050

『これで安心……なのかしら』

『どうなんだろう』

『大きな脅威の1つは取り除いたと思うけれどまだ安全かどうかはわからないかな。しばらくは警戒を緩めない方が良いと思うよ』


 エマとエアリスが玖条ビルに帰ってきてそう言っているが、まだ安心されてしまっては困る。

 第一魔女を狩っていた勢力がゲイルたちだけだったとは限らない。

 複数犯である可能性も微量ではあるがあるのだ。

 ゲイルの言動や狙いはエアリスであった為に日本までわざわざ追ってきたのだから、それを信じれば安全度は飛躍的に高まった。


『そうだよ。まだ安心はできない。だけどレンたちはちゃんとアタシらに訓練を行ってくれ、実際に襲撃情報を集めて敵戦力を撃退してくれた。あんたらを護ってくれたんだ。感謝を忘れちゃいけないよ』

『わかってるわ。ありがとうね、レン』

『ありがとう、レン。でもなんで私が狙われたんだろう……』

『それはゲイルが死んじゃったからわからないなぁ。彼らにとって何か特別な意味がエアリスにあったんじゃないか? もう確認しようがないけどね』


 イザベラが娘2人を諌め、エマとエアリスは緊張感を取り戻し、レンに礼も言ってくれた。

 特にエアリスは逃亡中に襲撃を受け、怖い思いをしたようで感謝の念が強い。

 しかしレンたちの施した特訓の成果はしっかり発揮し、重蔵の指示もしっかりと聞いて動いたと聞いている。

 別働隊も1段階目の変化は行ったようで、かなり強敵だったらしいと報告も受けている。

 けが人は休ませ、残ったメンバーは交代で休憩を入れながら玖条ビルを護っている。


(まだ僕個人でもやることがあるけどね。あと多分だけど……)


 レンはエマたちには言わないがやらなければ行けない後始末などがまだまだ残っている。

 捕まえたゲイルたちの残党の始末や、なぜかそこに混じっていた獅子神家の者。

 教会勢力はエイレンに高位の術を放った5人以外は全滅してしまっているしレンは彼らに関わる気はなかった。

 ハスキルはエマたちも狙っていたようだが、ハスキルは死んだ。ハスキルよりも高位と思われる神父は撤退したし、また攻撃を仕掛けてくるようであればその時対応すれば良いだけだ。

 一応彼らの拠点は突き止めてある。埼玉県にある教会を利用しているようだ。



 ◇ ◇



「どこに行くんですか?」

「ん、行ってみてのお楽しみかな。でもそんな良いところじゃないよ。見た目はなんというか真っ黒な森って感じかな」

「何かまたされるんですね。危ないことはないですよね」

「ないよ、ないからこそ葵を一緒に連れてきてるんじゃないか」

「それならいいです」


 レンは葵と共に〈箱庭〉の中をスカイボードで飛んでいた。

 バイクに乗ってみて思ったのだが板状よりバイクのように跨るタイプのが良さそうだと思って改良したスカイボード、いや、スカイバイクと行って良い新しいものだ。

 既存のスカイボードを改造し、バイクのように地上も走れ、空も飛ぶことができる。

 実際にバイクのフレームなどを参考にして作り上げた機体に飛行機能を付け、普通に売っているオフロード用のバイクの車輪やサスペンションなども利用して作り上げた新作だ。

 エンジンは乗っけていないが魔力で車輪を動かす機構は搭載しているので魔導二輪車と言って良い。

 その飛行機能付き魔導二輪車、スカイバイクに乗っているので葵はレンの腰にしがみついている。


「あそこが目的地だよ」

「本当に真っ黒ですね。それにすごく強い結界が張ってあるのがわかります」

「一応日本語だと〈漆黒の森〉って感じで呼んでる。昔の僕が地脈の魔力を使って張った永続結界だね。実際はメンテをしないと永続じゃないけれど、メンテはともかく今の僕じゃ作れない代物だよ。用事があるのはあの中だ。瘴気が溢れているから葵もこの装備をつけてね」


