052
獅子神当夜はちゃんと葬儀が行われたらしい。
水琴は後悔はないと言っていたが辛そうな表情で当夜を斬っていた。
だがその太刀筋に乱れはなかった。当夜を殺すという意思をきちんと持って、その後起こるであろう獅子神家の混乱も予想しながら当夜を斬ったのだ。
あの時相手をするという決断をしなければこういう決着にはならなかったかもしれない。
だがレンは知っている。
エイレンの与えた力を使ったものを戻すのは不可能だ。
もちろん日本の術士にできるものが居るのかもしれないがレンは知らない。
神霊の加護の類は魂に宿る。もしくは食い込む。
結局あの時斬らなければいずれは当夜はその力を暴走させていただろう。レンの見たところ当夜の魂の強度は耐えられるほど高くなかった。
〈暁の枝〉の者たちも調べたが、おそらく数人の幹部格レベルでなければエイレンの与えた力にいずれ飲み込まれていただろう。
当夜も同様で、時限爆弾のようなものだ。いずれ暴発する地雷。
レンはその話を水琴にも話した。
「じゃぁ私の選択は間違ってなかったのね」
そう言って水琴は悲しげに呟いた。
◇ ◇
6月も後半に入った。
あの後襲撃は起きず、エマやエアリスも玖条ビルでの訓練を主体に行っている。
連携訓練自体はかなり良くなっているし、彼女たちも襲撃されて少し疲れているだろうということで、訓練メニューの少しレベルを落としたのだ。休憩も増やした。
レンとしても可能性は残っているが危険度は下がったと考えている。それはイザベラもそう思っていると言っていた。
結局護衛契約は6月一杯までということで話は纏まった。
と、言ってもイザベラたちは拠点をレンの持つ玖条ビルに住み着いたままの予定だ。
護衛契約の支払いや物納はまだ終わっていないし、イザベラはしばらく日本に拠点を構えるつもりらしい。
そして玖条ビルの居住区画は家具や必要なものは揃っているし、工房も与えている。
今後は家賃を支払うから続けてココで住まわせて欲しいと言われ、許可を出した。
(まぁそれだけじゃないんだろうけど)
当然イザベラの思惑には、玖条ビルの防御能力の高さがあるだろう。更にエマやエアリスに危険が迫った時にレンたちに助けを求めることができる。
チェコの拠点は襲撃でボロボロになってしまったし、欧州の魔法使い社会は今別件で物騒なのですぐに戻るのは良くないと判断したそうだ。
エアリスは日本フリークなので日本に滞在できることを素直に喜んでいた。
エマは微妙な表情だったが、イザベラに説得され、諦めたみたいだ。
エマは水琴と、エアリスは葵とも仲が良いので隣人として今後も仲良くできると良いなと思っている。
◇ ◇
7月に入り、今日は7月の3日だ。
(来たか、案外早かったな)
レンは7月に入ってから数日休んで潜んでいた。
何度もレンは休んでいるので病弱説が出ているらしい。大体何かしらの理由で休んでいる時は風邪を引いた、悪化したなどと連絡しているからだろうが、それは休みやすいのでありだと思っている。
レンは気配を消し、隠密装備も装備して葵とエアリスを尾行している。
葵とエアリスが通う中学校から玖条ビル、もしくはマンションに帰る時に大きめの公園を通るのが通常の帰宅ルートだ。
そしてレンの懸念は当たった。
葵が何も言わずにぐいとエアリスを引っ張る。するとエアリスが寸前まで居た場所に木の枝のような槍が地面から突き出す。
エアリスは気付いていなかったようで驚いている。
レンは葵とエアリスを巻き込み、纏めて〈箱庭〉に放り込む。
そして襲撃者も同時に巻き込んだ。
『なぜわかった。それにココは何だ。何をした』
『エアリスの護衛を解いたからな、狙ってくる可能性を考慮していただけさ。1月くらいは我慢すると思っていたが思っていたより我慢が利かない性格のようだな』
異形化した時よりも元の姿に近く戻っているゲイルが叫ぶ。だがレンはゲイルの疑問には全ては答えない。
レンはアルフォンスが核を種にして死んだ振りをして逃げ出したのを知っている。アルフォンスはエイレンの力を受け入れられる魂の器を持っていた。
エイレンも似たような手法を取ってレンに核を渡し、〈箱庭〉に移動した。
