053.ゲイル戦
ゲイルは5mを超える触手となった腕を振るう。
レンは宙を蹴り、2、3本切り払い、竜鱗盾で直撃を防ぐ。
攻撃は重く、10m以上吹き飛ばされるが、竜鱗盾を壊すほどの威力ではない。
『ぐぬ、案外硬いな。だが軽いな』
ゲイルは今度は両手の触手を同時に振るってきた。10本を超える触手が高速で異様な軌道でレンに迫る。
レンは〈障壁〉で、結界で、盾で、剣でそれらを防ぐ。しかしその一撃は重く、長く伸びる触手はいくら斬っても再生し、なかなか近づけない。
「レンっ!」
「大丈夫、レン様は負けない」
戦うレンを見てエアリスが悲鳴のように名を呼ぶが葵は冷静にエアリスを護ってくれている。
信頼されているというのは嬉しい物だ。ただそれは最終的にはカルラなどが手を貸してくれるという信頼だろう。
エイレンの力を取り込み、瘴気を大量に手に入れたゲイルは高レベルの魔物と言っても良い位階に達している。
カルラやハクたちほどではないが、アル・ルーカの助力や過去のレンが作った魔道具や護符がなければとても敵わない。
レンは装備だけは良いが実力はまだまだなのだ。
だがそれも含めてレンの戦力だ。ハクやライカ、エンなどが飛び込んでくればゲイルなど一瞬で消滅させられる。
しかしレンは自身で戦うのが好きだ。立場を得ても、もっと簡単に勝てる方法が有っても戦場では自身の力を振るって戦いたかった。
そんなレンの
(悪い所ばかり治らないけど、それも含めて僕だ!)
触手の鞭がレンを掠める。盾で受ければその重さに吹き飛ばされる。
それに根が槍のようにその隙間を埋めて弾かれたレンを貫こうと狙ってくる。
だが目で追えないほどではない。感じ取れないほどではない。
むしろゲイルは自身の魔力を隠さず、攻撃してくるので、死角からの攻撃も感知できる。
流石に全部は捌ききれない。致命打になる部分だけは重点的に捌き、ある程度の傷は許容する。触手の鞭も根の槍もレンの竜鱗盾を貫けるほどの攻撃力はない。
傷を負えば痛いがその痛みが戦っているという実感を齎してくれる。
それにしばらく実戦は行っていなかった。
実際に本気で戦い、レンは自分が強くなったことを実感していた。
こちらの世界には魔物が蔓延っていないし魔境もない。故に実戦の機会は明らかに少ないのだ。
だがそれとは別にレンは怒っていた。
(誰が小僧だ。100年も生きていないガキがちょっと力を得たくらいで
レンの正体を知らないゲイルには年若い少年に見えるだろうが中身はこちらの暦で言えば600年を超える年月を過酷なローダス大陸で生き抜いたレンである。
「〈火炎岩弾〉」
触手を避け、〈火炎岩弾〉をばら撒く。
アル・ルーカの剣で斬られた触手はすぐには再生しない。〈火炎岩弾〉ではゲイルの樹皮を貫き穴を空けるが、痛みを感じていないのか再生能力も高く、あまり効果が見られない。
(面倒くさいな。もう一気にやってしまおう)
レンは下級ブースターを飲む。レンの魔力炉に、体内に魔力が満ちる。
『こざかしくチョロチョロとしおって。小僧に勝ち目などない。諦めて我が糧と成れ』
『モノを知らない阿呆には掛ける言葉もないな』
勝ち目などそもそもゲイルにはないのだ。それに気付いていないゲイルは滑稽にすら見えた。
「〈溶岩沼〉、〈炎熱砲〉、〈豪鋼竜巻〉」
『GUOOOOOOッッッ』
レンが連続で魔法を放つ。ゲイルの足元に半径30mほどの溶岩の沼ができ、機関銃のように〈炎熱砲〉を連射し、溶岩を鋼を混じえた竜巻が巻き上げる。
竜巻に囚われたゲイルは巻き上げられた溶岩に包まれ、〈炎熱砲〉の炎が竜巻に混じり合い、〈豪鋼竜巻〉に混じっている鋼の粉で体表を削られ炙られる。
『UOOOOOッ』
しかしゲイルはそれでも死ななかった。無理やり〈豪鋼竜巻〉を吹き飛ばした。
