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「すごいなぁ」


 レンたちは移動して伊勢神宮を参拝していた。

 本宮に行くまえにいくつもの宮を周り、最後に本宮に祈りに行く。

 伊勢神宮は聖気に溢れていて、他の神社などとは格が違うのがわかる。

 本宮は20年ごとに遷宮するそうなのでまだ新しいが、強力な聖気が溢れているのが感じられる。

 そしてレンはいくつかの宮と本宮で加護を得たことに気付いた。


(天照大御神に加護を貰った……のかなぁ?)


 神からの意思を感じるわけでも神々しい光が与えられるわけでもない。

 ただ単に魂にスルリと神気が入り込んでくるのを感じるだけだ。

 エイレンには直接与えられたからわからなかったが、今まで参拝した神社や寺院などでも同様のことが起きて居たのかも知れない。

 しかし先日のような急激な強化は感じられない。

 何か神様に恩を売ったとかそういうわけではないので、なんというか認知されたとか認められたとかそういう感じなのだろう。

 ただ大水鬼討伐で甲斐の国や信濃の国の神様に感謝されている可能性はある。

 クローシュを調伏したことで川崎や横浜の神様ももしかしたら加護をくれているかも知れない。

 そういう重複した加護が一気に流れ込んできたのでさっきは一気にレンのレベルがアップしたのだ。


 実際灯火たちも聖気を持っている。聖気は大体神関連だ。ただ葵や美咲は生まれも関係するだろうし、灯火や楓も神霊の血をカケラも引いていないとは断言できない。

 大体日本の魔力持ちや聖気持ちの起源は突然発生系か神の加護を得た者か、それとも神霊の子孫だ。

 そして伝承が本当であるのなら天皇家の祖は天照大御神の孫である瓊瓊杵尊ににぎのみことであるし、他にも山幸彦や海幸彦など神の伝承は数えられないほどある。天津神だけではなく国津神もいるし、中国やインドの神も日本では広く信仰されている。

 天皇家の姫を娶った公家や武家など天皇家の血は日本中に薄くとも広がっている。武家や公家は天皇家を継がずに臣籍に下った者も多いのだ。


 葵の祖先の白蛇はどんな神霊だかわからないが、藤のような仙狐もいる。白蛇や仙狐も実在するなら犬神もいるだろうし、天狗もいるのだろう。前鬼後鬼の子孫である五鬼系の家もあると葵からは聞いている。五鬼童や五鬼上などだ。前鬼は後に大天狗としての伝承が残っている。

 そして前鬼後鬼が居るということは役行者も居るということだ。役行者の子孫の逸話は知らないが、どこかに居るのかもしれない。


 日本の神ではないがエマやエアリスも異国の旧い神の血を引いた子孫だと言える。

 日本は多神教であるし、力の強い妖魔や怨霊は神霊として祀られている。

 そして1億人以上も人口がいるのだ。

 様々な神の血が混ざりあっていてもおかしくはない。……確かめる術はないが。


「赤福氷、美味しいね」


 参拝が終わると名物赤福を食す。普通の赤福は伊勢だけでなく名古屋駅などでも売っているが赤福氷などは現地でしか食べられない。

 茶を飲みながらみんなで赤福氷や団子を楽しみ、伊勢の地を後にした。


 三重県を伊勢湾沿いに南下し、だんだんと道が険しくなっていく。

 大きな有名な岩や海を見ながら今日の目的地というか宿泊所に向かう。

 軽く道中の神社などに寄り道しながら古い造りの旅館に泊まる。

 レンたちの貸し切りで、護衛や運転手たちも含めれば50名を超える集団だ。

 現地の食材を使った料理に舌鼓を打ち、浴場で汗を流し、それぞれの部屋に案内される。

 アーキルたちは交代で酒を飲んで良いメンバーを決めて酒盛りをするそうだ。

 酔うこともできるが、有事の際には〈自己治癒〉で解毒すれば酔いは一瞬で覚める。

 食事の際も何人か飲んでいたが飲んで良いメンバーはローテーションで決めているんだと主張され、さらに今回は明確に脅威があるわけではないのでレンも酒を飲むことを許した。


