048

『一体何をしたっ』

『襲ってきたから返り討ちにしただけだが? 良い剣だな。ついでにこのナイフも良さそうだ。戦利品として貰っておくぞ』


 レンはそう言って大剣とナイフを手に持つ。

 大剣はこの身には大きいがコレクションには良さそうだ。西洋のクレイモアと呼ばれる形状でアーキルの魔剣ほどではないが良い仕事をしている。

 ついでに腰に付けて居た魔剣のナイフも外して貰っておく。


 ゲイルたちは何が起きたのかわからずにざわついているが、襲いかかっては来ない。


 何をしたか。それは簡単だ。確かにアレックスの魔力量はレンの10倍以上あった。だがその制御力はお粗末な物だった。

 おそらくしゅと呼ぶエイレンに力を与えられたのだろう。

 ゲイルと何人かはその力を制御しているが、ゲイルの集団は力を扱いきれていない者が多い。

 自身で鍛えた力でないので制御しきれていないのだ。

 レンも過去に経験がある。そして魔力制御の大切さは身にしみている。


 そしてそんなアレックスが魔力任せに〈強化〉を掛けただけの魔剣で斬り掛かってきたところを魔剣の外側に避け、懐に入り込み、左掌底で〈崩竜ア・ギ〉を放ったのだ。

 アレックスの右脇腹から左掌底で放たれた剣のように研ぎ澄まされたレンの魔力がアレックスの防具や魔力防御を打ち破り、内蔵や魔力炉をズタズタにしながら心臓まで貫いた。

 いくら魔力持ちでも予備の心臓や特殊な術で対策をしていない限り心臓が貫かれれば死ぬ。それだけだ。


『くっ、殺せっ。殺して目標を奪うのだ』


(まずいな。もう1つの集団が近づいてきた)


 レンは地を蹴り、宙を更に後方に蹴り、風魔法を使って即座に後退してアーキルや水琴、葵たちの居る陣地に合流する。

 ゲイルの号令で魔法や魔術がレンの居た辺りに殺到するがアレックスの死体をズタズタにしただけだった。


『ボス、流石に作戦予定にないことをいきなりやらないでくれ』

『だが収穫はあったぞ。手強いのはゲイル含めて4人。そして1人は別格だ』

『別格なのは見りゃわかる。アレは一体なんだ』

『悪魔崇拝をするカルト教団があるじと呼ぶんだ。ナニだと思う?』

『悪魔だっていうのか?』

『あぁ、多分な。奴らにとっては神なんだろうけどな。そして北東の集団がそろそろ来るぞ。おそらく別勢力だ。一体何の用なんだろうな。あっちの敵だといいんだが戦場をかき回されるのも癪だな』


 アーキルたちはクローシュを手にしようとして水琴たちを攫って儀式を行い、レンに邪魔された。クローシュの召喚には成功したが制御はできなかったのだ。

 ゲイルたちは逆にそれをすでに成し遂げている。エイレンと呼ばれる悪魔だか神だかを魔女たちを生贄にどこかで儀式を行い、復活させたのだ。

 少年の姿をしているのはおそらく神霊を宿すことのできるタイプの体質の少年を容れ物としたのだろう。

 どちらにせよ非道な話だが、レンも似たような話はやったことはないがいくつも例を知っている。

 こっちの世界でも似たようなことは行われているようだ。


『なんだ、教会かっ? クソがっ』


 新しく現れた勢力は見た目から明らかにキリスト教系だった。キャソックと呼ばれる服に装飾のついた白い肩掛けを付けている男を中心に、10人ほどの集団だ。

 男が8人、女が2人だ。


『あいつはハスキルだ。悪魔祓いをしている有名な司祭だよ。アタシら魔女は表向きは教会とは和解しているがアイツは魔女も狩るヤバイやつだ。危険だよっ』


 イザベラから連絡と情報が入る。モニターで確認したのだろう。

 悪魔祓いならゲイルたちが主目的だろう。ただレンたちにはエマとエアリスという魔女がいる。

 表には出していないからバレているかどうかはわからないが、どちらが主目的だろうか。


(しかし悪魔祓いか。距離があるからわからないけど、あっちも狂信者の類だろうなぁ)


