきたので手法を変えることにした。
結果的に情報が得られればいいのだ。それに弘大の持つ術具や戦い方にも興味も沸いたというのもある。
(試したいこともあったし、ちょうどいいか)
レンはニヤリと、こっそりと笑った。
「せっかくだから高杉弘大の戦闘力を確かめてみようか」
レンはそう言い、作戦をみんなに説明した。
◇ ◇
(相変わらずレンくんは慎重ね、それに〈箱庭〉にこんな場所があるなんて初めて知ったわ)
レンの秘密は多い。更にレンは秘密主義だ。
灯火は静かに横に佇むレンの姿を横目で見る。
正面には高杉弘大が見えている。
「くそっ、一体なんなんだココは。先日のガキか。何のつもりだ」
気を失っていた弘大が目を覚まし、レンたちの姿を見つけると即座に戦闘態勢に入った。
「聞きたいことがあったから連れてきたのさ。何をしていたのか、何を企んでいるのか話せ」
レンの冷淡な声が響く。
「言うわけがないだろう。どこだココは。俺は三枝家に言われたことをこなしているだけだ。三枝家に喧嘩を売るつもりか? ちっ、部隊の奴らはどこだっ」
「聞いているのはこっちだ。何をしていた。何を企んでいる」
「ちっ、灯火さんに豊川の姫、それに別の美少女まで連れてハーレム気取りか。ガキがっ」
「答えるつもりがないなら一生ココから出られないぞ?」
「お前を殺して出てやるよ。ついでに灯火も、他の女も奪ってやる。そっちの大男は要らないがなっ」
弘大は黒い短杖を懐から取り出し、九字を切る。更に小さな壺を2つ床に置く。壺の蓋には札で封印がされている。札が千切られ、壺の中からは弘大の影から式神であろう2つの姿が現れた。
「この2人は相当強いぞ。追加だ、吐き出せ
元が怨霊の式神が2体。そして腰に掛けた黒い瓢箪から瘴気が吹き出て式神を強化する。
(珍しい術式ね。それにしても悪趣味だわ)
怨霊の式神化はないとは言わないがあまり行われない。制御できなければ暴走の危険が高いからだ。
妖魔の式神化も同様の危険はあるが、怨霊はより制御が難しく、危険性が大きい。
(それに随分強力な怨霊ね。弘大さんが従えるには危険なレベルだわ)
灯火は怨霊の持つ力と、弘大の制御力を見ていつ暴走してもおかしくないなと思った。
だが式神は大人しく指示を待っている。と、すれば何かしらの術具で縛っているのだろう。
元は一般人であった弘大がそんな術具を持っているわけがない。三枝家から支給された術具だろう。
弘大に怨霊使いの才能があったのか、それとも敢えて危険な怨霊を使わせているのか。灯火はそこが気になった。
「豊子、
古い着物を着た女性と鎧姿の武者。女性の方は着物の質や佇まいから高貴な家の出であることがわかる。貴族や公卿の出であると推測された。
鎧武者は流石にわからない。顔も面頬で覆われていて、怨念が鎧からも漏れ出している。
頼通は刀も差しているが槍を作り出し、素早く突進する。狙いはレンだ。その槍をアーキルが前に出て魔剣で受ける。
お互いの剣と槍が交錯し、金属音が不規則に響く。そしてアーキルは鎧武者を誘導し戦闘場所を灯火たちから離れていった。
「豊子、やれっ」
「顕現せよ、
豊子と呼ばれた女性の怨霊はスッと片手を上げると、豊子の影から黒い骸骨兵が何体も現れる。
黒骸兵は何種もの武器を携え、あまり速くはないがレンたちに殺到してくる。
灯火は浄化の術を使い、黒骸兵を祓っていく。葵は〈螺旋氷槍〉で黒骸兵の頭部を貫き、それでも迫ってくるので足を砕くことにしたようだ。足を砕かれても黒骸兵は止まらず、這って灯火たちに近づいてくる。
美咲の狐火は浄化の力もあるのか焼かれた黒骸兵は地面に倒れて動かない。
しかし黒骸兵はどんどんと出てきて尽きる気配がない。
レンは朱い柄の美しい短刀を振るい、黒骸兵を一刀で倒していくが、キリがない。それほど相手の数が多いのだ。
「それほど強くないけど数が凄いな」
すでに20体以上倒したが更に30体以上現れていて、更に豊子の影からは黒骸兵がどんどんと出てくる。
「はっ、降参するなら今のうちだぞ」
弘大が印を切り、戦っているレンたちの上方から無数の黒槍を落としてくる。
「くっ」
避けそこねた美咲が傷を負い、殺到した黒骸兵に捕らわれる。
葵が接近を許し、黒骸兵を投げ飛ばそうとして関節だけが外れ、残った手で振るわれた刀の一撃をふとももに受ける。
どうやら本当に弘大は女性陣は殺す気がないようだ。
「舐めないで」
美咲は炎を振りまき、放たれた狐霊が黒骸兵を蹴散らし、弘大に迫る。