(熊野の地は聖地と言われるだけあって全体的に地脈の力が強いな)


 紀伊半島は主に三重県、奈良県、和歌山県があるが、南部は山が多く、古くから修験者が多い。

 熊野大社を筆頭に多くの神社があり、八咫烏が降臨した逸話などもある。

 レンも1度は訪れてみたかった地の1つだ。


「レンっち、パジャマパーティしよ~」


 そして大人連中は警護と酒盛り組に分かれている間、レンたちは特にすることがないのだが美咲から誘いがあり、女子部屋に招かれた。

 お菓子やジュースが用意され、カードゲームやボードゲームが準備されている。

 遊ぶ気まんまんだ。


(灯火や水琴が髪を降ろすと色っぽいなぁ)


 普段ツーテールの灯火やポニーテールのイメージが強い2人は今は髪を降ろしている。

 美咲は相変わらずツインテールを維持しているが、楓はふわふわ感がしっとりしていて少し落ち着いて見える。

 そして前回は居なかったエマとエアリスもパジャマパーティに参加していた。

 エマとエアリスは5人の少女たちに歓迎され、道中で仲良くなったようで穏やかな雰囲気で日本の旅館を楽しんでいる。


(しかし女子率高いな)


 5人娘に瑠華、瑠奈、エマ、エアリスの9人の女性が居り、男はレン1人だ。実に女子率9割である。

 食事をあれだけ食べたというのに(魔力持ちは基本的に量を食べる者が多い、そしてあまり太らない)、大きな盆に幾種類ものお菓子がすでに盛られていて夜を楽しむ気満々だ。

 体力も一般女子と違って多いし〈自己治癒〉で肌も髪も荒れないので夜更かしは敵ではないのだ。

 レンは訓練中エマやエアリスは体力が足らないと評したが、それは魔力を使いながら継続戦闘を行える時間が少ないと言う意味であって、ただ走るだけであったら全員がフルマラソンくらいは平気でこなす猛者たちだ。


「はいはい、まずは何からするの」

「2組に分かれて大富豪かなっ」


 そうやって1日目の夜は日が変わる寸前までみんなで遊んだのであった。



 ◇ ◇



「熊野の神社はなんかちょっと普通の神社と造りが違うね」

「そうね。独特の雰囲気があるわよね」


 熊野三社を参り、御朱印を貰い、ついでにレンは「古道」と書かれたTシャツまで買った。案外デザインが良かったのだ。

 レンが買うとみんなも刺激されたのか購入していた。他にも八咫烏のストラップや人形、熊野牛王符などを買う。

 本物の霊力が込められた者ではなく、レプリカで効果はないがお土産には良い。

 有名な滝や熊野古道を軽く散策し、修験者らしき者たちともすれ違った。

 魔力持ちも混ざっていたので本物の修験者なのだろう。

 修験道の使う術というのも見てみたいが、機会はあるだろうかと思いながらも、普通に挨拶を交わして通り過ぎる。


(吉野の修験道場などに見学に行く予定もあるし楽しみだな。術なんかは流石に一般公開してないだろうけど)


