058.閑話:観光と安寧
(あっという間の3ヶ月だったなぁ)
エアリスは日本に来てからの3ヶ月を振り返ってベッドの上で思い返した。
護衛される側にも心得が必要だとチェコにいる時よりも厳しい訓練を受けたし、エアリスの持つ希少魔法である植物魔法の使い方や日本にある特殊な魔花や魔草も手に入れてくれてエアリスの手札も増えた。
実際に逃亡中襲われ、それらを駆使してなんとか切り抜けることができた。
最後は倒されたと思っていたゲイルが奇襲を掛けてきたが、それを読んでいたレンが助けてくれた。
(すごかったなぁ)
レンは〈暁の枝〉の首魁である変異したゲイルと一歩も引かずに戦い勝利した。
葵は一騎打ちなどせずに数で叩けば良いのにとため息をついていたが例え劣勢になったとしても切り札があったので負けることはなかったと後で教えてくれた。
護衛依頼も終わり、追ってきた〈暁の枝〉も排除した。油断はできないがほぼ終わりだろうとレンも言っていたのでもう大丈夫なのだろう。
ずっと緊張していたのでようやく体の力が抜けた気がした。
「明日、楽しみだな」
そしてようやくレンから自由に動いて良いと許可が出た。
エアリスは生粋のオタクだ。日本の漫画アニメ文化にハマり、日本語もそのために覚えた。
いつかは来たいと思っていた日本に今いるのだ。狙われていたのでそんな場合ではなかったが行ってみたい所はたくさんある。
母や姉であるイザベラとエマも近隣の観光地や都心部に興味を示しているが、エアリスとしてはいわゆる聖地巡礼というのをしてみたい。
そうレンに相談してみた所単身で電車などで遊びに行くのはまだ許可できないが蒼牙や黒縄たちに車を出してくれると言ってくれた。
そして明日の土曜日は初めて観光に出かける日なのだ。
楽しみでなかなか寝付けない。
エアリスはベッドの上で抱き枕を抱きながらゴロゴロと眠れない夜を過ごした。
◇ ◇
「すごい、アレがガンダム」
「エアリスは変な物に興味を示しますね」
エアリスが大きな実物大ガンダム像を見上げてつぶやくと葵に呆れたように突っ込まれてしまった。
周囲には大きなカメラで写真を撮っているものや他の観光客も多い。
エアリスが最初に希望したのはお台場だ。
時期ではないのでコミックマーケットは開かれていないが、聖地と言えばお台場だろうとリクエストしたのだ。
ビッグサイトではジュエリーズフェスと言うのをやっているらしいので、イザベラとエマ、それに水琴も一緒に来ている。
「いいじゃない、私も初めて見たわ。あんなに大きいのね」
水琴が笑いながら同じく巨大なガンダム像を見上げている。
イザベラやエマも楽しそうだ。
「大きいわね」
「私も初めて来ました」
「私もよ」
ビッグサイトに向かうと独特な形をした大きな建物が見える。
葵も水琴も来たことがなかったらしい。
エマは自身の魔法になにか応用できないかとジュエリーフェスに乗り気だ。
暑いのは気になるが中に入ると思っていた以上に混雑していた。
有名なジュエリーメーカーやクリエイターが作った一点もののジュエリーなどがキラキラと光っている。
イザベラは全体を楽しそうに見て回り、エマは天然石やルースを中心に見て回っている。
「レンもくれば良かったのに」
「レン様も色々やることがあるんですよ。それにしても都心になると霊力持ちがやっぱり多いですね」
「そうね、でもピリついた感じはしないわ。平和なのね」
客の中にも魔力を持った者が散見されるが、お互い多少警戒はするものの特に問題は起きなかった。
日本は神道、仏教、陰陽道と大きく3つの勢力があるらしいが、欧州のように教会が圧倒的に強いと言うわけでもないらしい。
それなりに対立はあるらしいが棲み分けができているようで派手にやり合ったりというのはあまりないそうだ。
イザベラがしばらく日本を拠点にすると言うのもそれが理由だろう。
今欧州は荒れている。
魔女襲撃事件とは関係なく魔法使いや魔術師界隈もピリついているのだ。