 レンは瘴気に耐性の高い白いローブを羽織り、顔全体を覆う仮面タイプのマスクのようなものをつける。

 〈漆黒の森〉に入る前に葵いもローブと仮面、そして護符を装着させる。

 どれも浄化能力が高い逸品で、それがなければ〈漆黒の森〉には入れない。


 なぜ〈箱庭〉にこんな場所があるのかと言うと瘴気溢れる場所でしか採れない植物などがあるからだ。

 ちなみに魔物は居ない。弱い魔物では瘴気に侵され即死するし、濃い瘴気を好むような魔物は凶悪な魔物が多い。そんな存在はレンは〈箱庭〉には招き入れていなかった。

 大水鬼をより凶悪にしたような魔物でしかこの森では住み着くこともできないだろう。


 そして〈漆黒の森〉に2人乗りのスカイボードを使い、中心部にそびえ立つ巨樹の元に行く。

 結界を潜ると濃い瘴気に晒されるがきちんと対策装備をしているので短時間なら問題はない。


 中心に立つ黒い巨樹、〈魔戒樹まかいじゅ〉と呼ばれる木の麓にレンたちは浮かんでいた。

 地に足を着くと靴が穢れてしまう。

 そしてレンは〈収納〉から桃よりも少し大きいかなという種を取り出した。


 種をポイと魔戒樹の根本に投げると種は急激に成長し、そしてしゅるしゅると蔦や枝が集まり、少年の姿を取った。


『やぁ、コレが君の勧める木かい。なかなか良いじゃないか』

『気に入ってくれたかい? これは〈魔戒樹〉と言って瘴気を浄化する機能がある霊樹なんだ。この地は特殊な瘴気を吹き出す源泉があってね、〈魔戒樹〉や浄化系の樹を植えたんだけれど浄化が間に合ってなくて結界で覆ってある』

『レン様、この人は?』


 葵が目の前で起きたことに驚いて聞いてくる。そして少年はその言葉に笑いを上げた。


『あははっ、ボクがヒトだって? まぁヒトに近い姿をしているけれどね。ボクの名はエイレン。〈真名〉ではないけれどエイレンと呼んでくれ。君たちが護っていた少女を狙っていた〈暁の枝〉に崇められていた存在だね』

『えっ、ということはあの悪魔っ?』

『悪魔とは心外だな。ボクはキリスト教の軍隊に攻め込まれ、魔界に堕とされただけで、神でも悪魔でもないよ。豊穣の力や浄化の力を持っていたから当時は付近の者たちには崇められていたけどね』


 少年、エイレンは葵の反応に笑う。


『どうかな、気に入ってくれたなら〈魔戒樹〉に宿ってくれると助かるんだけどね』

『いいさ、そういう契約だからね。実際良い樹だ。ボクが宿れば浄化の力も強くなるだろう。だがこの森全体を浄化するには何百年掛かるか、できるかどうかもわからないよ』

『それは構わないよ。ココはココで有用だしね。僕としてはエイレンと敵対せず、こちらの陣営に引き込めただけで成功さ』

『ボクはかなり力を失っている。しばらくはこの樹に宿って力の回復に努めさせて貰うよ。そうだ、コレをあげよう』


 そう言ってどこからかエイレンは漆黒の木の棒を取り出した。長さは2m半くらいだろうか。


『これはボクがありし日の枝で作られた杖だ。ゲイルたちは長年大事にコレを護っていて、コレを依り代にボクを魔界から引き上げた。やり方はちょっと君たちには納得の行かない手法かもしれないが、この杖には昔のボクの力と今のボクの力が宿っている。槍の柄にでも何かの儀式に使うのでも好きに使ってくれていいよ』

『じゃぁありがたく頂くよ』

『あとは君とその子にボクの加護をあげよう。瘴気に対する耐性が強くなるし、浄化の力も強くなるはずだ。魔力もそれなりに増えるよ。あいつらのようなあんな変な変化はしないから』

