062.依頼
京都観光も2日終わり、3日目の夕方のことだ。
主要な寺院や神社を周り、後は明日最後に伏見稲荷大社に参って帰路に就く。
そういう予定だった。
レンたちが観光している間も、水無月家や豊川家は京都で何か怪しい動きがないか探ってくれているし、黒縄たちも情報収集に動いた。蒼牙たちはピリっとした緊張感でしっかり護衛を務めてくれている。
あの後高杉弘大がちょっかいを掛けてくることもなく、観光自体は普通の観光客と同様に京都の街を回ることができた。
しかし純粋に奈良県までの観光と同様に楽しめたかというとそうではない。
誰もが、弘大の怪しげな雰囲気にイヤな空気を感じていたのだ。
だが弘大がレンたちに何かしら攻撃を加えて来たわけではない。レンたちは予定通り明日京都の街を去り、帰るというのが予定だ。
例え京都で何かしらの策謀が進行しているとしても、それを防ぐのは京都に大量にある退魔の家の仕事だろう。
レンたちはただの観光客で、巻き込まれなければそれで良い。
……そう思っていた。
「ねぇ、お祖母ちゃんからレンっちに依頼があるんだって」
「うわぁ、なんか凄いイヤな予感がするんだけど」
「うちもイヤな予感するよ。でもとりあえず豊川家に来て欲しいって」
「えぇっ」
京都から豊川市はそれほどの距離ではない。ちょっと車を飛ばせば行ける距離だ。
「ご指名は僕だけみたいだし、さっと行ってくるよ。蒼牙と黒縄は残して行くから、みんなは普通にくつろいでて」
「ううん、うちも行くよ。車も出すし」
レンは1人でバイクで走れば楽だと思っていたがそうは行かないようだ。
豊川家の車に同乗して、美咲と共に豊川家に向かった。
「悪いなぁ急に呼び出して」
「悪いと思うならなかったことにしましょう。僕は休暇中なんです」
「そうもいかん。頼みたいことがあるんや。な、報酬は弾むから。豊川の宝物庫から好きなもん選ばせたるしお金もあげるで?」
「正式な玖条家への依頼ってことですか?」
「そうや」
レンは藤と再度会っていた。
相変わらず飄々とした近い距離感で話しかけてくる。
しかし前回よりも目は真剣だ。
「それで内容は? 聞くだけは聞きますけど」
「ちょうど京都で怪しい奴が暗躍してるんやて。それを調査して欲しいんや」
「その言い方だと誰かから依頼されたように思えますけど?」
「そうや、ちょっと縁あるヤツから押し付けられてな。かといって豊川家を動かすんもあかん。豊川が動くと京都のいろんな家がイヤな顔するからなぁ。その点レンなら身軽やし名も知れ渡ってない。ちょうど良い人材やって思ったんや。どうや」
どうやら藤も詳しいことは知らないらしい。
調査依頼というのは護衛依頼ほどではないが地道で面倒な部類だ。
何日掛かるかわからないし、大体内容も曖昧だ。
森が怪しいから調べてくれなんて言われて何日も彷徨った結果、特に何もなく、依頼人の勘違いだった、なんてこともあった。
しかし京都で怪しい人物は1人心当たりがある。
「目星は?」
「京都の三枝家って家が怪しいんやて。そこで飼ってる子が原因ちゃうかなぁ。言うてほんとかどうかわからんけど」
(やっぱりアイツじゃないか)
高杉弘大についてはある程度情報が集まっている。
元は普通の学生だったが中学生の時に異能に覚醒。兵庫県の退魔の家に引き取られる。
しかし3年前に亀山にある三枝家に譲られる。現在は20歳。京都の大学に通っているらしい。
見た目は普通の青年であったが、内に秘めている魔力の質があまりに悪すぎた。細かく見ていないが魔力回路もアレではぐちゃぐちゃだろう。
三枝家自体は中堅所の退魔の家で、怨霊退治に実績が高いそこそこの家だ。陰陽師系で、古くからある家で少なくとも室町時代から続いている。
際立って悪い評判もない。むしろ怨霊退治で名を上げている家らしい。
黒縄たちが調べてきたことはその程度のことで、京都でおかしな事件が起きているという話はない。
