051.当夜

「さて、あまり有用な情報は得られなかったな。で、こいつはどうする? 水琴」


レンは〈暁の枝〉の残党を捕え、様々な尋問を行った。

しかし幹部格の者はおらず、ただただゲイルに付き従って居たものも多く、且つ精神的におかしくなっている者も多かった。

結局あまり新しい情報は得られなかった。エアリスを狙っていたのは確かだが、その理由すらも詳しく知らなかったのだ。


そして逃げ出そうとした3人は最近組織に加入した者たちだった。

その中には獅子神家の縁者である獅子神当夜が居り、水琴に頼まれてレンは彼を捕らえた。

ただレンは幾度か獅子神神社に訪れたことはあるが、当夜のことは知らなかった。

顔くらいは見たことがある、という程度であり、為人や性格は知らない。


水琴に教えて貰った所分家の子息で、獅子神流の師範代をしている男でそれなりに獅子神流道場の中では彼を慕って居る者たちも居たと言う。

当人から聞いたわけではなく、別の男から聞いた情報だが、当夜が加わったのは本当に襲撃の寸前だったようだ。

エアリスの気配を追い、レンの住む街に〈暁の枝〉はやってきた。

レンたちはすでに情報を得て居たので奥多摩に避難していたが、玖条ビルの前にもやってきたと言う。


そしてそこで獅子神当夜と会い、エイレンが当夜にはエイレンの力を得る素質があると言い、ゲイルが当夜に力が欲しくないかと誘った。

当夜は迷った様子だったが、結局エイレンの力を得、彼らの助力としてあの戦いに参加したらしい。


そして〈箱庭〉のうちの1つ、片平健二と戦った広い空間でレンは当夜を水琴の前に引っ立てて来たところだ。

当夜は魔力を吸う縄で縛られていて、腕と足、それに猿轡もした状態で「むぅむぅ」とおかしな声を上げている。


「どうすると言われてもまずは事情を聞きたいわね。ただ仮にも獅子神家に所属する者が外国の犯罪組織に加担するなんてあっては行けないことだわ。当夜さんはやっては行けないことをした。それだけよ。レンくん、しゃべれるようにしてあげてくれるかしら?」

「うん、構わないよ」


当夜の猿轡だけを外す。当夜はイモムシのように地面に転がりながら水琴を睨んだ。


「それで、当夜さん。なぜあんな怪しい組織に加担し、玖条家が護っている少女たちを襲うような犯罪に手を染めたのかしら」

「くっ、俺は玖条家が護っている少女を誘拐するなど知らなかった。仕事を手伝って欲しいと言われただけだ」


当夜は声を大きくして主張するが、知らなかったからと言って水琴が許すことはないだろう。実際水琴は今までに見たことがないくらい怖い気配を発している。


「それでも実際に行ったのはそういうことよ。それに力が欲しいと問われて怪しい集団についていくなんて頭がおかしくなったとしか思えないわ」

「ぐっ、それは……。力が、力が欲しかったのだ」


それから語った当夜の言い分は聞くに堪えない物だった。

なにせ若手の有望株として最も若い師範代として獅子神流道場で立場を持っていた当夜は、施術されて〈水晶眼〉を扱えるようになり、魔力の制御能力が上がった水琴に道場でこてんぱんにされたらしい。それを表には出さずとも恨んでいたのだとか。

そして実際に力を与えると言われ、先払いでエイレンの力を与えられた。この力があれば水琴にも負けず、他の師範代や師範たちを超えることができる。そう考えたと言う。

逆恨みも良いところだ。


(間接的に僕のせいなんだろうか? いや、流石に考え過ぎだな)