『そちらもありがたく頂くよ。アレは暴走させたようなもので、本来の使い方じゃないだろう』

『というか、単純に強くしてくれって言われて与えた力だからね。君たちに与える加護とは種類が違うかな。あんな使い方するなんてボクも聞いてなかったしね』


 エイレンは笑ってそう言うと白い光がレンと葵の胸に吸い込まれる。


『じゃぁボクはしばらく眠るよ。何かあったら起こしに来てくれても良いよ。浅い眠りだから声を掛けてくれれば目覚めるよ』

『わかった。僕たちもあまり長い間ココにいるのは辛いんでね。お暇させてもらうよ。また何かアレば来るよ』

『ああ、またね。レン。良いところを紹介してくれて助かったよ』


 レンは別れを言うと結界を抜け、葵と共に霊水を飲み、装備も浄化する。そしてスカイバイクに乗っていつもの場所に戻った。


「レン様。どういうことなんですか?」

「ん? あぁ、説明してなかったね。僕が彼ら、〈暁の枝〉だっけ? に話しかけに言った時にこっそりエイレンと交渉したのさ。君が宿るに良い場所と樹があるからこちらにつかないか、とね。ゲイルと話しながら僕はエイレンと念話で話していて、エイレンが樹木系の精霊に近い存在なのは感じていたからスカウトしてみたんだよね。そしたらエイレンは復活できたのは嬉しいけれどあまりゲイルの目的に賛同していたわけじゃなくて、落ち着いた場所で樹に宿っていたかったらしくてスカウトに乗ってくれたんだ」

「そんなこと言ってなかったじゃないですか」


 葵はぷりぷりと怒る。


「いや、あの場で相手の悪魔を引き込んだとか言えないよ。秘密の契約だしね。エイレンはあの場で封印か討滅された振りをして本体である種を僕に託してくれる予定だったんだ。カルラにやってもらうつもりだったんだけどうまく教会勢力がそれっぽいことをやってくれたから手間が省けたね」


 そう、レンは〈暁の枝〉が近づいて来た時、エイレンの気配が霊樹の精霊に近いことを感じていた。

 ならば宿る良い樹を紹介すればこちらについてくれる可能性を考えて、ゲイルに話しかけて彼らの目的を聞き出すと共にエイレンと裏で交渉し、成功したのだ。

 核である種はレンが逃げだした3人を捕らえに行った帰りに受け取った。

 教会勢力が乱入してきたので先に受け取った方が良いと判断したのだ。


「もうっ、あの時はいきなり敵陣に1人で行ってハラハラしてたんですからね!」

「いきなり攻撃されたらちゃんと防いで逃げ帰ってきたよ。でも話に付き合ってくれたし、あの沸点の低い黒人の大男には現状の〈崩竜ア・ギ〉の威力も試せて良かったよ」

「アレが〈崩竜ア・ギ〉なんですね」

「今なら手加減して相手を殺さない威力でも撃てそうかも。相手の実力次第だけどね。昔は撃つと最低威力で放ってもほとんど必殺だったんだよね」


 強力な魔獣の甲殻や魔力防御を抜いて核を撃ち抜くための技法だ。竜にすら通用するレンの奥義の1つだ。対人に使えばよほどの上位術者でないと喰らいさえすれば即死する。

 ただそれも当然当たれば、という条件が付く。基本術士同士の戦いは接近戦よりも中距離での撃ち合いが多い。それに接近戦を行ったとしても単純に受け流しや避けるのがうまい武術家には当てることすら難しい。

 一瞬だが溜めも必要なので必殺ではあるが対人では接近戦で且つ格下相手にしか通用しないので実はあまり使う機会はなかった。


 今の弱体化したレンの〈崩竜ア・ギ〉でもアレックス程度の相手には当たれば即死することがわかった。

 そうそう人体実験するわけにも行かないし、犯罪組織などにいる木っ端などに撃っても威力過剰で実験にはならない。〈断穴フーガ〉や〈乱脈シータ〉の方が術士相手には便利な技なのだ。