ところどころ焦げ、溶け、根や枝も数を減らしている。身体のあちこちにもまだ炎が残っている。だが瞳の狂気は消えていない。身体はより黒く染まり、瘴気が傷跡から溢れている。
『案外防御力が高いんだな。だがそれだけか?』
レンが煽るとゲイルの力が膨れ上がる。更に異形と化し、下半身は太い根が幾本も絡み合い、6本の足のように成る。腰や背中からも枝が生える、更に分岐し無数の触手となる。
頭にはゲイルの面影が残るが髪の毛は既に消え、黒い葉がある小さな枝が生えている。赤黒く染まったゲイルはレンに向かってその無数の触手を逃げ場がないほど振るうつもりだろう。だが先にレンの術が完成する。
「せっかくだからその汚らしい身体を浄化してやろう」
レンは敢えてゲイルが習得していないだろう日本語でそう言った。
「〈浄化霊水波〉」
霊水に浄化の魔力も乗せ、大波となってゲイルを襲う。
ゲイルの力の源はエイレンの力もあるがどこかで得たという瘴気だ。
ならばその力の源を削いでやれば良い。
水など問題がないと防御をしなかったゲイルは霊水の波に飲まれ、苦しげに暴れまわる。
レンの狙った通り浄化の力にも弱かったようだ。
「〈百烈聖光撃〉」
レンの聖気を使った聖なる光の閃光が幾筋もゲイルの身体に穴を穿つ。
「わかったよ、ごめんて」
レンはアル・ルーカに謝り、苦しんでいるゲイルに突貫した。
アル・ルーカからもっと自分を使えと意識が飛んできたのだ。
レンはアル・ルーカから吹き出した炎を身に纏い、暴れながら枝や根の触手を繰り出してくるゲイルの攻撃を力で斬り裂き、レンはゲイルの胸元にアル・ルーカを突き刺した。
「爆ぜろ」
胸元は最もゲイルの魔力が、瘴気が濃い部分だ。そして刺さったアル・ルーカは喜び勇み、レンの魔力を、聖気を吸い上げゲイルの巨大な全身を炎で包む。
それは白い炎だった。浄化の炎がゲイルを内側から、外側から焼き尽くす。
『GUOooo……』
悲鳴をあげるゲイルだが、だんだんとその声は小さくなっていき、最後は何も言わずに燃え尽きた。
最後に残ったアル・ルーカに貫かれたゲイルの核が黒い塵となって散っていく。
レンがアル・ルーカを更に振ると強大な火炎が周囲を覆い黒い塵すら焼き尽くす。
レンの〈箱庭〉の床は根を張ることも種子を地中に逃がすこともできない。
ゲイルは灰も残さず消え去った。
「ふぅ、ありがとうね。助かったよ」
アル・ルーカからは歓喜の意識が飛んでくる。彼らは武器だ。故に強敵と戦うのを、使われるのを喜ぶ。
主を助け、敵を討つ。それが魔剣たちの存在意義なのだ。
ただ難解な性格を持つ者も多く、依然レンに触れさせてもくれない者たちも多いが……。
もう大丈夫だと思ったのか葵はエアリスを連れて下りてくる。
「エアリス、無事か」
「えぇ、大丈夫よ。レンが戦う所って初めてみたけれど凄いのね。それにココは?」
「残念ながらそれは秘密だ。〈制約〉にも掛かるからイザベラにもエマにも言えないよ」
「そう。それは残念だわ。でも助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。案外早く片がついてよかったよ。ゲイルが例え生きていても最低1月くらいは回復しないと思ってたからね」
「ずっと隠れて護衛してくれる気だったの?」
エアリスはくすくすと笑う。
「試験が終われば夏休みだろう。夏休みに入れば護衛も難しくない。エマにもこっそりアーキルと望月に護衛させているよ」
「でも護衛依頼はもう終わったはずよ」
「アフターサービスだよ。エアリスにはもっといろんな種類の植物や毒や薬を教えて貰いたいからね」
エアリスは西欧の薬草や毒草のエキスパートだ。種さえあればいくらでも植物を繁殖させられるし、花粉や枝なども操れる。加工はまだ未熟らしいがそんなのは覚えれば良いだけだ。
