054

 ゲイルを倒したことで脅威は去っただろうか。

 それはレンにはわからなかった。

 アルフォンスに確認を取ってみたが東欧の拠点にはまだ幾人もの術士が居るらしい。

 だがエアリスを狙っていた主犯はゲイルであり、〈暁の枝〉を統率していたのもゲイルだ。

 その本人は滅ぼしてしまった。

 拠点まで残党を捕まえに行くわけにも行かないし、アルフォンスはいくつかの隠れ家は知っているが全部を知っているわけでもない。

 ただ現状再襲撃が行われる気配などはないし、教会の勢力も目的は果たしたとばかりに日本を離れていったことを確認している。


 アルフォンスにとってはエイレンの復活の儀式が成り、信徒たちや素養のあるものたちに力を与えたらしばらく身を隠し、よりエイレンの力を蓄え、且つ戦力たちをエイレンの力に馴染ませることが優先度が高いと思っていたらしい。

 しかしゲイルはエアリスにこだわり、日本まで早急に追うことを決めた。

 エイレンの復活も成し得たし、エイレンという強力な神の助力もある。

 ならば魔女の1人くらい攫い、エイレンの糧とするのに十分な戦力はある。

 そう言ってゲイルはエアリスの確保を優先した。

 せっかちなのはやはりゲイルの性格だったらしい。

 レンならばもっと時間を取って確実性を増してから決行する。

 エアリスを狙って日本にかなり早く来たことや、再襲撃のタイミングはレンにとっては都合は良かったので結果論としては良かったが。


 結果的には教会勢力にも嗅ぎつけられ、レンたちという思っていた以上の戦力がエアリス側についたことでその野望は潰えた。

 ゲイルはアルフォンスのように死を偽装し、且つアルフォンスよりも遥かに早く力を増し、再度襲撃を行ったがレンの機転によってゲイルは滅ぼされてしまった。

 それに教団に対してエイレンは戦闘にあまり協力的ではなかった。

 ゲイルがエイレンの直接の戦闘力に頼ることを良しとしなかったこともあるが、エイレンが戦えば教会勢力との戦いはあんな惨状にならなかったはずだとアルフォンスは語る。

 だがエイレンは戦神ではない。信仰対象である本人、いや、本神が基本的に戦闘は行わないと宣言してしまえば逆らえるものではない。エイレンがあの場で戦いに参加しなかったのはそんな理由があったらしい。

 アルフォンスは幹部の一角を占めて居たが、主に魔術の素養とエイレンの力への親和性を見込まれて幹部として扱われたわけで、意思決定や作戦についてはそれほど関わりはなかったらしい。


 ただレンにとってはエイレンの存在は未知の存在だ。本人が生きていて〈箱庭〉に居る。レンはそのうち色々と話を聞かせて貰うつもり満々だった。

 更にエイレンの力を得て変異し、未だ生きているのは彼だけだ。

 異世界の、更に邪教とされる〈暁の枝〉の中では東欧の術にも精通している。

 西洋系の術と東欧の術、教会が使う術に対しての対抗術式を多く習得しているのだ。


 光合成をしておけと命令していたが、ゲイルやエイレンの脅威が去った今、アルフォンスの価値はレンにとって急上昇だ。光合成をさせているだけではもったいない。

 彼は術や魔法、教団が利用していた術具や術式、敵対組織である教会が使う術具や術式、その対抗策にも精通している。

 力を制限しているので実際に見せて貰うことはできないが、どのような術式があるかというだけでレンに取っては垂涎の情報源なのだ。


 アルフォンスを拘束して居る鉢植えは大きなものにもなり、アルフォンスにもある程度力を与えることにした。今は50cmほどの樹木のような魔物に育っている。声を出すことにも慣れたらしく、会話に支障はない。

 と、言っても多少の行動の自由をゆるしたのと多少魔力が使えるようになっただけで結界や魔道具の鉢植えに囚われていることには変わりがない。

 鉢植えや結界を稼働する魔力はアルフォンスから搾り取っているので、エコだ。


『光合成してろって言ったり根堀り葉掘り術について聞いてきたり、わけわかんないやつだな』

『ゲイルも滅ぼして落ち着いたからね』

『げっ、首領滅ぼされたのっ。あの人術士としても優秀でエイレン様の力の扱いもめっちゃ凄かったのに』


 アルフォンスは大きく成長して話が聞きやすくなった。新しい身体にも慣れたのか枝が動き、ジェスチャーのような行動も増えた。ペンと紙も与え、彼の知る魔法や術の種類、どんな効果かなどリストアップさせている。