 会話はできても話が通じないというやつだ。また、なぜ教会の勢力がこの場に居たのかも全くわかっていない。

 だが現実にレンたちとゲイルたち。そして教会勢力と3つの勢力が集まってしまっている。

 隠し通路からエマたちを逃がすべきだろうか。レンがそう考えたところ、ハスキルはレンたちとゲイルたちと正三角形を描くような場所に到達し、大きな声量で話しだした。


『ここには悪魔と魔女が居ると聞いた。どちらも教会の敵だ。疾く頭を垂れ、しゅの威光にひれ伏すのだ』


 言い方は違うがアレックスと言っている内容は変わらない。そして当然レンたちもゲイルたちも聞くわけがない。

 つまりハスキルは10人の戦力でレンたちとゲイルたちと戦うつもりなのだろう。


(ハスキルの魔力量はなかなか高いがエイレンほどじゃない。せいぜいゲイルとどっこいだ。その戦力でどうやるつもりだ。聖剣とかなんか切り札でもあるのか)


 もちろん魔力は高めることができるので、探知で感じられる魔力量がそのまま戦闘力に直結するわけではない。だがハスキルは〈魔力隠蔽〉を行っている様子もない。エイレンの膨大な魔力量、そして聖気に比べればとても敵うとは思えなかった。

 更にゲイルたちにもレンたちにも人数に劣っているし、練度も装備もパッと見では2つの勢力を同時に相手にできるようには見えない。

 ハスキルたちは白い棒を持っているが武器と言えばそれくらいだ。


『〈天使の卵ウォヴォ・ダンジェロ〉を使うことを許可する。これは聖戦ですっ』


 ハスキルはよくわからないことを言うと懐から白い光る球を取り出した。

 ハスキルの周囲の者も同様の物を取り出すがハスキルの物が最も大きく光も強い。大体野球ボール大だろうか。

 そしてハスキルたちはソレを躊躇うことなく、自らの胸に押し付けた。

 飲み込むのかと思ったが違ったらしい。

 同時にハスキルたちの聖気が数倍、いや、数十倍に増大する。〈天使の卵〉とは聖気を増大させるブースターのようだ。


(あんなアイテムがあるのか。サンプルに欲しいな)


 レンがつい研究心を刺激している間にハスキルたちはその力を身体になじませていく。

 ハスキルの背には2対の光る翼が現れ、他のメンバーには1対の翼が現れる。聖気を使って天使を降臨させたのだろうか。

 他のメンバーにはなさそうだが、薄い天使の輪のようなものもハスキルの頭上には浮かんでいる。表情は恍惚としていて、明らかにイっている。


『おお、神の御力に満ちている。4人、あちらに向かいなさい。穢れた魔女を始末するのですっ』


 ハスキルが4人をこちらに向かわせ、自身と5人はゲイルたちに向かう。

 優先度はやはりゲイルたちのが高いらしい。予定外だが潰し合ってくれるなら歓迎だ。


『天使化の秘術か』

『アーキル、知っているのか?』

『あぁ、無理やり天使の力を使う禁断の術だ。高位の司祭や司教ならともかくハスキルってやつ以外は明らかに無理がもう見えてる。時限爆弾みたいなもんさ』


 確かにハスキルは安定しているが他のメンバーは暴走気味だ。

 レンもこっそりと下級のブースターを飲んだ。

 明らかにハスキルたちとゲイルたちと衝突すれば死人が出る。

 もちろん任務なので仕方がないが、犠牲がないならない方が良い。


『エマとエアリスは隠し通路から逃がせ。黒縄、5人ずつついていけ。エアリスには蒼牙からも人をつけろ。残りはココで戦うぞ。仕掛けを使う』

『了解ボス、カースィム、何人か連れてエアリス嬢たちを連れて行け』


 ゲイルたちの目的がエアリスならエアリスを主に護るのが正解だ。だがハスキルたちはエマとエアリスを区別などしないだろう。

 向かってくる3人の男と1人の女はココで食い止める。ゲイルたちはレンたちよりもハスキルたちをまず始末する態勢を取っている。

 白い杖か棒だと思っていた彼らの持っていた棒は、先から光る刃を聖気で構築している。どうやらそういう魔道具らしい。


(大水鬼のような瘴気に満ちた相手に効果的そうな武器だな)


 聖気は浄化能力が高い。だがレンたちのような普通の術士にも効果はある。瘴気ほどではないが、魔力と聖気で同じ出力ならば聖気の方が強いのだ。ブーストした教会勢力にあの槍で突かれればアーキルの魔力防御を貫かれる可能性が高い。