ならば〈暁の枝〉の首領、ゲイルは同じことができないのだろうか。しなかっただろうか。レンはそうは思わなかった。
レンは一応戦場跡も確認したがゲイルの気配は察知できなかった。
だがそれでゲイルが生き残っていないという保証はない。ならば狙って来るのであれば護衛が引いたタイミングだろう。
だからレンは護衛依頼が終わってこっそりとエアリスを護衛していた。
葵にも懸念を話し、まだ危険があるかも知れないと言って警戒させていた。
こっそりと黒縄たちにも護衛を続けさせていた。
レンとしては数ヶ月、数年と力をどこかで蓄えながらレンたちの警戒が解けるのを待って奇襲されるのが最もイヤだった。
だが幸いなことにゲイルはせっかちな性格のようだ。
実際〈暁の枝〉はエイレンの復活に成功していたのだ。ならば数ヶ月でも数年でも力に耐えられる者をもっと集め、戦力を盤石にしてからでも良かったはずだ。
エアリスがエイレンに取ってどのような存在かは知らないが、すぐに飛びつかなくてもよい。
しかしゲイルたちはエアリスを追って日本まで来た。あの戦力でもエアリスを穫れると思って居たのだろうが、もっと中長期的な視点で計画を立てられるのであれば即座に追う必要はない。
だからレンはゲイルが生きていて、且つ襲えない理由がなければそれほど間をおかずにエアリスという餌に食いついてくると思っていた。
ただ思っていたよりは早い。力の回復にもっと掛かると思っていたのだ。
あと1月あれば夏休みに入る。自然にエアリスを護ることができる。
護衛を解いたように見せて3日で来るのはレンに取っては都合が良いが、思っていた以上に早いと思った。
ゲイルから感じられる魔力、いや、妖気はすでに以前のレベルまで回復している。
魔力感知能力ならば葵は非常に高い。
葵はゲイルの存在にも気付き、攻撃にも気付いた。
エアリスにも念のため護符を渡していたからあの一撃で死ぬということはなかっただろうが、喰らわなくて良い攻撃をわざわざ喰らうことはない。
レンもゲイルが来ていることに気付いて居たが、〈箱庭〉に強制的に放り込めるまで待っていたのだ。
今回入った〈箱庭〉は水琴が当夜と戦った場所と同じ場所だ。
〈白牢〉には放り込めなかった。〈白牢〉は狭い。葵とエアリスと同時に拘束もしていないゲイルは放り込めない。
弱体化はするだろうが、しばらくはゲイルはあの中でも動けるだろう。そして葵やエアリスも〈白牢〉の影響を受ける。だからココに3人とも放り込んだのだ。
葵はスカイボードを取り出してエアリスを乗せ、後方に控えて結界を張っている。エアリスは状況の変化についていけないようだが、まだ去っていなかった危機があり、葵とレンがそれに備えていたことに気付いたようで、戦闘用のワンドをカバンから取り出している。
『なぜエアリスをまだ狙う。お前らの主のエイレンは消滅しただろう』
『確かに我らが主、エイレン様は倒されてしまった。しかしその娘を喰らえば我の力が大幅に増すのだ。エイレン様の力は我に宿っている。ならば我が新しい神となれば良い。その為にはその娘が必要だ』
『なぜエアリスなんだ。他の魔女と何が違う』
『くくくっ、お前らは魔女が何者か知らぬからそう言えるのだ』
レンはゲイルに〈箱庭〉やゲイルの存在に気付いた理由は答えなかったが、ゲイルは言葉を紡いでいく。
あの時レンとの会話に応じたのもその性格故だろう。
ゲイルが言うには魔女というのは悪魔の力を継ぐ存在なのだという。
この場合の悪魔というのはキリスト教が悪魔と指定した神霊のことだ。
堕天した天使もそうだが、そちらではなく、エイレンのような異教の神だった存在だ。
『そしてその娘はエイレン様の力を継いだ魔女だ。今世に居る魔女でエイレン様の力を継いだ魔女はその娘しか居ない』
『意味がわからないな』
『ふん、無知な小僧め』
13世紀。ある魔術士が居た。その魔術士の名は残っていない。だがその魔術士は多くの贄を用意し、悪魔を召喚し、魔術の深淵を得たいと望んだ。
だが悪魔はその願いには応えられないと答えた。贄も足らないし、魔術士の器では深淵の一部でも得れば耐えられずに死ぬと言うのだ。