だが黒縄は京都は地元ではない。情報屋などに聞いたりした情報を集めただけだ。
情報屋は「京都では多少のおかしなことは日常茶飯事だよ。だが特に気になることはないね。三枝家も比較的真っ当な家だし、高杉弘大も三枝家に使われているだけでおかしな動きはしていない」と、それほど重視していなかったようだ。
「それって高杉弘大ってやつですか?」
「多分ソレや。名前はしらんけど
藤の説明を聞くには、魂蔵は急に異能に覚醒する者が持つことが多い異能らしい。過去の名を残した術士にも魂蔵持ちは幾人か居たらしいが、使いこなせなければ無用の長物でしかない。
大量の魔力を溜め込んでもそれをうまく運用したり制御したりする力がなければ暴発することもある。
「そんなわけで、調べて欲しいんよ。な、お願いや」
藤にはレンの魂に触れ、いつの間にか貰っていた加護を身に、魂に宿すことに手伝って貰った恩もある。
それに当たりがついているなら調査自体はそう難しくない。
東京から黒縄の残りの人員を呼び寄せて調査に当たらせれば良い。
どのみち京都観光はそろそろ終わりだ。レンが京都に残り、調査をする。
調査依頼はえてしてそのままの流れで対処に繋がる事が多い。それが少々気掛かりだ。
「調べることまでが、仕事。そういうことでいいんですね?」
「そら対処もしてくれたら嬉しいけどなぁ。とりあえずは調査やね。そん後で対処も頼むかもしれんけど」
「それで、本来の依頼主は誰なんですか? 豊川家からではないんでしょう」
豊川家は中部地方が中心の家だ。それに藤の言葉から真の依頼主がいることも伺える。レンはそこも気になった。
「鞍馬山大僧正坊んとこの部下の天狗が飛んできて丸投げしてきたんや」
「鞍馬山の天狗って本当にいるんですね。鞍馬寺は参拝しましたが会えなくて残念です。なぜ豊川家に?」
「昔うちん
藤という仙狐が居るんだから天狗も居るだろうとは思っていた。実際クローシュも異国で過去神として祀られていた神霊だ。
レンは日本の天狗逸話などの文献も読んでいたので天狗に興味があったのだ。
だが藤の、少なくとも鞍馬山大僧正坊の評価はかなり低そうだ。イヤな表情を浮かべながら語った。
「なんか残念な現実を見せられた気がします。鞍馬寺は対処しないんですか?」
「さぁ、しとるんちゃう? それは知らんけど、うちにも手を貸せ言われたんよ」
鞍馬寺と貴船神社は京都の街の北部にあり、ちょっと離れている。
山上にあることもあって半日掛けて観光に行った。
鞍馬寺のある鞍馬山も貴船神社のある貴船山も距離的に近い。
両方山深くにある寺院と神社で雰囲気はかなり良い寺院と神社だった。
鞍馬山に住むという天狗は見当たらなかったが、藤の言葉から本当に居ることがわかった。
鞍馬山大僧正坊は日本八大天狗に数えられる大天狗の1柱だ。
他にもかの源義経が鞍馬寺に押し込められた時、武術を教えたとされる鬼一法眼も天狗であるという伝説がある。鬼一法眼は鞍馬山大僧正坊と同一視されることもある。その辺は歴史の闇なので確認はできない。
そんな力のある神霊なら自分で対処しろ! と、言いたいが天狗が調査に向いているとも思えない。
鞍馬山の僧侶を使えと思うが京都は縄張りなどが複雑に絡み合っておかしな動きもし辛い事情もあるのかも知れない。
しかしそれが豊川家やレンに投げられる理由にはならない。自分たちの膝下で火が出ているなら自分たちでやれとしか思わない。
京都は神社や寺院が多く、それだけ魔力持ちの数も格段に多い。
観光の際に見掛けた僧侶や神官にも魔力持ちは多くいた。
だが藤に頭を下げられ、正式な依頼なら断りづらい。
「とりあえず調査だけですからね」
「ありがとぉ。助かるわぁ」
レンは仕方なく藤からの依頼を受けた。
さっさと終わらせて東京に帰ろう。そう思う。
(おかしいなぁ。悪いことなんてしてないはずなんだけど……)