きっかけは水琴に敗れたことだそうだが、目の前に餌を放り投げられたからと言って外国人の怪しい魔力持ちの集団に一時的とは言え与する。

もしレンの配下たち蒼牙や黒縄たちが行ったらそれは裏切り行為と同様とみなす。

実際に行えば相当厳しい処分を行うだろう。


「そう、そんなくだらないことで獅子神家の規律を破ったのね」

「お、俺はお嬢様がそちら方にいるなど知らなかった」

「知らなければ許されるというわけではないわ。だけどチャンスを上げましょう。レンくん、彼の武器は持ってる?」

「ん? 保管してあるよ」


あの時〈暁の枝〉が持っていた武具や術具は全て回収した。

当夜が持っていた太刀と脇差しはレンが保管してある。流石に所有者が獅子神家だろうから返すつもりではいたが。

レンは獅子神当夜の後方に歩いていき、離れたところで〈収納〉からそれらを取り出した。


「どうするの? 水琴」

「私に勝ちたくて力を得たんでしょう。では勝負しましょう。私自らの手で成敗してあげるわ」


水琴は当夜の近くに太刀と脇差しを置き、縄を切ろうとする……のでそれを止めてレンが解いた。

この縄は術具で貴重なのだ。斬られては堪らない。


「ふふっ、たしかにお嬢様は強くなった。ですが俺が得た力はそんな弱い物ではないっ!」

「レンくん、手を出さないでね」


解放された途端強気になり、太刀を鞘から抜き、当夜は構える。

水琴はいつもの巫女服に大蛇丸を構えている。


(水琴も強くなったし大丈夫だとは思うけど悪いけれど危なくなったら流石に手を出させて貰おう)


当夜はレンなど居ないかのように水琴を睨んでいる。

2人の間合いは10mほどだ。


「カッ」


そして当夜は体内に魔力を漲らせると、水琴に斬り掛かった。



◇ ◇



(醜いわね)


水琴は当夜に含むところはなかった。むしろ少し上の世代の有望株で、後々は師範の1人として獅子神流を支える人材になるだろうと思っていたくらいだ。

だが確かに水琴は当夜を叩きのめした。そしてその時水琴に対する憎しみが当夜の瞳に浮かんだのを感じた。

しかしその後当夜は水琴と稽古をすることはなくなったが、表向きは普段と変わらない態度で道場に通い、彼を慕う門下生たちに剣を教え、そして剣術や槍術への訓練は以前よりも熱心になったくらいだった。


水琴に負けた悔しい思いを剣術に打ち込むことでより高みを目指す。そうしているのだと思っていた。

まさか「力が欲しいか」などと言われて、ほいほい怪しい集団に手を貸すほど力を求めているなんて思っても居なかった。

それに今の当夜の瞳には狂気が宿っている。あの時感じた憎しみが増大し、勝てる勝てないとかではなく怨念さえ感じる。


(確かに強くはなったけれど……)