その代わりに悪魔は魔術士に贄の分の力を与えると言った。そしてその力を得て多くの子を作れと言った。さすれば深淵に辿り着ける子が生まれる可能性がほんの少しだけあると言った。そして魔術士は5つの力の元を得た。
魔術士に与えられた力の中の1つにエイレンの力が籠もった物があった。
魔術士は祖国を離れ、東欧に渡った。理由はわかっていない。
だが魔物災害に困っている領地に辿り着き、その魔物を倒し、領主に取り入った。
領主直属の魔術士として仕えながら多くの奴隷を買い集め、100年を超える歳月を生きた。
そして数百人の子を成した。
魔術士は教会の戦力に目を付けられ、殺されてしまう。
しかしその数百人の子の中から魔女の系譜が生まれた。
17人の娘から生まれた子の中にただの魔力持ちではなく悪魔の力を宿した血筋ができたのだ。
それに気付いた教会は魔女狩りを行ったが、魔女の系譜は残った。
そしてエイレンの力を継いだ魔女がエアリスなのだと言う。
エアリスを喰えば、エイレンは失われた力を大きく回復するはずだった。そしてエイレンの力を宿しているゲイルもエアリスを喰えばより強力な魔物に成れる。いずれ神の域にまで達するのだと大声で演説する。
(なかなか興味深い話だな。悪魔というと印象が悪いが、仙狐や白蛇の血を継いだ美咲や葵と同類というわけだ)
教会が悪魔としているのはほとんどが異教の神であったモノだ。
堕天したとする元天使はともかく、宗教侵略によって滅ぼした宗教の神を悪魔として貶めたに過ぎない。
エアリスやエマなどの魔女の歴史やゲイルがエアリスを求める理由はわかったが、エアリスをみすみす渡してやる理由はない。
(我らがやろうか?)
(いや、僕がやってみる。でも危ない時はお願いしようかな)
カルラとクローシュが手伝おうかと意識を飛ばしてくる。それに〈箱庭〉の壁の外でハクたちも手伝いたそうだ。
だがカルラはともかくクローシュやハクたちはエアリスに見せるつもりはない。
エアリスたちを別の〈箱庭〉に飛ばしても良いが、自身が狙われているのに結末はエアリスもその目で見たいだろうとレンは思う。
少なくともレンならばその目で見たいと思うからだ。
レンは炎魔剣〈アル・ルーカ〉を抜く。
樹木相手には火だろう。アル・ルーカは最近レンを認めてくれた魔剣の1振りだ。
レンはこの1年と数ヶ月、鍛錬を絶やさなかった。フルーレやシルヴァ、アル・ルーカの他にも幾本かの魔剣たちに認められ、使うことを許されている。
アル・ルーカはフルーレよりも長い細身の長剣だ。刃渡りは1mほどある。
刀身に炎の文様が浮かび上がり、レンが戦いに使ってくれることを喜んでくれている。
『その剣はっ! あの時は邪魔が入ったが、小僧、そんな魔剣を隠していたのか。この不思議な場と言い謎の多い小僧よ。だがお主も喰らえば我の力は更に上がるだろう。魔剣1本で我に敵うと思うなっ。その剣も奪ってやろう』
ゲイルは力を開放し、異形化する。ハスキル戦では見せなかった形態だ。
身体が樹皮に覆われ、手は枝に、足は根となって数本に分かれている。
『それだけの力、この短期間によく得られたな』
『なに、瘴気の塊をたまたま見つけられたのよ。そうでなければしばらく地中で隠れ潜んでいただろう』
(もしかして大水鬼の残滓か?)
大水鬼と戦った場所は奥多摩からそれほど遠くないし水脈を辿って近くまで来ていた可能性はある。
それにあの辺りは地脈の力も強い。それなりに瘴気は浄化したはずだが残っていたのか、それとも別のレンの知らない瘴気溜まりがあったのか、それは不明だ。
『早く襲って来てくれて僕は嬉しいけどね。さっさと片をつけることができる。部下を引き連れていないということはゲイル、もうお前1人しか残っていないんだろう』
『ふん、アルフォンスくらいは逃げおおせたと思っていたがな。不甲斐ないことよ』
4mを超える巨体になり、魔物と化したゲイルは話は終わりだと言わんばかりにその触手のようになった腕を鞭のように振るい、レンを攻撃してきた。
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