しかし弘大が取り出した盾が広がり、〈障壁〉となって狐霊を阻む。黒瓢からは更に瘴気が溢れ、豊子と頼通に更に怨念を供給している。
(厄介ね)
「硬い?」
「ははははっ、お前みたいなガキに負けるものかっ。やれっ、豊子」
レンの刀が斬れない特殊な黒骸兵に気を取られた瞬間、弘大の放った一撃がレンの腹を抉った。更にそのレンに追い打ちとばかりに周囲の黒骸兵が刀や槍でレンに止めを刺す。
同時に頼通と戦っていたアーキルの剣が折れ、胸を槍で貫かれる。
灯火も黒骸兵に押さえつけられ、勝利を確信した弘大は高笑いを繰り返していた。
「ふぅん、なかなかやるね」
「思っていた以上に強いわね。怨霊を従えているなんて思っていなかったわ」
「本人の戦闘力は低そうですけどね」
「あんなん本気出せば一撃だしっ」
レンがそう言うと、灯火と葵と美咲が順に答える。
灯火たちは弘大と同じ場所にはおらず、透過された壁の向こうで弘大は勝利に浸っている。
しかしレンの術が切れ、人型の式符に姿を変えると弘大は悔しそうに顔を顰めた。
「なんだとっ」
その勝利は偽りだったのだ。
レンが作ったと渡された札に全員で霊力を込めると、灯火たちの姿を模した人形が現れた。そして先程まで戦っていたのはその人形たちだったのだ。
当然、本来の灯火たちの実力を再現した人形ではない。
本来の実力の3割程度だろうか。よくあると言えばよくある術式だ。
『俺の魔剣はあんな簡単に折れないが、あの武者はなかなかやりそうだな。女も厄介な術を持っている』
アーキルは総括してそう言った。
「そうだね。まぁ思ったよりは強いけど式神頼りの後衛って感じなのかな。術も粗いし、修行不足だね。それにしては連れていた怨霊は強力だったし、強化もしてた。なんかからくりがあるんだろうね」
壁の向こうでは捕らわれた灯火たちの姿が破れた札に戻り、弘大が驚いている。
「大体普通捕らえたのに拘束を解くわけもないし、装備が没収されていない時点で不審に思うべきだよね。なんというか短絡的な性格をしてるね」
レンが根本的なことを指摘し、確かにと灯火も思う。
奇襲をされて捕らわれ、1人で装備も没収されずに自由を得ている。疑問に思うのが当然だ。
「じゃぁちょっと行ってくるね。かなり消耗してるみたいだし、捕らえて豊川家に引っ立てればいいんじゃないかな」と、姿を消した。
『ボスは前に出たがるよな。そんなんオレに命じてくれれば良いのに』
『命じられる前に動けってことですよ』
『おいおい、オレはここからの出方も知らないんだぜ』
『オレがやるって言えばいいじゃないですか』
『言う前に行っちまっただろうがっ』
アーキルと葵が変な口喧嘩をしているうちに、レンは弘大の後ろに姿を現し、首筋を強打して弘大の意識を奪った。
式神たちは驚いてレンを見るが、黒い茨に捕らわれ、動けなくなっている。
「あっという間に制圧したわね」
「種はバレてますからね」
「さすがレンっち」
弘大は再度拘束され、どこか別の場所に放り込まれる。連れられるように式神たちも消えていった。
「じゃぁ本命に情報を聞こうか。高杉はそんな情報を持ってそうにないしね。どうせ道具として使われてる感じだったし」
今回の戦闘もどきは弘大の手札を知りたいからとレンが画策したものだ。本命は部隊を率いていた三枝家の部隊リーダーだろう。
情報を抜くのは自分がやると言ってレンはまた消えていった。
(結局本当についてきただけになっちゃったわね。弘大さんに聞きたいこともあったんだけど、大したことじゃないしまぁいいわ)
灯火は操作に慣れない形代で弘大の力を見ただけで、ほとんど何もしていない。
尋問自体はノウハウもないので付いてきたのは弘大に聞いてみたいことがあったからだ。
だがアーキルが言ったようにこの部屋からの出方もわからない。
レンを待つしかないのだ。
しばらくするとレンが再度現れ、更に全員で元の部屋に戻った。
弘大含め装備は没収され、三枝家の者たちは縄で縛られている。
だがレンは情報は既に抜いたと言っている。
ある程度やっていたことはわかったが、本来の目的やなぜそんなことをやっていたかなどは彼らは知らなかったらしい。
「これは三枝家を真面目に調べないとダメかなぁ。ちょっとコレじゃ豊川家に報告できないや」
レンはやれやれと面倒くさそうに呟いた。
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