不意に先日葵に言われた「それはフラグですよ」という言葉が思い起こされた。
言霊というのはバカにできないようだ。これからはフラグになりそうな言葉は口に出さないようにしようとレンは思った。
◇ ◇
「ってなわけで調査依頼を受けた。でも明日の伏見稲荷神社の観光は普通に行こう。元々伏見稲荷近辺の観光を終えたら旅行は終わりの予定だったし、みんなはそのまま帰って。僕たちは依頼を終えたら帰るから」
「そんなわけには行かないよ! 豊川家からの依頼なんだからうちも残るよ」
「弘大さんが関係しているなら私も気になるわ。手伝ってもいいかしら?」
美咲と灯火が一緒に残ると主張する。葵はどうせ言っても帰らないだろう。こっそりレンのTシャツの裾をつまんでいる。
逆に楓や水琴、エマやエアリスは残る理由がない。というか京都がきな臭いのであれば帰ったほうが安全だ。
実際どこに居ても危険が降りかかる可能性は0ではないが、わざわざ危険な地に留まることもない。
それに調査依頼ということは、現在進行系で何か事件が起きているわけでもない。1日くらいの猶予はあるだろう。
「まぁ拠点は豊川家が用意してくれるらしいし、いいとは思うけれどちゃんと親御さんに確認してね?」
「うちはもう聞いたもんね! 未来の旦那様のお手伝いしなさいって言われたし」
「私は今から聞いてみるわ」
美咲はついてくる気満々と言うか、すでに許可までもぎ取ったらしい。不穏なワードは無視することにする。
灯火は実家に連絡を取ると言って少し離れた場所で連絡を入れている。
「やれやれ、今回は何もないって思ってたのになぁ。ただ会った感じそんなめちゃくちゃ強そうな雰囲気はなかったから、高杉弘大を拘束するだけならそう難しくないとは思うけどね。三枝家ってのが何を企んでるかがわからないのが不気味だね」
「そこまではレンくんの仕事じゃないんじゃない?」
「そうなんだけど場合に寄っては対処もして欲しいって言われてるし。高杉の拘束が依頼じゃなくて三枝家が何を目的としてるからだからなぁ。本人がやっていることはともかく目的まで知っているとは限らないし」
「そっか~、あたしは調査とかよくわからないけど、面倒そうだね」
「面倒だよ。でも依頼主が豊川家だし断りづらかったんだ」
楓から突っ込まれるがそうも行かない。それに依頼主は豊川家だが依頼をしてきたのは藤だ。流石に断りづらい。
大体調査と言うが見張りや情報を集めるのではなく、レンは高杉弘大を捕まえて精神系魔法で情報を抜き出す気満々だった。それでもダメなら三枝家の幹部らしき者でも攫って同様の事をすれば良い。
ただ水無月家や豊川家の人員が居るとあまり見せたくない能力もある。
その辺をどうしようか、迷いながら東京に残っていた黒縄や蒼牙の人員を呼び出した。
◇ ◇
「ハァ、ハァ」
高杉弘大は渡された術具、黒い瓢箪を胸に当てる。
すると自身の魂蔵に溜め込んだ怨念が瓢箪に吸い込まれていく。
三枝家に引き取られて、いや、買われてから弘大の仕事は京都の怨念を集めることだった。
京都は構造上怨念が溜まりやすい。さらに怨霊の封印などが多くあり、管理されていないものすらある。
それらから怨念を魂蔵に溜め、それを移す。それが今の弘大の仕事だ。
直接瓢箪や壺に移せば良いと思うのだが、それをするにはかなりの手順や術具が必要らしい。
弘大の持つ魂蔵なら簡単にそれらを集められる。そして弘大が集めたソレを三枝家に渡す。
怨念が詰められた黒い瓢箪はどこかで処理され、空になって弘大に返される。そして三枝家の部隊と共に更に怨念を集めに行く。この繰り返しだ。
三枝家がその怨念をどう利用しているかは弘大は知らない。
ただこの仕事が終われば解放される約束もしてくれているし、多額の金銭を貰えることになっている。
三枝家が所蔵する術式書なども貰い、術の訓練なども行ってくれているし、日々の生活や金銭には困らない。
