057.閑話:レンの誕生日

「わぁ、ココがレンっちの拠点なんだね」


 美咲はレンの誕生日を祝うと言う名目で東京に来ていた。

 レンの誕生日は11月後半でちょうど金曜日だったので金曜の午後に移動し、金曜の夜に誕生日を祝い、更に東京神奈川観光もして日曜の夜に帰るというスケジュールだ。

 瑠華、瑠奈の2人もついてきている。運転手や護衛は地下駐車場で待たせている。ただ地下にも休憩室があるようで、そちらで歓待されているようだ。


 灯火や楓、葵も集まっていて護衛に付いて来た者たちもいるのでレンが所有しているというビルの一室で集まることになった。

 居住区画もあるので宿泊先も玖条ビルだ。

 ただ美咲はレンの家も見たいとワガママを言って先程レンの自宅や自室を訪ねて来た。

 灯火と楓もレンの自宅や玖条ビルは初めてだったらしく、興味深そうに見ている。

 そこそこ大きなビルだが新築ではなく、外観は普通だ。

 ただあちこちに術具が仕込まれていたり監視用カメラが仕掛けられている。

 拠点として防衛にもちゃんと考えられているのがちょっと見ただけでもわかる。


「そんな珍しい物でもなくない?」

「そうだけどっ、レンっちの拠点ってだけでテンションあげあげだよ?」

「応接室の家具は結構いい物を揃えているのね」


 灯火は視点が違い、案内された応接室の家具や内装を褒めている。

 どこかの大きな会社や屋敷の応接室と見劣りしない豪華な内装だ。


「それは僕の趣味じゃなくて、それなりに格式をちゃんとしろと言われて任せただけなんだ。家具って結構高いよね」


 マホガニーのテーブルや美咲も知っている有名ブランドのソファなどが並んでいるし、出されたティーカップも海外の有名ブランドだ。

 ただ茶器はレンの趣味らしいので様々なブランドのティーカップやコーヒーカップ、ティーポットやコーヒーメーカーが並んだ棚がある。

 それを示すように灯火、楓、水琴、葵、瑠華、瑠奈に出されたティーカップは全部ではないがいくつものブランドの物が混じっている。それぞれのイメージに合わせて選んでくれたのだろう。

 茶葉の品質も良く、これも財力の誇示などではなくレンの趣味だと言う。

 美味しいお茶は美咲も好きだし出された可愛らしいティーカップも気に入った。


「それはうちはよくわからないなぁ。正直値段とか相場も良く知らないんだ。うちにあるものは良い物なんだろうってのはわかるけどね」

「豊川家はうちよりもよほど良い物を使ってそうなイメージだね」

「そうかな? でもおうちはおっきいよ。家族だけでなく使用人や親族もいっぱい住んでるから。古いけどねっ。おっきな蔵とかもあるよ」

「春には訪ねる予定だから楽しみにしてるよ」

「うんっ、楽しみにしててっ!」


 春休みにはレンたちは豊川家に遊びに来てくれる約束をしている。

 春休みでなくてもこうやって土日と祝日も利用して気軽に遊びに来てくれても良いのだが、全員の予定を合わすには春休みが良いだろうと言うのだ。

 灯火や楓の受験も終わっているはずである。

 灯火と楓は進学するらしく、受験生であるが2人とも特に焦った様子はない。

 灯火は推薦が決まっているというし、楓も模試の判定はAをキープしているらしく特に問題はないと言う。だからこうして受験前にも関わらずレンの拠点に集まり、美咲のプチ観光旅行にも付き合ってくれるのだ。