それに欧州の魔樹、魔花、魔草にも詳しい。日本やアジアにはない種類も知識もあるし実物も持っているのだ。
エアリスはエアリスで日本やアジア圏の植物に興味津々のようだが、レンもエアリスからもっと学びたいことが山程あった。
エアリスもそのうちゲイルのように魔物化せずとも樹皮の鎧や蔦を操って同様の戦い方もできるようになるだろう。
エイレンの力を継いだ血筋のエアリスとエイレンの力を得たゲイルは実は同系統と言えないこともない。
ゲイルの戦闘方法はヒトを辞めなくてもエアリスなら再現できる。蔦を操り、樹皮を纏い、更に毒を広範囲に撒くのだ。高位の樹操術士はそういう戦い方をする。
レンがエアリスを戦いの場から外さなかった理由の1つでもあるし、レンはゲイルがどのようなことをしてくるか、以前似たような術士と戦ったこともあるのでその形態や属性から予想ができていた。
彼女にゲイルの戦いを見せたかったのだ。
「レン様は天然の女たらしですからね。たらされちゃダメですよ。エアリス」
「あら、でも窮地に颯爽と現れて助けてくれる男性って素敵じゃない?」
「うっ、否定はできません」
「レン、お礼を言い忘れていたわ。助けてくれて本当にありがとう」
葵が釘を刺そうとするが、似たような状況で助けられ、本能的にレンに惚れた葵は否定できなかった。
そしてエアリスはレンの胸に飛び込んできて、ギュッと抱きしめて頬にキスをした。
「あ~っ!」
葵が怒っているが流石に引き剥がしたりはしない。
(あれ、もしかして悪魔の力を継いだ魔女って葵や美咲なんかと一緒で助けられたら惚れやすい?)
エアリスが本気でレンに惚れたかどうかはレンにはわからない。美咲や葵ほど態度に表れていないからだ。抱きついたのも頬へのキスも西欧風の礼だと言われればそうかもと思ってしまう。
だがその可能性に気付き、レンは注意しようと思った……がエアリスについてはもしかしたら手遅れなのでは、と思った。
◇ ◇
『もうっ! なんでレンはそんな重要なことを誰にも言わずに1人で戦うの!』
『護衛が厚かったらゲイルが力を溜め込んで出てこないかと思っていたみたいよ。それにこんなに早く来たのはレンも予想外だったみたい』
エマはエアリスが襲われたと聞いてその可能性を予想していたレンに怒っていた。
エアリスは妹の自分を愛してくれているから怒ってくれている姉を嬉しいとは思うが、レンの言い分もわかる。
隠れて護衛していたが高確率でそうなると思っていたわけではなく、念のためだったらしい。
それにレンはゲイルになんか負けない秘策をいくつも他に持っていたと教えてくれた。もちろん内容は教えてくれなかったが。
あの広い空間。出口も入り口もわからない場所についての説明もしてくれないし、あんな強力な魔剣や盾を所持しているなんて知らなかった。
(そういえばレンは指示や指揮してるところしか知らないわ)
レンの訓練は見ているし指導も受けていたが、直接手合わせをしたり戦っている姿は見たことがない。
護衛の訓練でも襲撃側ではレンは手札を見せずに指揮をしており、護衛側でもエアリスを守るかしかしていなかった。
反撃や攻撃は他のメンバーに任せていたのだ。
アレほど長い時間一緒に訓練をしていたのに、レンの戦い方はほとんど見ていないことに今更エアリスは気付いた。
しかし魔法使いや魔術士が自身の手の内を秘密にするのは普通のことだ。
レンについては〈制約〉という強力な術も掛かっている。
レンに助けられたことは伝えられても、どんな戦いをしたのかは言えないのだ。
『あいつは秘密主義がすぎるわ』
『お姉ちゃんはレンにきついよね』
『そう? 護衛をするならもっと情報を開示すべきじゃない?』