「とりあえず来月もっかい来なきゃ!」
「コミックマーケットというやつですか?」
「うんっ、せっかく日本に来たんだもの。一度くらいは行ってみたいわ」
「私はついていきませんからね」
「え~」
キラキラと語るエアリスに葵は塩対応で返したが、1人でも来るんだとエアリスは決めていた。
◇ ◇
『ココが浅草寺なのね。さっき行った明治神宮もそうだけど水琴の神社とは規模が違うわね』
『一緒にしないで。うちも古くからある由緒正しい神社なのよ、小さいけど……』
『それにしても日本人以外も多いのね』
『外国人にも人気の観光地ですもの』
エマは浅草寺前の仲見世通りを水琴とイザベラ、レンと他数人と歩いていた。
エマはエアリスのように特にココに行きたいと言うのはなかったので代表的な観光地をとリクエストしたら浅草寺に連れてこられたのだ。
先に行った明治神宮はまだ100年ほどの歴史しかないのだと言う。
地脈の力が強い土地に建てられていたので、大聖堂のようなものだろう。
浅草寺付近は街並みも古くごちゃついている。そしてエマやイザベラのような明らかに日本人でない観光客が多い。
水琴やレンの通う高校では黒髪ばかりで目立っていたがココでは特に注目されることもないようだ。
『ねぇ、アレは何かしら』
『アレは人力車よ、ガイドがついて案内してくれるの。ココの名物みたいなものね』
『なるほど、観光ガイドなのね』
2人乗りの2輪車を人が引いている光景はエマには目新しかった。
イザベラは江戸切子と言うガラス細工の店を覗いていて、レンが通訳をしてくれている。
エアリスは今日は聖地巡礼だとよくわからないことを言って大洗と言う町まで行っているらしい。
東京都を越えて茨城県と言うところまで行くというのだから少し我儘が過ぎると思ったのだが、レンは快くエアリスの我儘に部下を派遣してくれた。
そうこうしているうちに雷門までたどり着き、風神や雷神の像を水琴が説明してくれている。
水琴はチェコ語はできないが英語は堪能なのでまだ日本語がおぼつかないエマや日本語ができないイザベラにはありがたい限りだ。
電車の路線図などを見せて貰ったがエマは東京を1人で動くのは無理だと思った。
あまりに複雑過ぎたのだ。
『神社と寺院は雰囲気がかなり違うのね』
『そりゃそうよ。キリスト教とイスラム教では建物の形は全然違うでしょう』
『あぁ、宗派が違うのじゃなくてそのくらい違うのだったわね』
日本の宗教について軽く教えて貰ったがエマはとても理解できなかった。
主に神道と仏教があると言うが歴史上で習合されたり分離されたりと、かなりややこしいらしい。
更に多神教にしても神の数が多すぎる。
レンや水琴も全ては把握していないし、している日本人などよほどの専門家くらいだろうと笑って言っていた。
参拝の仕方も神社に近く、建物も違いはあると言っても似た雰囲気だ。
同じ宗教で時代が違う建物だと言われれば納得してしまいそうだ。
『さぁ次はスカイツリーよ。あのへんは最近開発された地区だからかなり雰囲気が違うわよ』
『楽しみだわ、それにしても日本の夏は暑いわね』
『それは我慢して。私も暑いと思ってるのよ。こればかりは慣れないわ』
古い街並みが残っているすぐ傍にあれほど大きな電波塔が建っているというのは少し違和感があるが、おしゃれなカフェや水族館などもあると聞いてエマの気持ちが少しあがった。
涼しい場所に行きたかったのだ。
(それにしても、こんなにゆったり観光できるなんて、本当に良かった)
ほんの少し前は襲撃に怯え、極東まで逃げ出して来たのだ。
それからも厳しい訓練を課され、実際に3度目の襲撃があった。
狙いはエマではなくエアリスだったようだが、エマにとっては可愛い妹だ。
エアリスもほぼ安全になったと聞いて笑顔が増えている。
実際エマは友人の魔女を亡くしている。
1つ間違えていれば自身も妹も母も命が危なかった。
(レンには感謝しないとね)