当夜の剣を捌き、受け、反撃をする。

当夜の動きは速く、力強くなっている。攻撃も途切れない。だが粗い。

精神的にも高揚しすぎているのがわかる。

5合ほど打ち合ってお互いが離れた。


水琴はレンに以前魔力を増大させるブースターを飲ませて貰ったことがあった。

それは別にそれを使って何かをするという目的があったわけではない。

レンがこういう魔法薬もある。経験してみた方が良いと提供してくれたのだ。


そしてそれを飲んで水琴の霊力は一時的にかなり上昇した。万能感や全能感が身体を駆け巡り、精神的にも高揚した。

しかし魔法薬を飲んでいないレンや葵にコテンパンに伸された。

レンは水琴の使う剣術を知っている。そして精神が高揚して単調になった水琴に対し、水琴の知らない返し技を使い水琴の腕を打ち、水琴は剣を落とした。

葵には「剣を使って良いですよ」と言われ、無手で相手されたにも関わらず投げ飛ばされ、追撃で背中に膝を落とされ、首に手刀を当てられた。


当夜もあの時の水琴のような状況になっているのだろう。

剣は粗く、技は単調になっている。

速度に、力強さに対応できなければそのまま押し切られるだろう。

だが水琴は獅子神神社が襲撃され、死にかけ、悔しい思いをして以来鍛錬を絶やさなかった。

〈水晶眼〉の制御も以前よりもよほど習熟した。レンに、葵に様々な技を教わった。

そして当夜は同門である。水琴に取って彼が使う技はほぼ全て知っている技だ。


ガイン


刀が切り返されるタイミングを狙い、大蛇丸で太刀の根本を押さえつけ、頭突きを当夜の胸に見舞い、更に前蹴りを胴に放つ。


「なゼだっ。なぜっ、あタラないっ」


吹き飛ばされた当夜の言葉がおかしくなっていく。腕や顔に赤黒い筋が現れる。ダメージは見えない。

水琴はゲイルたちが力の解放をしていた時のことを思い出した。


あの時ゲイルに解放を促されていたが、当夜はよくわかっていなかったのか、教会と敵対するのがまずいと思ったのか、それともレンが現れたことで組織の目標が玖条家であることに気付いたのか。どの理由かはわからないが力を使わずに逃げ出そうとした。

しかし力を求めた水琴との対決とのことで使う気になったのか、それとも暴走か侵食されているのかだんだんと当夜の霊力が大きく、そして穢れて行く。


(悪魔の力を確認もせずに取り込むってこと自体信じられないんだけど)


打ち込みを受け止めると先程よりも重い。ただし技というよりはより力任せに打ち込んで来る。

水琴は受け止めるよりも受け流すことに重点を置き、更に横薙ぎの攻撃を受ける瞬間に後方に軽く飛び、その威力を利用して間合いを開く。


「みコとっ、殺スっ」

「残念ながらその程度では殺されてあげられないわ。せっかくレンくんに助けて貰った命ですもの」


どうせ通じていないとは思うが水琴は律儀に当夜に、いや、当夜だったものに返答した。

〈水晶眼〉も霊刀大蛇丸も以前と比べれば遥かに使いこなせるようになっている。

異常な霊力、しかも穢れた力が混じる霊力が当夜の身体中に溢れている。それはすでに妖気と言って良い物だ。

当夜の身体から妖気が吹き上がるのを水琴の〈水晶眼〉ははっきりと視た。


間合いが一瞬で消され、袈裟に振られた太刀を左後方に下がって避ける。

太刀が途中で無理やり止まり、鋭角に切り返し、横薙ぎに変化する。

水琴も良く使う変化技だ。

水琴は横薙ぎの一撃を上体を逸らすようにして避け、同時に右手のみで持っていた大蛇丸を小さく振った。

水琴の霊力を込めたその小さな斬撃は大蛇丸のきっさきから飛び、当夜の頸動脈を斬り裂く。


レンに教わった獅子神流への返し技の1つだ。

当夜は首筋から血を吹き出す。血の色は赤ではなく赤黒かった。

水琴は左手を地面に付いて即座に左手に転がった。

首筋を斬り裂かれた当夜は太刀を振り上げ、まるで傷など受けなかったようにそのまま上段からの振り下ろしを放ってきたのだ。


「もう人間辞めてるわね。首を落とせばさすがに死ぬかしら?」


何かをしゃべろうとしているが、気管も斬られてヒューヒューと空気が首から漏れている。だが水琴の与えた傷は既に塞がってきている。血も止まったようだ。明らかに異常な再生能力だ。

すでに妖魔と言っても過言ではない。瞳は赤く輝き、肌も浅黒く変化してきている。

当夜の攻撃は止まらない。打ち下ろしから突きに変化し、避けた方向に追うように薙ぎが来る。


水琴はそれらの攻撃を冷静に捌き、避け、レンに教わった障壁を蹴って空中を蹴る技術、空歩を使い、距離を取った。まだレンのように自在に宙を立体機動のように動き回ることはできないが便利な術だ。