 ついでに彼の知る魔草などの東欧の術具や魔法薬の素材になりそうな物の情報も搾り取っている。

 それと要望を聞いてあげ20インチほどの小さめのモニターも設置し、いくらか希望の本を与えた。電波は受信できないので映画のDVDなどを買って与えている。英語は理解できるらしいのでそれはちょっと良かった。イタリア語の映画は日本では英語の映画なんかと比べればあまり買えない。

 字幕が邪魔だとわがままを言うが黙殺している。


『親戚なんだっけ』

『ちょっと遠いけどね。おかげでボクは幼い頃に教団に強制入信させられた。魔法の素養もあったってのもあったけどね。良い思いもしたし魔法や魔術を学ぶのは楽しかったけど、命令には絶対だし非道なこともしてたからあんま好きじゃなかったな』


 アルフォンスは窓際で光合成しているだけよりは、とかなり協力的に話してくれている。

 元敵であるし、魔女たちを狩るのにも参加している少年なのでレンはアルフォンスを信頼などカケラもしていない。〈従属〉などで縛っても良いが、レンは個人的にあまりそういう術で相手を縛るのは好きではないので保留だ。

 とりあえずは協力的だし無害なので良いと思っている。

 魔物から人間に戻れるのかと聞いてみたが、自分ではわからないが多分無理だとの返事もあった。


『さて、そろそろ時間だ。言っていた術式についてわかっていることを纏めておいてね』

『わかってるよ』


 レンはアルフォンスとの会話にキリを付け、葵と水琴が待つ訓練所に向かった。



 ◇ ◇



「やっぱり護衛任務は面倒くさいな。もう受けたくない」

「でもエアリスちゃんやエマさんは良い人たちですよ。友達になれて良かったです」


 葵はいつもの稽古が終わってレンとお茶している。この時間が葵にとっては楽しみな時間だ。


「うちも長期の護衛なんかは余程でないと受けないわね。それに大体神社か屋敷に留め置いて外に出したりしないわ。でも護衛対象との連携訓練の大事さは見ていてわかったから、もし機会があったら実践してみるわね。と、言っても獅子神家は護衛のノウハウなんてないからまずはうちを鍛えないと受けられないけど」


 水琴が言っていたようにレンはかなり厳しい特訓をエマやエアリスに課した。

 アレについては葵も意外だった。ただ葵は護衛依頼というのにあまり詳しくはない。

 フィクションなどで馬車で街を移動する商人や貴族を護衛したり、映画などで貴人をSPのような屈強な男たちが守るなどの映像は見たことがあるが、それとはかなり違っていた。

 だが実際水琴の言うように、護衛対象が実際に自身の身を守ることができ、且つ護衛隊との連携が深まれば護衛の成功率は格段にあがる。

 言われてみればそうだろうと思うし、たった3ヶ月の期間だったがエマやエアリス、イザベラの動きは特訓で格段によくなった。


 襲撃時の逃走劇は見ていなかったが、別働隊にエアリスが襲われた時もエアリスは的確に動き、敵の動きを止めたりと活躍もしたらしい。

 ゲイルとの戦いはレンが行っていたのでエアリスの活躍の場はなかったが、幾度も襲撃を経験しているからかエアリスは戦闘態勢を崩さず、葵の後ろでしっかりと戦闘を見て警戒も解いて居なかった。

 確かに護る相手が動けるのと動けないのでは遥かに違う。

 レンが語ってくれたように全く動けない貴族女性などを護る護衛任務などは襲撃があればもっと大変だろう。

 守るというのは単純な戦闘よりも制約が大きく、大変なのだ。


(レン様の行動は理に適っているけど、やっぱりちょっと過保護だよね)


 実際水琴が攫われた時も無償で助けているし、護衛依頼契約が終わってもレンは警戒を解かず、エアリスをアフターサービスだと言って助けている。

 もし葵や水琴がレンの知る中で危機に陥ったら報酬や礼などを要求することなくレンは助けてくれるだろう。

 保護下に入れた者を助けるのはレンに取って当たり前のことなのだ。

 そんな優しいレンも素敵だと思う。


「獅子神家は当夜さんのことも落ち着いて来たわ。家中で問題にはなったけどね。家中がゴタゴタするのは雰囲気がピリピリしててイヤなのよね。当夜さんのご家族とは顔を合わせると気まずいし、だからと言って会わないわけにも行かないし」