護衛報酬はかなりの金額であったし、実際反発したこともあった。
だが結果的に3人無事でこうしてゆるやかに観光できている。
母が選んだ選択は間違っていなかったのだ。
『ほら、レンくんたち行っちゃうわよ』
『えぇ、ごめんなさい』
水琴が手を引いてくれてエマは我に返った。
水琴は浅草寺は初めてではないがスカイツリーは初めてなようで少し浮かれている。
彼女もエマたちの訓練などに付き合ってくれたのだ。
ほんの3ヶ月と少しだが濃密な時間を共に過ごした友人と言って良い。
『行きましょう』
『わかったわ。そんな急かさないで、水琴』
エマは人混みと暑さに少しうんざりしながら早足になった。
◇ ◇
(良かったわ)
イザベラはヘレナに誘われて日本に来た選択は間違えてなかったとホッとした。
娘たちが笑顔でソフトクリームを食べながら話している。
日本の夏や梅雨はかなりうんざりだがこればかりは仕方がない。
その分冬はチェコよりはかなりマシらしいのでそちらには期待したいところだ。
『ヘレナ、ありがとうね』
『私も確信があった訳じゃないわ。結果が伴って良かったと思ってる。それに日本は教会の勢力が弱いからそういう意味でも安心よ』
『そうね』
日陰で娘たちを見ながらヘレナに礼を言う。
確かに日本は教会勢力が弱い。
魔女である娘たちは目を付けられやすいのだ。教会にも、そして魔法使いや魔術師にも。
そういう意味では日本の宗教関係者は魔女という存在に敵対的ではないと聞いた。
当然危険な集団が居ないと言う意味ではないが、現在の欧州よりはよほどマシだ。
教会では聖女が現れたと騒ぎになり、東欧では強力な吸血鬼が復活した。
今欧州は復活した吸血鬼と教会、それに魔法使いや魔術師たちと様々な勢力が緊張状態にあるのだ。
『でも教会勢力がわざわざ〈暁の枝〉を狩りに来たのは予想外だったけどね。貴女たちも危なかったんでしょう?』
『うまく喰い合ってくれたわ。それに娘たちの護衛だけじゃなくて鍛え直してくれたのも良かったわ。基本的な魔法なら教えられるけどエマもエアリスもアタシじゃ教えられないしね』
『私も違う系統の希少魔法は教えられないわ。それに私たちだってまだまだよ。師匠とか化け物みたいな魔法使いは幾らでもいるもの。魔女だからって多少アドバンテージがあるだけで、結局地力がモノを言うのよ』
『そうね、アタシらもまだまだだものね』
欧州には人間の寿命を超えて生きる化け物みたいな魔法使いや魔術師がいる。それは当然教会にもだ。
今回襲われたゲイルやハスキルもイザベラたちだけでは対応できるレベルではなかった。
遠目で見ただけでもエイレンという悪魔憑きの少年は化け物だった。
蒼牙や黒縄という高戦力の集団、そしてレンの的確な対応があったからこそ難局を切り抜けられたのだ。
ヘレナも魔道具や必要な器具などをかなり融通してくれた。
『まぁいいんじゃない、あの子たちはまだどんどん伸びるわよ。私も負けてられないわ』
『そうだね、アタシらも頑張らないとね』
魔法の深淵は深い。イザベラもそれなりに名は通っているがまだまだだと自覚している。
幸いにしてレンは強固な結界が張ってあるビルの1フロアを貸してくれているし、ビル内には訓練場もある。
『それにしてもあの子、何者なのかしらね。明らかにおかしいわ』
『それはアタシにもわからないね、エアリスの話では変異したゲイルを圧倒したとしか聞いてないけれど、どうすればあんな魔力でそんなことができるのか予想もつかないよ』
『強力な水蛇の神霊を従えているのよ、底が知れないわ』
『味方ならそれでいいさ。頼りになるよ』
『そうね、私も敵対しないことに決めているわ』
エアリスに纏わりつかれて困ったような表情をする少年を見ながら、イザベラとヘレナはレンとは敵対しないようにすることに同意した。
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