「東京は何度か来たこともあるけど、楽しみだなっ。レンっちおすすめの場所はある?」

「え、う~ん。僕はあんまり東京に詳しくないんだよね。だから観光企画は詳しい灯火と楓に任せてるんだ。むしろ美咲はココに行きたい! ってとこはないの?」

「ん~、レンっちと遊べるなら別にどこでもいいよ? カラオケでもゲーセンでも構わないくらい」

「それは流石にどうなのかな。あぁ、平将門の首塚とか興味があるな。行ってみる?」


 そう言った瞬間ピシリと空気が凍りついた。

 なぜそれをチョイスするのか、そして表向き首塚とされている場所に平将門の封印はない。封印の場所は秘匿されていて、首塚は単なる観光名所の1つなのだ。


「平将門好きなの?」

「いや、そういうわけじゃないけど、有名な怨霊の封印ってどうなってるのかなって」

「レンくん、首塚に封印はないわよ? 場所は秘匿されているし私もどこの家が管理しているかも知らないわ」

「え、そうなの。まぁそうか。そうだよね」

「と、言うか基本封印場所はどれも秘匿事項よ。大水鬼みたいに封印をイジられて復活されたら堪らないもの」

「あ~、うん。言われてみたらそうだなって思ったけどすっぽり抜けてた」


 レンが灯火に指摘されて笑う。そんなレンも可愛いと美咲は思った。

 レンはまだこの世界に足を踏み入れて1年も経っていない。それにしては活躍をしているが、常識だとされる知識に穴があってたまにおかしな発言をすることもある。だがそれも愛嬌として美咲は捉えてしまう。


「葵っちはいいな~。いっつもレンっちと一緒なんでしょ?」

「ふふん。羨ましいですか? 美咲ちゃんも引っ越して来たらどうですか?」

「う~ん、お祖母ちゃん許してくれるかな?」

「美咲さまっ!?」


 瑠華、瑠奈が検討し始めた美咲にあわてて声を上げる。

 だがレンの近くに住みたいという気持ちは膨れ上がるばかりだ。

 レンと会えない時もレンのことを考えているし、メッセージや電話が来ると幸せな気分になる。

 葵に頼んで密かに隠し撮り写真や動画も送って貰っている。

 葵は案外美咲に協力的だ。


「うんっ、1年しか一緒に通えないけどレンっちと同じ高校に進学しようかな」

「美咲様、待って、待ってくださいっ」


 ふと思いついたことだが良いアイデアに思えた。

 灯火や楓も美咲よりも気軽にレンと遊ぶことができる。実際それほど頻繁にではないが東京で一緒に遊んだりしているようだ。

 美咲は家の事情もあって気軽に遊びに来れない。ちゃんと許可を得なければ行けないのだ。


「いいじゃん、お祖母ちゃんは番を見つけたら全力で狩れって言ってたよ? 狩りの為には近くに住むのはいいアイデアだと思わない?」

「うっ、ご当主様がそう言われてるのですか? だとすると実現する可能性もないことはないですね。ですが住居や護衛の問題などもありますよ」

「その辺はなんとかしてくれるんじゃないかな~? うちじゃどうしようもない部類のことだし、お祖母ちゃんやお母さんにお願いするっ」

「え、そういうことを対象の前で堂々と言うものなの?」


 レンは狩られる側だ。目の前で獲物であるレンを狩る相談がされているのである。ちょっと狼狽えていて可愛い。


「レンっちがうちの番だってのは既に宣言してるしね。豊川家としては婿に来て貰うのが1番いいんだけど、玖条家を興しちゃったのは予想外だったかな。でも玖条家が豊川市に拠点を移してうちの婿になりながら玖条家当主をしてもいいんだよ。子供の誰かに豊川家の跡取りを貰って、葵っちが産んだ子とかに玖条家を継がせるとかどう?」