 熊野近辺を堪能すると移動だ。灯火おすすめのアドベンチャーワールドである。

 と、言っても熊野観光に1日掛けたのでホテルに移動するだけだ。

 アドベンチャーワールドを楽しむのは翌日までお預けである。


「ナイトサファリも行きたかったわ。明日はいっぱい楽しみましょう」


 アドベンチャーワールドはサファリパークや水族館など1日では回りきれないほど大きな娯楽施設だ。

 なんと灯火はアドベンチャーワールド観光に2日の予定を組んでいる。

 楽しむ気満々だった。

 どうやらずっと来たかったらしいのだがなかなか来られる機会がなかったらしい。

 テンションが高い灯火の姿はレアなので、旅行予定を組む時からテンションの高い灯火に全員が「そこまで行きたいのなら」と暖かい眼差しで見たものだ。


「パンダの赤ちゃんかぁ。上野のパンダはずっと後ろ向いてて背中しか見れなかったな」


 東京国立博物館や上野公園、上野動物園なども行ったことがあるが、パンダは残念ながらサービス精神皆無で、後ろを向いたまま寝ていた。


 ホテルは流石に貸し切りとは行かず、1フロアを専有するだけのようだ。

 レンは基本1人部屋なので十分に広い。

 女子組は仲の良い子たちや日替わりで同室の子を変えたりして遊んでいるようだ。

 葵や美咲はレンと同室を希望していたが灯火に却下されていた。


「広いなぁ」


 アドベンチャーワールドは80万平方mの敷地面積がある。

 サファリワールドやマリンワールド、それに遊園地まで併設されている複合娯楽施設だ。

 東京から来るのなら車より空路を使ったほうが良い。和歌山空港が近く、バスが出ているからだ。

 紀伊半島の道は整備はされているが狭い道もあるしかなり曲がりくねっているし海風も強い。バイク組は結構海風に煽られていた。


「さぁ、行くわよ。全力で楽しみましょう!」

「お~!」


 灯火の号令に楽しみにしていたらしい美咲が大きく答える。

 他のメンツもワクワクした表情ですでに楽しそうだ。

 サファリパークを巡り、マリンワールドでペンギンやイルカなどを鑑賞する。そして夜はナイトサファリだ。

 パンダも頭数が多く、上野動物園に比べて見やすいようになっているし子供のパンダを見た時などレンでさえ可愛さについ見つめてしまった。

 灯火たちの興奮度が凄かったのは言うまでもない。


 丸1日堪能し、夜は女子部屋に集まって遊び、翌日は昨日回れなかった所やもう一度行きたい所を再度訪れて夕刻に出発することになった。

 紀伊半島東部を北上し、奈良県に入る。

 次の宿泊所に到着し、遅めの夕食を楽しむ。

 ちなみにアドベンチャーワールドはエマやエアリスだけでなくイザベラやアーキル、重蔵たちも楽しんでいた。


(水族館とか魔物じゃないからできる施設だよなぁ。動物園もそうだけど)


 レンは水族館も動物園も初めてではないが、ローダス大陸の動物は基本気性が荒い。と、言うか動物ではなくほぼ全て魔物だ。家畜化できる魔物もいるし、弱い魔物は使役されたりもするが、あんな防御力の低い檻に閉じ込めたりなんかはできない。

 魚もあの程度のガラスはイワシサイズの魔魚でも楽に突き破ってくる。

 うさぎやネズミですら魔力の弱い子供などは殺されるのだ。

 動物という弱い肉が豊富な地球は人間が繁殖するのにレンの居た世界よりも遥かに楽だ。


(じゃないと80億人も居ないよな)


 人間同士で戦争をして殺し合ってもそれだけの人数が居るのだ。

 レンの居たローダス大陸はユーラシア大陸くらいの面積はあったと思うが1~2億人程度だろう。

 未開地も多く、魔境と言う魔物の領域がほとんどで、人間が住んでいる面積など大陸の3割もない。

 大陸で3指に入る大国だったローダス帝国でも、統計がこちらほどはっきりしていないのでわからないが、3000万人くらいではなかろうか。


(の割には魔力持ちの割合が低いのは不思議だなぁ)


 ローダス大陸では魔力持ちと呼ばれる最低限の魔力を有している人間の数は大体1%だ。更に魔法が使えるのが10人に1人。魔術具を使えば魔術が使えるのが2,3人だろうか。