『力を解放せよっ』


 ゲイルが叫ぶ。同時にゲイルの魔力が膨れ上がり、顔や見えている肌に赤黒い線が走り、肌も硬質化しているように見えた。爪も吸血鬼のようい尖っている。

 姿かたちはまだ人間と言って良いが、角が生えたりしている者も居る。

 エイレンに与えられた力を暴走させ、半魔物と言って良い存在に成り果てている。

 やはりそれらも制御能力の差があるらしく、ゲイルと幹部であろう4人は安定しているが残りは暴走気味で理性を失っているように見えた。

 エイレンはその様子を何もせずに後方に下がり、ちらりとレンを見た。


「レンくん」

「どうした水琴」

「お願いがあるの。あいつらの右奥に居る和装の男。わかる?」

「あぁ、少しうろたえているやつか?」


 力を解放しろとの命令にほとんどは従っているが、何人かは従っていない。そしてその従わなかった中に日本人らしき男が居た。


「あいつを捕まえて欲しいの。獅子神家の関係者なのよ」

「はぁ!? なんであいつらの中に?」

「そんなの知らないわよ。でも問い詰めなきゃっ。でもできたらでいいわ。優先順位はエマたちやレンくんたちの安全が第一よ」

「わかった、やれたらやってみる」


 まずは向かってくる4人をなんとかしなければならない。


『土壁をっ』


 レンが指示を出すと陣地を囲うように弧を描いた土の壁が盛り上がる。

 高さは20m、厚さは3mだ。長さも30mを超えており、拠点をしっかりと防御している。

 実際の土を隆起させ、壁の外側には大穴が空く。堀と壁を同時に作る術だ。魔術具に魔力を注ぐだけでできる上に硬度も高い。

 本来はゲイルたちに使う予定だった仕掛けだ。


 2人は壁に穴を開けようと聖気を高めている。2人は飛び越そうとしている。

 だが飛び越そうとした男2人は斜めから狙撃され、撃墜される。

 同時に蒼牙たちが対物アンチマテリアルライフルを取り出し、魔力の込もった銃弾で、落ちた敵に大穴を開ける。更に小銃で蜂の巣にする。

 流石に再生能力があったりはしないらしい。動きも速く、防御力も高かったが意識外からの狙撃と集中砲火には耐えられなく、そのまま死んだ。


 ズドンと音がし、土壁に穴が開く。穴を開けた術が結界に当たり、防ぐ。

 アーキルが〈赫雷〉を放った。穴が開いたということはそこから飛び込んでくるということだ。

 実際陽動ではなく飛び込んできたのでそこに魔剣を抜いて準備していたアーキルの〈赫雷〉が直撃する。赤い光が視界を覆い、彼らが開けた穴よりも大きな穴が開いていた。

 本気の一撃ではなく加減した一撃だが、それでもアーキルの上位魔法だ。

 しかし2人は耐えていた。ブスブスと煙を発し、身につけた装備はボロボロになっているが白槍で〈赫雷〉の威力を分散させたのだろう。また、祭服の下には防具もしっかりつけていたようだ。

 だがそこまでだ。追撃の対物ライフルの急所への一撃、更に口径の大きい銃やグレネードなどを撃ち込まれ、地面に倒れ動けなくなる。

 ハスキルは4人でレンたちを蹴散らせると思っていたのだろう。だがレンが元々ここで襲撃者たちを撃滅する準備をしっかりとしていたのだ。

 更に蒼牙も黒縄も十分に訓練を繰り返し、精鋭となっている。

 4人程度の教会の勢力程度に後れを取るわけがなかった。



 ◇ ◇



『蒼牙は残れ。残りの黒縄はエマたちに別働隊が来ていないか追え。あっちはあっちで戦闘を行っているのでちょうど良い。機を見て殲滅する。拠点の防衛装置を起動して、僕たちは後方に移動して様子を見よう』


 アーキルに魔力回復薬を渡しながらレンは指示をする。

 レンと水琴、葵、蒼牙の面々は森の入り口に偽装している隠し部屋に入り、スコープや双眼鏡でゲイルたちとハスキルたちの戦いをじっと見つめる。


 ゲイルたちはモンスターのように変化し、ハスキルたちは天使化の秘術とやらを使って羽を生やして空に浮かんでいる。

 ハスキルの白槍からは聖気の光線が光の速さで発射され、エイレンの力で変化したモンスターたちを撃ち抜いている。


 だがゲイルたちもただやられてはいない。ゲイルと3人の高位術士たち。彼らは赤黒い盾で光線を防ぎ、ハスキルの取り巻きたちに様々な術で攻撃を加え、ダメージを与えている。


