049

(くそっ、教会勢力だと。なぜこの場にっ。しかもハスキルなど最悪だ)


 ゲイルはハスキルのことを知っていた。狂信者の司祭で、魔物や悪魔祓いを喜々としてやる戦闘狂でもある。

 悪魔崇拝をしているとされる〈暁の枝〉のような結社や黒魔術結社などにとっても教会は敵だ。

 そしていくつもの組織がハスキルたち教会の持つ裏の戦力に叩き潰されてきた。〈暁の枝〉も襲撃を受けたこともある。

 ハスキルはその中でも部隊を率いているゲイルたちにとっては悪名高い司祭でもある。


 ゲイルは教会勢力に目を付けられないように様々な策を用いて転々と拠点を変え、祖から続く研究の末、編み出した秘術を使いエイレンの復活の為に生贄の魔女を集め、儀式も教会の目を晦ますために中央アジアにまで足を運び、そちらで儀式を行ったくらいだ。

 だが流石に何かしらの足はついていたらしい。そうでなければハスキルがこの場に現れた理由がない。


(ちっ、まだ馴染んでない者も多いというのに)


 エイレンは加護を信者たちに与えることができる。信者というがエイレンを崇めてなくても良い。エイレンの力を受け入れる素養のあるものにその力の種を埋め込む。そうすることで内在する魔力を大きく上昇することができるが、その力を馴染ませ、使いこなすにはそれなりの時間が掛かる。


 50人を超えていた結社の主要人員も魔女たちとの戦いで数を減らし、今やアレックスのような傭兵たちなど道中で拾った信心の足らないものたちを含めても30人を超える程度しか居ない。

 しかしエイレンの復活は成った。あとはエアリスと呼ばれた少女をエイレンに捧げればゲイルの野望はかなりの確率で成るはずだった。

 教会との争いは魔女の少女を奪い、更に数年掛けて信者と戦力を増やしてから行う予定だったのだ。


 追ってくる教会の戦力を蹴散らし、故郷に神殿を建てる。

 幸いと言って良いかどうかわからぬが、今は新たな宗教を作ったり神殿を建てるくらいはよくあることだ。教会の勢力も昔ほど圧倒的ではない。

 様々な宗派が乱立し、新興宗教なども多い時代だ。教会の勢力は相変わらず強いがその力の及ばない地域に小さな神殿を建てる。その程度なら今の時代は難しくない。


 だが極東まで足を運び、ようやく最後の魔女の少女を得られるということろで横槍が入る。

 ハスキルたちは〈天使の卵〉を使用したが教会勢力の弱い日本という土地柄か多くの戦力を投入していない。

 精鋭ではあるのだろうが、エイレンの力を得たゲイルたちでも対抗できる。


 宙に浮かび、光の結界を張り、白い槍から光線や光球を放っているハスキルに近づき、従者を幹部たちに抑えさせ、ゲイルは突貫する。


『不遜なっ。主の威光に逆らうか』

『お前たちのその傲慢に鉄槌を下してやろう。この世はお前たちの言う神の物ではない』

『その勘違いをこの手自らで正してやろう』


 魔力で作った槍を投げ、ハスキルの結界を破る。だが何重にも張られていた結界をいくつかは貫いたが途中で止まってしまう。

 空中からゲイルに向かって白槍を構え、光を放ちながらハスキルが突撃してくる。

 現状では天使化したハスキルには敵わないだろう。

 だがゲイルの主であるエイレンは後方に控え、ゲイルにはまだ手があった。


(エイレン様。御力をお借りいたします。第二段階解放)


 ゲイルはエイレンから賜った力をより強力に身に宿す。

 ゲイルの身体がボコボコと異形に変わる。肌は黒に近い茶色に近い樹皮のようになり、背には同様の素材の羽が生え、曲がりくねった角が2本頭皮を突き破って生える。

 圧倒的な力が湧き上がり、全能感に酔う。だがゲイルは神官の血を引く正当なエイレンの信者だ。その力は馴染み、他の浅い信徒よりもよりその力との適合性は高い。


『その異形、それこそが悪魔の証』

『お前たちがそう決めつけたのであろう。故に我らが主は穢れてしまった。しかしそれも我らが正す』


 エイレンは悪魔ではない。元は神樹と呼ばれ、周囲の地域に豊穣を齎していた神の1柱だ。エイレンの齎す豊穣に惹かれ、多くの民が神樹を崇め、周囲に住み着き、神殿を建てたのだ。