「くそっ、どんどんきつくなってる。これ大丈夫なのかっ」
弘大は異能に覚醒した異能者だ。中学生だった弘大は自身に眠る力が覚醒したことに喜んだが、即座に退魔の家に囲われることになった。
夢も希望もない話だ。漫画のように覚醒した力でそれまで存在すら知らなかった妖魔などを倒し、称賛されたかった。
最初に引き取られた家では術の訓練や霊力の制御訓練を行わされたが、弘大の才能は彼らが期待したほどではなかった。
そしてその能力に目を付けられた弘大は三枝家に売られた。
向き不向きというのがあるのだろう。三枝家の訓練法や術式は弘大に馴染んだ。背に普通の人には見えないと言われた入れ墨を入れられたが、それで術の制御や式神を使うことができるようになった。
更に生活環境も良い物を与えられ、日々強くなっていく実感があった。
しかし楽しかったのはそこまでだ。
怨念を集める仕事を言いつけられ、こうして夜中に京都の街を隠密行動し、怪しげな術具に怨念を集め続けている。
最初のうちはそうきついものではなかったが、最近はかなり身体に負担が掛かっているのがわかる。
「くそっ、こんなはずじゃ」
弘大の持つ魂蔵という能力は希少な能力で、うまく活用できれば高位の術士になることも不可能ではないと言う。
だが怨念をそこに詰め込むというのは本来の使い方とは違うだろうというのは弘大にもわかる。
実際怨念を詰め込む度に身体に妙な痛みが走るし、最近は調子も悪い。
三枝家の癒術士が癒やしてくれるが、痛みは日常的に起こるようになっていた。
ただ希望はある。この仕事をやらされて2年半。予想外に怨念の集まるスピードが早かったらしく、そろそろ仕事は終わりだと言われている。それにしばらく休養すれば今の状態もよくなると説明されていた。
自分が壊れるのが先か、仕事が終わるのが先か。
どちらにせよ弘大が逆らうことはできない。
(灯火さんか、きれいになっていたな)
弘大はふと先日偶然再会した灯火に思いを馳せた。
前所属して居た家が灯火との縁談を持ちかけたのだがあっさり断られた。
灯火と結婚する場合は弘大はその家の養子になる予定だった。
昔から美少女であったが、育った灯火は美しい少女に成長していた。
(それにしても連れていたあの小僧はなんだっ)
灯火を庇うように出てきた少年。まだ若く中学生くらいにしか見えなかった。
多くの強者と一目でわかる護衛たちと美麗な少女たちを連れていた。
全員あの少年の女であるとは断言できないが、欧州系の美少女に日本の正統派美少女や凛とした美少女。更に後で教えられたが中部地方で名を馳せる豊川家の姫まで居たらしい。
三枝家から与えられた仕事は最悪だが、高価な報酬も約束されているし、毎月学生では稼げないほどの金額を支給されている。
女中も何人か提供され、手を付けても良いと言われているので弘大は数人の女中に手をつけていた。
異能に覚醒する前の生活とはかなり違っていたが、術者として新しい術を覚え、強くなっていくのを実感するのは楽しかった。
「早くこんな仕事終わらせて悠々自適な生活をするんだ」
「その調子だ。そろそろ目標に届くと言われているからな。しっかり仕事をしろ」
「わかってるさ。命令するな」
監視役兼護衛の男が弘大に声を掛ける。
弘大はこの男が嫌いだった。どうせなら美女をつけてくれと思ったものだ。
悪態を心の中で付きながら弘大は自身の体内から溜め込んだ怨念が抜け、痛みが引いていくのがわかる。
「ほれ、今日の分だ」
「あぁ、ご当主様に渡しておく。今日はこれで終わりだ」
「今日これ以上しろと言われても無理だ。殺す気か」
「いや、十分配慮して仕事を回している。潰れられても困るからな」
「けっ」
弘大はどうせ使い潰す気だろうがな、と思いながら夜の闇に消えた。
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