「なんだかめっちゃ具体的に予定が組まれてるけど、僕の意思は?」

「うん? ちゃんと尊重するよ。イヤならイヤってちゃんと言ってね。でも振るのはナシね! うちの番になるのは前提で、どうやって一緒に過ごすかを一緒に考えよ!」


 豊川家に婿入りするというのは豊川家の事情だ。美咲としては家を出て嫁入りしても良いと思っているが、まだその了解は得られていない。

 レンは小なりとも言え、今は退魔の家として認められた玖条家初代当主だ。

 成り上がりだとも言えるが、ただ先祖の威光で継いだだけの古い家よりも、実績と実力で鷺ノ宮家などという強力な後ろ盾を得て退魔の家を興すなどそうできるものでもない。

 大水鬼討伐で功を上げ、家を興すという偉業を成したレンの評価は、豊川家内では非常に高いのだ。

 ただ最も都合が良い婿入りというのは立場が邪魔して簡単に実現できなくなった。

 そこらへんは急がずに、レンや豊川家の上層部の意思をすり合わせていけばいい。


「なんだかレンくんに美咲ちゃん、葵ちゃんがくっつくのは未来予定に組み込まれているみたいな会話ね」

「当然だよ!」「当然です!」


 楓がそう言うと美咲と葵の言葉がほぼハモった。その勢いに楓はちょっと身を引く。


「それに灯火っちや楓っち、水琴っちだってお嫁さんなりなんなりなればいいんじゃない? 一緒に助けられた者同士、仲良くレンっちハーレムを作ろうよ!」

「えっ、私もっ?」

「いつの間にかあたしも含まれてるし」


 美咲がそう言うと灯火と楓は意外な提案をされたという顔をしている。水琴は声は出さないがびっくりしているのがわかる。


「美咲様、他家には他家の事情というものがあります」

「でも跡取りとかじゃないんでしょ? それに婚約者や恋人がいるって聞いてないし、レンっちは優良物件だし恩もある。いいんじゃないかな~」


 灯火は3女だ。女系の家らしいので当主は女性が務めるらしいが、姉が2人居る。楓は分家の出だ。当然当主候補ということもないだろう。

 更に〈制約〉の問題もある。

 他家の当主に〈制約〉などの術が掛けられた女性をどこの家が娶るというのか。少なくとも縁談の幅はかなり狭まるだろう。

 ならばその〈制約〉を掛け、更に命を救ったレンに嫁いでしまえば問題は解決だ。

 美咲の思考回路は単純な答えを導き出した。

 実際はたしかに家の意向などもあるが簡単には済まないかもしれないが、美咲は他の4人とも仲が良いし好きだ。番であるレンに一緒に侍れたら良い関係を築けると思っている。

 気軽に提案しただけだが言ってみてなかなか良い考えだと美咲は思った。


「まぁまぁそう焦らないで。僕は結婚とか恋愛とかあんま今は考えてないし、美咲なんてまだ中学生じゃない」

「婚約だけでもしよ? 全然おかしくないよ」

「待って待って。保留で。ねっ」


 レンにそう言われたら引かざるを得ない。嫌われたいわけではないのだ。


「むぅ、仕方ないなぁ。でも高校はこっちの高校にするっ、決めたもんね!」

「本気?」

「本気も本気っ。お祖母ちゃんもお母さんもお父さんも説得するもん! 多分お願いすれば家くらい買ってくれるし瑠華瑠奈もついてくるよ。あ、瑠華瑠奈も貰ってくれていいよ? 美人3人セットでお買い得!」


 まさかのセット売りにされた瑠華瑠奈は絶句した。

 どうせ美咲とレンが結婚すれば瑠華瑠奈はレンにも仕えることになる。それは婿入りでも嫁入りでも同じことだ。

 ならばレンに一緒に嫁いでしまえば良い。そうすれば大好きな2人とずっと一緒に居られるのだ。

 どこかに嫁に行ってしまって離れてしまうのは美咲は寂しいと思うくらい瑠華瑠奈のことを思っている。


「えぇっ」

「私たちもですかっ」


 ちょっと遅れて2人が反応するが、嫌がる様子はない。きっと2人もレンを気に入ってはいるのだ。

 瑠華も瑠奈も先祖である仙狐の血を美咲ほどではないが引いている。そしておそらくレンはそういう神霊系の血を引いている女性を引き付けるナニカがある。

 なんとなく美咲は直感でそう思っていた。


「今日は近場を巡るんだろう? お茶も終わったし遊びに行こうよ」


 レンが話を続けるのは危険だと思ったのか遊びに行くことを提案する。

 確かに予定では近場の大きな公園か神社などに訪ねることになっている。


「うん、じゃぁいこっ。レンっちの横は渡さないからねっ」


 立ち上がりレンの手を取る。

 そうしてレンの誕生日を祝うという美咲のプチ東京観光は始まったのだった。

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