 水琴は獅子神家の裏切り者であった当夜の後処理に疲れているようだ。

 最近仕入れたお湯を注ぐと花が咲くように見えるハーブティを淹れてあげよう。


「まぁアレは自業自得じゃない。家族や親しい人を失った人たちの心境は複雑だろうけれど、そのうち落ち着くんじゃない」

「その落ち着くまでがイヤなのよ。道場にも顔を見せづらいわ。行かないわけにも行かないのがまた面倒よね」


 水琴は正式には任命されていないが指導を任されている。近日中に師範代に任命されるそうだ。

 元々若い門下生たちに教えていたと言うし、最近は指導的な立場に立っていたと言うから現実は変わらず、肩書が追加されるだけだろう。

 当夜との戦いは葵も見ていたが、本気の水琴の戦いはやはり稽古とは違い、緊迫感があり、序盤は受けに回っていたのでそうでもないが覚悟を決めてからは苛烈な攻めを見せて一気に当夜の命を断ち切った。

 本当に敵と成って相対しても一対一なら負けることはないだろうが、大蛇丸を携えた水琴は確かに強い。

 霊力量だけで言えばエイレンの力を得た当夜はかなりの力を得ていた。

 しかし水琴は傷1つ負わずに当夜を倒してのけた。


(私なら近づけないように術で距離を取りながら凍らせるのが良いかな。エアリスちゃんから貰った毒は効果あるのかしら)


 頭の中で当夜との戦闘をシミュレートしてみるが、葵が当夜と戦ったとしてもおそらく勝てる。

 当夜も典型的な剣士で遠中距離の技はほとんどない。


「じゃぁそんなお疲れの水琴には新しい技を見せてあげようか」

「えっ、いいのっ」

「見せるだけで教えないよ。対処法も自分で考えてね」

「わかったわ。模擬刀を持ってくるわね」

「僕は槍を使うよ」


 レンと水琴が休憩を終わり、稽古に向かう。と、言っても裏庭のいつもの訓練所だが。


「ちょっ、これすっごいイヤなんだけどっ」


 そしてレンの仕掛けた技で水琴は翻弄され、一本も取れなかった。

 術なしの単純な剣術勝負では水琴はレンにいつも勝ち越している。

 だがレンは水琴の知らない術や技のストックが豊富だ。

 レンに言わせれば「経験値が違う」らしい。


 剣術だけを主体に戦えば水琴に分があるが、総合力で言えばレンは多彩な術や武術を使い、水琴すら翻弄する。

 ゲイルとの戦いでも葵の知らない魔剣を使い、魔法も見たことがないものを操っていた。

 あのレンと戦うのは本気の葵でも敵わない。

 敵に回すつもりも回るつもりもないが、脳内で何度シミュレートしてもあの時のレンに勝てるイメージが浮かばない。

 葵もゲイルのように圧殺されるだろう。


「これ、対策とかあるの」

「慣れ、かな? 〈水晶眼〉をもっと使って洞察力を磨いて、相手の魔力の動きを察知して動きを詰めるんだよ」

「レンくんの魔力の動きって凄い視づらいのよね」

「そりゃ視られないように制御しているからね。魔眼対策にも魔力制御は必須だよ」

「いつも魔力制御、魔力操作の練度を上げろって言われる理由がよくわかるわ。その技、私も使えるようになるかしら?」

「大蛇丸を使えばいずれ使えるようになるんじゃない? もっと制御訓練を積まないと難しいと思うけど」

「頑張るわ。有用性は身を以て理解したし」


 レンが行ったのは斬撃を置く、という技法だ。

 突きや薙ぎ、払いなど槍が動いても、その軌跡にレンの霊力の斬撃がその場に残る。

 その上次の攻撃がどんどんと繰り出され、更に斬撃の檻に囚われるようになるのだ。

 単純に相手の槍に気をつけるだけでなく、一気に対処する対象が増える。

 置かれた斬撃を斬ることもできるが、それらに対処すればレンの新たな攻撃に対して隙を生む。


(凄い。あんなことできるなんて考えたこともなかった)


 そしてレンは技を教えるだけでなく、こんな技を使う相手に相対した時のために慣れ、対処できるようになれと指導している。


(やっぱり過保護だよね)


 それは水琴の強さに直結するし、対応力の幅も広げている。

 おそらく水琴の練度や実力に合わせて段階を考えて教えてくれているのだろう。

 それは葵に対しても同じだ。


 水琴はかなりボロボロにされたが必死にレンの技に対しての対処法を考えているが、単純な技なだけに自身の対応力を上げるしかない。

 あとはレンの言う通り慣れだろう。

 レンは修練すればいずれ習得できる技術だと言うと水琴の瞳が煌めいた。


「レン様、私も体験してみたい」

「じゃぁ葵もやろうか」

「はいっ」


 初見ではないので水琴よりは対応できたと思うが、案の定葵も幾度も置かれた斬撃に動きを制限され、レンにボコボコにされた。

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