 ゲイルはその神殿の長の子孫であった。

 しかし十字軍遠征の際、十字軍の通り道に近くにあったエイレンを崇める神殿はついでとばかりに蹂躙された。

 神樹は切り倒され、神殿は燃やされ、ゲイルの祖先たちは秘宝や神樹の枝を手に逃げ出さざるを得なかった。

 そして教会はエイレンを悪魔の1柱として認定し、悪魔討伐として功を誇った。


 そして代々のゲイルの祖先たちはエイレンの復活を心に決め、どうやれば悪魔として貶められたエイレンの名を取り戻すか10世紀に渡り研究してきた。

 周囲にはゲイルたちは悪魔崇拝だと思われていただろうが、ゲイルたちはエイレンという旧き神を崇める宗教集団であり、決して悪魔を崇める邪教などではない。

 だが悪魔として貶められ魔界に墜とされたエイレンは長い年月で悪魔としての性質を持ってしまっている。

 ゲイルはその認識を払拭させ、エイレンの神樹を復活させ、きちんと崇め奉ることでエイレンを正しき豊穣の神として取り戻すのが最終目標としていた。


 異形になったゲイルとハスキルが激突する。

 右手は剣と一体になり、左腕に盾が融合している。

 ハスキルは槍術も嗜んでいるのか鋭い突きを放ってくる。

 聖なる力を使うハスキルと悪魔に貶められたエイレンの力を使うゲイルとでは属性の相性が悪い。だがハスキルの得ている力よりもゲイルが与えられた力の方が強力なようだ。

 結果、ハスキルとゲイルの実力は伯仲していた。


 ゲイルの振るう剣が結界を切り裂き、聖気に護られたキャソックを切り破る。ハスキルの槍がゲイルの肩を抉る。

 お互いが放つ白い光線と赤黒い光線が交差し、ハスキルは障壁で、ゲイルは盾で凌ぐ。

 高速で行われるハスキルとゲイルの戦いは幾度もお互いの身体に傷をつけながらも決定打はお互いに得られない。


(例えオレが倒れてもエイレン様さえ無事であるならば我らの勝ちだ。後任の神官は本国に待機させている)


 ゲイルはそう決め、更に力を高めた。

 ゲイルのこの力も、ハスキルの〈天使の卵〉も時間制限のある一時的な物だ。

 効力が切れる前に決着を付けなければならない。

 ゲイルは更に異形に変化し、ハスキルも『主よ』と叫びより天使の力を高める。


 そしてついに決着がついた。

 ゲイルの剣はハスキルの胸を貫き、ハスキルの槍はゲイルの頭に突き刺さる。


(ぐっ、だがまだ手はある)


 頭を砕かれながらゲイルは最後の手段を取った。



 ◇ ◇



(ふぅ、いい感じで潰し合ってくれているな)


 ゲイルたちとハスキルたちの戦いはどんどんと激しくなっていき、ハスキルとゲイルは一騎打ちを、従者たちはお互いに潰し合っている。

 弱者たちはハスキルの閃光でいくらか数を減らしたが戦力は拮抗していると言って良い。


 そしてゲイルたちはエイレンとエイレンを護る者たちが残っている。

 エイレンは手を出す気がないのか戦闘の様相を眺めているだけだが、彼が手を出せばゲイルたちが圧勝することもできただろう。


(なにっ?)


 ゲイルが更に異形化し、幹部であろう者たちも異形化を進める。天使の羽を強く持っている教会勢力の者たちとの戦いはお互いが数を減らし、ほぼ相打ちのようになっている。


 しかしレンが注目したのはそれではなかった。

 周辺にバラ撒いていた監視用魔道具に反応があったのだ。

 5人ほどの集団だ。レンは偵察用従魔をそこに急行させ、視界を共有して彼らの姿を見る。


 少し太っているがハスキルよりも豪華な衣装を纏った教会の者だと思われる老人。そしてその老人の護衛であろう4人の戦闘装備に身を包んだ男たち。

 〈隠蔽〉を掛けていたのかこれほど近くまで来ていることにレンは気付かなかった。すでにゲイルたちの戦場と彼らの距離は2kmもない。


(あっちが本命か)


 〈天使の卵〉などという怪しげな物も使わずに、祈りを捧げていた司教か高司祭かわからぬ老人が何か唱え、両手を天に掲げたと思うと光の柱が降りてくる。

 ハスキルよりも神々しい天使の輪と3対の翼を備えた老人は、何かを唱え、エイレンたちを包むように天から強固な光が降りてくる。

 エイレンの護衛をしていたまだ若い少年が防ごうとするがそれは叶わず、エイレンたちは光の結界に包まれ、そして弾けた。


 そのすぐ前の瞬間、ゲイルとハスキルは相打ちになっていた。

 お互いの必殺の剣と槍が急所を貫き、空中から落ちて倒れる。

 ハスキルはぴくりとも動かず、ゲイルの死体は黒い塵となってサラサラと風に流れていく。

 そしてエイレンを滅したと思われる老人たちは即座に踵を返した。

 老人は疲弊しているように見えるし、目的を達せたので帰るのだろう。


(闇撫、頼むよ)