 魔力量がエイレンの加護で増えていたアレックスは格好の実験材料だったと言える。

 アレックスは魔力量だけならアーキルすら超えていた。ただ制御能力は雲泥の差があるのでそこは参考になる程度だ。

 少なくとも当たれば現状レンの格上にも必殺か、それに近い威力を発揮する。それがわかっただけでも嬉しいと思った。


 エイレンのことはあの場では秘密にしていたが、葵はレンに現状最も近しい存在だ。だからエイレンのことを教えたのだ。

 アーキルや重蔵にも教える気はない。もちろんイザベラたちにもだ。

 同様に近しい水琴には教えるかどうかは決めていない。

 頼めば水琴にもエイレンは加護をくれるだろう。神社の娘で巫女でもある水琴が他の神霊の加護を受けても良いのかはわからないので、水琴に加護をエイレンに貰って良いか判断がつかない。

 ただ魔力量も増え、浄化能力や瘴気耐性が付くという効果は非常に有用なので、一応後で聞いてみようと思った。



 ◇ ◇



 アルフォンスは地中で密かに隠れていた。

 アルフォンスは〈暁の枝〉でも幹部格でもあり、あの戦いの際はエイレンの護衛として守護を行っていた。

 しかし〈暁の枝〉の首領ゲイルが討たれ、悲願であったエイレンも討滅されてしまった。

 エイレンの力を発動していたアルフォンスは、教会の結界がエイレンたちを襲った時、アレは破れないと思って必死に地中に逃げた。

 樹木に近い性質を得たアルフォンスは地中に根を伸ばし、核となる種を結界に囚われる前に逃したのだ。


 だがその代わり現状力はかなり失われてしまっている。地中の霊脈か瘴気溜まりなどを探し、力を蓄えて日本から逃げ、誰か人間に寄生して祖国に戻ろう。そう思っていた。


『みぃつけた。やっぱり居たね』


 しかしアルフォンスの計画は即座に破綻した。地上から魔力の糸がアルフォンス目掛けて放たれ、幾本も絡みつき、地上に引き釣り出されたのだ。


『あの時逃げたのが見えたからね。きっとまだ近くに隠れてると思ったよ。ふふふっ、さて、従属か死か。どっちがいい?』

(じゅ、従属する。死にたくない)


 アルフォンスはくるみ大の種子になってしまっている。意思を飛ばすとそれは通じたらしい。そうして魔女たちを護っていてゲイルに1人で話しかけて来たアルフォンスよりも年若い少年、レンに捕まったのだった。




『ココはどこだ。そしてボクはどうされるんだ』

『うん? とりあえず捕まえただけで使い道は決めてないんだ。だからしばらくそこで光合成でもしておいて』


 アルフォンスは黒い布に包まれ、どこだかわからない部屋の窓の鉢植えに植えられていた。

 芽を伸ばし、20cm程度の人形のようなサイズの人型ひとがたの小樹までは成長したが、鉢がアルフォンスの力を制限する術具になっていて、且つ結界に囲まれている。

 アルフォンスはこれ以上大きくなることもできないし力を得ることもできない。

 とりあえず声帯に似た物を作って話すことはできるようにはなったが。


『そんなっ。何か目的があったんじゃないのか』

『いや、また悪さをされたら面倒くさいから捕まえただけだよ』

『なら約束する。日本から出てもう二度と近づかない。だから解放してくれないか。元々その予定だったんだ』

『う~ん、まぁせっかく捕まえたし結構珍しいサンプルだからダメかな。落ち着いたら君の身体の研究をして飽きたら解放してあげるかもね。とりあえずは僕に従属したんだから言われた通り窓際で光合成でもしていること。これは命令だよ』

『ぐぬっ』


 現状逃げ出す手もないし、結界からも鉢植えからも出られない。言われなくても光合成をするくらいしかアルフォンスにできることはない。

 幸い休眠することはできるので、諦めて声が掛かるまで休眠することに決めた。

 光合成をするだけの日々がどれだけ続くかわからない状況で精神が保てる自信がなかったのだ。

 ヒトの枠組みから外れたとは行ってもアルフォンスはつい最近まで人間であった。

 現状は妖魔や魔物と呼ばれるような存在に変異してしまっている。しかし意識まですぐに切り替わるものではない。


(眠ろう。そしていつか解放されることを願おう)


 アルフォンスは去って行ってしまったレンが居なくなった部屋で色々と諦め、休眠に就くことにした。

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