術士でない水琴でも身体に霊力を纏い、防御力を上げたり〈強化〉で身体能力は上げることができる。

大蛇丸を鞘に仕舞い、足にしっかりと霊力を込め、前傾に構える。


「以前の私だと思わない方が良いわ」


そう呟き、突進してくる当夜に向かい、〈縮地〉を使う。

当夜の突きを避け、水琴は当夜の脇をすり抜け、同時に抜刀で当夜の胴を斬り裂いた。

即座に振り向き、ほぼ胴別れになっている当夜が上半身だけ水琴の方向を向いている。

しかし流石に動きは鈍い。刀もうまく持ち上げられていない。だが生きている。動いている。


「やぁぁっ」


水琴は渾身の霊力を込め、袈裟に肩口から股間まで一気に当夜の身体を両断した。

吹き出た返り血を避け、間合いを取り、当夜が動かないことを確認してから大蛇丸の血を払う。


パチパチパチっ


戦いを見ていたレンと、いつの間にかレンの脇に居た葵が拍手をしてくれている。


「傷1つ負わずに倒すなんて流石だね」

「お世辞なんて要らないわ。正気を失っていたし霊力の制御もお粗末だったもの。同門でよく使われる技を使ってくるそんな相手に負けてたら獅子神流を名乗れないわ」

「お世辞じゃないさ。水琴の実力、ちゃんと見せて貰ったよ」


レンたちと稽古はしているが本気の実戦はない。模擬刀は使っても真剣での勝負はない。実戦ではなければ使えない技もある。

そしてやはり人を斬る、且つ知っている人間を斬るというのは後味が悪いものだ。

ではもし相手が兄や父であったら。仲良くしている同世代の友人であったら。


(……私は斬れるかしら?)


斬る覚悟はある。だが実際にその場面に立ち会った時に、剣が鈍らないという自信はない。

今回は当夜だった。知り合いでも同門でもあるが、特に思い入れがある相手ではない。だから斬れた。

だがこの世界、そういうことは往々にしてある。

当夜のように誘惑に負け、力を求めるなどまだ優しいものだ。


術を使われ洗脳されたり、意識を殺されて人形のように操られることもある。怨霊や妖魔に取り憑かれ、どうしようもない状態になることもある。

それはなんとか助けられることから、不可逆なことすらある。


水琴は最初から当夜を殺す気でいるわけではなかった。本当にまずは事情を聞こうと思っていたのだ。

だが聞いた話は酷い話だった。獅子神家本家の娘として、許せることではない。

そして当夜は水琴との戦いを望んでいた。

ならばその願いを叶え、水琴の手で捕らえ、当主である祖父の裁きを受けさせる。

祖父の気性なら斬首もありえる。よく言えば優しい、悪く言えばまだ甘い兄であれば解呪を試して諭したかもしれない。


しかし戦っている中、当夜はヒトを辞めた。水琴の〈水晶眼〉はそれが不可逆な物だと見抜いた。

これはもう水琴が介錯してやるべきだと心に決め、覚悟を持って刃を振るった。


当夜には妹が居て水琴の少し上の面倒見の良いお姉さんだ。彼の父も母も知っている。結婚はしていないのは知っているが、恋人も居たかもしれない。彼を慕っていた門下生も何人も知っている。

せめて弔ってあげようと思った。幸いにして当夜の死体は残り、黒い塵にはならなかった。


「汚してごめんなさい。後で掃除するわ」

「大丈夫、勝手に浄化されるから。そういう場所なんだ。ココは」


水琴は当夜の身体から目を離して居なかった。異形化はしていたが、与えられた力が弱かったのか使いこなせなかったのか、ゲイルたちのように妖魔の姿になっては居ない。

当夜の死体は胴体の繋がっていた部分も千切れ、4つに分割されてしまっている。意識も妖気もほとんど感じないが、血が蠢き、くっつこうとしているのが視えた。

水琴は当夜が持っていた太刀と脇差しを回収し、念のため、当夜の首を落とした。

死に顔は怒りや憎しみに塗れていた。そして首を落とすと、流石に当夜に残っていた僅かな妖気も消え去った。


「浄化しようか? そうすればその赤黒い線とかは消えると思うけれど」

「いいえ、いいわ。当夜さんが異教の手先になった証拠だもの」


レンに頼んで当夜の死体を入れる棺桶を準備して貰う。

首と胴体は別に保存する。首桶も棺桶も封印の術式が込めてあるものだ。


「ありがとう。当夜さんを捕らえてくれたことも含め、助かったわ」

「いいさ。大した手間じゃない」


レンは本当に気にしていないように答えた。

だが水琴はまた借りが増えてしまったと思い、必ず返すと心に誓った。

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