 レンはその隙をついて教会勢力が残した白い槍やゲイルたちの勢力が持っていた魔力を帯びた武器や道具を回収させる。


『アーキル、残りを捕らえるぞ』


 人数的な問題でゲイルたちの残党が何人か残っている。教会勢力は元々人数が少なかったので全滅してしまっていた。

 だが彼らは陽動であり、エイレンを滅するという任務はやり遂げた。

 彼らにとってはそれが全てであり、十分な結果を残したのだろう。


(殉教か、僕にはわからない感覚だな)


 神の存在は知っているし、信心がないとは言わない。だがレンは信仰心は薄く、特定の神に帰依していたりはしない。立場上神殿に祈りに行ったり喜捨も行っていたが、それは必要な振りであり、真剣に信仰していたわけではないのだ。


 むしろレンの力に目を付けられ、幾度か神の思惑に巻き込まれて迷惑をしたくらいだ。

 神剣アーミラはその際の報酬で得た物で、便利に使わせて貰ってはいたし、勝手に教会や神殿から聖人認定されていたが、レンはそんな物にこだわってはいなかった。

 根っこはハンター気質のレンは、巻き込まれた騒動を解決した報酬に神剣や他の加護を得たに過ぎないと思っている。


 残っていたレンの戦力たちで数人になっていたゲイルたちの残党を捕らえる。

 残念ながら幹部格はすでに黒い塵になってしまっていた。


 通信は既に入っていてエマやエアリスは無事にポイントに移動し、準備していた車に乗ってこの地を離れている。

 エアリスを護衛していた部隊は10人ほどの別働隊に襲われたらしい。やはりゲイルたちもエアリスを逃がすことを想定して追跡部隊を別に潜ませていたらしい。

 だが幸いなことにけが人は居たが、エアリスもイザベラも蒼牙や黒縄の者たちも死人は出ていない。

 やはり敵は異形化したようだがレンたちが作っておいた防衛拠点ポイントに誘い込み、うまく殲滅することができたようだ。

 蒼牙や黒縄の練度の確認もでき、実戦経験も積めた。犠牲なしでこれらが得られたのもレンにとっては嬉しいことであるし、蒼牙や黒縄もきちんと任務をこなせたことで自信を深めるだろう。


(全部終わったら祝いに酒でも振る舞ってあげないとな)


 安全が確保されるまでは3人は別の地域で保護し、更に追っ手が居ないか調査を行う。そうして2手に分かれてイザベラ、エマ、エアリスの3人はレンたちが戻ると共に玖条ビルに戻る予定だ。

 ゲイルたち主要戦力の壊滅は確認しているので、更に別働隊などが居なければエマやエアリスは今後狙われることはないだろう。


 まだしばらく彼女たちの護衛は続け、安全が確認されれば依頼は完了だ。

 約3ヶ月。長かったのか短かかったのか、教会勢力の介入でレンたちは直接的な戦闘を行わずに済んだ。

 だがそれは結果論であり、ゲイルたちと正面衝突していたら確実にこちらにも犠牲者が出ただろう。


(交渉がうまく行って良かった)


 結果論であっても、レンたちはほぼ直接的な戦いを行うことなく、依頼を遂行することがほぼできた。

 依頼料はたっぷりと貰っているというか、物納の報酬は定期的に納入する話になっているので、実はレンにとってはエマが無事であったことも大きい。

 エマでなければあの結晶は作り出せないからだ。

 エアリスが作り出す毒や薬などもレンにとっては興味深い物が多いので彼女たちを無事に護り通せたことはそういう意味でも良かったとレンは思った。


『周辺の調査と戦闘跡をある程度整備して、帰宅しよう。とりあえずの戦闘は終了したがまだ護衛依頼は継続中だ。気を抜くなよ』

『アイアイボス。だけど1番の脅威は排除されたと思っていいんだよな』

『教会がゲイルや彼らの召喚した彼らの神を滅殺してくれたからな。多分大丈夫じゃないかとは思うが、まだ残党がいるかもしれない。油断せずきちんと最後まで任務を全うしろ』


 レンは残っていた人員たちにそう指示を出して戦闘で荒れた地を軽く整備したり瘴気で穢れていたので霊水を撒き、浄化したり残っていた死体の処理などを行った。


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