 レンが街を歩いていて明らかに魔力持ちだと感じられる人数は1%もいるように思えない。

 退魔の家のように魔力持ちが一箇所に固まっているというのもあるが、それにしても明らかに少ない気がする。


「奈良県の地図見てると寺院が本当に多いね」

「昔から寺院の力が強い地域ですからねぇ。今はかなり勢力を失いましたが、それでもやっぱり他の地域に比べても圧倒的に多いですよね」


 奈良県出身の葵と共に奈良県観光地図を見る。

 奈良県は寺院の力が強く、室町幕府は大和の国に守護を置けなかったほどだ。

 今は時代の流れで勢力を失ったが大阪の石山本願寺や奈良の興福寺などは僧兵と言う兵力を持っていて、領地も支配していた。武家だか僧侶だかわからない存在だった。

 戦国時代や江戸時代に大きく勢力を減じ、神仏分離で更に弱体化した。

 しかし弱体化してなお、奈良県は寺院のいくつかの大きな派閥に支配されていると言って良いらしい。

 奈良県にある退魔の家はほとんどどこかの派閥に組み込まれ、独立した勢力というのはそう多くないと葵は語る。

 確かにそんなところにレンたち玖条家が引っ越してきたら様々な勢力に傘下に下るように要請されるか潰されるだろう。

 面倒くさいことこの上ない土地だ。


 ただ観光するだけなら別に危険な土地ではない。日本人も外国人も観光に訪れ、それを収入にしてあざとく稼いでいる。なにせ拝観料などを取るのだ。宝物殿や博物館はともかく拝観料があるような土地は京都奈良が多いだろう。少なくともレンは関東近縁でそんなものは払ったことがなかった。

 獅子神神社や伊勢神宮、熊野大社ですら拝観料はなかった。


 奈良県は北部と南部で大きく様相が変わる。北部は比較的平地があるが、南部はほぼ山と森だ。

 旅行4日目は奈良公園周辺の有名な寺や宝物殿、博物館などを主に回った。

 飾ってある宝物の中には魔道具、呪具の類も混じっている。

 単純な古い壺や刀剣、巻物や古い手紙なども飾ってあるが、稀に呪いの壺や弱い魔剣なども混じっている。

 きちんと封印されているし見るだけなら害はないがそれも驚きだった。


「吉野はレンくんが希望してたものね。何がみたいの?」

「いや、天狗がいるかなって」

「え?」

「修験者と言えば天狗でしょ。探せば会えないかなって」

「会ってどうするの?」

「話を聞きたい?」


 レンもそんなに深い意味でリクエストしたわけではない。

 聞かれたので答えたが、熊野はすでに予定リストに組み込まれていたしアドベンチャーワールドに熊野古道は負けた。

 ならば終点とも言える吉野の山や修験道の道場などを見たかったというだけなのだ。

 ついでに藤と言う仙狐が豊川家に存在したので天狗も居るのではないかと思った。本物の天狗と会えればなお良しである。


「五鬼上や五鬼童なんかに伝手はないわよ」

「子孫ではなく現存してないのかな?」

「いえ、居ることはいるんじゃないかしら? 詳しくは知らないけれど。神霊に会おうって普通は考えないわよ」


 灯火にレンは思いつきで言った言葉で苦笑されてしまった。

 だが豊川稲荷に行った時も狐霊がひょこひょこと隠れていた。

 藤も居たのだ。天狗もきっと山中に隠れ潜んでいるのだろう。


(天狗のことは半分冗談だったけど灯火は真面目だから真面目に返されちゃったな。でも修験道も豊川稲荷と一緒で色々混じってる感じでよくわかんないんだよな)


 豊川稲荷で祀っているのは吒枳尼ダキニ天であり、仏教に組み込まれたが元はヒンドゥ教の神だ。

 カーリーの脇などに良く描かれるダーキニーと言う夜叉という鬼神が元だと言うが、狐でも何でもなく、元は人を食べる鬼神だったというのが面白い。

 日本では稲荷信仰と習合されて白狐と共に描かれることが多く、気狐あたりを従えていたのかも知れない。

 詳しいことはわからないが、日本の宗教は神仏習合によって様々に入り組んでいて、レンを悩ませる要因でもある。

 中国やインドの神を勝手に独自の解釈で祀って寺院や神社まで建ててしまうのだ。

 ちなみに藤はその白狐の友人の仙狐で、豊川稲荷とは関係は深いらしいが、助けた男と結婚して天界に行かなかった気まぐれな狐の神霊だと言う。


(藤も仙術を学びに中国まで行ったのかな? 今度話をする機会があれば聞いてみよう)


 レンはそう思いながら吉野観光を楽しみにしていた。


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