『自覚がないだけ? ちゃんと護ってくれたじゃない。それにお姉ちゃんは実際襲われてないからね』
『どういうこと!?』
『日本に来てからのことよ。チェコやアメリカでは襲われたけどレンたちに護衛されてから直接的な攻撃は受けてないじゃない。私は逃げ出す時も襲撃を受けたし、襲撃者が異形に変身して襲われたわ。それに今回も魔物になったゲイルに襲われた。チェコやアメリカでの襲撃とはレベルが違ったわ。その経験がないからお姉ちゃんはレンをそんな簡単に責められるのよ』
(それに……)
魔女の血という意味ではエマよりエアリスのが強い。
レンが戦う際に纏う雰囲気はエアリスが知るどんな魔法使いなどとも違っていた。どちらかというと魔女に近い感覚を受ける。
しかし同類だと思われる葵とも違う。
戦闘を見たことがなかったから今まで違和感としてしか認識できなかったが今日はっきりとエアリスは自覚した。
レンは明らかに異物だ。普通の魔法使いや魔術士より魔女や白蛇の神霊の血を引くという葵に近い。しかしそれらとも微妙に違う。
(なんだろう。わかんないや)
違うのはわかるが、その違いが何なのかはわからない。
だがレンの力の一端は凄まじいものだったし、命を懸けた戦いに見えたがレンも葵も、きちんと保険の掛かった勝利の確定した戦いだったと言っていた。
エマも同様の違和感を多少は感じているはずだ。だがそれには気付かず、それをレンに対する不審としてエマは無意識に表れているのだ。
少なくともエアリスはそう思っていた。
(いい人だと思うんだけどな。ってかあの年齢の魔法使いとしての力は明らかにおかしいし)
今までも指導や指揮でレンをおかしいと思っていたがレンの実際の戦いを見て余計その思いは強くなった。
これでもエマやエアリスは魔女界や魔法使いの社会で天才と呼ばれた者たちであり、母のイザベラも高名な魔法使いや錬金術師の弟子として名を馳せている。
しかしレンの個人の戦闘力は明らかに異常なレベルだった。
大魔法使いや大魔術士の本気の戦闘を見たことはないが、あの時のゲイルは神霊に片足を突っ込んでいた。それを単騎で討伐したのだ。
持っていた武具も凄い性能だった。あれ1本でどれだけの値が付くのか想像もつかない。というか値などない、そういうランクの品だ。
(これは恋なのかな、わかんないや)
レンへ惹かれる思いは自覚している。葵にも釘を刺された。しかしそれが恋なのかどうかはよくわからない。
なにせ初恋もエアリスはまだだったので感覚がわからないのだ。
レンは憧れの日本に住み、同じ魔法使いで憧れの忍者も配下にしている。さらに危険を感知して助けに来てくれた。実力は底が知れない。
どれが理由だかもわからない。だが確実にエアリスはレンに惹かれる自分の心を抑えられなかった。
だがぷりぷりと怒っている姉には相談できない。より怒らせるだけだろう。
(お姉ちゃんも早くレンを認めればいいのに)
年齢が同じだから? それとも東洋人だから? 特に差別的な性格をしていないがそういうのは無意識に影響すると聞いたことがある。
イザベラやエアリスはレンに好意的だが、エマは批判が多い。
エマはエアリスが助かって嬉しいがレンが隠し事をしていたことに怒っているという複雑な感情で葛藤している。
『もう今日は疲れたし早く寝よ。明日も学校だよ』
『わかったわよ。おやすみ。エアリス。無事に帰ってきてくれて嬉しいわ』
『うん、私もお姉ちゃんやお母さんの顔がまた見れて嬉しいよ。レンのおかげね』
最後のセリフでエマはイヤな表情をしたが、エアリスは見なかった振りをしてタオルケットを被った。
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