(悪魔の力を使う勢力と天使の力を使う教会の力か。日本で見れるなんて僥倖だ)


 ヨーロッパでやれと言いたいが彼らの使う術や実力を目にできるのは日本ではそうないだろう。

 第一彼らを呼び込んだのは逃げ出してきたイザベラたちだとも言える。

 当然彼女たちに責任はないが、原因の1つであることは間違いない。


 ゲイルは剣と盾を構え、更に赤黒い光線を放っている。また、後背から近寄ってきた敵に対し、背から尖った枝のような物を作り出し、腹を貫いていた。


(ああいうこともできるのか)


 人数的にはゲイルたちのが多いのだが数人は脱落したのか悪魔化せずに逃げ出している。

 そして統制も取れていない。

 結果、ハスキルの命令に従い、連携の取れている教会勢力と互角に見える戦いを繰り広げている。


 特に中心と成っているのはゲイル含め4人の高位術士だ。

 ゲイルは前衛系らしく、剣も魔力で伸ばしているのか2mほどの槍のようになっている。

 そしてハスキルの放つ光線を盾で捌き、時に避け距離を詰めていく。

 2人の幹部が補佐をして付き従い、後衛に1人の少年が高威力の魔術を放っている。


 宙に浮くハスキルは高笑いを浮かべながら白槍から光線を放ち、時に光の球を撃ち出し、着弾すると光の柱になる。

 食らった者はかなりダメージを受けていたり死亡しているので威力も高そうだ。

 だがお互いに消耗してくれるのはレンたちにとっては都合が良い。


『ちょっと僕は出てくるよ。すぐ戻る』

『おいっ、ボスっ』


 レンは戦いの混乱をついて隠密行動をした。

 ゲイルたちの集団で3人ほど怖気づいたのかゲイルの指示を聞かずに戦場から逃げ出そうとしている奴らがいる。そして水琴の言っていた獅子神家の関係者もその中に居る。


 レンは高速で戦場の後方を迂回するように移動し、逃げ出そうとする3人に追いついて、〈闇の茨〉で拘束し、〈白牢〉に放り込んでいく。

 尋問すればゲイルたちの所業やどうやってエアリスたちの位置を特定したのかなど情報を持っているかもしれない。

 本当は幹部などを捕らえたいが、下っ端でも多少の情報は持っているだろう。

 ついでに水琴に頼まれた男も捕らえられたのでレンは満足して隠れ家に戻った。


『おい、ボスっ。勝手な行動が多すぎないか』

『僕はボスなんだから自由に動くよ。ちゃんと命令は残してあるだろう』

『むしろ些事はオレたちに命令して後ろでどっしりしてて欲しいんだがなぁ』

『アーキルだって僕と戦う時に後ろで構えずに直接鉾を交えたじゃないか。僕も事情に寄っては前に出る系指揮官なんだよ。実際今回やったことは僕が適任だった』

『うっ』


 アーキルは過去の自分の行動を指摘されて、言葉に詰まった。

 レンは部隊を率いていた頃も後方から魔法を放ちながら指揮する時もあったが、状況に応じて前線に突入することもあった。

 昔からそのスタイルなのだ。その時に効果的だと思える行動を行う。

 レンはそういうところは今も変わっていない。

 そして重蔵はどちらかというと後方指揮官タイプだが、アーキルは自身も前にでるタイプだ。

 レンの行動に文句の言える立場ではないし、レンがボスなのだ。彼らはレンの指示を聞いて居れば良い。文句も苦言も言っても良いが行動を制限することはできない。それが部下というものだと思っている。


「水琴、捕まえてきたよ。でも今は忙しいから後でね」

「うん、ありがとう。レンくん」


 水琴にこっそりとミッションを成功させたことを伝えると、厳しい表情の水琴に礼を言われた。

 やはり敵方の、しかも悪魔崇拝の集団に獅子神家の人員が居たというのはショックだったのだろう。

 レンは落ち着くように水琴に言い、戦況を見守った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る